第2147話 馬車の旅路 ――野営――
<<腐敗する竜>>という魔物の影響を調べるべく、その予後を調べる調査隊に参加していたカイト達。そんな彼らは幾つかの地点で土壌汚染の調査と水質汚染の調査を行いながら、廃棄された宿場町跡地までやって来ていた。
そうして本来の旅路をなぞる形でそこで一泊する事になっていた彼らは、野営の用意を整えると改めて焚き火を囲みながら少しだけ話し合いを行っていた。勿論、流石にこの時間なので真面目な話ではなく、単なる雑談や酒飲み話に近かった。
「へー……ってことは地球じゃこんな旅は無かったのか」
「ええ。勿論、旅をしている人が居ないではなかったですが……バックパッカーと呼ばれる人たちが、そうでしたね」
「バックパッカー?」
「バックパック……荷物を背負って移動する人たちです。冒険者でも異空間に物を仕舞ったり、馬車に載せたりせず背負って移動する人達、居るでしょ? それです」
「なるほどなー……あっははは。どの世界でもやっぱおんなじ人か」
カイトの言葉にゲンティフは楽しげに笑う。せっかく二つの世界を知る者たちが居るのだ。話をしておかないと損、とばかりに基本的な話はカイトと瞬を中心に行われていた。と、そんな中でユーラがふとアンブラへと問いかける。
「そういえばアンブラさん」
「なんだー?」
「そういえばアンブラさんは三百年前にマクダウェル領にいらっしゃったんですよね?」
「そうだなー。当時荒廃した地の中でも一番荒廃してたマクダウェル領を再生させる為に来たんだけど……まー、これが超長い滞在になっちまってるなー。ぶっちゃけ、故郷よりこっちのが十倍ぐらい過ごしてるぞー」
ユーラの確認に対して、アンブラはすごい楽しげに笑う。そもそもカイトとの出会いが起きた一件は皇国の事ではない。皇国は魔族領に近い為、移動要塞が置かれる事がなかったのだ。まぁ、それはさておいて。そんなアンブラへとユーラが再度問いかける。
「どんな方だったんですか? 伝説の勇者カイトとは」
「どんな……どんなつってもなー。ぶっ飛んだ奴ってのは正直な印象だぞー」
「そりゃ……皆わかってんだろ」
そうでもなければ全ての大精霊と契約を交わし、戦争を終わらせる事なぞ出来るわけがない。ゲンティフはアンブラの言葉にただただ笑う。あれは常識はずれの存在。そうとしか誰も思えないほどの存在だった。
「まー、そうだなー……つってもじゃあどう表しゃ良いのか、って言われてもわかんないぞー」
「そりゃ……まぁ、そうだわな。そういや、ヴァルト。お前さんは確か親父さんかおふくろさんかどっちかが会った事がある、って話じゃなかったか?」
「「ん?」」
会った当人からの話に区切りをつけて、ゲンティフはついでヴァルトへと問いかける。これにカイトとユリィがわずかに興味を覗かせる。
「ええ。父が……昔の事だそうですが……と言っても勇者と呼ばれていた時代ではないそうですが」
「そうなのか?」
「ええ……戦中の頃、三回だけ。最後はエルフ達の国を解放した際に、出会ったそうです。まぁ、エルフの国を解放した際には出会った、というよりも見かけたという方が正しいでしょうが」
ということは、厳密に言えば知り合いじゃなさそうか。カイトとユリィはヴァルトの言葉を聞きながら、それなら見覚えがなくても無理はないか、と考える事にする。
実際、旅をしていれば出会う人なぞごまんと居る。すれ違っただけを含めれば、もっと増えるだろう。それを全部覚えておく事は、いくらなんでもカイト達でも不可能に近かった。そんな二人に対して、ヴァルトは当時の事を語る。
「何度か話もしたそうです。が、まぁ……やはり当時は相当荒れていた、と」
「へー……どんなのだったんだ?」
「父曰く、今思えばああなるのも仕方がなかっただろう、と。ただ当時は少し寂しそうな子だな、とは思い気にかけては居たそうです。向こうが覚えていたかは、わからないそうですが……」
おそらくヴァルトの父は当時から大人だったのだろう。故に自らの傷も顧みずただただ死ににいくような旅路を繰り広げるカイトを見て、不安に思っていたそうだ。実際、当時の彼を知る多くが早死する、と考えていたし、実際早死した。と、そんな事を思い密かに苦笑するカイトの肩の上のユリィが、問いかける。
「どんなお話したの?」
「そうですね……実は父も私も旅をしながら各地で歌を唄う吟遊詩人なのですが……そこで一曲、と」
「へー……勇者カイトがですか。どんな歌だったのですか?」
もしかしたらその歌とやらが思い出せれば、ヴァルトの父がどんな人物だったのか思い出せるかもしれない。カイトは少し興味深げに、吟遊詩人だというヴァルトへと問いかける。
実は案外エネフィアでは旅の吟遊詩人という職業は一般的で、ヴァルトのようなエルフ達にも人気の職業の一つだった。カイト達がエルフ達の国を解放した理由の一つには、旅の吟遊詩人である彼らにカイトの事を喧伝してもらう為も大きかった。と、そんな吟遊詩人の一人らしい自身の父から聞いた話を、ヴァルトは語る。
「あはは……半ば強引に話しかけたそうなのですが……すると勇者カイトはこう言ったそうです。旅人の唄を、と。そこで父は春を、夏を、秋を、冬を……海を、山を、大地を、草原の中を、黄金の穂波の中を、風の様に駆け抜けていく旅人の唄を、歌ったそうです」
「……弾いて貰えますか?」
「……そうですね。せっかくの機会だ。私も忘れていないか、少しだけ」
カイトの問いかけに対して、ヴァルトは笑って手荷物の中からどこかの民族楽器にも似た弦楽器を取り出した。形状としてはウードやリュート――ギターに似た撥弦楽器――を取り出した。
「……では、一曲」
ぱちっ、ぱちっ、と鳴る焚き火を囲み、ヴァルトがゆっくりと歌い始める。それは旅人達がどこともなく駆け抜けていく唄であり、それと出会いながら各地を旅をする旅人の唄だった。
それはどこかしんみりとしながらも決して悲しみに満ちた唄ではなく、まさしく酸いも甘いも噛み分けた旅人の唄と呼ぶのがふさわしかった。そうして、数分。ヴァルトが撥弦楽器を爪弾いていた手を止める。
「……ありがとうございました。っと」
「……お礼です。ありがとうございました」
「あはは……はい。有り難く頂戴致します」
僅かな懐かしみを浮かべたカイトが指で弾いた金貨を、ヴァルトは若干驚きながらも受け取った。そうして静まり返った場の中で、瞬が口を開いた。
「……何人もの旅人達が通り抜けていく様子が見て取れました。お父さんの唄……なんですか?」
「どうなのでしょう……父もかなり長い間旅をした、とは聞いています。実は今回私が同行させて貰ったのは、その父が今回の最後の目的地の宿場町に居るとの事で同行させて貰う事にしたんです」
「ま、そういうわけでな。けど金が足りないって事でこの旅に同行させて欲しい、つってな。ま、ウチのギルドマスターの知り合いだったから、御者やるんなら、って事で同行させたんだよ」
楽しげに笑いながら、ゲンティフがヴァルトの同行の裏を語る。そうして再びゆっくりとだが会話が流れ始める事になる。その中で瞬は話の流れもありヴァルトへと問いかける。
「旅の吟遊詩人、というのは多いんですか?」
「そうですね……あまり、多くはありません。が、楽しいものですよ。吟遊詩人をしていると、何も目的もなく旅が出来ますから」
「目的……無いんですか?」
「ええ。お恥ずかしながら……敢えて言えば、父が出会ったような人々に私も会ってみたい、という旅こそが目的かもしれません。その最中に見た事、感じた事を唄にして、という感じでしょうか」
驚いた様子の瞬に、ヴァルトはどこか恥ずかしげに語る。とはいえ、これもまた旅の理由の一つとしては十分だった。故に、カイトはそう語る。
「旅人と出会うなら、一つの所に留まるより自身も旅をした方が色々な方と出会えるでしょう。それを考えれば、良いのではないかと。それに、昔の伝説や神話を語ってくれるのは何時だって吟遊詩人達だ。ヴァルトさんも、神話の唄は何曲もお持ちでしょう?」
「ええ。と言っても、私もどれが真実でどれが伝説なのかは、分かりかねますが」
「あはは。だからこその伝説ですよ」
「ですか」
笑うカイトに、ヴァルトもまた楽しげに笑う。伝説の真実を知りたければ当時の英雄達に聞くか、神話の真実が知りたければ神々に聞くしかない。が、彼らにはおいそれと会えないものだ。
なら、どれが本当なのかはわかりっこなかった。そうして一つ笑いが起きれば、段々と再び普通の茶飲み話のような場が持たれるだけとなり、気付けば普通に座談会のような場に戻っていた。
「ふーん……どーりで槍を持ってないと思ったんだ。そーいう」
「ええ……異空間を持てるほどの力は俺には無いんで……」
ミリエメの納得に対して、瞬は魔力で槍を編んでみせる。先には隠した方が良い、とは言われていたが、そこまで気にする意味がある事でもない。何より今の瞬が率先して狙われる理由は強いてない。そこまでガチガチに警戒する意味はなく、殊更隠す必要もなかった。
「はー……まー、珍しいもんだ。魔力で槍を、ってか武器を編み出せるってのは剣を編み出せる奴より遥かに少数派だ。ま、使い捨ての武器を買うより遥かに安上がりだな」
「そーそー。あたしらの職業、どうにもこうにもお金が掛かって仕方がないかんね。まー、その分入ってくる金もバカ高いんだろうけど」
「実際、この依頼だって分割しなけりゃマクスウェルの平均月収の何ヶ月分だって話だからなー」
ミリエメとゲンティフは楽しげに笑い合う。実際、この中で純粋に金銭目的でこの依頼を受諾したのはこの二人だけだろう。カイト達は気にしていなかったが、そこらをきっちり把握している様子だった。
「そういや、ちょっとした興味なんだけど……ソレイユ」
「何ー?」
「あんたのその弓。何時から使ってるんだ? 相当古い……よな?」
「これ?」
ソレイユはミリエメの問いかけを受けて、自身の意思一つで顕現する弓を提示する。この中で弓兵なのはソレイユとミリエメの二人。先程の川辺での調査の折りに二手に別れた際、ミリエメもソレイユの弓を見たのであった。
「んー……何時頃からだろ。にぃにぃとはぐれてからだからー……ざっと三百年前からは使ってたかなー。その後何回か折れたけど……なんだかんだ修繕して貰って使い続けてるなー」
「折れて修繕した? 弓を?」
「そうだよー。にぃと一緒に色々とやってたら折れたの修復して貰える人一杯いたからねー。最後誰に修繕してもらったっけー」
んー。驚いた様子のミリエメの問いかけに、ソレイユは昔を思い出す。
「思い出した。そう言えば最後は世界樹の所で神獣達に直して貰ったんだっけ。あの時に世界樹の枝を使って修繕してもらったから、そこからは折れてないなー。そもそもそんなヤバい相手居なかったし」
「せ、世界樹の枝……」
流石といえば流石だし、ソレイユならそれぐらいは持っているだろうと言えば持っているだろうと納得も出来た。それぐらいの弓を使っていた事に、ミリエメは思わず呆気にとられていた。
「まー、あの伝説の勇者と一緒にいればそんな事はザラに起きるなー」
「そだねー。実際、にぃと一緒に居た十年とここ三百年だったらにぃと一緒に居た十年の方が事件多かったし」
「……だねー」
すいませんね。ニヤニヤと笑うユリィの小さな一言に、カイトは少しだけ拗ねた様にそっぽを向く。実際、何度かカイトが事件を呼び寄せているのでは、と言われた事はあったらしい。
が、そう言っても当人に殆ど非が無いのだから仕方がなかった。そうして、そんなこんなで焚き火を囲みながら、夜は過ぎゆく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




