第2146話 馬車での旅路 ――焚き火を囲み――
<<腐敗する竜>>という魔物の出現に伴い立入禁止に指定された区域の馬車での運行ルートの調査を請け負ったカイトと瞬、そしてソレイユ。そんな彼らはなんだかんだ同行しているユリィらと共に、調査隊に参加し行動していた。そうして一日目の調査を全て終わらせた一同は、夕暮れが訪れた頃合いに破棄された宿場町へとたどり着いていた。
「よいしょっと……こんなもんか。ここ数日カラッとした天気だったおかげで、材木が乾いてたのが助かった」
「貰ってしまって大丈夫だったのか?」
崩れた建物から焚き火をする為の木材を回収してきたカイトに、瞬が問いかける。これにカイトは笑って頷いた。
「この有様だ。どうせ戻る時に建て直す事になる。宿場町としての機能を取り戻すのは、半年ぐらい先だろう」
「その時に使えない物は全て廃棄してしまう、と……」
「そういう事だな。ま、魔物が居る世界で結界も無しに建物が無事である可能性は無いに等しい。こればっかりは、人が住まなくなった以上の物の道理だ」
「そうか……少し、物悲しいものだが……」
そういうのを含めて、仕方がないのだろう。瞬はカイトの言葉に納得しつつ、そう考える。そんな彼はどこか物悲しい様子で更に呟いた。
「数年前までは、ここで人が住んでいたんだな」
「そうだな……ま、だからさっさと討伐したかった」
「そこらが、カイトの厄介な所というか常識はずれの所というかだよねー」
ぽすん。カイト達が戻ってきたのを見て、どうやらユリィがこちらにやって来たらしい。が、そんな彼女の顔にはどこか苦笑が滲んでいた。
「厄介な所?」
「できちゃう、って所。普通は出来ない事が出来ちゃうから、面倒なの。ほら……宿場町で言ったでしょ? 数年間対策を練ってたのに、カイトがさっさと解決しちゃったって」
「言っていたな」
実際、後に瞬が少し気になって調べた所、<<腐敗する竜>>の対策はどんな統治者達も年単位で計画を練っていた。それで言えばマクダウェル家は尋常なほど早いわけではなかったが、同時に周囲の者たちがやはり流石はマクダウェル家というほどには早かった。が、これでカイトが居た場合は対策会議なぞそもそもで必要がなく、彼が出ればそれで終わりだった。
「そ。これはあくまでもカイトだから出来る事。ノーム様とか他の大精霊様方を呼び出して一瞬で解決、なんて普通は出来ない事で……それこそ、契約者がやる領域。かなりの魔力を使ってね」
「まー、だからこいつは神様みたいに崇められるんだなー。てーか、私も最初は神様が遣わしてくれた御子かとか思っちまったぞー」
「アンブラさん」
「おーっす。簡易かまど出来上がったぞー。あんなんで良いかー?」
当然だが、ここでは調査隊という一つの括りで動いている。なので野営の準備は全員で協力して行っており、カイト達であれば焚き火に使う木材の収集。ユリィであればソレイユ、ユーラと共に食事の準備など、全員が協力して行っていた。
その中でアンブラは料理に使うかまどを作っていたのであった。で、ユリィはカイト達が持ってきた木材の中から小さめで使えそうな物を見繕う為に来ていたのであった。というわけで、そんな小ぶりな木材を魔糸で絡めて、ユリィが運送を開始する。
「よっしゃー。じゃあ、さっさとお鍋作っちまいますかー」
「おーう。楽しみにしてるぞー。ちょっと寒いからなー」
「任せといてー」
ぶーらぶーらと木材を振り子のように振りながら、ユリィがその勢いを利用して出来たばかりの簡易かまどに木材を突っ込んだ。そうしてそこに、日向が火を吹いて着火する。それを見ながら、カイトが笑う。
「うーん。懐かしい。昔こうやって料理したなー。火起こし要らないんだわ、あれ」
「そかー……で、今度はこっちで焚き火の用意しちまうぞー」
「おけー。先輩」
「ああ」
アンブラの指摘に、カイトは今度は木材を焚き火に使える様に小分けにしていく。そうして瞬もまた、木材を切り分ける事にした。と、その最中の事だ。焚き火に使う石を見繕っては円形に設置しながら、アンブラが口を開いた。
「で、こいつの話だけど。こいつの場合、普通は契約者でも出来ない事やっちまうから、厄介なんだぞー」
「ああ、さっきの話ですか?」
「そだなー」
「はぁ……契約者でも出来ない事、ですか?」
「土地の回復なら、土の大精霊様だけでなんとかしちまえるだろうなー。でも例えば水の復活は無理だなー。勿論、土の大精霊様の契約者でも、土地を回復させただけで生命を芽吹かせる事も無理だなー」
「そうなんですか?」
木々を芽吹かせる事もノームなら出来てしまえそうだ。瞬はそう思ったにも関わらず、土の契約者では出来ない事として言われて思わず驚きを浮かべる。これに、アンブラは笑った。
「意外だろー? でもこれが事実なんだぞー。例えば生命を芽吹かせるには活力……火の大精霊様のお力も必要だ。勿論、活力だけがあっても意味がないなー。生命の脈動を流れを生むには風の大精霊様のお力も必要だし、そこに雷の大精霊様のお力も加わらないと生命は生まれない」
「……」
まるで地球で生命が誕生した話だ。瞬はアンブラの話を聞きながら、そんな感想を抱く。が、それ故にこそ、本当の意味で土地を蘇らせるという事はカイトにしか出来ない事だった。
「ま、そんなわけでなー……土地を蘇らせたりする程度なら、ぶっちゃければ土の大精霊様の契約者ならできちまうんだわー。そっから、生命を芽吹かせて本当の意味で土地を蘇らせるってのはこいつにしか出来ない事なんだぞー」
「全ての大精霊と契約を交わしているから、ですね」
「正解だけど、私のテストだったら不正解だなー。こいつは有史上ただ一人の祝福を得し者。ぶっちゃけてしまえば大精霊様を呼び出せちまうとんでも存在だー」
そう言えばそうだった。瞬はアンブラの指摘で、カイトがただ一人の祝福を得し者だという事を思い出す。これが何なのかはカイト以外にはさっぱりわからないが、少なくとも彼がそうであるからこそ、大精霊達さえ呼び出せる事だけは事実だった。まぁ、勿論。それと土地を蘇らせる事が出来る云々は関係がないが。
「ま、だからなー……出来ない事が出来ちまうから、こいつは存在自体が奇跡扱いされちまうんだわー。まー、こいつも最大限それに応えてやろうってする分にゃ、良いんだがなー」
「何が駄目なんですか?」
「駄目なこたぁないなー。それどころか、私だってその恩恵に預かった身だー。故郷に広がってる畑が再生したのを見た時は、正直こいつに惚れちまったなー。問題なんて一切ないぞー」
「「あくまでも民衆の身としては、だが」」
アンブラの言葉にカイトが言葉をかぶせる様に口にする。その顔はどこか、苦笑が滲んでいた。そうして、彼が言葉を引き継いだ。
「ぶっちゃければ、やれるからやってくれると困ってる民衆からすりゃ有り難いのは当然だ。だって困ってるのを助けてくれるからな。当然、オレの株は爆上がりだ……が、他は?」
「は?」
「他の領主が同じ事やってくれ、って言われて出来ると思うか?」
「いや、無理だろう。お前と同じ事を俺がやってくれ、と言われた所で到底出来んよ。そもそも契約者でさえ無いからな」
何を当たり前な事を。瞬は言外にそう告げる。そもそもだからこそ、カイトにしか出来ない事と言われているのだ。それが出来るのなら単なる普遍的な方法でしかない。そしてこれはどれだけ科学が発展しようと、魔術が発展しようと、再現は出来ない正真正銘の神の御業ならぬ大精霊の御業だ。出来るわけがなかった。
「そうだ。出来ないんだよ……でも、隣の領主は出来ちまう。なら、どうするか。分かりきった事だろ。隣の芝生は何時も青く見えるんだ。なら、そっちに……ってな」
「あー……」
それが出来ない事が不満なら、移住するしかない。勿論、大部分は出来ない事がわかってそれを仕方がないと諦めるだろう。昔から住んでいる土地に愛着もあるだろう。
が、全員が全員それで納得が出来るわけもないし、そういった物を上回る何かが起きる事だってある。そんな時、出来る者が居てくれては困るのであった。
「ま、そんなわけだなー。出来るからやって良いってわけじゃないし、やって欲しいと望まれたからやって良いわけじゃないんだぞー。そこら、力ある奴は知っとかんと誰かさんみたいに痛い目に遭うぞー」
「うっせぇやい」
どこかどころか普通に茶化すようなアンブラの言葉に、カイトは照れ臭そうにそっぽを向く。出来るから、民が望んでいるから、とやり続けた結果が三百年前だ。
その点、彼はあの当時はまだまだ若く青かった、というしかなかったのだろう。というわけで、カイトは苦笑気味に話を終わらせるべく、焚き火に火を灯す。
「ま、あれはまだまだ全員若い頃の手痛い失敗だ。戦争も終わらせて、なんでも出来るって思っちまったってだけの話だ。オレ達全員がな」
「あははー……ま、そうだなー。あの当時は皆なんとか出来るだろ、って思っちまってたなー。実際、大半はなんとか出来ちまったしなー」
思えば思うほど、あの当時はすごかった。アンブラはかつてを思い出し、そう思う。なにせ歴史上幾つもの常識が転換点を迎えたのだ。普通ならば出来ない事を幾つも為してしまっていた。
「だからカイトが無茶したって誰もが私達が支えてやんだー、って突っ走ってた。皇子様然り、ティナ然りでなー。で、結局どうにもなんなかった、ってのが三百年前だなー」
「全員十代二十代のガキだ。しゃーない……ま、オレには三年前だがね」
「だから無茶する癖が抜けてないんだぞー」
「わーってるよ」
本当なら、地球でゆっくりやり直すつもりだったんだがね。カイトはそう思いながらも、なんだかんだ地球でも隠居なぞ程遠い生活を送っていた事を思い出す。で、結局はなんだかんだで無茶をして、年に一回は大怪我だ。無茶をする癖が治るどころか、悪化しているようなものだった。
「ま、そんなわけで力を持ったなら安易にひけらかさない様に気を付けましょうってだけの話だ」
「そだなー……まー、治るとは思わんけどなー」
「うるせー……ま、先輩もあんま出来るから、ってやらない方が良いもんだ。力は隠しておけ」
「ふむ……何か俺に隠すような力はあるだろうか」
カイトの助言に、瞬は自身の手をじっと見詰める。すでに彼らの役割であった木材集めとかまどと焚き火作りは終わっているし、後は待つだけであった。
「そうだなぁ……先輩の場合、槍を創り出す能力は隠して良いだろう。勿論、隠す必要も無いかもしれないが……」
「そういえば……前々から言われていたな。槍を作る能力を隠した方が良い、もしくは持久力増大の為にも一本槍を持っておいた方が良い、と」
「そうだな。それも出来るけどやらない方が良い例の一つで良いだろう」
「ふむ……」
確かにそう言われればそうとも言えるだろう。瞬はカイトの助言に道理を見る。
「……何か、良い伝手を探すかするしかないか」
「そうだなぁ……確かに今の先輩なら一本何か持っておいた方が損はなさそうか。特に現状だと、な」
「ふむ……」
確かに、そうかもしれない。瞬は自身の首に掛かっているネックレスを見るカイトに、必要性は高いと思う様になる。先にリィルとルーファウスとの戦いでは思った以上に戦闘能力は落ちていない、と言われていたが、思った以上に、という形容詞が付いている。つまり、落ちているのだ。それを補える手札が欲しい事は事実だった。
「……カイト。もしよければ、今の内に武器選びのコツとかを教えてくれて良いか?」
「ああ、良いぞ。どうせ時間は余ってるし、先輩が早い内に完全復活してくれた方がオレとしても有り難いしな」
瞬の申し出に対して、カイトは快諾する。そうして、その後はしばらくの間、二人――アンブラはお門違いなので適時無駄口を叩く事になっていた――は武器選びについてを話し合う事にするのだった。
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