第2144話 馬車での旅路 ――川辺にて――
<<腐敗する竜>>という魔物の出現を受けて封鎖された土地の調査任務。それを引き受けたカイトと瞬、そしてソレイユらは調査隊に加わり、封鎖された土地をひとまずは元々あった進行ルートに沿って馬車で移動していた。
そうして幾つかの地点で土壌汚染の調査を行いながら進む事しばらく。昼に随分と近くなった頃に、一同は川辺にたどり着いていた。そこが、今回の昼休憩の場所だった。とはいえ、単に昼休憩を取るだけでなく、調査も行う事になっていた。
「よし。ヴァルト。こっからは徒歩で移動する。馬達はそこで休ませてくれ」
「はい。残るのは?」
「ミリエメと瞬、アンブラの助手、それとソレイユだ」
御者席側の窓を開けて、ゲンティフとヴァルトが会話を行う。今回、ユーラが来ている様に川も汚染されている可能性があった。下手に馬達が飲んでしまわない様に、少し離れた所で休息を取る事にしていたのである。
そしてそれ故部隊を二つに分けるしかなく、この面子が残る事になったのである。人選は言うまでもなく、遠距離攻撃が得意な面子とお荷物という所である。
というわけで、川辺での水質調査に同行する事になっていたカイトは、アンブラとユーラの護衛として水質調査に向かう事にする。その道中、アンブラが地面を見る。
「んー……やっぱここらまで来ると結構キツイなー」
「そだねー……私も何時もより草木から手に入る魔力が少ないかなー」
「てか、草木殆ど無いからなー……まぁ、セリとかイネとかは流石って所だけどなー……昔の私の地元よかまだマシだなー」
ユリィの言葉に、アンブラもまた一つ同意する。一応完全に枯れた土地というわけではなく、水もある事もあって若干は草木があった。
「んー……土地の復活が始まってんなー。これならもう後数ヶ月もすればここらは普通に動けそうかー」
「そこらは、調査して報告書提出してからかなー」
「だなー」
まぁ、結局その報告書見るのは私だろうけどなー。アンブラは内心そう思いながら、ユリィの言葉に頷いた。そうしてユリィが少し離れた川辺を見る。
「で、問題の川辺になるわけなんですが」
「オレの出番、と」
「だねー……跳ばす?」
「一気にやっちまった方が楽だろ」
ちゃきん。カイトが刀を鳴らす。人にとってもそうである様に、川辺とは動物達の憩いの場になる。それは魔物も変わらず、虎型の魔物が川辺の近くで獲物を探していたのである。そうして、カイトが消える。ユリィが空間置換により川辺――正確には虎型の魔物の真上――へと跳ばしたのだ。
「ふっ」
空間置換により消えると同時。カイトは虚空を蹴って一気に急降下して、水を飲んでいた虎型の魔物を大鎌で串刺しにする。が、魔物からは一切の血は流れず、痛みさえ感じていない様子だった。
「命ずる……殺せ」
ふっ、と一瞬だけ大鎌が光り輝いて、虎型の魔物を飲み込んだ。死神の鎌の力で問答無用に消滅させたのである。そうして消し飛ばして少し。ゲンティフ率いる本隊がやって来た。
「何だ、それ」
「ちょっとした武器ですよ。オレの切り札の一つ……という所でしょうかね」
「すげぇ嫌な気がするが……」
嫌な気。ゲンティフは若干のしかめっ面でそう呟いた。無理もない。本来死神の鎌とは死の概念を保有する死そのものが具現化したものだ。故に見る者全てに無自覚的に死のイメージを与えてしまうのである。が、これがそのそれだとは言えるわけがない。というわけで、カイトは笑って嘯く事にする。
「さて……死神の鎌を模しているからでしょう」
「そんなもんかね……」
意外とエグい武器を切り札にしてるもんだ。ゲンティフは伊達にたった数ヶ月で壁越えを果たしたわけではないか、と妙な納得を得る。とはいえ、それ故にこそ信用と信頼が出来るというものでもあった。
「ま、それはそれとしてだ……何をしたか、はともかく奴はどうなったんだ?」
「ああ、消滅させました。汚染を調べるのに魔物の血で汚染させるのは本末転倒でしょう?」
「そりゃそうか」
言われれば当然なカイトの返答に、ゲンティフは思わず呆気にとられ、すぐに笑って同意する。そうなってくると、血の一滴も流さずに消滅させるしかなかったのは道理だった。というわけで、一切の痕跡も残さず魔物が消し飛んだ後の川辺で、アンブラとユーラの二人が調査を開始する事にする。
「よっしゃー。じゃあ、またカイト手ぇ貸せー」
「はいはい。何すりゃ良いんでましょ」
「さっきと同じに決まってんだろー」
「あいよー」
調査方法が違ってしまえばサンプルを比較する意味がなくなってしまう。というわけで、カイトは先程までと同じくボーリング調査を開始することにする。するわけであるが、そこでカイトはふと興味があったので水質調査を行うユーラと、その手伝いを行うゲンティフを流し見た。
「興味あんのかー? 大学、紹介すっかー?」
「やめれよ。悪夢でしかないだろ」
「だわなー」
そもそもカイトは精霊学に関しては正真正銘権威どころか、有史上最高位の知識を保有している。故に彼の場合、教わるより教える側に立ってくれ、と請われる事の方が多かった。そして言うまでもなく、伝説の勇者である。もし学校に入ったらどうなるか、は察するに余りあった。無論、それがわかっているからかアンブラは楽しげに笑っていた。
「というか、流石に理事長が他の学校で学生やるわけにもいかんし、ましてや自分の学校で学生やるのも論外だわな」
「いや、やってんじゃん」
「……」
ユリィのツッコミに、カイトは思わず言葉を失う。これについては、誰もがそうだと言うしかなかった。というわけで、カイトは若干しどろもどろになりながら一応の言い訳を行っていく。
「ま、まぁ……立場上? というか偽装工作上? 仕方がないと言いますか? しゃ、しゃーねだろ。そもそも大学までは卒業して戻るかー、とか言ってたら今回の事件なんだから」
「「あはは」」
こればかりは、カイトにとっては不運だったというしかないのだろう。彼は本来、地球で大学まで卒業し、色々とけじめを付けてからこちらに戻るつもりだった。
にもかかわらず、通う学園がまるごと異世界に飛ばされたのである。結果今度は自分は戻れるのに他の生徒達を戻すのに奔走せねばならなくなったし、立場を隠して動かねばならなくなっていた。学生という身分を失えない以上、しょうがない事だった。
「はぁ……にしても、下流はなんとか……か?」
「悪くはなさそうかなー。アンブラー。そこらどうー?」
「んー……まぁ、討伐直後のいっちゃん悪い時期に比べりゃ結構回復してんなー、ってとこかー。水はわからんなー。流石に専門外も過ぎるからなー」
アンブラは持ってきたケースに確保したサンプルを突っ込みながら、ユリィの問いかけに首を振る。確かに、土の専門家である彼女に水の事を問いかけるのはお門違いも良い所だろう。しかも彼女はドワーフである。殊更、お門違いだった。
「そりゃそうかー……んー。確か皇都の中央大学の人だっけ?」
「おーう。ユーラ・コーラル助教授だなー。一回皇都の学会で発表してるの見た事あるわー」
「聞いた事はないんだ」
「私その二つ横でやってたからなー……ちな、ユリィもその一個横で発表やってたなー」
「……マジ?」
やっべー。覚えてないわ。アンブラの指摘にユリィはそろー、とユーラの方を見る。流石に同じ所で発表をしておきながら覚えてません、はあまり言いたくなかったらしい。一応言い訳として会場が別だった、という言い訳も出来るのだろうが、勇者の相棒兼学園長としては言いにくいのだった。
「……ま、まぁ……ここで覚えとこ。ついでに後で学会も調べとこ……」
「あはは」
学園長は学園長で大変だねぇ。カイトは笑いながら、抜き取った地面を埋め直す。そんな彼は、やはりユーラを見る。
「……」
「どったの?」
「いや……水に影響が出てないなら良いんだが、と思ってな」
「水も討伐後に浄化しといたでしょ?」
「そうだがな」
「何か気になる事あんのかー?」
何かを気にしている様子のカイトに、アンブラが首を傾げる。これに、カイトは若干苦い顔だった。
「いや……水の浄化やっちまったから……な? バレやしないか、と」
「「……あー……」」
確かにそれは気にするべきかもしれない。カイトの指摘にユリィもアンブラも納得する。
「まぁ、そこは気にしなくて良いんじゃない? ある程度水は流れてたし、そこはわかって川下には浄化槽設けてたし」
「それも、そうか」
少し気にしすぎたか。カイトはユリィの指摘に納得する。
「ユーラさん、そっちどうですか?」
「あ、はい。こちらに問題は特には……強いて言えば、思ったより水の浄化が遅いぐらいでしょうか。これ、水質調査を行う簡易な試薬なのですが……試しに入れた所、若干まだ黒く濁っています。生物に即座に影響が出る程度ではないですが……あまり良くない状態ですね」
「「「遅い?」」」
先にも言っていたが、カイトは<<腐敗する竜>>の討伐後ある程度バレない程度には大精霊達の力を借りて浄化を行っている。なので本来思ったより浄化が早くなっているのが正しい状況のはずだった。
「<<腐敗する竜>>が討伐されているというのは公爵家が出している通告なので事実でしょうが……そうなると水側に何か問題が出ているのかもしれません」
「「「……」」」
倒したのは事実だ。これはカイト自身が討伐していたし、それにユリィも同行しているので嘘はない。実際、討伐後に一応の確認として飛空艇による一団を差し向けて、討伐されている事を確認もさせている。
なのに、水の浄化が思うより遅いというのだ。何かが起きているとしか考えられなかった。そうしてそんな事実にわずかに眉をひそめるカイト達に、ゲンティフは特段気にせず告げた。
「まぁ、そこらは後で考えようや。とりあえず俺たちは道中の確認をやって、その途中で見付かったものを報告するだけだ。それ以外は仕事じゃない」
「……そうですね。それに何より、戦力を分散させてる状態で迂闊な事はするべきではないですか」
「そーいうこったな。ユーラ。後どれぐらいサンプル取っておく?」
カイトの同意に頷いたゲンティフが、水の入ったサンプルを確認していたユーラへと問いかける。これにユーラもまた確認を切り上げて次の指示を出した。
「あ、後一つ……こちらの対岸側です。それで大丈夫です」
「わかった。じゃ、ちょっくら行ってくる」
「何かがあったら、即座にこちらへ戻ってください。支援します」
「おう、頼む」
カイトの言葉にゲンティフは一つ頷いた。そうして、<<縮地>>を使って対岸へ移動したゲンティフが小瓶にサンプルとなる水を確保する。
「よし。これで、全部だな」
「ありがとうございます。後は、これを研究所に送ればここの調査は終わりです」
ゲンティフから小瓶を受け取って、ユーラが一つ頷いた。異常が起きているかもしれない、とは彼女は言っていたがまだ確定というわけではない。詳しい所は調べてみなければわからない、という所だろう。そうして、一同はこの場の調査を終えるとそのまま昼休憩を取る事にするのだった。
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