第2142話 馬車での旅路 ――調査の旅――
<<腐敗する竜>>の影響を調べると共に、その出現と土壌汚染により封鎖された馬車の進行ルートの調査を請け負う事になったカイトと瞬。そんな二人はユリィとソレイユらと共に、調査隊へと参加していた。
そんなわけで、集合場所に到着して二日目の朝。カイト達は御者であるヴァルトが操る馬車に乗り込み、朝一番に出立する事になっていた。そうして、宿場町を抜けた所でゲンティフは馬車の中のリビング的な一角に一同を集めていた。
「良し。宿場町も出たな……じゃあ、改めて今回の任務内容を確認しておこう」
ばさっ。ゲンティフは机の上に今回の全行程を書き記した地図を広げる。と言っても基本的に覚えておくべきなのは、丸い点が描かれた場所だけだった。
「まぁ、基本的なルートについては俺とヴァルトがわかってりゃそれで良い。お前らはこの丸い点……宿場町跡地の場所さえわかってりゃ良い」
「まー、わかってなくても問題無い無い。基本は途中でやるべき事やって、だけだかんね」
「だな……で、やるべき事だが基本は一時間に一回停止して、そこで土壌調査と水質調査だな。最終的には16時にはこの丸い点に到着する予定だ」
つまりは七回から八回は調査を行うわけか。瞬はゲンティフとミリエメの言葉を聞きながら、そう判断する。そしてこれは重要な情報だった。
「ふむ……その分、魔物に襲われる回数は増えそうか……」
「そう、考えた方が良いだろうな。一応追われている間の停車はなるべくは避けるだろうが、それもある程度の限度がある。最悪は立ち止まって戦うしかない」
「だろうな……カイト。追撃戦になった場合、足止めはこちらでやる。そっちで掃討を頼んで良いか?」
「わかった」
一応ソレイユも居るが、メインで戦うべきなのはカイトと瞬の両名だろう。なので瞬もそれをメインに戦略を構築していたようだ。というわけで、彼らは打ち合わせを行いながら整備されていない道を進む。
が、打ち合わせも元々昨日一昨日としていた事だし、今のはあくまでも最後の確認という程度のものだ。故に殆ど時間も掛からず終わりを迎え、一同は各々好きな事をして時間を潰す事になった。
「「『ふぁー……』」」
「呑気だねー」
鏡餅状になって馬車の幌の上に寝っ転がったカイト以下ユリィと日向に、ソレイユもまた呑気に呟く。そんな彼女自身、カイトの横に寝っ転がっていた。なお、伊勢は居ないのではなく、単にあくびをしていないだけでカイトの上で彼女も彼女で寝ていた。
「実際、まだしばらくはやる事も無いだろ。ここらは汚染された土地から離れてるからな。魔物の情報も手に入ってる。封鎖の関係で軍も定期的に巡回しているから、さほど魔物も出没しない」
「かー」
カイトが気配を読んでもソレイユが気配を読んでも、どちらも殆ど魔物の気配は感じなかった。と、そんな二人の会話に、ユリィが口を挟む。
「<<腐敗する竜>>の厄介な所だね……あいつが現れるとアンデッド系と鉱物系の魔物以外ぜーんぶ外に出てっちゃうからねー」
「それな……かといって土壌汚染されちまうから、補給も厳しい。場所によっちゃ面倒この上ない」
実際、<<腐敗する竜>>が現れた場合周囲数十キロが封鎖される事はエネフィアではよくある事だった。無論、実際に<<腐敗する竜>>の影響を受ける範囲はその中の一部に過ぎないが、周囲の生態系の変化なども鑑みてそれだけ封鎖されるのであった。と、そんな所にアンブラが現れる。
「失礼するぞー」
「どうぞー」
「おーう」
よいしょ。アンブラは小柄な体躯に見合った軽快さで幌の上に登る。そうして幌の上に登った彼女が、鼻を鳴らす。
「すんすん……んー。やっぱまだ空気に嫌な匂い混じってんなー。それでも二年前よりかなりマシかー?」
「わかるのー?」
「土地に染み付いた匂いってのはなかなか取れないもんでなー。まぁ、匂いっていうか感覚っていうかなんだけどなー。なんか微妙に粘ついた感じすんだー。これが<<腐敗する竜>>が居た頃だと、マジで動きにくいぐらい粘ついてたなー。まさに腐敗してます、って感じで」
ソレイユの問いかけに、アンブラは若干顔を顰めながら頷いた。と、そんな彼女に今度はユリィが問いかける。
「あ、そだ……そういえばあの助手ってギルドでの助手?」
「そだぞー。遺跡探索の新入りだー……まぁ、本人も良い所の大学出てっから、学力的な意味でも悪くはないなー」
「そかー。なら別に気にしなくて良いかー」
「まー、流石にそこらは私も考えっさー。学園長居る所に学園の関係者は連れてこんさー」
どうやらアンブラは単に空気の匂いを確認しに来ただけだったらしい。幌の端っこに腰掛ける。そんな彼女であるが、伸びをして顔を顰めた。
「んー……やっぱ調子出んなー。なー」
「良いぞー。お前なら問題はない。リーシャも慣れてるだろうしな」
「さんきゅー。帰りにそっち寄るわー」
問いかけを聞く前に答えを述べたカイトに、アンブラは軽い感謝を述べておく。そんな彼女に、ソレイユが起き上がって問いかけた。
「怪我、どんな感じだっけ?」
「肋骨逝っちまってたなー……ぶっちゃけると肋骨が肺に突き刺さってたそうな。まーたカイトに世話になっちまったなー」
「気にすんな。お前に死なれると寝覚めが悪いし、ウチとしてもちょっと顔を顰めるってレベルの被害じゃない。ウチとしても、利益考えてる」
アンブラの感謝に対して、カイトは軽く首を振る。当然の話ではあるが、アンブラは教授と言われている以上はどこかの学校に所属している。
ではその学校はどこか、というと実は魔導学園――その大学部に所属している――なのであった。そういうわけでリーシャが同僚で、ユリィは上司になるのであった。
「そかー。まぁ、芸は身を助ける、って言うから助かったかー」
「あははは……ま、お前に頭が上がらんのはオレ達も一緒だ。持ちつ持たれつ、共助共栄で行こうぜ」
「だなー……ん」
「はぁ……お仕事の時間か」
むくり。起き上がったアンブラと同時に、カイトは若干胡乱げに起き上がる。
「ユリィ。アンブラを中に確保。けが人は休ませとけ。ソレイユ、支援頼むわ」
「「はーい」」
「じゃー、任せるわー」
「おーい、二人共起きろー。お仕事の時間ですよー」
ソレイユとユリィの返事を聞きながら、カイトは日向と伊勢を持ち上げる。感じる限り、大凡カイトの手を煩わせるような魔物ではない。が、昼寝のし過ぎは夜眠れなくなる原因だ。適度に運動も必要だった。と、そんな彼が日向と伊勢を持ち上げたとほぼ同時に、瞬が窓の部分から顔を出した。
「カイト!」
「わかってる! 抜けない場合は討伐して馬車を追う! 追撃戦になった場合はこっちが足止めするから、一撃で壊滅させろ!」
「ああ、わかった!」
どうやら進路上に魔物が居るらしい。運が良ければ鉢合わせずに済むかもしれないが、今度は逆に追撃を受ける事になる可能性もあった。そうして、アンブラと入れ替わりに瞬が外へ出て来る。
「さて……」
「有り難い……座りっぱなしで尻が痛かった所だったんだ」
「にぃー。どうする?」
「どうしましょっかねー」
楽しげに笑う瞬に対して、カイトはカイトでソレイユの問いかけに楽しげに笑う。と言っても、流石に彼の一存で戦うか戦わないか決める事は出来ない。
「とりあえず、ゲンティフさんとヴァルトさんの相談待ちか」
「多分、衝突すると思うけど……」
「そこはあくまで多分だ……ま、オレもそう思うがね」
ソレイユの推測に対して、カイトも同意する。が、あくまでも乗っていただけの彼らだ。馬の性能がどの程度か、とわかっているわけではない。なので後は戦うか逃げるかの決定を待つだけになるのであるが、そんなカイトの頭に乗っていた日向がおもむろに口を開く。
『ふふぁー……ふぁー』
『ひゅ、日向! 漏れてる漏れてる!』
ぴかっ。そんな音でもしたかのような閃光が迸り、日向の口から<<竜の息吹>>がこぼれ出る。そうして、屯していた魔物の群れの大半が消し飛んだ。
「「『……』」」
あーあ。どうやって倒そうか考えていたのであるが、これでは考えるまでもないだろう。と、そんなわけで若干苦笑混じりの雰囲気が蔓延するのであるが、馬車の中からゲンティフが顔を出す。
「何だ、今の! 何が起きた!」
「あー……こいつが寝ぼけて<<竜の息吹>>ぶっ放したんです」
「は?」
「寝ぼけて、<<竜の息吹>>ぶっ放しただけです。まー、これで問題はないでしょう」
どこか呆れる様に、それでいて困った様に笑うカイトは頭の上で寝息を立てる日向を指し示す。幸い、見えていた群れは単なるゴブリン種の魔物の群れだ。子竜――に化けているだけだが――とはいえ竜種である。ゴブリン程度は相手にならなくて当然だった。
「そうか……あー……一応言っとくが、馬車の中でぶっ放させんなよ? こいつレンタルだからな?」
「わかってます」
「はぁ……ヴァルト。馬共は?」
「も、問題は無いかと……ちょっと驚いている様子ではありますが……」
ゲンティフの問いかけに、ヴァルトも少し困惑気味に再度速度を上げさせる。彼からしてみれば通信機を使ってゲンティフと相談していたら、唐突に真横を閃光が通り過ぎていったのである。馬にしても彼にしても何が起きたかさっぱりで、驚く事さえ出来なかったらしい。
「幸い、何が起きたかさっぱりだった事もあって特段問題はなさそうです。魔術による抑制も問題なく通用しています」
「そうか。なら、そのまま進めさせてくれ。さっき連絡した場所で停止して、一回目の調査開始だ」
「わかりました」
どうやら魔物の討伐もあって、馬車はこのまま進める事にしたらしい。ヴァルトは一応念の為に馬の精神を抑制させる魔術を展開し、再度速度を上げさせる。そうして期せずしてではあったが、魔物の群れを壊滅させたカイト達は苦笑混じりにその場に腰掛ける。
「はぁ……ま、楽に終わったから良しとしておくか」
どうにせよ、早かれ遅かれ倒すという結論にはなっていただろう。カイトは自身の頭に顎を乗せて眠る日向に笑いながら、彼女を降ろして膝の上に乗せてやる。結構動かされているのであるが、これでも寝たままだった。と、そんな彼女を見て、瞬がどこか感心した様に呟いた。
「よく寝れるな。結構動かされているはずなんだが……」
「三百年前の馬車はもっと酷かった。サスペンションやらも何も無かったんだからな。その中でも寝てたんだ……この程度、こいつには苦にもならんのだろうさ」
「そ、そうか……」
確かに話には聞いた事があったな。瞬は三百年前の馬車の中でも寝てたという日向を見ながら、感心して良いのか呆れて良いのかわからず困った様に頬を引き攣らせる。と、そんな彼がふと思い出した様に問いかけた。
「そうだ。そう言えばあのアンブラ? って人はお前の知り合いだったのか?」
「ああ、アンブラか。ああ。昔からの知り合いだ」
「元々は地質調査で枯れた土地の調査をしてる所に、カイトがやって来たんだぞー」
ひょいっと。カイトの言葉に馬車の中からアンブラが飛び出して、再度屋根の上に登る。
「アンブラさん」
「おーう。ま、そんなこんなで私はカイトの後方支援やってたんだぞ。主に食料供給だなー」
「そういうわけだな。まーじでアンブラには頭が上がらん」
「お前の場合、頭が上がらん奴が多すぎるのがあれだなー」
カイトの感謝にアンブラが楽しげに笑う。まぁ、カイトの場合は確かにリーシャを筆頭に頭が上がらない相手が多すぎた。そしてそれ故、彼は貴族には稀と評されるほどに頭を下げる事に迷いがなかったのだろう。
「もしかして、<<無冠の部隊>>の隊員なんですか?」
「私はあくまで後方支援係だなー。どっちかってとハイゼンベルグ公とかのが関わってたなー。あ、これウチの助手には内緒なー。ついでに言うとギルドにも内緒なー」
「……」
それはそれですごいんじゃ。方や伝説の勇者カイト。方や建国の英雄ハイゼンベルグ公ジェイク。その二人と普通に関わりがあるというアンブラに、瞬は思わず呆気にとられる。
「まー、地質調査やらやってる関係で野菜とかも育てるからなー。農業政策やらにも関わってんだー」
「……あれ、もしかしてこの人……かなりの偉い人なのか?」
「んー。一応ウチでも中枢に近いんじゃないかな。今回も聞いてたし」
驚きに包まれる瞬の問いかけに、カイトは一応の所を語る。これにアンブラが笑う。
「流石にそこまでじゃないなー。単に農業政策で意見求められたら言ってるぐらいだなー。仕事の範疇ってとこかー」
「いえ、普通に考えれば意見を求められてる時点で……」
十分中枢に居ると思います。瞬は出かかった言葉を飲み込んでおく。なにせ公爵家である。大量に人材が居るはずの所でカイトから意見を求められている時点で、中枢に居ると言ってよかった。というわけで、そんなアンブラと話をしながら、一同は最初の調査ポイントへと向かう事になるのだった。
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