第2138話 馬車での旅路 ――調査隊――
マクダウェル領内で新たに開拓されたという馬車での旅路。その危険性などの調査任務を請け負う事になったカイトと瞬は、久方ぶりの馬車での旅とあって同行するユリィらと共に、集合地点となる宿場町の宿屋『草原の立ち木』へとたどり着く。そうしてたどり着いた一同はまずは受付へと向かう事にした。
「確か出発は明日の朝なんだよな?」
「ああ。基本的には朝一番に出立し、三日目か四日目に到着する予定のルートだ。まぁ、今回は森の中で一泊になるがな……とはいえ、そういう事だから、朝一番には出発しないといけない」
「で、前日着だな」
「そういうことだな」
朝一番に出発するなら、朝一番に到着して良いわけがない。というわけで集合は今日の夜になっており、昼に到着するのは相当早めだったと言ってよかっただろう。とはいえ、遅いより早い方が良いのは当然だし、今回彼らはバイクで移動している。余裕を見て当然だろう。と、そんな話をしながら待っていると、受付の奥から女性が姿を見せた。
「いらっしゃいませ!」
「予約をしていた天音・カイトです。二部屋で依頼していたと思うのですが……」
「ご予約の天音様ですね……はい。確認しました。お待ちしておりました」
カイトの言葉に、受付の女性は笑顔で頷く。すでに便利屋を介して部屋の確保はしていたらしい。登録証を見せるだけで普通に話は進んだようだ。
とはいえ、そんな受付の女性であるが、改めて面子を見て困惑気味だった。まぁ、若い青年二人にハーフリングの見た目少女が一人、そんな彼女が頭に竜を乗せ犬を抱えているのである。どんな組み合わせだ、と思うのも無理はないだろう。というわけで、そんな彼女がおずおずと問いかける。
「えっと……部屋割の方は……」
「ああ、オレとこっちのちび共が同室。こっちの彼だけは別です」
「保護者でーす」
「逆だ逆」
「は、はぁ……」
カイトのフードから顔を出していつものお調子者の様子を見せるユリィと、そんな彼女に呆れるカイトに受付の女性が若干困惑気味に部屋の鍵を差し出す。
少女らだけで一室より、こちらの方が納得は出来たらしい。幾ら五人の公爵達の土地はエネフィアでは治安が良いとはいえ、安全を考えればカイトが一緒の方が遥かに良いからだ。
「先輩。こっちがそっちの部屋だ」
「ああ」
「まずは一旦、部屋だけ確認して合流しよう。一時間後で良いか?」
「そんな必要もない……それに、腹も減ったからな。早く飯を食べたい」
「そうか……なら、12時集合で。場所は待合室で良いだろう」
こういう冒険者が利用する宿屋には待合室があるのが通例だ。なのでそこを利用する事にしたようだ。というわけで、そこのすり合わせを行った一同であったが、そこに先の受付の女性が声を掛けた。
「あ、そうだ。えーっと……天音様ですよね? 確か調査隊への参加で来られたという……」
「ええ……何か?」
「調査隊の隊長という方が、依頼の参加者が来たら教えてくれ、と仰っておりました。連絡を取らせて頂いてもよろしいでしょうか」
「ああ、それでしたらお願いします。一応、集合時間にはまだ早いですが、早い内に伝えておいて損はない」
「ありがとうございます。では、その様に」
カイトの返答に受付の女性は一つ頭を下げる。一応依頼の参加者については名簿がユニオンを介して今回の調査隊の隊長に届いているだろうが、それがこの宿屋に到着したかは受付でないとわからない。なので到着したら連絡が入る様に手配していたのだろう。というわけで、そちらへの連絡は彼女に任せて、カイト達は一度客室へと向かう事にする。
「えっと……俺はこっちか」
「ああ……まぁ、一人だから若干手狭なのは許せ」
「一人で使えるスペースは、こちらが広そうだがな」
一応経費削減の為、今回日向と伊勢はペットとしての登録だ。更にはユリィも子供の妖精として申請している。なので三人のベッドは用意されていないが、どうせ彼女らの事だ。この面子で集まっている以上、普通に少女化して寝ているだろう。となると、明らかに一人あたりに使えるスペースはカイト達の方が小さそうだった。勿論、気にしないだろうが。
「あはは……だろう。ま、どうせ一泊だ。そこまで気にする意味もないだろうがな」
「か……じゃあ、また後で」
「ああ」
一旦は部屋の確認をしなければ何も始まらない。カイトと瞬はそう判断すると、一度瞬の部屋の前で別れる事にする。そうして彼と別れ、残ったカイト達も自分達の部屋に入った。
そこは基本木張りの床に防音が施された特殊な壁材を使用した冒険者達が宿泊するには一般的な作りの部屋だった。まぁ、高級ホテルの一室というわけではないのだから、当然だろう。
「うーん……懐かしい。昔こんな部屋に何度も泊まったなー」
「ほんと、三百年前に戻った感じだねー……ベッドはどう?」
「んー……」
ユリィの問いかけに、カイトは手早くコートを消すとベッドへと横たわってみる。
「あはは……この妙な固さ。昔を思い出すね」
所詮は一般的な冒険者が泊まる普通の宿だ。ベッドの寝心地は当然、高級ホテルや冒険部のギルドホームの私室と比べるべくもない。が、この固さこそ、昔カイトが冒険者として活動していた頃に何度となく経験していたものだった。と、そうして寝っ転がった彼であったが、そんな彼の上に影が落ちる。
「ん?」
「ダーイブ!」
「追撃ぃ!」
『わー』
「もがぁ!」
『あ、ちょっと日向まで!』
寝っ転がったカイトの上に、ユリィ、ソレイユ、日向の順番でボディプレスを仕掛ける。なお、鏡餅状ではなく、器用に場所をズラしてダイブしていた。と、そんなわけでカイトの顔面にダイブしていたソレイユが若干嬌声に似た奇声を上げて唐突に吹き飛んだ。
「ひゃぁ!?」
「お前らも!」
「ひゃ!」
『わー』
まぁ、ソレイユ以外は小型化していたので、カイトが単に上体を起こすだけで十分だった。というわけで吹き飛んだ二人の一方、カイトはどうやってか跳ね上げたソレイユをお姫様抱っこの様にキャッチする。
「ほいっと」
「あはは! にぃ、ちょっとくすぐったかったー」
「ぷふぅー……はぁ。流石に息だけでお前を持ち上げるのはキツかった……それと腹に直だったんだから我慢しろ」
「んー」
別にソレイユは何ら一切気にしていないらしい。カイトの言葉に笑っているだけだった。腹に直、というのは単に服がめくれ上がっていて、お腹が口にあたっていたかららしい。奇声の理由はお腹が若干吸われたのと、吐き出された息で刺激されたかららしかった。というわけで、一通りのじゃれ合いを終わらせた後は
「ふぅ……とりあえず、一泊するには十分な部屋か。ベッドが二つ、食事を作るには十分なだけの水場……十分か」
「にぃ、作る?」
「いや、今日は良いだろう」
ソレイユの問いかけに対して、カイトは一つ笑って首を振る。流石に一泊だけだし、調査隊が集合する場所がそもそも宿屋に付随する酒場――というより食堂だが――だ。わざわざ作ろうとは思わなかったようだ。
「んー……」
ソレイユを抱きかかえたまま、カイトは一つ伸びをする。そうして冒険者が宿泊する部屋の壁を見て、僅かな苦笑を浮かべた。
「やっぱ防音性能高いなー。並のマンションやら集合住宅やらより遥かに強い」
「昔二人でなんでだろー、って言ってたねー」
「あっはははは。あの頃のオレ達は子供だった、って所だな。シャルに聞いて真っ赤にされたのも懐かしい」
「そ、それは……ひ、必要だからよ」
「なんで?」
「必要だからよ!」
「あっはははは! そーそー。顔真っ赤にしてな」
カイトとユリィがその当時のシャルロットとカイトのやり取りを再現する。異世界から来た少年と、純粋無垢な妖精である。それに対してシャルロットは見た目こそ美少女であるが、実年齢は数千歳だ。大人である。当時はカイトと同年代と偽っていたが、何故冒険者の宿屋に普通より強力な防音が必要なのかもしっかりわかっていた。
が、それを言える彼女ではなかったのであった。と、そんな昔の事を思い出して笑うカイトとユリィに対して、ソレイユが笑う。
「こうやってはしゃぎまわっても問題無いよー」
「だな。それをどう使うか、はその人次第だ。エロに使っても良いし、こうやってはしゃぎまわっても良い」
先程までかなり大声を上げてはしゃぎまわっていた。普通なら隣室に迷惑が、と思うだろうが、この強力な防音のおかげで多少はしゃぎまわっても問題はなかった。その副次的な効果で多少暴れても問題が無いので、階下の宿泊客が怒鳴り込む事もないのであった。というわけで、ソレイユと共に笑うカイトへとユリィが問いかける。
「で、これからどうする?」
「とりあえず昼飯食ってからは暇潰すか。集合時間までは相当余裕があるからな」
「18時集合だっけ」
「そ……ま、そこから晩飯食って明日最後の用意して、明後日に出発だな」
普通の移動なら今日集合して明日出発でも良いだろうが、今回は安全の確保されていないルートの調査が仕事となる。なので本来は用意されているいくつもの道具が用意されていない為、明日用意する事になるらしかった。
とまぁ、そういった打ち合わせを行うのが、今日の夜だ。というわけでしばらくの暇が生まれるわけであるが、そこでソレイユがカイトへと自らの身体を強く押し付ける。
「じゃ、とりあえず……にぃを再度押し倒します!」
「なんで!?」
「気分!」
楽しげに、ソレイユが意味がないと明言する。そうして、一同は昼食の時間まで再度のじゃれ合いを開始する事になるのだった。
さて、じゃれ合いの再開から数時間。昼食を食べて再びのんびりとした時間を過ごしたり、気ままに宿場町の観光を楽しんだりしていたわけであるが、夕刻になりカイト達は瞬と再度合流。昼にも利用した宿屋に併設されている酒場へとやって来ていた。
「いらっしゃいませー! 何名様でしょう!」
「馬宿の連れです。参加者が来た、と言えば良いと」
「あ、はい! 聞いてますよ! こっちでーす!」
どうやらもう話は通っていたらしい。まぁ、集合場所として指定していた以上、席は確保していたのだろう。というわけでカイト達は獣人の少女に案内され、酒場の奥の一角へと通される事になった。
「ゲンティフさーん! 参加者さん来ましたー!」
「おーう! サンキュー! ほらよ!」
「ありがとうございまーす!」
ウェイターの少女の言葉を聞いて、ゲンティフという冒険者らしい壮年の男が陽気にジャーキーを投げ渡す。それをウェイターの少女が器用に口でキャッチして咥え、カイト達へとメニューを差し出した。
「飲み物何にします?」
「良く来たな。ま、とりあえず詳しい話は飲みながらにしようぜ」
「なら、有り難く……オレはこいつで。まだオレ達以外?」
「まぁ、他に俺の連れが居たんだが、一旦部屋に戻ってる。そっちはすぐ来る。が、ほかはまだだな……とりあえず飲んで待とうぜ」
ゲンティフの促しに、カイトは有り難く酒を頼んでおく。せっかく酒場での話し合いだ。酒を頼んでも問題はないだろう。というわけで、各々好きなものを頼み飲み物を待つ間に改めてゲンティフが自己紹介を行った。
「俺はゲンティフ。『馬宿の旅人』に所属する冒険者だ」
「カイト・天音です」
「瞬・一条です」
「おう。お前らの事は聞いてるぜ。参加してくれてありがとな」
どうやらカイトと瞬の事はどこかしらで聞いた事があったらしい。後に聞けば、ゲンティフが所属するギルドは冒険部が同盟を結んでいるギルドと友好関係にあるギルドの一つらしかった。それでマクスウェルに居る日本人にやり手のギルドマスターが居る、と聞いた事があったのである。
「で、そっちのおチビさん達は……」
「ソレイユでーす!」
「……は?」
「ソレイユでーす!」
「……」
まぁ、この反応は当然だろう。なにせハーフリングで弓兵でソレイユといえば、伝説的な弓兵のソレイユしか思い当たらない。そして遠征隊の件でカイト達の所に居るのは割と知られた話だ。思わず呆然となるのはあまりに自然な流れだった。
「……マジもんか?」
「以外、何が?」
「どえらいの連れてきやがったな……」
「森と言えば私達が最適だからねー」
それはそうだろうが。流石にそう言われても単なる調査任務にソレイユが来るとは思わないだろう。なのでゲンティフは困惑するしかなかったようだ。と、そんな所に声が響く。
「ごめんごめん! あ、もう他の人来たんだ」
「おう。あ、適当に頼んどいたけど良いよな?」
「どうせいつものでしょ? 問題無い無い。レモン勝手に掛けてたら戦争だけんど」
陽気でテンションが高めの声が響いて、とてとてとてと少女が一人歩いていく。と、そんな姿にソレイユが目を丸くする。
「おろ。同類さん?」
「おや、同類さん?」
「「……」」
どうやら少女に見えるのは見えるだけで、現れた連れとやらもハーフリングだったらしい。じー、とソレイユと見つめ合う。そうして、二人が揃って手を挙げてハイタッチを交わし合う。
「「いぇーい!」」
「お前そいつあのソレイユだぞ……」
「だと思うよー。明らかにあたしと格が違うもん。まー、でも良いんじゃない? 乗ってくれたらこっちのものこっちのもの」
「そーそー」
流石はハーフリング達。カイトもゲンティフもそう思う。完全にいい加減なテンションで話を進め、それでいて合意を得ていた。が、それが彼女らの良い所であり、悪いところでもあった。
「まぁ、こいつが俺の連れでミリエメ」
「エメでーす」
いぇい。ミリエメと呼ばれたハーフリングの少女――女性かもしれないが――がピースサインを裏返して目の横に持っていく独特なポーズで挨拶をする。
「で、エメ。やっこさんは?」
「あ、もう来るって」
「そうか……ま、お前も座って待っとけ。全員揃うまでしばらくあるしな」
「はーい」
ゲンティフの促しを受けて、ミリエメが彼の横の空いていた席に腰掛ける。確かによく見てみればそちらには飲みかけのコップが置いてあり、彼女が居ただろう形跡があった。そうして、カイト達は二人と話しながら少しの間他の参加者が来るのを待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




