第2137話 馬車での旅路 ――依頼の裏――
アストレア家での依頼を終えて戻ってきたカイトを待っていた、新規開拓されたルートの調査依頼。それは馬車で実際のルートを通り、安全性や考えられる危険性の確認を行うというものだった。
久方ぶりの馬車での旅とあって心惹かれた事もあり依頼の受諾を決めたカイトは、今回の依頼の内容から冒険部でも有数の戦闘力を有する瞬――とユリィら――と共に出立する事になる。
「『っと! 意外と扱いやすいな!』」
「っ……そんな大きな声を出さなくて大丈夫だ。ヘルメットに通信機の機能もある」
『あ、そうなのか。すまない』
しかめっ面――通信機が起動していたので響いたらしい――のカイトの指摘に、瞬がどこか恥ずかしげに声のトーンを落とす。なお、どうやら彼は気付かなかったらしいが、そもそも念話を使うという手もあった。
『で、一つ聞きたいんだが、場所はわかっているのか? 随分道なき道を進んでいる様に見えるが』
「ああ、それなら問題無い。ソレイユ」
『はーい。地図見てまーす』
「というわけだ」
『なるほど』
そもそもサイドカーを使っている理由の一つは、ソレイユらが道案内する為だ。バイクでの移動なのでどうしても移動速度が速い。エネフィアの様に大自然が残りほぼほぼ目印になるような物が無いような場所で迷わない様に、彼女らが地図を見て現在位置を把握してくれていたのであった。
「さて……まぁ、そういうわけだし、基本的な進行方向についてはオレのバイクに同期させている。だから最悪、手放しでも大丈夫だ」
『そうなのか?』
「ああ……流石に無免で完全手放しもあれだろ」
『それはそうだが……すごいな』
そんな技術まであるのか。瞬はカイトからの情報に若干だが肩の力を抜きながら呟いた。確かに飛空艇にも艦隊での行動時に使う同じ技術があるが、こんなバイクにまで搭載されているとは思わなかったようだ。が、これにカイトは笑う。
「そうでもない……この技術の大本は天道財閥……正確には天道重工だな。そこからの情報提供だ。戦闘機を開発する際に、隊列を組む補佐に使えるかと思って技術の蓄積をしていたんだが……」
『……すまん。想像していたより遥かに凄まじい話が出て、どう反応すれば良いかわからん……というか、戦闘機? そんなのも作ってたのか……』
一応、瞬も天道財閥が母体となっている天桜学園の生徒だ。しかもその看板を背負っている一人とも言える。なので天道財閥がどのような企業連合なのか、というのは把握しており、その中でも中核の一つとなる天道重工が何をしているかは把握している。が、それはあくまでも一般的な話で、こういった軍需産業にも関わりがあるとは思わなかったのだろう。
「ああ……まぁ、正確には航空宇宙産業だな。その一環で、戦闘機も作っている……流石に、そこらの話は新聞で読んでいないみたいだな。もしくは、その関連のニュースを見なかったか」
『浅学ですまん』
どうやらここらの話は新聞に何度か出ていたらしい。実際、カイトも何度か新聞で出ているのを確認している。瞬の確認不足で間違いないだろう。というわけで、そんな技術を基にして作られた同期システムを使って、瞬が操作を誤って航路から外れない様にしているのであった。
『とはいえ、そういう事なら手放しでも大丈夫なのか?』
「まさか。流石にそこまでスグレモノじゃない。あくまでも道を間違えたりしない様に、という程度だ」
『なんだ。そうなのか』
「バランサーが難しいらしい。特にオフロードだとな……ま、二輪車にそこまで高度なバランサーを求めるのも酷だろう。そっちに関しちゃ、ティナも専門外らしいしな」
当然といえば当然であるが、ティナにだって出来る事出来ない事はある。なのでこの二輪車へのバランサーの搭載とそれを用いた転倒防止についてはまだまだ未熟と言わざるを得ず、あくまでも初心者が運転するにあたって転倒しない程度に留めるのが精一杯だった。と、そんなバイクの事を話しながらひたすら移動する一同であったが、そんな折りにふとソレイユが口を開いた。
『あ、にぃー』
「ユリィに頼め。流石にオレはキツイわ」
『あいあいさー』
カイトの言葉に、ユリィがソレイユへと魔糸を巻き付ける。そうして、ソレイユがわずかに身を乗り出した。
『ふぅ……』
深呼吸を一つ。そうして、ソレイユの目がすっと細められる。そんな彼女は遥か彼方を見据えながら、カイトへと要請する。
『にぃ。ちょっとだけ動き安定させて』
「あいよ」
ぱちん。カイトが指をスナップさせると、バイクの下部分が氷で覆われて安定をもたらす。そうしてほぼほぼ揺れずに動くサイドカーにて、ソレイユは弓を引き絞った。
『ふっ』
ソレイユが息を吐くと同時に、引き絞られた弓から矢が解き放たれる。が、その次の瞬間だ。放たれた矢はまるで流星の如くに輝いたかと思うと、一瞬で消え去った。
『ふぅ……これでおっけー。ユリィ、ありがとー』
『はいはいー』
『なんだ?』
何が起きたかさっぱりわからない。瞬は困惑気味に目を丸くする。ソレイユが矢を射た以上どこかしらに敵が居ただろう事は明白だが、その後は何が起きたか一切見えなかったようだ。そんな彼に、カイトがわずかに苦笑する。
「<<次元矢>>という技だ。早い話、転移術を組み合わせた矢と考えれば良い」
『この間お前がやったやつか?』
「いや、ちょっと違う。原理としては似てるがな。あれの更に上と思え。あれを更に強化したのが、これだ……どこに跳んだかは、まぁわからなくて良いだろう。流石に先輩の探知限界を大幅に上回っている」
どうやら自分が探知出来ないほどに超長距離の狙撃を行ったらしい。一応瞬もそもそもが槍投げという事があって敵への探知能力は並の近接戦闘を主体とした冒険者よりも長いが、それでも遠距離の専門家である弓兵達には及ばない。それが格上であるソレイユともなると、尚更だろう。
『少なくとも数キロは先か』
「そう考えておけ……まぁ、どうにせよ気にしても意味がない。もう討伐されているからな」
『気を付けないと、怖い事になりそうだ』
「それはな。下手な暗殺者より、優れた弓兵は暗殺者だ」
<<次元矢>>がどんな風にして敵へと襲いかかるかはわからないが、転移術を応用するというのだから敵の間近に出現するだろうというのは想像に難くない。故に気を付ける様に胸に刻む瞬に、カイトもまた笑っていた。そうして、ソレイユの探知能力を上回る事の出来ない瞬は道中一切魔物を見る事が無いまま、宿場町へと到着する事になるのだった。
さて、二人が出発してからおよそ三時間。道中で一度休息を挟んでいた一同は昼になり指定された宿場町へと到着する。そうして宿場町の中を歩いて集合地点となる宿屋を目指すわけであるが、その道中。瞬は驚いた様に目を見開いていた。
「随分賑わっているんだな」
「ここら一帯でも一番大きな宿場町だからねー。ここ分岐点なの。ここから東西南北に移動出来るの」
「なるほど……」
宿場町というよりもこれはもう普通の街で良いかもしれない。瞬は寂れた村よりは遥かににぎやかな様子を見せる宿場町を見ながら、そう思う。勿論、そう言っても流石にマクスウェルや神殿都市ほどの活気はなく、行き交う人々も旅人と思しき者たちが大半だ。あくまでも一時的な逗留を行っている者たちと見て間違いないだろう。
「随分とにぎやかなんだな」
「この近辺に温泉もあるからな。ここで英気を養って、次の目的地へ進むという者も多い」
「なるほど……で、今回はここから次の所へ、というわけか」
「ああ。ここから北へ向かった所に、少し大きな街があってな。一応、今もそこへ向かうルートが無いわけじゃないんだが……」
「何かあるのか?」
今回の目的地を語るカイトに、瞬が首を傾げ問いかける。勿論、何かがあるからこそ今回の新規ルート開拓になったわけだ。それを知っておくのは重要だった。
「一時期ちょっと厄介な魔物が巣食ってたんだ。それで迂回路が取られていた。が、今回その厄介な魔物が討伐されてな。周囲一帯の安全が確保された、と見做して昔使われていたルートを使うか、新規ルートを開拓するか話が出てるんだ。謂わば直通ルートだ」
「それで俺たちは新規ルートの調査を行う事に、か」
「そういうことだな」
エネフィアではやはり魔物が出る関係上、時折この様に最短ルートが使えなくなる事は往々にしてあるらしい。基本そういう場合も冒険者達に依頼を出して討伐を促すのであるが、それにより討伐されたという事なのだろう。と、そんな事を考えた瞬であるが、少しだけ不思議に思ったようだ。
「だが、えらく長い間封鎖されていたんだな。話を聞く限りだと、宿場町なんかも封鎖されていたんだろう?」
「ああ……まぁ、これが討伐が遅れた理由でもあってな」
「ランクSのコカトリスって知ってる?」
どこか苦い顔のカイトの言葉に続けて、ユリィが瞬へと問いかける。これに瞬も一つ頷いた。
「ああ。石化の力が厄介な魔物だな。流石に俺も戦った事はないが……」
「それと同じで、厄介さ含みでランクSに分類された魔物が発生しちゃってたの。こいつが結構厄介でさー。下手に被害を生みたくないから、立入禁止にして対策練ってたの。三年ぐらい前かな」
「そんな前か」
そこまで大昔というわけではないが、確かに三年も完全封鎖されるのであれば宿場町なども一時的な撤退を余儀なくされただろう。瞬は若干の驚きを得ながら、その魔物がどうなったかを問いかける。
「結局、そいつはどうなったんだ?」
「倒したよ」
「まぁ、そうだろうな……倒した?」
「カイトが帰って早々に。他にも何体かそういう魔物を軒並み倒しちゃったねー。ついでに魔族領もやったけど」
「……」
なるほど。流石は勇者カイトという所なのだろう。並の冒険者では歯が立たないような相手でも、彼の場合は一捻りだ。そして彼にとってみれば自領地での問題である。みすみす見過ごすはずもなく、費用対効果に見合わないのなら自分でやっちまうか、としていたのであった。というわけで、カイトがその魔物について教えてくれた。
「<<腐敗する竜>>という戦闘力もランクS級。厄介さもランクS級の化け物みたいなヤツが居てな。並の冒険者じゃ歯が立たん」
「あー……あれかぁー……」
カイトの言葉にソレイユは苦い顔を浮かべる。どうやら彼女も知っているほどには、厄介な魔物らしかった。
「あいつ、飛行能力無いから行動範囲は狭いけど、防御力異様に高いし、遠距離もあんまり通用しないもんねー……」
「そういう事。しかも出ただけで周囲に腐敗撒き散らすから、土地の被害甚大でしょ? 討伐準備はもとより、討伐してもしばらく様子見が必要だからねー……あいつが出たら土地が年単位で使えなくなるから厄介な事この上ない」
そんな魔物まで居るのか。瞬は苦い顔のユリィとソレイユの会話を聞きながら、内心でそう思う。が、それでも一つ腑に落ちなかった。
「だが、マクダウェル家なら問題無く討伐出来るんじゃないのか?」
「そこが、今回ちょっと面倒だったの。一回冒険者に依頼を出した以上、マクダウェル家としてやっちゃうと仕事奪う事になっちゃうし、ユニオンを信頼してない、というポーズにも取られかねない。それはあんまり望んでなくてさー」
「かといってあんま封鎖もしてられん。元々そこの住民達も居るからな。無論、そこが使えない事での経済損失も見過ごせん。ってわけで、冒険者としての立場でオレが裏で手を出したわけ」
「なるほど……そういえば裏で本来の登録証で動いている、と聞いた事があったな……」
あくまでも腕試しや一般の冒険者では費用対効果に見合わない依頼を、という事で聞いていたが、おそらくこの魔物の討伐もその一つだったのだろう。瞬はカイトの語る話に納得を得る。
「そういう事だな……まぁ、それで土地に関してはノームの力で浄化しておいた。で、その浄化も終わったから、改めてルート再開の、というわけだ」
「なるほどな」
とどのつまり、色々とあったという事なのだろう。瞬はカイト達の語る今回の依頼の裏をそう把握しておく事にする。どうせこんな裏を知った所で何も意味はない。強いて言えばその影響で事前調査を行っていた情報が役に立たないかもしれない、という程度だろう。と、そんな話をしながら歩くこと少し。気付けば、集合場所として指定されていた宿屋に到着していた。
「緑色の屋根……『草原の立ち木』。これだな」
「じゃ、入っちゃおー」
目印として記されていた情報と看板の名前が一致している事を確認し、ユリィが号令を下す。そうして、一同は宿屋の中に入る事にするのだった。
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