第2136話 馬車での旅路 ――依頼――
アストレア領での一連の依頼を終えて戻ってきたカイト。そんな彼は戻ってから瞬の状況確認やソラの皇都行きの手はずを整えていた。
そんな最中、先のアストレア家でのパーティで受けたリデル家でのコンベンションの話をティナとしていたのであるが、そこで同じくコンベンションへの参加に関する資料を持ってきた灯里を交えて話を行う事になる。そうしてそんな軽いミーティングの後。彼は灯里の助言により、一旦はリーシャの所へ行って身体の調子を確認して貰っていた。
「……はい。もう大丈夫です」
「良し……悪いな、いつもいつも」
「いえ、今回は呼びに行く前に来てくださったので、楽で済みました」
「あはは……ついでに聞いておくけど、現状は?」
「特に問題は。冒険部のけが人については大凡が完治。マクスウェルに運び込まれたけが人についても、大凡が峠を越えたそうです」
脱いだ上着を再び着用しながら、カイトはひとまずリーシャから現在の冒険部の状況と、医者としての横の繋がりから入ってきていた情報を聞いておく。冒険部はギルドマスターとして知っておくべき情報だが、領主でもある以上は現在の領内の冒険者の状態も把握しておく必要があった。というわけで、そこの把握を行った彼はひとまずの安堵を浮かべる。
「そうか。まぁ、知り合いも殆ど死人が出なかったのは、幸いだったか」
「それについては、そうなのだと。医師としても同意します……為政者としてどうなのか、はまた別なのでしょうが」
「それはな」
一介の冒険者として生還を喜ぶのと、為政者として物資の消耗を嘆くのはまた別だ。故にリーシャの指摘にカイトは苦笑しか出来なかった。
「ああ、そうだ。そういえば回復薬の量産についてはどうなった?」
「そちらについては適時出来上がっている、という所でしょうか。一応話を聞く限りでは、ランクCの冒険者が使うランクの回復薬については流通がある程度元通りになった、と」
「まぁ、あの領域についてはそこまで高級な回復薬じゃないからな」
「はい。それ故、まだ学園で量産出来る範囲でなんとかなったかと」
「これで物価もなんとか戻るか……」
ひとまず、懸案事項の一つは解消されそうか。カイトはリーシャからの報告に安堵を浮かべる。やはり物価の歪な上昇は為政者として気にしておくべき事だ。そこも注意しておく必要があった。というわけで、そんな話をしているとあっという間に身だしなみを整え終える。
「良し。じゃあひとまず、仕事に戻っても良さそうか?」
「ええ。そこまで大きな依頼でなければ、外に出ても大丈夫です」
「そうか。まぁ、今の所何か大きな依頼を受ける予定もない。しばらくは肩慣らし程度にしておくよ」
「そうして頂ければ幸いです」
カイトの言葉に、リーシャは一つ頷いてカルテに今回の診断結果を記載しておく。そうして、カイトはリーシャからの診察を終わらせると再び執務室へと戻る事にするのだった。
さて、執務室へと戻ったカイトであるが、そこで再度の仕事に取り掛かる事にする。と、そんな彼であるが、ひとまずの書類仕事を全て終わらせると軽い運動を兼ねて今からの時間で終わりそうな依頼を受ける事にしていた。
「ソーニャたーん。ちょっとよろしゅうかー」
「暇になったら分かりやす過ぎますね……」
「だって実際暇だし」
「はぁ……少々、お待ち下さい」
盛大に呆れながらも、リーシャとしてもカイトが暇という事はどういう用事か理解出来ている。なので彼女はカイトが好みそうな依頼をまとめた書類の束を用意した。
「はい。こちらがマスター専用の依頼書の束になります。どのような依頼をお受けしますか?」
「軽い運動で」
「であれば、これとかどうですか? ゴブリンの巣殲滅任務」
「一人で受ける依頼じゃねぇな……」
「受けられると思いますが」
受けられるけどね。カイトは楽しげなソーニャの言葉に呆れ半分に首を振る。とはいえ、流石にこれは今から受けても時間が掛かりすぎるといえば掛かりすぎる依頼だった。
「流石に今からじゃキツイ。時間が掛かりすぎる」
「それでしたら、後はもう荷物整理やらなんやらになりますね……緊急で何か入っていなければ、という所ですが」
「緊急ならよほどヤバい話じゃない限り、オレが手を出すのもなぁ……」
緊急の依頼は基本、依頼料が高い。なので危険性が高い以外カイトは手を出さず、他に回す事にしている。まぁ、緊急の依頼の大半が危険性の判定が甘かったり不明である事が多いので、基本カイトに舞い込むのはむべなるかな、という所だろう。
「そうですね……それでしたら、緊急性が高くなく時間が掛からないだろう依頼となると、馬車の積荷の回収依頼……ぐらいでしょうか」
「ふむ?」
「つい先日、南西のマクシミリアン領からのキャラバンがマクスウェルとマクシミリアン領の堺で魔物の一団に襲撃されたとのこと。その際、護衛に雇われていた冒険者の活躍の結果、被害はさほどではなかったとの事ですが……積荷の一部が戦闘の衝撃で失われたとの事。ただ、場所については判明している為、手間にはなるが危険性はさほどと判定されている為、依頼料もさほどとなります」
カイトの要請を受けて、ソーニャが依頼の概要を告げる。これに、カイトはひとまず得た所感を口にした。
「なんというか……面倒そうな依頼だな。しかも危険性の関係からさほど利益もなさそうか」
「ええ……なのでユニオンとしては近辺で別の依頼を引き受けた際、ついでという形で受ける事を推奨させて頂いております」
「となると、抱き合わせで何か別の依頼はあるか?」
「はい。ここら近辺の草原で確認されている魔物から素材を収集。指定の業者へ納品する依頼があります」
「こっちも面倒と言えば面倒な……」
それ故にセットで出されているんだろうが。カイトはおそらくこちらの依頼は割と高額――魔物の素材の収集は高額な依頼になりやすい――である事を理解しつつ、面倒である事もまた理解していた。そんな彼に、ソーニャが問いかける。
「どうされますか?」
「受けるよ。こういう依頼は長々と放置されやすい。ユニオンとしてもあまり放置は頂けないだろう?」
「ええ……殊勝な心がけかと」
「こういった貢献も、ギルド運営を行う以上は必要な事だ」
ソーニャの言葉にカイトは一つため息を吐いて首を振る。そうして、彼は依頼に出る事にするのだった。
さて、カイトが軽く運動を終わらせて更に翌日。この日からはようやく、カイトとソラもまた通常営業となっていた。というわけで今までサブマスター兼戦力的な切り札として残留していた瞬が軽い肩慣らしに出かける一方、彼らは溜まっていた書類の整理やらを終わらせる事になるのであるが、その中でカイトはふと気になる書類を発見する。
「うん? ソーニャ」
「どうしました?」
「依頼書で確認なんだが、この依頼ってオレ向けか?」
「はぁ……」
基本的に依頼の中で厄介、もしくは面倒な物はカイトの所へ持ってくる様に指示を出している。なので彼の所に依頼書が舞い込むのは時折ある事なのであるが、そんなカイトが小首を傾げるほどの依頼があっただろうか、と思ったらしい。
「これは……」
「新規ルートの調査任務……まぁ、時折ある珍しい依頼か」
「そうですね。珍しいといえば、珍しいかと。少々、お待ち下さい」
カイトから提示された依頼書を確認し、ソーニャが依頼書の詳細をコンソールから呼び出す。そうして彼女が依頼の概要と詳細を確認している間に、ソラが少し興味深げに問いかけた。
「新規ルートの開拓?」
「調査だ調査。開拓じゃない」
「何が違うんだ?」
「新規ルートの開拓だと、新規ルートをゼロから開拓しないといけない。だから基本は一人か二人での行動だ。それに対して調査任務だと、新規で開拓されたルートがどの程度の危険性があり、どんな装備などが必要か、と複数人で確認するんだ。実際にそこを移動する場合、どうなるかと確認するわけだな」
ソラの問いかけを受けたカイトが、この依頼の差を語る。これに、ソラは首を傾げた。
「それ、ウチにギルドとして来てるんじゃないか?」
「いや、この依頼に関しては通例、一つのギルドには出されない。というより、基本は同じギルドでの参加者に制限が掛けられる。多くて二、三人だな」
「はぁ?」
なんで。カイトの言葉にソラがわけが分からず首を傾げる。これに、トリンが教えてくれた。
「ギルドだと専門性なんかで一つの視点からしか見れない事が多いからだよ。連携が取れても困るしね。だから基本はギルドに所属しないソロやペアの冒険者に依頼が出される事が多いんだ。専門性が異なるからね」
「専門性はわかるけど……連携が取れても困る?」
「新規ルートを通るのが、ギルドとかの組織が護衛するキャラバンだけじゃないからね。連携が取れないような、もしくは即興での連携が必要な場合を想定して、調査を行わないといけないんだ。そっちが普通だからね」
「なるほど……」
つまりは最低限の状態で調査をしないといけない、という事か。ソラはトリンの解説に納得して頷いた。と、そんな解説が終わった所で、ソーニャも確認を終えたらしい。
「……そうなります。それで今回の依頼ですが、確認が取れました」
「教えてくれ」
「今回の新規ルートの開拓ですが、出現すると思われる魔物は平均的にはランクC程度となります」
「新規ルートである事を鑑みれば、妥当か。並の冒険者なら問題無いだろう」
「はい。実際には最高でランクC程度と目され、ランクBの魔物は出ないだろう、と思われます」
一応、カイトは公的にはランクA。ランクBの壁を更に超えた冒険者だ。なのでランクC程度の魔物が出るような依頼で彼に回ってくる事はない。無論、彼が受けるというならそれは別だが、彼に依頼を頼むのは費用対効果に見合わない。彼の所に来たのは、確かに違和感だった。
「が、今回は新規ルートの調査となりますので、念の為にランクB~A相当の冒険者を数名加えて調査に望みたい、と調査隊のリーダーからの要望がありました。それで、該当の冒険者に向けて依頼書が出た形となります。当ギルドであれば上層部の皆様という所でしょうか」
「なるほどね……それで代表でオレの所に来た、というわけか」
それなら納得だ。カイトはソーニャの説明に一つ頷いた。というわけで、改めて依頼書を確認する事にする。
「ふむ……現在の参加率はどのぐらいだ?」
「まだ出たばかりですので、参加率はゼロ。空っぽです」
「そうか……」
「……行くつもりですか?」
どこか驚いた様子で、ソーニャが問いかける。それにカイトは笑った。
「さて、どうするかな」
「私は行きたいー」
「おっと……お仕事は終わりか?」
「いえっさー」
カイトの問いかけに、彼の肩の上に舞い降りたユリィが敬礼で応ずる。どうやら道祖神の招きに遭ってしまったらしい。そんな彼女が、カイトに告げる。
「それに、カイトの顔にも書いてるしねー」
「あはは……」
お見通し、か。カイトは久しぶりに冒険心が疼いているのを自覚していた。特にここしばらくは飛空艇での移動だったおかげか、いまいち旅らしい旅をしていなかった。久しぶりの馬車での旅に興味が湧いたようだ。そしてソーニャは彼が浮かべた子供っぽい輝きに満ちた顔に驚きを浮かべていたのであった。
「んー……どうすっかなー……ソーニャたん、ちょいと質問」
「急にいい加減にならないでください。対処に困ります」
「の割には迷いなかったね!?」
ノールックで放たれた霊力の輝く球に、カイトは慌ててはたき落として声を荒げる。
「あ、すいません。ついうっかり癖で」
「癖でギルドマスターに攻撃撃ち込む受付嬢が居るかよ……ま、それはともかく」
「お考えの件でしたら、そのとおりで大丈夫かと。どちらかと言えば桜さんやソラさんより、マスターや瞬さんが適役かと」
「そか」
やはりギルドの事務員としての才能は高いらしい。気を取り直したカイトの問いかけたい内容を理解していたソーニャは問われる前に答えを述べていた。実際、これで正解だったらしい。と、そんな事を考えていた丁度そのタイミングで、依頼に出ていた瞬が戻ってきた。
「ふぅ……戻った」
「ああ、先輩。良い所に」
「うん?」
「依頼、出るが行くか? まぁ、今日じゃないが」
「依頼? カイトとか? 何かヤバい案件か?」
基本的にカイトも瞬も冒険部では有数の戦闘力を保有している。アルやルーファウスら出向組を除けば、冒険部で一位二位の二人だ。どちらも本気を出せばランクS相当の冒険者とだって真正面から戦える。この組み合わせで何が起きたのか、と驚きを浮かべたのも無理はなかっただろう。
「いや、単なる調査任務だ。ウチには戦闘力を求められていてな。ランクAも二人程度居れば問題無いだろう」
「ふむ? 詳しく教えてくれ」
兎にも角にも依頼の詳細を聞かないことには、何も始まらない。というわけで、ソーニャの近くに設けられたソファに腰掛けて、改めて依頼の話を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




