第2134話 馬車での旅路 ――状況確認――
アストール家・アストレア家からの依頼を終わらせて再びマクスウェルへと帰還したカイトとソラ。そんな二人はひとまずは不在の間の仕事を片付ける事になっていた。そうして一通りの仕事を片付けたカイトは、現状把握の為にリィルとルーファウスの二人と共に訓練場に赴いたという瞬の所へと向かっていた。
「ふむ……」
訓練場の中を歩きながら、カイトは冒険部の冒険者達を確認する。
(基本的な戦力の厚みとしては、かなり普通の冒険者ギルド並には整ってきたかな……? そういう点で考えれば、外の冒険者を広く登用する様にし始めたのは正解だったか)
やはりお互いに刺激になる、というのは良い出来事であった。エネフィアの冒険者達にとって地球の出身者達の考察は彼らには無いものであり、逆にエネフィアの冒険者達の経験は当然、地球から来た彼らには無いものだ。
なので此方側で参加した冒険者達も随分と考えて動く様になって来ていたし、天桜学園の出身者達も彼らの経験を吸収して動く様になっていた。動きにはそれが見え隠れしているのであった。
「マスター。一回手合わせ良いか? どこまで到達したか見たい」
「後で良いか? ひとまず先輩を見ておきたい」
「わかった」
「ああ」
「マスター」
何度か言及されていた事であるが、カイトはギルドマスターとしてはかなりの信望を得ている。そして彼が冒険部でも最強格に位置する冒険者である事は疑うべくもなく、彼に手合わせを願う者たちは一定数存在しているらしかった。というわけで、そんな彼らの応対をしながら、しばらく歩いていく。そうして、最奥にたどり着いた所で立ち止まった。
「はぁ!」
「はっ!」
「っ!」
自身の槍に対する様に羽の様に展開した炎を迸らせたルーファウスに、瞬が槍を即座に消失させてその場から飛び跳ねて距離を取る。そこに瞬が追撃を仕掛けようとするも、その機先を制する様にルーファウスが斬撃を放つ。
「ちっ!」
「ふっ!」
地面を蹴って後方に跳んだ瞬に、ルーファウスが地面に着地して追撃を仕掛ける。が、彼が追いついた頃には瞬は綺麗に着地して迎撃の準備を整えており、先手を打ったのは彼の方だった。
「ふむ……まぁ、当然だが術技が落ちたわけじゃないか」
「戻られたのですか?」
「ああ。ついさっきな。その後一仕事終えた所だったが……こちらは二ラウンド目か?」
「そんな所です」
カイトの問いかけに、リィルは一つ笑って頷いた。何故彼が気付いたかというと、リィルの側がタオルを首に巻いていたからだ。明らかに運動した後だった。そして彼らが訓練場に入ってからの時間を考えても、やはり一試合終わった後と考えるのが妥当だった。
「……若干、出力が落ちている様にも見えるが……」
「当人は、それよりネックレスが嫌そうでしたが」
「そうか」
リィルの言葉に、カイトは楽しげに笑う。そんな彼の見る瞬の首筋には一つの青く輝くチェーンが見えており、彼らしからぬ様子だった。それもそのはず。これが彼の鬼族としての力を抑制するネックレスだった。が、製作者達の意向により、かなりおしゃれなデザインにされていたらしい。
というわけで彼はしきりに恥ずかしがっていたそうである。と、そんなわけでひとまずの現状把握の為に二人の戦いを見守る事しばらく。交わる刃が数百を数えた所で、二人が構えを解いた。
「ふぅ……ありがとう。大体、今の状態がわかった」
「役に立てたなら、何よりだ……が、封印がわからないほどいつも通りだったな」
「そうでもない。いつもよりは本気だった。もう少し抑え気味にやりたい所なんだが……」
あまり強く力を込めると、今度は封印具が抑制の力を展開するのでそうもいかない。瞬はどこか苦笑混じりに笑う。と、そんな話をしていた所で、二人もカイトに気が付いた。
「カイト。帰ってたのか」
「ああ。さっきな……ほら」
「「と」」
カイトが投げ渡した飲み物を二人がキャッチし、そのままひとまず口にする。中身は単なるスポーツドリンクだ。というわけで僅かな休憩を挟んだ後、改めて話をする事にした。
「ネックレスの調子はどんなもんだ?」
「まぁ、少し違和感か。力を使う度、妙に押さえつけられるような感覚がある……まぁ、防水加工がされていて助かった。外してどこかに置き忘れたらどうしよう、と内心思っていたからな。シャワーや風呂で外さないで良い」
今回のネックレス作製にあたって、瞬が唯一行った注文はなくさない様にして欲しい、という所だった。現状、彼も冒険者用の封印具を作れる作り手が非常に多忙である事は把握しており、なくすとマズいとわかっていた。故に紛失防止が大前提だった。なお、冒険者用なので耐久度については前提以前の話であり、彼が注文を付けなくても問題はなかった。
「素材は……魔鉱石か」
「ああ。多少の無茶なら耐えられるだろう、との事だ」
「多少、か。まぁ、ランクA級の冒険者なら多少になるか」
どうしても、冒険者も高位になると魔金属の系統さえ切り裂いてくる。唯一安全と言い切って良いのは緋々色金だけだろう。
瞬の力量などを考えた場合、製作者であるジュリエットが多少の無茶というのも無理なかった。実際、八大ギルドの幹部である彼女なら魔鉱石程度なら普通に粉砕してしまえる。絶対に安全とは言い切れなかった。
「二人共、実際に戦ってみた戦闘力としてはどの程度だった? 体感で良い」
「そこそこ、という所か。まぁ、ネックレスを身に着けるよりも前に比べれば些かの落ちは見えたが……」
「それも、さほどという所です。というより、どちらかといえば馬鹿げた力を感じなくなった分、コントロールしやすくなっていたかもしれません」
ルーファウスの言葉に続けて、リィルが感じたままを正直に話す。そしてこれについては、瞬当人も感じていた事だった。
「ああ……実はずっと振り回されているような感覚があったんだが……今の方が随分と動きやすい。前に近い感覚で戦える」
「とはいえ、もう少し封印の強度を強くするべきなのでは? あまり戦闘力の低下は感じられませんでしたが……」
「そうか? いつもより本気ではやったが……」
そう言えば考えてみれば、確かに前とさほど変わらない状況だったかもしれない。瞬は自身の手をじっと見つめ、どうなのだろうか、と考える。と、そんな所にカイトが推測を入れた。
「ふむ……おそらく単に上の段階で戦ったから、その戦闘技能を無意識的に吸収したんだろう。敢えて言えば力の使い方という所か。先輩の戦闘技能を酒呑童子が吸収していた様に、酒呑童子の戦闘技能を先輩も吸収したんだろう」
「そんな事が起きるのか?」
「起きるか起きないか、で言われれば起きる」
だろう。カイトはルーファウスを楽しげに見る。おそらく誰よりも身に覚えがあるのは彼だろう、と思えばこそだった。それに、ルーファウスは少し恥ずかしげに頷いた。
「……ああ。最近になり、氷属性の力も使える様になっている事に気が付いた」
「なるほど……確かルーファウスは火が得意だったな?」
「ああ。というより、氷は元々そこまで得意ではなかった。正反対の属性だからな」
キラキラと煌めく氷と、轟々と燃え盛る炎。その二つを小さな塊として生み出して、ルーファウスは螺旋を描く様に操ってみせる。この程度なら昔から出来ていたが、それでも昔より彼の感覚としては楽に扱える様になっていた。
「敢えて言えば、苦手意識がなくなったという所か。そこまで難しいと感じなくなった」
「ふむ……」
「というわけで、無意識的に酒呑童子の技術を吸収した事で鬼としての力の使い方を擬似的に学んだんだろう。島津豊久はあくまでも鬼の血を引く人間。先輩もまたそうだが……酒呑童子は神の血を引く鬼。あくまでも鬼なんだ。その点で彼の方が鬼の力の使い方が上手くて当然だ」
「それを、無意識的に体得したと」
「そうだな。酒呑童子がやった事を身体が覚えた、という所だろうが」
「なるほど……」
酒呑童子が操ったのはあくまでも瞬の肉体だ。故に、彼の身体が酒呑童子がやった事を覚えた。そう言われ、瞬も納得が出来たらしい。とはいえ、それでも手放しでどうにでもなるわけではなく、一応の所をカイトも念押ししておいた。
「まぁ、それでも流石にまだまだ不注意に外すべきじゃないだろう。あくまでも抑制については今までより上手くなった、というだけで決して抑制出来る様になった、というわけじゃないからな」
「それはわかっている」
「なら、大丈夫だろう。これは嬉しい誤算だった、と受け入れておくと良い」
「そうしよう」
自分はその認識がないのに身体がどうやって使うか、とわかっているのはなかなかに違和感ではあるが、この違和感は<<原初の魂>>を使用していく中で何度となく感じた事のある感覚だった。故に瞬もそれと同様の状況と受け入れる事にしたようだ。というわけで、一頻りの状況を掴んだわけであるが、そこで瞬が申し出た。
「カイト。久しぶりに一試合頼んで良いか?」
「ん?」
「ここらで一つ、かなり格上相手に挑んでおきたい」
「……まぁ、良いか」
ここに来るまでに何人もに同じ事を言われていたのでそちらを優先するか、とも思ったカイトであったが、こちらはギルドマスターとしての仕事といえば仕事ではあった。というわけで、瞬の申し出に応じてカイトは一つ跳んで訓練場の中心へと移動する。
「時間があまりないから、さっさとやろう。挨拶無し。速攻戦だ」
「槍か……良しっ」
くるくると槍を弄ぶカイトに、瞬もまた槍を即座に編み出して即座に訓練場に舞い降りる。そうして、彼は先手必勝とばかりに突撃する。
「はぁ!」
「ふっ」
突き出された槍に対して、カイトもまた槍を絡める様にしてその軌道を逸らす。そうして絡まった槍であったが、その時点で瞬が即座に槍の顕現を解除。即座に二槍流へと切り替えた。
「はっ!」
「とっ」
「っ」
軽く地面を蹴って跳んだカイトに、瞬が即座に上を振り向く。そうして見えたカイトであったが、彼はなんと巨大な大斧を構えていた。
「おぉ!」
「っ!」
マズい。大斧の重力を加えて落下速度を加速したカイトに、瞬は大慌てで地面を蹴ってその場を離脱する。そうして、直後。カイトの一撃が地面を揺らし、打ち砕く。これに、瞬が思わず目を見開いた。
「なぁ!?」
「さ、どうする?」
自分が着地する予定だった場所まで打ち砕かれ、満足な着地が出来なくなった瞬に向けてカイトが楽しげに次の一手を促す。しかも、彼はその上で弓を取り出してそのまま着地しようものなら容赦なく貫ける状態になっていた。
(このまま着地すれば不安定な足場で狙撃を受ける。かといってこの状態で<<空縮地>>も厳しい……飛べれば、という所か)
こんな時に飛空術を使えれば、問題なく逃げられるんだろうが。瞬は内心でそう思いながら、今は無理と諦める。
(後は……やってみるしかないか)
やった事はないが、やれない事はないだろう。瞬は空中で大きく息を吸い込んで、わずかに肩の力を抜く。そうして次の瞬間、彼は大きく声を上げた。
「おぉおおおおおおお!」
「ほぉ」
雄叫びを放ち口から大きく息を吐いて、瞬がわずかに加速する。息に魔力を含めて放つ事で強引な加速をしたのである。単純な魔力放出ではこの距離では駄目だと踏んだのだろう。そうして距離を取った彼に、カイトは矢を放つ。
「っ」
ここまで距離を取れば、なんとか打ち払える。瞬は放たれた矢を目視し、一息に切り払う。そうして即座に体勢を立て直すと、しっかりとカイトを見据えようとしてしかし、彼の姿はもうそこにはなかった。
「む?」
「よっと」
「ぐっ!」
すぱん。小気味よい音が鳴り響き、瞬が思わず顔を顰める。と言っても彼の頭を打ったのはコメディでおなじみのハリセンだ。いつの間にか上空へ躍り出ていた彼が着地と同時に頭を打ったのである。
「いつつ……どうやったんだ?」
「オレの居た場所、見てみな?」
「あれは……矢?」
「転移……いや、空間置換の応用……いや、亜種か。ソレイユから教えてもらったちょっと特殊な矢でな。あれを放った場所と自分の場所を入れ替えるっていう技だ」
「何時の間に……」
どうやらいつの間にやら放っていた矢と自身の位置を入れ替えて、空中から強襲したという事なのだろう。なお、何時かと言うと瞬が着地したと同時だ。その瞬間、彼は一瞬だけ視線を下げたのであるが、そのタイミングに軽く上空に向けて魔糸を操って矢を投げておいたのである。
「ま、こんなもんだろう。確かに力の低下率が思った以上に少ないな」
「そうか……ということは、技で完全に遊ばれた形か」
「まだまだ、技の使い方の多彩さで負けちゃいられないさ」
肩の力を抜いて笑う瞬に、カイトもまた笑う。そうして、戦いを終えた一同は改めて訓練場を後にする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




