第2133話 馬車での旅路 ――飛空術――
アストレア家分家であるアストール家からの依頼の帰り道。アストレア家の依頼により、アストレア領内にて発見された遺跡の調査に立ち会う事になったカイトとソラ。そんな二人はカイトの要請により合流したカナタと共に、遺跡の調査への立ち会いを終える。そうして、調査から数日。三人はマクスウェルへと帰還していた。
「ふぅ……実際、二週間ぐらいだったなー」
「ま、でかい依頼なんてそんなもんだ。とりあえず、荷物置いたら一旦執務室に顔を出さないとな」
「だな」
「私は一足先に戻ってるわね。荷物も無かったに等しいし」
この二週間程度の着替えなどを持ち運んでいたカイトとソラに対して、カナタはどれだけ長引いても数日と判断されていた為、荷物は殆どなかった。なので彼女は先に執務室に戻る事にしたようだ。
そうして帰っていった彼女を追う様にカイトとソラもギルドホームに入ると、そのまま一旦自室に荷物を置いて執務室にて合流する事になっていた。
「ただいまー。桜、とりあえずこの数日で何か変わった所は?」
「えっと……ギルドとして、天桜学園としてはありません。でもそういえば、バルフレアさん? から連絡が来たとユニオン支部から連絡が」
「わかった。そっちについては後でこっちから話しておく」
おそらく遠征隊に関する事だろう。カイトはバルフレアからの連絡をそう読み取っておく。こちらについてはカイトを主力の一人として、バルフレアは戦略を構築している。入念な打ち合わせが必須だった。
というわけで、ひとまず不在の間の細々とした所の打ち合わせを終わらせた所で、カイトはふと瞬の姿が見えない事に気が付いた。
「そういえば……先輩は?」
「一条会頭ですか? 会頭ならカイトくんが戻る少し前にご自分の現場把握の為に一度訓練場に行ってくる、とリィルさん、ルーファウスさんと一緒に」
「そうか。なら、あちらも問題はなさそうか……?」
自分の現状把握、という事は即ち鬼族の力を抜いた状態、もしくは封印が働いている状態で自分がどうか、という所だろう。カイトはそう判断する。それに何より、訓練場という事はギルドホーム内だ。問題が起きても即座に対応が可能だろう、と考え特に気にしない事にする。というわけで、彼はまずは先に言っていたソラの対応を行う事にした。
「ティナー」
『ん? なんじゃ。今日戻りじゃったか』
「お前な……また何かぞろ研究にのめり込んで今が何日か忘れてんじゃないだろうな……」
『んなこたぁない。きちんとデスクトップにカレンダー表示しておるから、何日かわかっとるぞ……む? これ……壊れとらんか? おぉ? 数日分の表示が……』
「はぁ……」
そんな事だろうと思いましたよ。カイトは不思議そうな顔でカチカチとマウスを動かすティナに、盛大にため息を吐いた。
「まぁ、良い。とりあえず戻った」
『うむ。おかえり。それで何じゃ? 戻ったから余に帰還の報告なぞという殊勝な心がけか?』
「んなことする間柄か?」
『なわけあるまいな』
楽しげなカイトの問いかけに、ティナもまた楽しげに笑う。もうすでに十数年もの付き合いだ。何をしているか、とわかっていればお互いに帰った云々の報告なぞ一切必要なかった。というわけで、カイトもティナとのじゃれ合いをさっさと終わらせて本題に入る事にする。
「一度ソラの神剣の全力を見ておきたい。皇都の中央研究所の大実験場を確保しておいてくれ」
『ふむ……確かにそりゃ必要じゃな。アヤツの肉体面も全力に耐えられる程度には育っておろうし、前の怪我も癒えておる。そろそろ一度は試しておく必要もあろうか。そこから、鍛錬の方向性も考えねばならんしのう』
「そういうわけでな。で、そういう事なら、そちらから申請した方が面倒が無いだろ?」
『うむ。良かろう。こちらで申請はしておこう。空いてる時間で良いな?』
「別に構わん。一発試すってだけだからな」
カイトとしてもソラとしても絶対的に急がねばならない話ではない。一度は確認しておかねばならないので確認したい、というだけの話で、確認出来なければ出来ないでも問題はなかった。
「で、全力出す方法とかはそっちに任せる。なんかはあるだろ」
『なーんかはあるじゃろうな。ま、そこらはこっちでやっておこう』
「頼む」
ここらはぶん投げておけば良いだけ。カイトはそれをわかっていた為、そしてティナもそこらを何とかするというのが自分達の仕事とわかっていた為、これで良かったようだ。というわけでそこらの打ち合わせを終わらせて急ぎで何か仕事が無い事を確認すると、カイトは立ち上がる。
「少し出る。訓練場に行ってくる」
「会頭のですか?」
「ああ。状況だけは確認しておくか、とな」
今回は依頼という事で瞬の封印具について確認する前に出立してしまっていたので、一応ギルドマスターとして色々と確認しておかねば、と思ったようだ。桜の問いかけに一つ頷くと、カイトは窓から飛び降りて一気に下へと移動。そのまま訓練場へと移動する事にする。そんなカイトを見送ったソラが、ふと呟いた。
「……飛空術って便利だなー……」
「使えると出来る事一気に増えるからね」
「結構、ムズいのか?」
「そうだね……まぁ、楽じゃないかな。僕も数ヶ月掛かったし……」
ソラの問いかけに、アルは少しだけ困った顔で頷いた。とはいえ、これについては若干仕方がない側面が無いわけではなかった。
「アルさんの場合、飛翔機を使われていた事も大きかったのでは?」
「まぁね。こればっかりは文明に頼りすぎた、と反省したよ」
「? 瑞樹ちゃんも知ってんの?」
「ええ……私も飛空術の講習に参加しておりましたので」
「へ?」
瑞樹の返答に、ソラが思わず目を丸くする。とはいえ、桜や魅衣らは特段驚いた様子は見せておらず、それどころか由利も驚いた様子はなかった。というわけで、彼女が少しだけ不思議そうな顔でソラへと問いかける。
「あれー? ソラ、知らなかったっけー?」
「お、おぉ……え? 由利も知ってるの?」
「うん」
「ってことは……俺ぐらい?」
もしかして今残っている面子の中で、瑞樹が飛空術の講習を受けていた事を知らなかったのは自分ぐらいなのではないか。そんな様子でソラが目を丸くする。
一応冒険部では報連相はしっかりと行われていたが、基本的にその相手はカイトだ。故に個々人の技術に関する事であれば、時折ソラや瞬、桜といったサブマスター勢でも知らない事が時折起きたのである。というわけで、同じく目を丸くしたアルが告げる。
「……いや、僕は逆に君が知らなかった方が驚きだよ。てっきりカイトから聞いてたもんだと」
「私もカイトが言ってるものだとー」
「あー……これ、誰もが誰かが言ってるだろ、という事で結局誰も言ってなかったパターンかー……」
アルと由利の言葉を聞いたソラが、大凡の事情を理解する。とはいえ、これで問題が無いか、と言われると問題は特に無い。基本的にカイトが必要な事については必要に応じて話しているし、今までソラが知らなかった、という事はその必要は認められなかっただけだという話だ。実際、今まで知らなくて困った事は特になかった。というわけで、そんな彼が瑞樹へと問いかける。
「でもなんで瑞樹ちゃんまで」
「竜騎士の必須スキルですわ。竜騎士、竜から落ちたら一巻の終わりですもの」
「あー……考えりゃ、数百……いや、数千メートルから真っ逆さまだもんなぁ……」
それはそうだ。瑞樹のあまりに当然の指摘に、ソラは思わず納得するしかなかった。一応上空数千メートルから投げ出されてもある程度鍛えた冒険者なら問題はないが、その対応によっては周囲に被害が及ぶ可能性はあった。となると、飛空術などで勢いを減速し勢いを殺す、再び騎竜の上に復帰する方法を学ぶのは当然の事であった。
「ええ。流石に数千メートル分の勢いを全て変換した場合、周囲の被害が馬鹿になりませんもの。なので飛空術で勢いを減速する必要もありますし、必然それは復帰する手段にもなります。基本前までは<<空縮地>>で復帰していたのですが、そろそろ飛空術の講習を受けても良いだろう、とカイトさんが」
「なるほどねー……結構ムズいの?」
「少なくとも、アルさんほどには苦労はしておりませんわね」
難しいには難しいが、アルが感じたほどの難しさは感じていない。ソラの問いかけに瑞樹は一つそう告げた。これに、ソラはアルを見る。
「なんでお前の場合、苦労したんだ?」
「飛翔機を使っていた所為で、どうしてもそっちで意識を持っちゃってたんだ。空中でのバランスのとり方とかね」
「全然違うのか?」
「そりゃ、全然違うよ。自分で飛ぶのと、道具を使って飛ぶのだからね」
そりゃそうか。ソラはアルの指摘に対して、納得する。実際、そこがあったが故にアルは咄嗟にはそちらと同じ動作をしてしまう事になり、バランスを崩す事が多かったそうだ。逆に瑞樹はそこが無かった為、すんなりとバランスを取れる様になったとの事であった。
「今、瑞樹ちゃんも飛べるのか?」
「流石にまだ無理ですわ。一応、空中で姿勢を制御したり、勢いを減速したりする事は出来ますが……まだそこまで自由自在という事は。それに当然、そこまで持久力もありませんし……」
「瑞樹ちゃんで、か……」
「ええ……と言っても、私の場合はまだまだ術式の構築や再構築に無駄が出ている為、それに伴って持久力が低下してしまっているという形ですが。そこは、アルさんとは逆でしたわね」
「流石にそこで負けちゃいられないよ。僕はこっちで生まれ育って、生まれた時から魔術に携わっているんだからね」
楽しげな瑞樹に対して、アルもまた楽しげに笑う。が、これはソラにはわからない話であった。
「どういう事なんだ?」
「ああ、飛空術は基本常に術式を変化させている特殊な魔術でね……こうやって滞空する術式とこうやって移動する術式は当然違うし、速度によっても変わってくる事もある。直線的な加速をするのに最適な術式、曲芸飛行みたいな挙動を取るのに最適な術式、みたいな感じでね。勿論、状況に応じて身を守る魔術を同時に展開したり、と他の魔術も併用しないといけないし……そういう面ではかなり難しいよ」
「へー……」
それは難しいわけだ。アルがふわふわと飛ぶのを見守りながら、ソラは感心した様に頷いた。なので実際には飛空術を使う事は出来るものの、戦闘時に同時に展開したり先に瑞樹が言っていたような即座の組み換えが出来ない為、魔術として使えるけども実戦的に使える領域にはない、という意味で飛空術は使えない、という冒険者は非常に多いらしかった。
「でもやっぱ、覚えておくと良い?」
「それはね。僕も覚えて色々と楽になったよ。こっちに来るのとか移動とか、いちいち建物気にしなくて良いから」
「おー……」
「そういえばカイトくんも、学園に戻るのに飛空術は楽で良いぞ、とか言ってますね。魔物に遭遇しないから、とかなんとか……」
「そうですわね。私も何度かご一緒に練習に付き合っていただく際に、そう仰られてました」
「へー……」
それは確かに楽そうだ。ソラは学園に戻るにあたって魔物に遭遇しないという利点を考え、僅かな興味を滲ませる。と、そんな彼に対して、トリンが笑いながら告げた。
「ソラ。それは良いけど、今はとりあえず君が不在の間に溜まった書類とか申請書とかにサインしてよ」
「おっと、悪い。さっさとやっちまう」
カイトもそうであるが、ソラもまたこの二週間ほど不在だったのだ。なので彼でなければならない書類はいくつもあり、トリンが仕分けておいてくれた分だけでも早急に終わらせねばならなかった。そうして、彼らは彼らで再び通常業務に戻っていくのだった。
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