第2131話 幕間 ――遺跡の中で――
アストレア公フィリップからの要請により、彼の領内で見付かっていた遺跡の新しく発見された領域の調査に手を貸す事になっていたカイトとソラ。そんな二人は更に後からカイトの要請を受けてやって来たカナタと共に、遺跡の地下へと足を踏み入れていた。そうして三人はエムポーという冒険者が率いるギルドと共に、地下に新たに見付かったという区画へ向けて足を伸ばしていた。
「随分洞窟じみた空間を移動するんだなー」
「というより、これは後天的に出来た通路ね。舗装はされているけれど……雑多で急増。おそらく今回の一件で臨時で設けられた崩落防止用の物ね」
驚いた様子のソラの言葉に対して、カナタは同じ内壁を見ながら笑う。そんな三人であるが、今彼らは人工物感の無い通路を歩いていた。一応カナタの指摘通り、崩落防止の様々な策が施され地面は土ではなくコンクリート化していたが、明らかに元々用意されていた様子はなかった。
「バトったら一発崩落……するだろうな」
「するわね。というか多分、脱出に使おうとしたらその時点で崩落と見た方が良いかもしれないわ」
カイトの推測に対して、カナタも通路の側面を叩いてわずかに呆れる様に笑う。本当に臨時で設けられた様子が見え隠れしており、正式な通路が見付かっていない事を如実に露わにしていた。というわけで、カイトは地面に手を当てて、意識を集中させる。
「ふむ……少し人工物っぽい感じがあるな……少し下の方だが……」
「完全崩落済み、と。流石に完全崩落して数百年じゃ、どんな魔術でも復旧は難しいわね」
「魔法の領域だな。一時的なら、なんとか出来るかもだが……いや、こりゃやっても意味ないか」
流石にそうしても費用対効果に見合わないだろう。カイトは返ってくる感覚からそういった修繕の魔術に対する対策もされている事を理解しつつ、改めて立ち上がる。
「はてさて……どうしたもんか」
くるんくるん、と大鎌を回して遊びながら、カイトはもしもの場合を考える。が、これに答えは一つしかなかった。
「ソラ。万が一の場合にはお前は神剣の力を最大展開して即座に撤退しろ」
「撤退で良いのか?」
「抑え込める場合は、こっちが前面に出て抑え込む。流石にお前じゃまだ神器の解放はキツイだろう」
「神器の解放……なぁ」
ソラは今回は任務で必要だから、と腰に帯びた<<偉大なる太陽>>を撫ぜる。一応、最初にエルネストからこれを受け取った時より遥かに彼の身体に馴染んでいる。が、それでもまだエルネストが解き放っていたような神々しいばかりの輝きは取り戻せていなかった。
無理もない。二千年もの間封印の軛として野ざらしにされ、その上に使い手がエルネストより劣るソラだ。使い手も武器も共に完全に力を解き放てる状態になっていなかった。
「一回ぐらい、やってみたいんだけどな」
「神器の解放か?」
「ああ……身体を慣らしておきたいってのが正直な話」
「そうだなぁ……確かに、それだけは気にしておきたい所ではあるか……」
ソラの言葉に、カイトもそれはそうだろう、と納得する。一応、肉体としてソラはランクA相当の冒険者に匹敵する領域には仕上がっている。一年の地獄は彼をそこまで仕上げた。<<偉大なる太陽>>の最大の一撃も一度限りなら、使える可能性が無いではない領域だった。
「……そうだな。一度帰って何か手が無いか考えてみよう」
「マジ? 良いの?」
「ああ……今後、お前も邪神との戦いで中心核の一人として活動する事になってくる。今回みたいにな。そんな時、お前の神剣がどれだけの戦闘力を発揮出来るか、というのは軍事的にしっかり見極めておく必要のある話だ……そうだな……戻ってからだが、一度お前皇都行け」
「なんで」
唐突な話に、ソラが思わず困惑を露わにする。これに、カイトはその理由を語った。
「皇都の中央研究所はお前も知ってるな?」
「あのでかい所だろ? 公爵家が作ってる魔導機やらなんやらも時折あっちで試験してる、って聞いてる」
「その、中央研究所だ。そこの大実験場が借りたい」
「なんで」
何故わざわざ実験室を。カイトの言葉の意図が理解出来ず、ソラが思わず首を傾げる。無理もない。ソラは一度も中央研究所へ行ったことが無いのだ。故に、カイトが教えてくれた。
「あそこの大実験場は皇国に存在する全ての実験場の中で最大の規模を誇る。そこでなら、神剣を最大解放しても問題無いだろう」
「なるほど……確かに、やるなら相当広い空間、必要そうだもんな……」
何度か解き放った事はある神剣<<偉大なる太陽>>であるが、その威力はそれ故にソラも認識出来ていた。少なくとも最大ならその数倍はあるだろう、というのがソラの推測であり、カイトも自身の神器と対となる存在とも言えるソラの神剣にも相応の広さが必要だろう、と推測したのであった。
「ああ。申請とかはこっちでやっておく。まぁ、それに確認だけだ。そんな掛からんよ」
「か……ってか、どうやってこいつ万全な状態に持っていくんだ?」
「そこはまぁ……なんとかする。安心しろ。ウチの馬鹿共は伊達に馬鹿やってない」
「あはは」
そう言われると、なんとか出来てしまいそうな気がする。ソラはオーアを筆頭にした技術士達を思い出しながら笑う。そうして洞窟じみた通路を通り抜け、三人はどこか居住区に似た一角にたどり着いた。
「こりゃ、ひどいな」
「随分荒れ放題ね……」
完全に破壊されている、とまではいわないものの半壊よりはひどい状態の一角を見て、カイトとカナタは思わず顔をしかめる。見た所、相当大きな戦闘が行われた形跡があった。と、同じくそんな光景を見たソラが、ふと思った事を口にする。
「……でも結構古そうだな……なんってか、断面が風化してる」
「ふむ……たしかにな。これは昨日今日出来た痕跡じゃない。百年以上……いや、発見された後の事を考えれば、おそらくこの施設が現役で使われていた頃のものだな」
「となると……おそらく襲撃を受けて破壊された、という所かしら」
それなら納得だ。ソラは崩落した区画の形跡を見ながら、カナタの言葉に内心で納得する。と、そんな三人の会話を聞いていたらしい前を歩いていた冒険者が、一つ頷いた。
「みたいだな。俺達が護衛してた研究者のお偉いさんも、そんな事を言ってやがった。少なくとも三百年前の大戦よりは前に崩落してるってな」
「でしょうね……となると、<<天使の子供達>>は戦闘に出されたという事か……」
それで見つかっていないのかもしれない。カイトは冒険者の言葉を考えながら、見付かったカプセルに誰も寝ていなかった理由を納得する。
というわけで、少なくともここにはもう誰も居そうにないと考えながら、更に奥へと歩いていく。が、その道中で大きな穴が一同の前に立ちふさがった。そうして、エムポーがカイトへと告げた。
「ここだ。ここの大穴から、一番下に行ける」
「これは……また結構派手に破壊しましたね」
「相手がかなりデカかったんでな。ほら、あっちのあそこ。あそこの調査やってるときに、下から突き上げ食らったんだよ」
「あっちは……」
「元々見付かってた通路だ。そこの再調査をやってる時にな。調査の為に魔道具を起動させたんだが、それに触発されて地中で寝てた奴が起きちまったみたいだ」
後に聞けば、どうやらソナーに似た魔道具を使用した所、地中に居た魔物を起こしてしまったとの事であった。そんなエムポーに、ソラが問いかけた。
「地中に魔物が居るとか考えなかったんですか?」
「まさか。考えてやったさ。けどそもそも遺跡に地下があったら、普通はそこにあんなでかい奴は寝ない。部屋が邪魔だからな。だから居ても小物かそんなでかい奴じゃない、ってのが通例だったんだが……見ての通り、完全崩壊だ。地面と半ば一緒で、でかい奴が偶然眠れるだけの隙間があった、ってわけだ」
「で、そいつが暴れて結果としてここが見付かった、と」
「そういうこったな。完全に偶然だった……ああ、さっきの通路とかはここが見付かって後で掘り返した感じだ。土どかすのとか、結構大変だったぞ」
ソラの言葉にエムポーが笑う。そうして、そんな彼と彼の率いるギルドの面々と共に、三人は大穴へと飛び込んで最下層へと一気に降下する。
「っと……ここは……あれは」
「見覚えが、あるわね」
着地して早々に大穴の底に見えたそれに、カナタが思わず苦笑する。そしてそれを見た事はカイトにもあった。
「ファルシュさんの研究室にあったカプセルと、似てるな」
「ええ……おそらく同型。といっても、あれは私専用にカスタムされた専用の物だけど……」
カナタはかつて自身が目覚めた際に入っていたカプセルと同じ、しかしこちらは遥か過去に破壊された様子があるカプセル型の装置を触れる。すると、わずかにカプセルにランプが灯った。
「あら……まだ生きてたのね」
『……』
ぶんっ。そんな音を立ててカプセル型の魔道具が起動する。が、やはり数千年前に破壊された上に、そのまま野ざらしにされていたのだ。起動しようとして出来ず、再起動を繰り返しているような様子だった。と、そんな様子でカプセルを確認するカナタを見ながら、エムポーは小声でカイトへと問いかける。
「大丈夫なのか?」
「ええ……あれと似た物を私も見た事がありますし、彼女は一度使っている。謂わば病人用のベッドに近い物なのだと認識しています」
「なるほど……やっぱ遺跡で時折見付かるゴーレムのメンテナンス用カプセルと同じか」
どうやらエムポー達も何度となく遺跡への調査を行っていたからか、メンテナンスカプセルは見た事があったらしい。それに似た形で用いられたものなのだろう、と認識していた様子だった。その一方で、カナタはティナから持っていく様に言われていたモニターをカプセル型のベッドに接続する。
「さて……団長さん。いつものデバイスを」
「ん?」
「これ、一応閲覧専用なのよ。団長さんのそれと一緒に、と」
「わかった」
どうやら万が一邪神の影響下にこのカプセルがあった場合に備えて、ティナは以前の教国の研究所の時と同じくいくつかの中継地点を設ける事にしていたらしい。カナタの求めに応じてカイトは自身のデバイスとドローンを起動させてモニターへとリンクさせる。
「さて……っと、出た出た。これは……」
「このカプセルもやっぱり、個別にカスタマイズされていたみたいね。使用者の情報が登録されているわ」
「ふむ……やっぱり子供か。これは……体格の映像的に少年か」
「元々わかっていた事よ」
若干だが苦い顔を浮かべるカイトに、カナタもまた苦い笑いを浮かべる。とはいえ、情報が完全になくなったわけではない。重要な部分については残っていて、カイトはそこを回収する事にする。
「……ふむ。最終帰還日も記録されているな。最低でも一回は出撃しているわけか」
「そしてそれが最後の帰還日と」
「ああ……そして最終出撃日が……すまん、カナタ。これ何時だ?」
さすがのカイトもルナリア文明の暦法はわからなかったらしい。アラビア数字に直すと四桁の表示に思えたが、エラーの関係かカイトの使う翻訳用の魔術の限界か、上手く翻訳出来ていない様子だった。というわけで、カナタはカイトのデバイスを覗き込む。
「……えぇっと……大聖歴だから……基本的にルナリアが使っている暦法ね。最終出撃日は大聖歴の一千……下三桁は潰れてしまってて読めないわね」
「それでか」
「ええ。流石にデータも破損してしまったようね。でも一番上が1だから、確定で私が居た時代でしょう」
「つまり、二千年以上前と」
「そう言って良いわね。戦いが終わった後か、それとも最中かは私にもわからないわ」
流石に詳しい年代がわからなければカナタにも戦いの最中だったのか、それとも後だったのかはわからないらしい。カイトの言葉に首を振るだけであった。
「が……少なくとも戦闘で出た事だけは、事実だな」
「そうね」
カイトとカナタはエムポー達が突入の支度を行う扉を見る。この先を見極めるのが、今回の任務だった。この部屋の天井は明らかに内側から破壊されており、おそらくこのカプセルに寝かされていた<<天使の子供達>>が強引に飛び出しただろう事が見て取れた。おそらく研究所の破壊も<<天使の子供達>>が強引な出撃を行った結果と思われた。
「ソラ。準備は?」
「問題無いよ」
「良し……じゃあ、仕事開始だ」
ソラの応諾に頷くと、カイトも一つ大鎌を構える。そうして、カイトはエムポーに視線を送り、任務開始となるのだった。
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