第2130話 幕間 ――遺跡の中で――
アストレア公フィリップからの依頼により遺跡調査への立ち会いを行う事になったカイトとソラ。二人は元々遺跡の調査を行っていた冒険者との打ち合わせにより自分達の立ち会いを承諾させると、その後にやって来たカナタと合流。装備を確認し、打ち合わせは終わりとなる。そうして、明けて翌日の朝。カイト達三人は改めて遺跡の前に立っていた。
「よぉ、小僧共……あ? 一人増えてねぇか?」
「はじめまして、隊長さん。旧文明の生き残りです」
「お、おぉ……旧文明の生き残り? まさかあれか? 話に出てた<<天使の子供達>>ってのの事か?」
先に冒険者側の主導的立場に立っていた壮年の冒険者が、カナタの言葉に若干の困惑と驚きを露わにする。なお、カナタが言っていた通り、彼が今回の冒険者達の統率を行う立場らしい。それに、カイトもまた頷いた。
「ええ……この三人で、そちらの支援を行います……一応言っておきますが、メインは支援ですよ?」
「わーってるよ。万が一ってのは万が一って話だ。俺達だって自分達の殺処分の為にお前さんらが来たとは思わねぇよ」
カイトの言葉に壮年の冒険者が楽しげに笑う。万が一の場合には自分達を殺す事になる事は百も承知だが、それを前提に話をしてもらっても彼らも困る。故にあくまでも三人の役割は彼らが洗脳されない様にする支援であり、それが果たせぬ場合は義務として彼らの『殺処分』を請け負うのであった。
「あはは……それで、基本的には貴方達に合わせます。私達はあくまでも、万が一の場合の備えとお考えください」
「そうさせてもらおう……っと、そういやふと思ったんだがよ。俺、お前らに昨日名乗ったか?」
「あー……そう言えば伺ってないですね」
壮年の冒険者の言葉に、カイトもそういえば、と思い出す。昨日は紛糾したりしない内に話を終わらせたかったのでカイトも名乗りをしなかったが、向こうもまたそれ故にうっかり忘れてしまっていたらしい。というわけで、壮年の冒険者がカイトへと手を差し出した。
「エムポー・ヴァンダーヴォート……仲間内じゃポーで通ってる。<<古の探求者>>のギルドマスターだ。専門は遺跡探索だ」
「ありがとうございます。カイト・天音。ギルド・冒険部のギルドマスターです。専門は同じく遺跡探索です」
「おう。よろしくたのまぁ」
エムポーと名乗った壮年の冒険者は、カイトと握手を交わす。そうしてそんな彼が三人を連れて遺跡の前へ移動する。
「とりあえず遺跡の状況だが、もう大凡の調査は終わってる。後は最下層ってか偶然見付かった一角だけだな」
「そちらの状態としては?」
「ほぼほぼ崩壊だ。俺達としても実はここの遺跡には来た事があってな。それでも崩壊してるとしか思えんかった一角だ。そこが偶然魔物の攻撃で盛り上がってな。それで空間が見付かったってわけだ。今回の調査の日程の内、メインはそっちの瓦礫の撤去だったぜ」
カイトの問いかけに対して、エムポーはどこかやけっぱちに笑う。後に彼から聞いた所によると、昨日のあの応対もそのストレスがあった事が根本に様子であった。というわけでそんな話をしながら移動する事少し。三人はエムポーに案内され、何かの建物の痕跡らしい何かが生えた一角へとたどり着いた。
「ここが、遺跡の地下へ続く場所だ。更に下にも結構な広さがある」
「ふむ……カナタ。ここに覚えは?」
「ここらに来た記憶は無いけれど……あ、地図借りられる?」
「ああ」
カイトはアストレア公フィリップから提供されていた地図をデータ化したものをカナタへと提示する。それを見て、カナタは現在位置から記憶を呼び起こす。
「えっと……こっちに確か昔鍛冶の神様を祀った神殿があったと聞いてたから……こっちが……うーん……何かしら、ここ。見た事がないわね。少なくとも<<天使の子供達>>が配置されているのだから、重要施設の一つだったのだとは思うのだけど……」
「んー……ソラ。お前、エルネストさんの記憶に何か無いか?」
「からっきしだ。そもそもエルネストさんの記憶は武芸が大半。こんな施設の記憶の知識は一切無かった」
「まぁ、当然か……」
肩を竦めるソラの返答に、カイトは仕方がないと諦めを露わにする。そもそもエルネストにはどこが無事でどこがだめか、と知る手段はなかったのだ。なので不用意に邪神の残滓があるかもしれない情報を残すわけにはいかなかったのである。
「ポーさん。ここが何か、という推測とかってされてるんですか?」
「実のところ、そこらはさっぱりでな。上層階は見ての通り壊滅状態。地下階も割と崩壊しててな。今回の一件まで実は重要施設とは思われてなかったんだ」
「やっぱり、ですか」
「ああ……まぁ、俺も<<天使の子供達>>について話聞いてたから重要施設と思っただけで、ぶっちゃけ実際どうなのか、って言われると全くでな」
「この調査の後の再調査に期待、しかありませんか」
苦味を浮かべるエムポーに対して、カイトもまた苦い顔で答える。とはいえ、こういう再発見や重要性の再評価は各地で報告されているらしく、これもその一端に過ぎないといえば過ぎなかった。と、そんな事を話しながらしばらく歩くと、ポーのギルドの面々が集まっている一角にたどり着いた。
「ポーさん」
「おう。お前ら、今日の支度は」
「できてます。他の所も問題なく。そっちは先に入って入り口までの道を確保してくれてます」
「そうか……まぁ、結界が展開出来てるから問題はねぇと思うがな」
神器が近くに来た事により活性化してしまう可能性はないではない。エムポーは若干の不安を滲ませる。が、同時にこれにより支度が整った事でもある。故に彼は意を決して、号令を下した。
「おし。じゃあ、俺達も突入開始だ。小僧共は最後尾で警戒してくれ。基本、魔物共が出ても俺達で対処する。お前らだと連携が取れないからな」
「はい……二人共、それで良いな?」
「おう」
「拒否権は無いのでしょう?」
カイトの問いかけに、ソラもカナタも揃って同意を示す。今回あくまでもカイト達三人は支援として駆り出されただけの補佐役だ。何よりエムポー達は何日もここで調査を行っている。なので地の利は彼らにあるし、三人以外は全員エムポーのギルドメンバーだ。下手に手を出して連携の輪を乱すのは頂けなかった。
「良し……じゃあ、出発だ!」
「「「おう!」」」
エムポーの号令に、彼のギルドメンバー達が声を上げる。そうして彼らが遺跡内部に潜入したのを見て、カイト達三人もまた遺跡の中へと潜入する。
「ふむ……」
遺跡の中に入って、カイトはひとまず無事な外壁を確認する。材質としてはオプロ遺跡の地下を構築していた構造材と同一に思えた。
「カナタ……この内壁の構造材は旧文明……ルナリアでは一般的なのか?」
「そうね。基本、私が見た施設の地下では大半この素材だったはずよ……割と防御性能が高いのよ」
「ふむ……」
ということは、今後もこの構造材で構築された施設に遭遇する事がありそうか。カイトは後でティナからオプロ遺跡や自領地の遺跡の内壁に関する資料を再確認しておく事にする。と、そんな二人の横。丁度カイトを挟んでカナタとは正反対の位置で歩くソラが問いかける。
「そういや、ここの遺跡って別に要衝ってわけじゃないよな? さっきちらっと地図見た時に思ったんだけど」
「そうね……だからこの場所に軍は重要な施設をおいていないのよ。逃走ルートの兼ね合いから当時の地脈の流れも大凡覚えているのだけど、ここはその地脈の流れからも外れている。後は、女神様だけだけど……」
多分、知らないでしょうね。カナタはカイトを見ながら、そう口にする。実際、今回の調査に際してカイトも神使としての力でシャルロットには常に連絡を入れているのであるが、彼女もここに施設があった事そのものを知らなかったそうである。
彼女も知らないほどに重要な施設か、何か理由があって隠されていたかのどちらかだろう、というのが彼女の返答であった。
「だめだな。シャルも知らんそうだ……ちっ。こんな事ならお前を神使にしてもらっておくんだった」
「やめて。こいつだけでも荷が重いってのに……」
どこか惜しい様子で舌打ちしたカイトに、ソラががっくりと肩を落とす。実際、彼としても一応<<偉大なる太陽>>は相棒として受け入れているが、それでもふとしたタイミングで自分はこの剣に見合う存在になれるのだろうか、と若干の気負いを感じる事はあるそうだ。これ以上、重荷を増やしたくないのであった。とはいえ、これは当然冗談だ。故にカイトが笑う。
「冗談だ。単にシャムロックさんの意見を聞きたいだけだ」
「だめでしょうね。多分」
「ダメ元って言葉がある。やって損はない」
おそらく無理。そんな事を述べたカナタに、カイトもそうだろうが、と言外に同意を示す。ここが何かを調べるには、情報が足りなすぎた。二千年の月日を後始末に費やしたシャルロットがわからない時点で、その間眠り続けたシャムロックも知らない可能性は高かった。
「ま、それはともかく。要衝じゃないからなんだ?」
「いや……なんでこんな所に施設を設置したのか、って気になってさ。要衝なら防衛に、攻撃に、ってので納得出来るけど、こんな僻地だと多分そういう事はないだろ?」
「だろうなぁ……地脈に接続出来るってのはかなり重要な部分だ。そこを抜いている以上、施設としての出力は非常に制限されていると考えて良い」
「例えば自家発電とかでなんとかなんないのか?」
カイトの発言に対して、ソラが一つ提示する。これに、カイトは首を振った。
「発電機……魔導炉ってのは超巨大な魔力の塊だ。んなのを設けた時点で、施設がここにありますよ、と言ってるようなもんだ。よほど高度な隠蔽技術を使っているか、それとも隠す意味がなかったかになる……が、流石に僻地に作る以上、そこまで高出力の魔導炉を兼ね備える意味はないだろう。少なくともここが研究施設だった可能性は皆無と言って良いだろうな」
「電力が足りない、ってわけか」
「研究施設はそれなりにエネルギーを食うからな」
自身が気にしている点を理解したソラの返答に、カイトもまた笑って頷く。いくら魔力が根本にあれど、無尽蔵にエネルギーを供給出来るわけではないのだ。
それを補う為の地脈なのであるが、地脈の本流から離れれば離れるほど取り出せるエネルギー量は減ってしまう。安定を考えれば、こんな地脈から外れた所に研究所を置くのは愚策と言わねばならなかった。
「ふむ……となると、何なんだろうな」
「わからん。が、広さはそこそこだから、それ相応に住居者が居たのだろうが……」
流石に情報が足りなすぎる。カイトはソラの問いかけに首を振る。と、そんな彼にソラが問いかけた。
「そういや、さ。オプロ遺跡の際に地下にシェルターというか司令室がある、って話じゃなかったっけ。それってここで見付かってないのか?」
「ふむ? ふーむ……」
言われてみれば、確かにそこは気になるな。カイトはソラの問いかけにアストレア家から提供された資料を再確認する。実は資料には現在判明している見取り図が添付されており、司令室やシェルターらしい物体があれば一目瞭然だった。
「カナタ。これのどこがシェルターかわかるか?」
「ふむ……この地下3階この大部屋……かしら。構造的にここに置かれている事が多いわ」
「ということは、すでに発見済みか……」
となると、<<天使の子供達>>が居ないのは退去時に連れて行かれたからかもしれない。カイトはカプセルは見付かったが中身が見付かっていない現状に対してそう推測する。
「そこらは考えても無駄よ。シェルターを使っていても基本は救出されているでしょうし」
「か……まぁ、後は詳細な調査を待つだけにしておくか」
カナタの指摘に、カイトもまた思考を切り上げて気を取り直す。そうして、彼らはその後もしばらくエムポーらに続いて遺跡の中を歩いていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




