第2123話 草原の中で ――遭遇――
アストレア家で開かられていたペット愛好家達の集会。そこにアストール家からの要望により参加する事になっていたカイト達は、少しの話の後に主催者となるアストレア公夫妻と共にソラとファブリスの所へと向かう事になる。
が、そこで見たのは、どういうわけかアストール家と因縁を持つというソルテール家の兄妹と話をしているソラ達の姿であった。そんな四人の姿を見てシンディがソルテール家のペットに興味を見せた事により、カイト達は彼らの所へと向かう事になっていた。その一方。ソラはというと、予期せぬソルテール家との会合により対応に苦慮する事になっていた。
「まぁ、そういうわけでさ。俺はあくまでもギルドマスターの補佐で来たってだけだよ。参加もギルドマスターが判断した事だしな。勿論、その理由とかは聞いてるけど……俺が言うより本人に聞いて貰った方が良いと思うぜ」
「そうかい。それなら、君に詳しく聞いても意味はなさそうかな?」
「ああ。基本的にギルド……組織の運営ってのは上意下達だろ? 俺が勝手に方針を曲げる事はないし、そこで好き勝手したら組織が空中分解しちまう。違うか?」
「勿論、私もそう思うよ」
ソラの返答に対して、ソルテール家の兄が一つはっきりと頷いた。これにソラはなんとかカイトに押し付ける事が出来たな、と内心で僅かな安堵を抱く。なお、彼の口調が割とフランクなのは相手がそう望んだ事と、年齢が同じだった事がある。というわけで、そんな彼はそのまま押し込む事にした。
「だろ? だから俺に聞くより方針とかに関しちゃあいつに聞いて貰った方が一番適切だ。特に、テオが聞きたいような事はな」
「む……」
意外とソラが賢かった事に気付かされ、テオと呼ばれたソルテール家の兄妹の兄の方がわずかに目を見開く。今の今まで彼はどうやらソラが自身の思惑を理解しつつ、逃れる様に動いていた事に気付いていなかったらしい。というわけで、今までどこか高飛車な貴族の令息の顔を見せていたテオがわずかに顔つきを変えた。
「どうやら、君は話せる相手のようだ。失礼したね」
「いや、良いよ。俺もこの場でそれを話せる立場じゃないからな。かといって、そっちが何を望むかわからないほど初心でもないつもりだ」
「の、ようだ。ウチとアストール家が何を思うかは知らないが、私個人としては君をして上と言わしめるギルドマスターとは敵対しないでおきたい」
なんとかなったか。ソラはテオがこれ以上自分に押し込んで来ないと理解して、内心で胸を撫で下ろす。と、噂をすれば影が差す。そこにカイトが現れる事になった。と言っても勿論、アストレア公フィリップ達と共に、であるが。
「少々、良いかな?」
「「「アストレア公」」」
「アストレアの伯父様」
「やぁ、ファブ。久しぶりだね」
「はい。ご無沙汰しております」
一応、ファブリスはアストレア家の分家になる為、アストレア公フィリップの事を伯父様と読んでいるらしい。確かにアストール家は比較的中央に近い家ではあるので、この呼び方で良いのだろう。
「実は君とえっと……ソルテール家の君は……」
「ペトラです、アストレア公」
「ああ、ありがとう。ファブと君にシンディが少し話があってね」
どうやらソルテール家の兄妹の妹の方はペトラというらしい。アストレア公フィリップの問いかけにカーテシーで頭を下げる。なお、テオの方はすでに挨拶済みの為、知っていたらしい。ソルテール家の嫡男になると流石に覚えていたらしかった。
「私の方は、ファブを除けばはじめましてね。シンディ・アストレアよ。ソルテールのお嬢さん。よろしくね」
「ありがとうございます。兄共々、よろしくお願い致します」
「ええ……それで、私が何故来たかわかる?」
「勿論です」
どうやらシンディの話はペトラは聞き及んでいるらしい。無論、この場でこう聞くからこそ、と言って良いだろう。というわけで彼女はシンディの要望に応ずるべく、指笛を鳴らす。
「ん?」
「ほぉ……」
「ノイエ?」
指笛が鳴り響いた瞬間。ソラが若干の違和感に気が付いて、カイトが感心した様に若干だが目を見開く。そして同じく何者かの気配を感じ取ったのか、ノイエがかなりの警戒を見せていた。そうして三者が僅かな警戒を見せたと同時に、次元に小さな穴が開いた。
「これは……空竜!? 嘘だろ!?」
「空竜?」
「空間を移動出来る竜だ! その子供だ!? すげー!」
「お、おぉ……」
どうやらカイトが興奮するぐらいにはとんでもなくレアリティの高い竜種らしい。とはいえ、これはカイトだからわかっている事で、やはり図鑑にも乗っていないような種なのでソラはわかりようがなかった。というわけで、彼は試しに確認する。
「『ダイヤモンド・ロック鳥』とどっちがレア?」
「どっちも同じぐらいだ……はー……空竜の子供なんて初めて見た……すげぇ……おい、ソラ。目にしっかり焼き付けとけ。ノイエと一緒に居る所なんぞ、これからもお目にかかれんかもしれんぞ」
どうやらカイトが立場を忘れて目を輝かせるほどには、相当希少な存在らいし。後のカイト曰く、ノイエとこの空竜の子供が同じ場に揃っているなぞエネフィアの歴史上でも無いのではないか、と言われるほどだったそうだ。そんな彼の様子に気を良くしたらしい。ペトラがどこか鼻高々に空竜の子供を紹介する。
「そちらの方が仰られる通り、空竜の仔でラオムと申します。性別はオスです」
「すごいな……こいつはどこで?」
「そこまでは……ですがまだ生まれて一年も経過していないだろう、と。丁度反抗期が終わったあたりです」
「へー……」
どうやらラオムを絶賛してくれたからか、ペトラはカイトの事を気に入ったらしい。彼の問いかけに素直に答えていた。そして同じく興奮していたのは、言うまでもなくシンディであった。
「すごいわね……私も初めて見るわ。成体も見た事がない……ねぇ、実はまだ来ていないのだけど、後で私の先輩の獣医師達が来る事になっているの。是非、彼女らにも見せて差し上げて?」
「喜んで」
ペトラからしてみれば自分以上の上流階級とのコネだ。しかも対価なぞ殆ど無いに等しいどころか、大凡自分の愛竜が褒められる未来しかない。これを断る理由なぞあるわけがなく、二つ返事で快諾を示していた。
「ありがとう。でももしラオムくんが嫌がったりしたら、すぐに教えて頂戴ね」
「はい」
「ファブも、良いかしら。今回のパーティで一番珍しい子を連れているのは貴方達。先輩達も興味を示されていたし……是非、お願いしたいの」
「大丈夫です。ノイエもソラさんやカイトさんが近くに居るからか安心してるみたいですし……問題無いと思います」
「ありがとう」
ファブリスの返答に、シンディが再度感謝を述べる。ひとまず、これで重要な話は終わりだった。というわけで本題は終わったとアストレア夫妻がその場を離れる事になる。
「では、また来よう」
「また後でね」
「「はい」」
背を向けて一旦は離れたアストレア夫妻に、ファブリスとペトラが揃って応ずる。そうして残ったのは、結局カイト達六人となる。というわけで、テオがカイトへと柔和な笑みで話しかけた。
「せっかくだから、少し話しても良いかな?」
「勿論です……カイト・天音です」
「テオドル・ソルテール。テオで良いよ。リリー嬢も久しぶり」
「ありがとう、テオ」
厄介な相手に捕まった。リリーはあくまでも社交的な顔を崩さず挨拶を交わすカイトとテオを見ながら、内心で若干の臍を噛む。とはいえ、向こうもそれはわかっているだろう。あくまでも柔和なのは表情だけ。こんな場で喧嘩腰で及べば自分達の評判にも関わる。やりたくはないだろうが、やらねばならない事はあった。
「君の話はソラから聞いたよ。勿論、社交界の噂もかねがね」
「あはは……そう噂を信頼しないで欲しい。あくまでも噂は噂。そこまで御大層なものは無いさ」
「そうかな」
柔和な笑みを崩さず、二人が握手を交わし合う。そうして少しの社交辞令の後、テオは本題に入る事にした。
「それにしても驚いた。君達がアストール家の二人と一緒とは。まぁ、君の噂は聞いているから、それもむべなるかなとは思ったけれどもね」
「元々は代役さ」
「代役? そう言えばソラもそう言っていたね。何かあったのかな?」
「ああ」
別にここを隠す意味もないし、必要もない。『リーナイト』で多くの冒険者達が怪我を負った事は誰もが知る所だ。なら、そう正直に語るだけである。なのでカイトは先の収穫祭での事も含め、イングヴェイから代役として引き受けた依頼の事を語る。それにテオも納得――そもそもソラからも同じ話を聞いていたが――した。
「なるほど。そういう事だったのか」
「ああ……冒険者が『リーナイト』で負った被害は小さくない。だから、どこもかしこも代役を立てているのは珍しい事じゃないんだ」
「そうなのか?」
「ああ」
若干驚いた様子を見せるテオに、カイトははっきりと一つ頷いた。そうして彼はそう言うと、少しだけ視線を動かして少し遠くで以前知り合っていたらしい貴族との会話を行うイングヴェイへと小さく手を挙げる。向こうもどうやらこちらの動きは探れる様に立ち位置を調整していたらしく、同じ様に手を小さく動かして合図を送っていた。無論、これはテオに見える様に敢えてやった。
「彼が?」
「ああ。まぁ、彼も凄腕の冒険者だ。見えないが、怪我はキツイみたいだ。で、外に代役を立てる事にしたらしい」
「へー……」
どうやらイングヴェイが怪我を負っている事は察していても、どの程度かはわかっていなかったらしい。カイトの言葉に少し興味深げに頷いていた。
「まぁ、ウチとしても元々関わっていた話ではあったからな。断る必要も無いか、と今回の代役を」
「さっきの収穫祭での話かい?」
「ああ。あそこから割と付き合いをさせて貰っている。断る意味もなかった」
「なるほどね」
あくまでもどこかに肩入れする為ではなく、単にギルドとしての付き合いとして今回の代役を引き受けている。その様子を見せるカイトに、テオもひとまずの納得を見せる。というわけで、彼が一つ問いかけた。
「じゃあ、もしウチから依頼がある場合は君達に出しても良いかな? 実はウチが懇意にしている冒険者も怪我でね。彼の方もきつそうでね。依頼によっちゃ彼らに頼むより、君達に頼んだ方が良いかもしれない」
「それは勿論。と言っても、私が受けられるかどうかは、また話は別ですが」
「ありがとう」
依頼するかどうかは別にして、カイト達と伝手を持っておくのが悪い事ではない。テオもそう判断したようだ。カイトとしても今後を考えた場合、ソルテール家と関わりを持っておくのは悪い判断ではない。となると、ここでいたずらに関係悪化となる方向に持っていかなくてよかったのは幸いだった。
「そうだ。それなら是非、後でウチが懇意にしている冒険者とも話をしておいて欲しい。僕の方から紹介しておくよ」
「ありがとう。その時はまた声を掛けてくれると有り難い」
「ああ」
どうにせよカイトとしてもテオとしても関わりを持つ事は重要だと判断していた。特にテオにとっては現在マクダウェル家が贔屓にしている冒険者ギルドの一つと言って良いのだ。こことの関係悪化は避けたい所ではあっただろう。というわけで、カイトはしばらくの間テオとの会話に興ずる事になるのだった。
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