第2121話 草原の中で ――箸休め――
幻獣達との会合を終えて戻ってきたパーティ。その中でカイトはリリーと共に次の相手を探す事になるのであったが、そこに現れたのはリデル公イリスだった。彼女からリデル領で行われるという研究開発に関する資材のコンベンションの情報を得た彼は、それへの参加を決める。
そうして彼の参加受諾を見たリデル公イリスが次の相手との会話に向かう一方、カイトとリリーの所にも再び参加者がやって来る事になっていた。
「それで、どうかね? 音楽会への参加は」
「あははは。いや、申し訳ない。基本、大抵の事は出来るつもりではあるのですが……如何せん、私は音楽への薫陶だけはとんとなく……」
「おや……音楽会においてはかなり評判と伺っていたのだが」
やって来ていたのは、音楽家への支援を行っている貴族だった。前々から言われているが、カイトの貴族達からの評判で最も高いのは芸術関連だ。なので彼もそこに着目して声を掛けたらしかった。そんな彼に、カイトは少し恥ずかしげに笑う。
「ええ。聞く分には、わかるのです。勿論、そう言ってもそれは音楽の良し悪しであって、音程が外れている、などの事はわかりませんが」
「なるほど……あはは。いやぁ、失礼失礼」
どうやら少し勘違いさせてしまっていたか。壮年の貴族はカイトの返答に笑って首を振る。まぁ、この勘違いも無理はないとは思ったらしい。というわけで、彼はカイトの誤解を指摘する。
「私も君に音楽家として参加して欲しい、とは思っていなくてね。まだ公にはしていないが、近々マクスウェルで私が支援するオーケストラが公演する事になりそうでね。君も冒険者も兼任しているから忙しいとは思うが……一度来てはくれないか、とね」
「ああ、それでしたら是非に。可能な限り、参加させて頂ければと」
「そうか。ありがとう」
カイトが来た、となるとどうやらそれなりには貴族の間で評判になれるらしい。壮年の貴族はカイトの返答に喜色を滲ませる。特に初回の公演ではどれだけ有名人を集められたか、というのは案外重要らしい。
マクスウェルではすでに顔役の一人となりつつあるカイトを無視する事は出来ず、声を掛けたのは当然の流れだった。と、そんなわけでカイトの快諾に喜色を浮かべた壮年の貴族であったが、そこでふと問いかける。
「にしても……君は裏方に回るつもりは無いのかね? 君の補佐の天城くんは割と悪くないと思うのだが」
「裏方に回れれば、とは思うのですが……どうにもこうにもマクスウェル近辺はやり手が多い。これで油断すると、あっという間に飲まれるだけ。まだ、退くべきときではないかと」
「まだまだ一線は退けん、と」
カイトの返答に、壮年の貴族はどこか興が削がれた様子を見せる。これに、カイトははっきりと頷いた。
「ええ。後を引き継ぐにしてもせめて地盤は固めねば、怠慢のそしりは免れない。特に今は混乱の只中だ。代替わりは混乱を招く以上、しっかりと準備をして、その上でトラブルが起きにくいタイミングを狙うべきなのではないか、と思う次第です」
「なるほど。道理だ。私も他人事と思わん様にしよう」
壮年の貴族も年齢的にそろそろ後継者を考えねばならない頃だろう。故にカイトの言葉に道理を見て、納得する事にしたらしい。そうして更に数言言葉を交わした所で、彼は去っていった。
「ふぅ……」
「えらく踏み込まれた方でしたね」
「ああ、彼ですか……まぁ、仕方がない事なのかと」
「仕方がない?」
ある意味無遠慮に問いかけた壮年の貴族の問いかけを思い出し、リリーは困惑気味に首を傾げる。引退しないのか、という質問はよほど親しくもなければ普通はしない質問だ。それをした以上、無遠慮と思われても無理はないだろう。が、これにカイトは先程の貴族の意図をこう読み取った。
「これは有り難い話、なのでしょうが……私は基本、こういった芸術系に長けた稀有な冒険者と知られています」
「なんとなくですが、察していました。先程から来られる方々もかなり芸術系に長けた方でしたし……」
リリーも聞いた事がある貴族や芸術家がカイトと話に来ていたり、また話をした事がある風な内容を話していた事をリリーも当然聞いていた。
「ええ。それで先の方の様に私の目利きの腕を見込み、来て欲しい、という方は少なくない。同時に私の目を確かと思われる方は私の目を頼みに、良い悪いを判断する事もある」
「なるほど……貴方が良いと言ってくれる事が、評価を上げるのですね」
「ええ。となると、彼らにとってすれば私が失われる事は損失だ。冒険者という職業にいつまでも居てもらうより、裏方に回って拠点に控えてくれている方が有り難いのですよ……すぐに接触も出来る様になりますからね」
「ああ、それでさっきの方は引退ではなく、裏方と……」
なるほど。納得だ。リリーは先の壮年の男性が引退ではなく裏方に回る、と言った意味を理解して、得心した様に頷いた。
「ええ。引退とは一言も彼は言っていません。私も、引退ベースで話はしていません。あくまでも、裏方に回る。つまりは補佐役に徹する、という事ですね。ギルドマスターとしての任に徹する、と言っても良いかもしれません」
「そう言えば……カイトさんの様に頻繁に依頼を受託されるギルドマスターはかなり珍しいですね。何かお考えが?」
「いえ、特には……敢えて言えば、こうやって色々な事に関わるのが好きなだけです。ギルドマスターを引退した瞬間、私は一人の冒険者に立ち戻るでしょうね」
どこか楽しげに、カイトは子供っぽい笑顔で笑ってリリーに告げる。実際、彼とていっそギルドマスターでもなく単なる冒険者として活動できれば、と思うときはなくはない。
が、ギルドマスターを引退した所でその先に待つのは公爵としての仕事だ。一介の冒険者になれる日は来なさそうであった。と、リリーはそんな彼の言葉尻に違和感を覚えたらしい。きょとん、とした様子で問いかけた。
「立ち戻る? 昔一人で動いていたのですか?」
「え? ああ、いえ……元々一人じゃないですよ。ただ、気分の問題として好き勝手出来る自由な冒険者に戻る、という所でしょうか」
「ああ、そういう……」
それなら納得だ。リリーはカイトの言葉に納得する。そもそもカイトが一人で活動する理由も無いし、タイミングもなかっただろうというのは想像に難くない。本来、彼の言葉はおかしいといえばおかしかった。
「にしても……やはり慣れられているんですね」
「これでも、何回かパーティには参加していますので……何事も、慣れです」
「そう……ですね」
リリーとしても何人かの参加者と話し、自身の慣れを自覚し出したらしい。カイトの言葉にそうなのだろう、と納得する。と、そうして彼女が納得したとほぼ同時に、二人に声が掛けられた。
「少し、良いかな?」
「「アストレア公」」
「ああ、そこまで畏まらなくて良い。妻が連れられて行ってしまってね。戻るまで、少し暇潰しに付き合ってくれないかとね」
頭を下げたカイトとリリーに向けて、アストレア公フィリップが笑う。そんな彼の見る方には彼の妻が小さな竜を腕に乗せている姿があった。その前には大型化して猫かぶり状態のユリィの姿があり、元教え子らしく若干苦言を呈している様子があった。
「あれは……随分と可愛らしい子竜ですね」
「妻が私と結婚する前から一緒の竜だ。付き合いは私より長い……それ故にか、振り回される事も多いらしくてね。彼女はあれには甘いのだよ」
どこか苦笑気味に、アストレア公フィリップが笑う。後にカイトが聞く所によると、今回も他の竜達の所へ行きたがる子竜に合わせて移動した結果、アストレア公フィリップは流石に主催者がうろちょろと彷徨き回るのもだめだろう、と一人で主催者の仕事を行う事にしたそうだ。というわけで彼の視線に合わせて、カイトもまたそちらを見る。
「あはは……あちらは……ユリシア様ですか」
「ああ。彼女も今日のパーティに参加してくれてね……実のところ、元々このパーティを開くきっかけは彼女なのだそうだ」
「そうなのですか?」
驚いた様子で、カイトはアストレア公フィリップの言葉に目を見開いた。だがこれに驚いたのは当然アストレア公フィリップであった。
「知らなかったかね?」
「ええ……」
「そうか。意外だったよ」
「あはは。流石にこんな所までは知りませんよ。そもそも、今回参加する事になったのも急なことではありましたので……」
「そうか。それもそうだね」
どうやら本当に知らなかったらしい。カイトの様子にアストレア公フィリップはそう納得する。なお、実際の所これはユリィも語らなかったのではなく、自身がきっかけだと完全に忘れていたそうだ。
「実のところ、学生時代の彼女が飼育委員でね。そこで何か交流会を開きたい、となって開いたのが、このパーティのきっかけだそうだ。その後は彼女の実家で開いていたのだが……私と結婚するにあたってこちらで開く事にしてね。まぁ、だから本来主催者は彼女だがね」
色々とあって、私が主催者になっている。アストレア公フィリップは笑いながらそう告げる。そうしてそんな彼はついでリリーを見た。
「そういえば……リリー。君とも年始の挨拶ぶりか。元気にしていたか?」
「はい。公爵閣下も息災おかわりなく」
「ああ。と言っても、最近はルフレオと共に忙しいがね」
どこか困った様に、アストレア公フィリップはリリーの言葉に笑う。なお、アストレア家の分家であるアストール家は特別な事情が無い限り一族総出でアストレア家に年始の挨拶に向かう事になっている。
というより、分家全てがそうなので年始は今以上にアストレア一族が揃うそうであった。そこにリリーも出席しているわけであるが、そちらはパーティというより身内の集まりとして通例エネフィアでは社交界デビューには含まれないのであった。
「また君の父親には忙しい日々になるだろうが……そこはどうか、理解してやって欲しい」
「いえ……今は三百年前と変わらぬ非常時。父も騎士としての本分が果たせると喜んでいます。私とて騎士の家に生まれた子。その姿を頼もしく思えど、会えぬ事を嘆く事はありません」
「そうか……そうだ。そう言えば今日はまだファブリスと会っていないが、彼は元気かね?」
「ええ……今回、あの子は『ダイヤモンド・ロック鳥』のノイエと共に参加させて頂いております」
「ああ、例のか。あれは素晴らしい羽だった。私も育つのが楽しみだ」
どうやらアストレア公フィリップもノイエを見た事があったらしい。若干の興奮を滲ませ、称賛を口にする。やはり妻が色々なペット愛好家達と関わるからか、彼も少しはペットの良し悪しがわかるらしい。それ故にあれが並々ならぬ存在と理解でき、興奮が抑えられなかったようだ。
「とはいえ、そういう事であればまた彼とも話す機会はあるか。彼が騎士となるまでには、終わってくれれば良いのだが……」
「終わる様に、尽力するしかないのだと」
僅かな嘆きを浮かべるアストレア公フィリップに、カイトは強い意思を滲ませそう告げる。それに、アストレア公フィリップも同じく公爵として同意する。
「そうだな。君にも世話になるが、よろしく頼むよ」
「はい」
どうにせよ、カイトは今起きている全ての戦いの中心人物だ。彼が関わらない道理はなく、彼はそれを終わらせる為に動くだけだった。と、そんな所に声が掛けられる。
「ごめんなさい、あなた」
「ああ、帰ったか。あまり振り回されてくれるなよ」
「あはは。この子、本当に落ち着きがなくて。ユリシア先生に怒られてしまったわ」
アストレア公フィリップの苦言に対して、彼の妻はどこか恥ずかしげに笑う。その姿はどこか少女のようでもあり、年齢不詳の印象を強くしていた。と、そんな彼女がカイトとリリーに気が付いた。
「あら」
「お久しぶりです、シンディ様」
「ええ、久しぶり。元気だった?」
「はい」
どうやらシンディはリリーとは比較的話す事があったらしい。リリーの姿にはあまり緊張は見られず、どこか気軽さが見て取れた。そうして、そんな彼女らを含め、少しの間四人で会話をする事になるのだった。
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