第2120話 草原の中で ――商家の招き――
ルフトゥの助言により幻獣達からアドバイスを貰う事になったソラと、そんな彼の相談に乗ってもらった礼を行ったカイト。そんな彼らであったが、ひとまずカイトもリリーも挨拶を行った事を悟られない様にしつつ、再度パーティ会場に戻ってきていた。
「……何か釈然としないものがありますが……」
「何がでしょう」
「幻獣達はああも気前が良い方だったのか、と」
確かに一部には先にソラと話をしていた女性的な幻獣の様に柔らかな態度と言葉遣いを行う幻獣が居ないでもない。が、やはり元々が魔物という兼ね合いから気性が荒い者は少なくなかった。
無論、最長老やルフトゥの様に上から目線の幻獣は多い、というよりも大半がそうだ。先にソラとの語らいを行った女性的な幻獣が珍しいぐらいである。
「私にもああも簡単に助力を仰ってくださるとは思いませんでした」
「さて……お嬢様の場合は気に入られたから、と言って良いでしょう」
「気に入られた、ですか……」
それがどうにも納得出来ない。楽しげに笑うカイトの指摘に、リリーはどこか釈然としない様子だった。が、これについてはカイトが何かしたわけではなく、純粋にリリーが気に入られたが故の事だった。
「お嬢様に自覚が無いのも無理はないでしょう。本来、ああやって幻獣達とまともに話す事が出来るのは極稀なのです」
「普通は、出来ないと」
「普通は、出来ません。私の様に自我を確固たるものとする訓練をするか、もしくは幻獣達の前に出ても大丈夫なほどに鍛えるかしか無いでしょう」
おそらくこれも一つの才能と言っても良いのだろう。カイトはかつての自身を思い出す。彼でさえ、初めて幻獣やそれに類する存在と会った際には恐れ慄いた。今の様にまともに話せる様になったのは、後天的だ。リリーの様に何も訓練せずに話せるのは、稀な事だった。
「自慢しても良い、と」
「そうですね。とはいえ、ひけらかす意味がある事でも無いでしょうし、それはある面では危険な事でもあるのです」
「どういう事ですか?」
「基本的に幻獣達の様に、こちらが道理を損なわぬ限りは問題無い相手であればそれでも良いでしょう。が、高位の冒険者達を前にしてそれが出来てしまうと、引くべき一線などを見誤りかねない。耐えきれるから、とうかつな事はしない方が良いでしょう。いえ、そうだとわかれば、殊更気を付けるべきかと」
「留意します」
確かにカイトの言う通り、自分に圧の耐性があるのであればそれは気を付けるべきだろう。リリーはカイトの助言を素直に受け入れる。これについては彼女も自身の専門外と認識しており、自分より詳しいだろうカイトの助言に素直に従う事にしたようだ。
「はい。まぁ、逆に畏怖で正常な判断ができなくなる事もありますから、圧への耐性があって悪い事ではないでしょう。その面では良い事ですし、活用するべきかと」
「なるほど……わかりました」
「はい」
とりあえず自分が言える事はこの程度だろう。カイトはリリーの返答に一つ頷いて、この話題はこれで終わりとしておく。リリーとしても自分の特殊性が認識出来たからか、幻獣達が自分を気に入った理由については納得出来たようだ。
「さて……では、再びパーティに参りましょう」
「ええ……何かあては?」
「さて……どうしましょう」
一旦場から離れてしまうと、今度は場に戻るのが面倒になるのはどこの世界でも一緒だ。故にカイトはリリーの言葉を聞きながら、次の一手を考える。どうやら少し中心から離れた、しかも幻獣達の所に行った事で、こちらから注目はかなり外れてしまったようだ。と、そんな二人にふと、声が掛けられた。
「少々、よろしいかしら」
「ん? これは……リデル公」
「っ」
まさか。さも平然と応じたカイトに対して、リリーは内心で大いに驚きを得る。カイトの言葉が確かなら、相手はこの場で唯一アストレア公フィリップと同格と言われるリデル公イリスだ。それがあちらから声を掛けてきたなぞ、俄には信じられるわけがなかった。
「お久しぶり、カイトくん」
「ええ、お久しぶりです」
久しぶり。その意味するところはつまり、このパーティ以前から親交を得ているという事。その事実にリリーはさらなる驚きを得る。
「少し見なかったけれど、まさか逢い引きかしら」
「あはは。まさか……少々、ソラが幻獣達に世話になりましたので、その礼をと」
「あら……幻獣達に。ということは、貴方が何か?」
「いえ……あ、申し遅れました。私はリリー・アストールです」
「ええ、ありがとう。アストール家のリリー。覚えておくわね」
リリーの自己紹介に、リデル公イリスが頷いた。と言っても、アストール家はアストレア家の分家の中でも割と有名な分家だ。なのでその家族は基本は把握しており、あくまでも一応言っておくというだけだろう。それにリリーが一つ礼を言って、首を振った。
「ありがとうございます……それで、私ではありません。当家の守護者たる幻獣が、彼へと幻獣達から助言を受ける様に勧められたそうです」
「あら……そう言えば、カイトくんが女の子と一緒に居るというので疑問を思わなかったけれど、何か理由があるのかしら」
楽しげに、リデル公イリスがカイトへと問いかける。これに、カイトが笑った。
「お戯れを……いつも女の子と一緒というわけではありませんよ。今日は仕事の流れで、という所でしょうか」
「お仕事……何かお仕事を受けて?」
「ええ……以前の『リーナイト』の一件で怪我をした懇意にしているギルドの代役で、と」
「そう……ああ、そうだ。『リーナイト』の一件。君は大丈夫だったかしら」
「ええ……怪我が無かったわけではありませんが、この通り。問題はありませんよ」
ここらは、単なる社交辞令に近いと言って良いだろう。そもそもカイトの怪我の塩梅はリリーよりリデル公イリスの方がよくわかっている。カイトの状態は国家の大事に類するものだ。把握しておかねばならないのであった。というわけで、一応の体面として必要なやり取りを終えた所で、リデル公イリスは本題に入る事にする。
「そう言えば……カイトくん。少し前にグレイス商会から聞いたのだけど、最近研究資材を多く購入しているそうね。親会社に発注依頼があったそうよ」
「ええ……先にラエリアの『大地の賢人』から転移術の基礎技術を頂きました。それを受けて、転移術の基礎研究を行おうと」
「ええ。それは報告を受けているわね」
前々から言われている事であるが、転移術は軍事技術にも類する技術として術式などは一般公開されていない。無論、個人同士、とどのつまり師匠が弟子に教える程度なら問題はないし、それについては腕の良い魔術師が増えるので黙認している。
が、組織として技術を持つ場合には基本的には国に届け出る方が良いとされており、カイトがその点を怠るはずもなかった。勿論、報告先も彼になるので意味のない届け出といえば、意味のないものであるが。
「それでいくつか聞いておきたい事があるのだけれど、良いかしら」
「ええ、勿論です」
「ありがとう」
そもそもリデル公イリス、ひいてはリデル家は商家だ。なので研究資材の半数程度はリデル家が関係する商家から入手しており、リデル公イリスの申し出はそれに絡んだものだろうというのはリリーでも想像出来た。
ここを起点として、カイトはリデル家と関わりを持っている様に印象付けるつもりだった。というわけで、カイトは現在研究所設営に向けて手はずを整えていること、それに向けて各種の資材を手に入れている事をリデル公イリスに伝えていく。
「そう……じゃあ、まだしばらくは研究設備を買っていくつもりなの」
「ええ……まだしばらくは、グレイス商会を筆頭にリデル公にも世話になるかと思いますが……その際はどうか、よろしくお取り扱い頂ければ幸いです」
「ええ、勿論よ。少しでも取引が生ずるのなら、私達リデル家にとっては大切な客。是非、買って頂戴な」
「ありがとうございます」
リデル公イリスの言葉に、カイトは笑って頭を下げる。そもそもこれはリップ・サービスでもなんでも無く、単に決定を告げただけだ。なので予め決められた手はずと言っても良かったが、ここでリデル公イリスが切り出した。
「そうだ。そう言えばカイトくんが知っているかわからないのだけど……来月、リデル領で研究設備の展覧会のようなものが開かれるのだけど、知っているかしら」
「展覧会ですか?」
「展覧会、と言っても実際にはもうすでに販売されているような物も多いわ。どちらかといえば新製品を多く取り扱ったコンベンションと言っても良いかもしれないわね。勿論、開発者達や研究者達の集まりも開かれるから、今後研究を行うのなら良い参考になるのではないかしら」
「なるほど……」
そんなものが開かれる事になっていたのか。カイトはリデル公イリスから寄せられた情報に、僅かな興味を滲ませる。いくらカイトでも何でもかんでも知っているわけではないので、これは演技ではなく素で知らなかったらしい。
「そうですね。一度参加してみるのも良いかもしれません。まだ設備投資を行っている段階。購入を考えている物も少なくない」
「でしょう? 今の君達になら、参加資格は十分にあるでしょう。招待状は送ってあげるから、何か気に入った物があれば是非、買ってね」
「はい」
一度ティナに相談した方が良いか。カイトはリデル公イリスの申し出を有り難く受ける事にする。研究所の設備投資が必要なのは事実だし、今後更に増築も考えている。
それに向けて良い設備があれば購入するのは吝かではなかった。というわけでリデル公イリスからの招きを受ける事にしたカイトであるが、それでひとまず本題は終わりとなったらしい。リデル公イリスは次の相手の所へと向かう事になる。そうして彼女が去った後、リリーが驚いた様にカイトへと問いかける。
「リデル公とお知り合い……だったのですか?」
「ええ。以前収穫祭の折り、神殿都市にてコンベンションが行われておりましたので……リデル家やそこを頂点とした商家達も参加しておりました。その際、多少のお話をさせて頂きました」
「なるほど……」
流石にリリーも収穫祭でカイトが二つ名を授けられ、皇国が鳴り物入りで喧伝していた事は知っている。実際、関わってみて喧伝するに相応しい実力と見識を持っている事は彼女も認める所だ。
そして当然、皇国が国として喧伝している以上、そこに二人の大公と五人の公爵達が関わっていない道理がない。必然、リデル公イリスもカイトの事は知っていただろうし、その名が利益をもたらすと見て関わりを持っても不思議はないとリリーも思ったようだ。
「にしても、研究所を設営されるんですか?」
「ええ。我々の最終的な目標は地球への帰還。待っていて解決する事はない話です。となると、研究開発はいつかは手を出さねばならない事でしょう?」
「確かに、そうですね」
カイトの言っている事は間違っていない。そして転移術の研究なぞ外部に任せられる事ではないのは、自分の方も知っている。リリーはカイトの立てた道筋が当然の物として受け入れる。そしてであればこそ、彼がリデル公イリスの申し出を受け入れたのは当然としか思えなかった。
「にしても……色々と考えてらっしゃるんですね」
「これでも、ギルドマスターですから」
「そうですね……あら」
「失礼。少々、よろしいかな?」
カイトの言葉に同意したリリーが、何かに気が付いた様にわずかに目を見開く。そしてそれとほぼ時同じくして、壮年の男性の声が聞こえてきた。どうやら、カイト達が空いたのを見て話に来たのだろう。そうして、カイトはリリーの補佐役としての仕事を再開させる事になるのだった。
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