第2117話 草原の中で ――パーティの傍らで――
アストレア家に招かれ、アストール家の姉弟と共にパーティに参加する事になっていたカイトとソラ。そんな二人は共に相方となるリリー、ファブリスの二人と共にそれぞれの形でパーティの開幕を待つ事になる。
そうしてカイトとリリーはカイトが知己を得ていた相手と、ソラとファブリスは会場の全体を見ながら気になった相手を確認し、時間を潰していた。とはいえ、どちらもいつまでも勝手な時間を過ごす事は出来ず、開幕を前に一旦四人で集まる事になっていた。
「カイト」
「ん? ソラか。何か用事か?」
「いや、そろそろ開幕だろ? なら、挨拶の前には集まっておいた方が良いかな、とな」
ひとまずの場ならしとも言える時間を費やしたカイトであったが、一旦は慣らし運転が終わりと休憩の為、リリーを人混みから遠ざけていたようだ。人混みから離れた所で彼女と二人、わずかに飲み物を傾けていた。なお、カイトはシャンパンだったが、リリーはシャンメリーらしい。どちらもグラスの中で泡が踊っていた。
「……ああ、二人も飲むか? 悪くはない」
「俺は一応シャンメリーにしておくよ。ファブリスは?」
「あ、僕もシャンメリーで」
どうやらこの場でも平然と酒を口にできるのは、カイトぐらいなものだったらしい。ソラもソフトドリンクにしておく事にしたようだ。
まぁ、この程度で酔うどころか足元が覚束なくなる事がないのがカイトである。どうという事が無いどころか、酒精を纏う事で艷として存分に活用するつもりなのだろう。そんな彼は近くを歩いていた飲み物を運ぶ執事の一人に、声を掛けた。
「失礼。二人にシャンメリーを」
「かしこまりました……どうぞ、こちらを」
「「ありがとうございます」」
差し出された黄金色の飲み物を受け取って、ソラとファブリスが小さく頭を下げる。そうして再度執事が離れていった所で、カイトが問いかけた。
「そう言えば、会場を見て回っていたそうだな。何か気になる事でも見えたか?」
「いや、あんま。何人か知ってる人は居たから、後で話さないとなー、とは思ってる。こっちに会釈してくれた人も居たし……」
「そうか。まぁ、こっちも似た様な所か」
「いえ、カイトさんの場合は些か知り合いが多すぎるような気が……」
カイトの発言に対して、リリーは先程までの少しの時間を思い出す。基本的にパーティで何十人も集まって話す事はない。基本的にはマンツーマンか、二人一組が一つに集まって四人で話す程度だ。
なので人によってはひっきりなしに話をしたい、という申し込みがあるのであるが、こういう社交界に参加した経験がなかったリリーにもおそらくこれがおかしいとわかるぐらいには、カイトの所に来る参加者は多かった。
「そうでもないですよ。私はあくまでも、一介の冒険者ですからね。あまり場慣れしていませんし……」
「「……」」
どの口が言うか、どの口が。カイトの正体を知るソラはそれ故に、一方横に居た事であまりの応対の慣れに呆気にとられていたリリーは近くで見ればこそ、その言葉に盛大に呆れ返る。
「まぁ、それはさておいて。そういう事なら、幻獣達との話し合いの後にでも話しておくと良い。坊っちゃんにも良い縁となってくれるだろう」
「お願いします」
「おう……で、他に何かあるか?」
基本的に社交界であれば、ソラはカイトの方が圧倒的に手慣れていると知っている。なのでもし何かしておく事があれば、それを優先的にやっておくつもりだった。
「特には無いな。が、幻獣達との話し合いが終わったら言ってくれ。オレも一応の挨拶はしておく」
「挨拶?」
「世話になった礼ぐらいは一言言わねばならないだろ?」
「あー……すまん。そういや、そうだよな。世話になるよ……お嬢様もすいません。多分、付き合わせると思います」
笑うカイトの指摘に道理を見て、ソラはカイトとリリーへと一つ頭を下げる。それに、リリーは首を振った。
「いえ、構いません。お父様より話は聞いています。ルフトゥさんが少し強引に押し掛けたか、と気にされていた様子でしたし……」
「そうですか……いえ、大丈夫です。私としても、有り難い申し出でしたので」
リリーの言葉に、ソラは若干だが驚いた様に首を振る。と、そんなこんなをしていると、場が少しだけ静かになった。
「ん?」
「アストレア公とその奥方が来られたようだ」
「あれが……」
ソラは先に話をしたアストレア公フィリップと、その横に居る一人の夫人を見る。彼女が何人目の妻かはわからないが、一緒に居る所を見ると妻に間違いはないのだろう。
「アストレア公の奥方のシンディ様だ。もし今後アストレア家が来るようなパーティなら、彼女が参加している事もあるだろう。仕事の話で後でご挨拶には伺うから、お前も覚えておけ」
「おう……そういや、資料とか後で貰っておいた方が良いのか?」
「ああ、いや。さっきサムエルさんが来て渡してくれた。後で読んでおけ」
「おけ」
それなら問題無いか。ソラはカイトの言葉にそう理解する。そうして一通りの話を終えた所で、アストレア公フィリップが前に出た。
『皆、遅れてすまない。些か前の会合が時間が掛かってしまった』
アストレア公フィリップの言葉に、カイトは少しだけ視線を動かして時計を伺い見る。すると確かに開始予定から少しだけ遅れて――と言っても五分十分程度だったが――おり、まずその謝罪から入ったのだろうと察せられた。
『遅れた手前長々と話すわけにもいかないだろう。なので手短に、乾杯の音頭だけ取らせてもらおう。もし、私の話が聞きたい者は後で来てくれ。ゆっくり語らおう。では、我々の未来に』
「「「乾杯」」」
グラスを掲げたアストレア公フィリップに合わせて、カイト達参加者もまたグラスをわずかに掲げてそれに合わせる。そうして、パーティが本格的にスタートする事となった。それを受けて、リリーがわずかに緊張した様に口を開く。
「これで、開始ですね」
「ええ……そう緊張なさらないで大丈夫です。威圧的な様子で来るだろう相手は避けますし、最悪ルフトゥさんの所に避難させて頂きますよ」
「あはは……そうですね。そうして頂ければ」
カイトの言葉に対して、リリーは自身が今回が初の社交界だとしっかり認識していた。何か粗相をしない様に安全策を取るカイトの姿勢には完全に同意する所であったし、先程までのいくつかのやり取りから彼が慣れている事は理解していた。なので今回ばかりは、素直にその指示に従う事にしたようだ。
そうしてアストレア公フィリップの挨拶でパーティが本格的にスタートした事を受けて三々五々に散っていく参加者達を横目に、カイトはひとまずソラにどうするか問いかける。
「ソラ。お前はまずはどうする?」
「俺はとりあえず……さっき言った話しとかないと、って人達と話そうと思う」
カイトの問いかけに答えながら、ソラは一つ小さく会釈する。どうやら誰かと丁度目があったらしい。この様子だと、最初はその某と話をする事になりそうだった。
「そうか……それなら、その後で良いから一度イングヴェイの所に行っておけ」
「ん?」
「一応、挨拶はしておくのが筋だからな」
カイトの言葉をどうやら拡張した聴覚で理解したらしい。彼の視線の先のイングヴェイが軽く頭を下げていた。今回、アストール家の依頼は本来彼らに持ち込まれたものだ。
それが『リーナイト』での一件により遂行不可になり、カイト達に持ち込まれたのだ。仕方がない事情があったとはいえ、アストール伯とファブリスには形ばかりでも頭を下げておく必要があった。
「そか……そういや、ファブリスは知ってるんだよな?」
「あ、はい。『リーナイト』の一件の前に何度か打ち合わせを。ノイエの顔合わせの時にも、彼らが」
「そっか……まぁ、イングヴェイさんは無事っぽいから、後で挨拶しておくか」
「はい」
どうやらファブリスとしてもイングヴェイの安否は少し気になっていたようだ。元々剣の稽古の折りに聞いていたので無事とは知っていたが、どんな状態かはカイト以外知らなかったのでソラも答えようがなく、心配していたらしかった。
そうして次の次まで予定を決めたソラとファブリスが先のソラの知り合いとやら――商人らしい――に話をしに行く傍ら、カイトとリリーもまた次の予定を決める事にする。
「では、お嬢様。私達も行きましょうか……どなたか話したいお相手などはいらっしゃいますか?」
「えっと……」
基本的にここでのカイトはリリーのお目付け役兼、もし彼の知り合いでリリーと交友関係を得ておきたい相手が居た場合、それとの仲介役だ。
が、基本的に選べる場合には知り合いとなりたい相手を選ぶのはリリーに選択権を預けており、アストール伯のよほどの指示がなければ――今回の場合はアストレア公フィリップとリデル公イリスの両名には可能なら引き合わせて欲しいと言われている――視線から彼女が選ぶ事になっていた。
「あの方は? どこかで見た記憶があるのですが……」
「彼女は……リデル家が懇意にしております芸術系の品物を取り扱われる方ですね。おそらく、アストール家に絵画などを卸されたのではと」
「ああ、そういえば……」
どうやらカイトの指摘でリリーもどこで見たか思い出したらしい。流石に父の取引相手なので彼女が直接的に見たわけではなく、偶然絵画の搬入を見掛け、そこでアストール伯と話をしていたのを見たのであった。と、それで視線があった事を受け、ひとまず彼女と話をする事となる。
「お久しぶりです、カイトさん。今日はどこのお嬢様とご一緒ですか?」
「あはは。アストール伯のお嬢様とご一緒させて頂いております」
「ああ、リリー様でしたか。お久しぶり……と言わせて頂いてもよろしいでしょうか」
どうやらリリーと同じく、この年若い――様に見えるだけかもしれないが――女性商人もリリーが通りかかった事は気付いていたらしい。後に聞けば小さく会釈はしていたそうであった。
「はい。過日は挨拶こそ出来ませんでしたが……貴方がお持ちになられた絵画を毎日拝見しております」
「覚えてくださっていましたか。ありがとうございます」
良かった。間違いじゃなかったらしい。喜色を浮かべ頭を下げた女性商人に、リリーは内心で間違っていたらどうしよう、と思っていた不安を打ち消した。
「どうでしたか、あの絵は……お父上がひと目で気に入られた物だったのですが……」
「ええ。勇ましい騎士の絵で、我が家にぴったりの一品だったかと」
「ええ。そう思い、お父上にご紹介させて頂いたのです」
「そうでしたか」
なんとか、正しい形で会話が出来ている。カイトはリリーと女性商人の会話を聞きながらそう思う。基本的に今回、メインとなって話すのはカイトではなくリリーだ。なので彼は合いの手を入れたり、場が保たなくなった場合に補佐する事がメインの仕事だった。そうしてしばらくの会話の後、女性商人が一つ告げた。
「もしお嬢様も何か装飾品がご入用でしたら、お声掛けください。きっと、気に入って頂ける品をご用意させて頂けるかと」
「ありがとうございます。その時には是非」
「はい」
これで一人目は終わりか。カイトとリリーは女性商人が頭を下げて場を離れるのを受けて、内心で胸をなでおろす。そうして一つ話が終わった所で、カイトは一瞬だけソラ達の方へと視線を向けた。
(向こうは……ん? なんだ……?)
何か隠れるような動作を見せたぞ。カイトはファブリスがソラの影に隠れる様に移動したのを見て、わずかに訝しむ。とはいえ、別に今の会話相手との会話で何か不足の事態が起きた様子はなく、かといってソラは何かわかっているらしく若干の苦笑を得ている様子だった。
(あの視線の先は……ああ、なるほど)
どうやらソルテール家の兄妹が居たらしい。向こうは気付いていない様子だったが、偶然ファブリスが気付いたというわけなのだろう。と、そんな彼に、声が掛けられた。
「カイトさん。お久しぶりです。少々、よろしいですか?」
「ん? ああ、お久しぶりです」
「はい……彼女は? 冒険部の女性ではないご様子ですが……」
「ああ、彼女は……」
次いで現れた男性の商人に対して、カイトはリリーを紹介する。そうして、彼は再びリリーの補佐に回る事になるのだった。
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