第2116話 草原の中で ――パーティの傍らで――
本年も一年ありがとうございました。来年もまたよろしくお願い致します。
アストール家とアストレア家に依頼され、アストール伯の長女リリーと長男ファブリスのパーティでの補佐役兼万が一の場合に備えて監視役を引き受ける事になったカイトとソラ。そんな二人は各々の相手と共にパーティ会場入りを果たす事になる。
というわけでサムエルとの一幕を経て裏工作を行いながらパーティ会場入りしたカイトはというと、こちらを待ってくれていたアストール伯爵夫妻と合流していた。
「ああ、来たね。サムエルさんが来ていた様子だけれど……何かあったのかい?」
「ああ、いえ。依頼の件で資料をお持ちくださっただけです」
「依頼?」
「ええ……アストレア家より」
娘と同じ様な表情で驚いた様子を見せたアストール伯に、カイトは先程と同じく特段隠す事でもない、と一つ頷いた。内容としては冒険者であれば、カイト達冒険部が皇国においての旧文明の遺跡探索の中心核の一つとして存在している事は知っている程度の事だ。なので隠す必要はなかったらしい。そして実際、アストール伯もその判断を当然と認め頷いた。
「なるほど……確かに、君たちの今までの実績を考えれば不思議もないことだ」
「ありがとうございます」
「いや、我々としても君やソラくんが大局的な視点を持ってくれていて有り難い限りだ。ぜひ、その力を皇国の為に役立てて欲しい」
これは至極当然の事ではあるが、ソラのような神剣を持つ者は数が限られる。そしてその中で洗脳対策が出来て冒険者をしているような者なぞ、もはや数えられる程度なのではないか、という程度しか存在していない。その上で大局的な視点を持っている冒険者なぞ、もうおそらくソラを含め両手の指程度しか存在していないだろう。
「そのつもりです。我々も何度となく、皇国より支援を受けてまいりました。受けた恩ぐらいは、十分に返すつもりです」
「そうか……っと、あまりこの場で家族で話しているのもなんだろう。君も君で話しておきたい相手など居るだろうし、リリーにも話をしたいという相手は居るだろう。そこらの補佐は、君に任せるよ」
「はい」
気を取り直したアストール伯の要請に、カイトは一切の迷いなく一つ頷いた。まだパーティは開始されていないが、それでも人が集まっている以上は会話は繰り広げられている。
その中でリリーやカイトと話をしたい、という貴族や商家達はちらほらと見えており、その中の何人かはカイトも見知った相手だった。ここで慣らしておいて、リリーには社交界に慣れてもらおう、とアストール伯もカイトも考えていた。と、そんなアストール伯がふと思い出した様に問いかける。
「……あ、そうだ。そう言えば、君はルフトゥに呼ばれていないのかな?」
「ルフトゥさんに、ですか? いえ……特には」
「そうか……」
カイトの返答に、わずかにアストール伯は残念そうな顔を見せる。どうせならリリーの方もルフトゥを介して幻獣達に知っておいてもらおう、と考えたのだろう。それを、カイトはアストール伯の顔から理解する。故に彼は即座に切り込んでおいた。
「とはいえ、別に来るな、とも言われていませんので、時間があればご挨拶には伺おうかとは思っています。ソラも世話になるみたいですし……それが筋かな、と」
「そうか。まぁ、それならリリーが何か粗相をしない様によろしく頼むよ」
少し気を遣わせてしまったかな。アストール伯はカイトの切り返しに少しだけそう思う。とはいえ、せっかく気を遣ってくれたのならそれを無碍にする必要もなかったので、そのまま受け入れる事にしたようだ。
「はい」
「ああ……まぁ、パーティの場で何か君に言う事もないだろう。直接的に話した事は無いが、君の噂ぐらいは聞いている。随分と手慣れていたみたいじゃないか」
「あはは……こういったものは全て慣れかと」
「そうだね。だから、リリーの事は君に任せておくよ」
何事も慣れが重要。そう説いたカイトの言葉にアストール伯もまた一つ頷いた。そもそも今回リリーの補佐をカイトに依頼したのだって、その慣れの面で彼を信頼出来るからだ。というわけで、カイトとリリー、アストール夫妻はその場で別れて、パーティの開始までの間を各々の知り合いと過ごす事にするのだった。
カイトとリリーがパーティに乗り出していた一方、その頃。ソラはファブリスと共に一旦外にある自由に動物達を離すための一角にやって来ていた。理由は勿論、幻獣達の集まりに出る為であるが、その開幕前に一度全体を見て回っておこう、という話らしかった。
「へー……やっぱりアストレア家の庭って広いんだな」
「ええ……アストレア家ですから」
「か……」
そもそも五つしかない公爵の一つだ。なら屋敷もそれ相応に大きく、ノイエが自由にとまではいかずとも、飛び回れるぐらいの広さは十分に確保されていた。
「そう言えば……その首輪。辛くないのか?」
「大丈夫……だと思いますよ。一応、この首輪を着ける訓練もするんですけど……嫌がった事は一度も」
ソラの問いかけを受けたファブリスが一つ頷いて、ノイエの首輪を見る。ノイエが装着させられた首輪は、今回の様に貴族の邸宅で開かれるパーティにペットを同伴させる場合には必ず装着させられるものだった。
「これ、一応逃走防止と精神的変化を抑える効果があるものだそうです」
「精神的変化?」
「ほら……どうしても生き物だから、怯えたり興奮したりする事があるので……そういう精神的な状態を抑制する効果があるそうです。と言っても、あくまでも落ち着かせる程度にしか役に立たないそうですけど……」
確かにそれは必要なのかも。ソラはノイエの首にある首輪を見て、なるほどと納得する。そして同時に、かなり高い物なんだろうな、とも思った。こんなものがあるのなら訓練の際に使えば良いからだ。
「ってことは、今は落ち着いてるのか?」
「いえ。今は何も。ほら、この首輪のこの部分……この魔石が青くなった時だけ、抑制させる効果が発生されるみたいです」
「へー……」
やっぱり色々と考えているんだな。ソラはノイエの首輪を見ながら、エネフィアの技術に感心する。と、そんな二人は各所を見て回るわけであるが、少し歩くとルフトゥの姿が見えた。
『む?』
「ルフトゥさん」
『ああ、小僧とファブか……どうした? まだ集会は始まっていないが』
「単に一度パーティが始まる前に見ておこうかな、と」
『なるほど。それは良い心がけだ。どうせ宴が始まれば見て回る時間もあるまい』
ソラがどういう立場なのかは知らずとも、こういった機会が滅多に無いだろう事はルフトゥとしても想像に難くはない。なので彼も一度上体を上げて、周囲を見回した。
『そうだな。我から助言が出来るのであれば、今のうち全体を見ておくと良い。特に、人の流れをな』
「人の流れ……ですか?」
『うむ。まだパーティは始まっておらず、誰も彼もが緊張はない。無論、もう開幕に先駆けて動いている者もいるが……まだ、そこまで本格化はしておらん。今のうちに、どことどこがどう繋がっているのか、と見ておくのも良いだろう』
「そうですね……」
確かに会場の視察も重要だが、同時に人の観察も重要だろう。ソラは以前ブロンザイトから言われていた事を思い出し、そちらも気に掛ける事にする。
『うむ。まぁ、それと共に今回の宴では各地に人が散っている。移動せねば見えぬものもあろう。見て回りつつ、人の流れも見ておくのが良いであろう』
「はい……じゃあ、また失礼します」
『うむ……まぁ、他の幻獣方が来れば、自ずと気配でわかろう。その頃にまた来ると良い』
「はい」
自身の言葉に頷いて再度腰を下ろしたルフトゥに背を向けて、ソラとファブリスはその場を離れる。が、少し離れた所で、ファブリスがほっと安心した様に胸を撫で下ろした。
「はぁ……」
「ん? どした?」
「あ、いえ……実はルフトゥさんと話すと、少し緊張して……」
「そうなのか……何か理由、あんのか?」
ソラとしても幻獣を相手にしているので緊張はあったが、同時にファブリスほどの緊張を感じていない事もまた事実だった。そして更に言えば、ルフトゥと会った回数であれば間違いなくファブリスの方が上だ。なのに自分より緊張している理由が、ソラにはわからなかったらしい。が、これにはファブリスがソラに呆れる事となった。
「いえ、普通は緊張しますよ……ソラさんが緊張しなさすぎなだけです」
「いや、普通に緊張したぞ?」
「そうは見えませんでしたよ……僕はあそこまで普通に話は出来ません……」
深い溜息と共に、ファブリスはソラへと内心を告げる。
「そうかなぁ……何かあったのか?」
「というより、多分ソラさんが耐性があるだけだと思います」
「耐性? なんの」
「圧力への、という所……でしょうか。幻獣を前にするとこう……なんていうか、ぐっと押し付けられるような圧が……」
「あー……」
なるほど。言われみればわからないでもない。ソラも高位の冒険者を前にして感じる事のある圧を思い出し、ファブリスが感じている圧がそれに近いのかもしれない、と思う。
冒険者達の場合は敢えて威圧をしない限りは得てして抑えてくれる事の方が多いが、幻獣達がそうしてくれるかはわからない。自分より遥かに弱いファブリスが圧を感じていても不思議はない、と思ったのである。というわけで、ソラは自分がしている対策を彼へと語る。
「そういう事なら腹に力入れておくと、割とマシにはなるぞ」
「お腹に力……ですか?」
「おう。まぁ、心持ちって所だし、もっと良いのは最初から気合い入れて臨む事だな。俺は格上の冒険者相手にそうしてる」
「ソラさんより格上となると……ランクSとかのですか?」
「おう。時々、<<熾天の剣>>の人とかと会うからな」
「し、<<熾天の剣>>……」
流石にこの名にはファブリスも頬を引きつらせるしかなかったらしい。とはいえ、実際に世界最強のギルドのギルドメンバーを相手に有用なら役に立つかもしれない。彼もそう思い、ありがたく参考にさせて貰う事にした。
「……一度試してみます」
「あはは。ま、役に立たなくても文句は言うなよ。あくまでも俺は、だからな」
「はい」
笑うソラの言葉に、ファブリスもまた一つ笑みを見せる。そうして再度開会までの間に各所を見て回る事になるが、そこでふとファブリスが足を止めた。
「どうした?」
「いえ……ほら、あの四人。わかりますか?」
「ん?」
ファブリスが指差した受付をソラが見る。するとそこには貴族らしい夫婦が立っていた。丁度来た所らしく、記帳を行っている所らしかった。とはいえ、ソラには見覚えがなく、誰かまではわからなかった。
「誰なんだ?」
「ソルテール家の人達です……僕、苦手なんですよね。何かと突っかかってくるんで……」
「あ、あー……」
そう言えばカイトもアストール家とソルテール家が因縁を抱えている事を言っていたな。ソラは若干の苦手意識を見せ自分の影に隠れている様に見えるファブリスを見ながら、若干だが苦笑いを浮かべる。とはいえ、そんなファブリスが少し周囲を見回し、安堵する。
「えっと……ふぅ。良かった」
「ん? 次はどした?」
「ああ、いえ……あの二人が夫婦なのは、見たらわかりますよね?」
「ま、そりゃな」
ソルテール家の二人と言われた夫妻は年の頃合いとしてはほぼアストール伯と同程度で、身なりとしても同程度のレベルと言って良いだろう。どうやらアストール家が来るとはいえアストレア家が主催するパーティとあって、変に張り合う事はなかったらしい。
「で、子供が二人居るんですけど……ちょっと苦手で」
「そ、そか……まぁ、関わらないでも良いだろ。別にパーティだから、全員と関わる必要なんて無いだろうし」
「そうですね」
凄い早さで同意したな。ソラは自分の言葉に即座に同意して笑みを見せたファブリスに、思わず笑う。そうして、そんな二人もまた開幕までのしばらくの時間を潰す事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




