第2115話 草原の中で ――パーティ――
アストレア家で開かれるパーティに参加する事になったカイトとソラ。そんな二人はアストレア家の分家であるアストール家の面々と共に、パーティに参列する事になっていた。
というわけで、アストール家の面々と共に会場入りする事になったカイトとソラであったが、アストレア邸で案内されたのは以前に入った屋敷側ではなく、屋敷の外に設営されたパーティ会場だった。
「外でやるのか?」
「ああ。基本的にペットが来るからな。外の方が良い……粗相とかしても片付けが楽だからな。一応、そういうスペースも設けているし、そこらの調教も完璧に終わった奴を連れてくるだろうが……ま、それはそれって所で」
「雨の場合とか大丈夫なのか?」
外でやる、となると気になるのはやはり雨天の場合だろう。そんなソラの問いかけに、カイトはエネフィアの貴族の邸宅の凄さを語った。
「雨なら雨で結界を展開して擬似的に晴天を作り出す事も出来る」
「マジか」
「マジだ……ま、だから天気は気にしないで良い」
うわー。流石は貴族。ソラはぶっ飛んだ高位の貴族の邸宅の仕掛けに思わず頬を引きつらせる。そんな二人を乗せた馬車は少し前と同じくアストレア邸の門を通り抜けると、カイトの言った通り屋敷には向かわず少しした所で停止する。
「こちらへ」
「ああ、ありがとう。後は任せる」
「かしこまりました」
先にアストール伯にリリー達の支度の完了を告げに来た壮年の執事――彼がアストール家の家令を統率する立場だそうだ――が一つ腰を折り、再び馬車へと乗り込んだ。
ここはあくまでも乗り降りする為のスペースで、馬車を停泊させておく為の場所はまた別にあるらしい。そうして再出発した馬車を見送って、アストール伯はカイトとソラに一つ頷いた。
「ここが、パーティ会場だ。招待状は、忘れていないね?」
「勿論です」
「良し。じゃあ、受付に行こうか」
当然であるが、ここは屋敷の外とはいえパーティだ。列席者が誰か、などを主催者であるアストレア家が把握しておく必要があった。というわけで簡易ではあるが受付も設けられており、カイトとソラはアストール伯夫妻の後ろに従って受付へと向かう事となる。
「これは伯爵閣下。よくお越しくださいました」
「ありがとう……これで良いかな?」
「はい……ポーリン様もお願いいたします」
「ええ……シンディ様はお元気ですか?」
「ええ。奥様もポーリン様のご来訪を心待ちにされておりました」
受付のメイドが、招待状を確認し出席簿に記帳を行うのを見ながら一つ笑って頷いた。シンディというのはアストレア公フィリップの妻の事で、今回のパーティの実質的な主催者という所だ。やはり同じ一族の妻という事で割と話をするらしく、比較的懇意にしているという事であった。そうしてその二人が終わった後が、カイトとリリーの番だ。
「カイト・天音です」
「リリー・アストールです」
「ありがとうございます。こちらへご記帳をお願いいたします」
やはりどちらもこの場では目立った立場ではない――リリーは長女だが嫡子ではない為――からだろう。先程までとは違い、メイド達の応対はどこか事務的だった。が、そこでふと、カイトの応対をしていたメイドが何かに気が付いた。
「……カイト・天音様ですか?」
「ええ、そうですが……何か?」
「少々、お待ちを」
何かあったかな。カイトは受付に記帳するなり待ったを掛けられたのを受けて、訝しげに首を傾げる。そしてそれはリリーも一緒で、どこか疑わしい様子で彼を見ていた。
「何かしたんですか?」
「まさか。もししていればこちらに一度来た際に言われていますよ」
「……来たんですか?」
「お父上からお聞きでは?」
「いえ、何も……」
どうやらカイトは嘘を言っていないらしい。彼のきょとん、とした様子からリリーはそれを悟ったらしい。そうして横にズレて待たされる一方で、ソラは空いたリリーの受付で記帳を終わらせる。が、その彼もまた普通とは違い声を掛けられる事になった。
「……ソラ・天城様ですね。お待ちしておりました」
「は、はぁ……自分にも何か?」
「ファブリス・アストール様がお待ちです。ご案内いたしますので、少々お待ち下さい」
「あ、はい」
なんだ。そういう事か。ソラはカイトの様子から何かあったかも、と身構えていたらしいが、内容を聞いて納得する。基本今回のパーティへの参加について、カイトとソラは共にリリーとファブリスの補佐役としての参加だ。
なのでアストール家から内々に一緒に居させて欲しい旨の連絡が来ており、ソラにはファブリスの所へ案内するような指示が出ていたのであった。そうして彼が現れた執事により屋敷の方へ案内される一方、カイトの所にもサムエルがやってきていた。
「お久しぶりです、カイトさん」
「サムエルさん……お久しぶりです。どうされたんですか?」
「例の資料をお持ちいたしました。時間が限られておりました故……この場でのお渡しとなった事、お許しください」
驚いた様子のカイトへと、サムエルが一つの封筒を差し出した。これに、カイトも何が目的か理解する。
「ああ、なるほど。確かに、お受け取り致しました。ソラにも後ほど、伝えておきます」
「ありがとうございます。では、よろしくお願い致します」
「はい」
一つ礼を述べて腰を折ったサムエルに、カイトもまた一つ頷いた。この意図が読めないカイトではないし、その意図が読めないと思わないサムエルでもない。
なのでどちらも一切の淀みなく、お互いの為すべき事を為していた。そうして要件が終わったとサムエルが去っていく一方で、二人の目論見通りにリリーがカイトへと問いかけた。
「今のは……アストレア家先代の執事長サムエル……ですよね?」
「ええ……ここからマクダウェル領への帰りしななのですが、アストレア家より依頼を受けておりまして。その資料を、と。パーティからあまり日が無いものですから。なるべく早めに、と今渡してくださったのでしょう」
「アストレア家から? 依頼を?」
改めて言うまでもないが、アストレア家は公爵の一つ。そこからの依頼は受けようと思って受けられるわけではない。本来、カイト達のような立場の中小ギルドが受けられるものではないのだ。それがすでに受諾済みというのだから、リリーの驚きも無理ない事だった。
「ええ……ほら、私達は遺跡調査が専門でしょう?」
「そうなのですか?」
「言ってませんでしたか?」
「ええ……」
初耳だ。そんな様子で驚きを露わにするリリーに、カイトは一つ頷いた。そうして少しの間、今回の依頼内容は隠すものではないので、とリリーへと内容を語っていく。
「なるほど……確かに、カイトさんが遺跡調査において現在ご活躍なさっている事は私も聞き及んでおります。特に、旧文明の遺跡調査には小さくない貢献をなさっている事も」
「はい……それで有り難い事に、以前のオプロ遺跡の調査の件等で我々にも協力の要請がありまして」
「なるほど……それで……」
確かに、アストレア公の考えは正しいかもしれない。リリーは多角的に考えて、日本人であり遺跡調査で実績を上げているカイトと、神剣の使い手として特殊な技能を持つソラ――流石に洗脳は機密事項なので彼女は知らない――の二人に参加を要請しても不思議ではない、と判断する。
「あ、失礼しました。素晴らしい事だと思います」
「いえ……ありがとうございます」
リリーの称賛に対して、カイトは少しだけ恥ずかしげな様子を見せて頭を下げる。そうして彼は恥ずかしげな様子を見せて、そこから逃げるような素振りで中へと移動を促した。
「……では、中へ行きましょうか。あまり受付で長話をしていても、邪魔になってしまいますからね」
「あ……そうですね。では、よろしくお願い致します」
「こちらこそ、お願い致します」
確かにそれはそうだ。そんな様子で自身の言葉に頷き、敢えて淑女の顔で一つ頭を下げたリリーにカイトもまた一つ頭を下げる。そうして、二人はパーティ会場に乗り込む事になるのだが、リリーを先導する様に歩きながら、カイトは一瞬だけ周囲を確認する。
(……ひのふのみの……アストール伯夫妻も、か。おおよそ七人ぐらい……かな。更にここにメイドを含めて……これだけ聞いてもらえれば十分か)
今回、サムエルが敢えて受付でカイトを待たせてその場に資料を持っていったのは、何も早い内に資料を渡した方が良いと判断したからではない。それだったら何もこんな場に持ってこないでも、ホテルへ届けさせれば良い。
本当の理由はこの場で話す事で敢えて耳目を集めさせ、カイトとアストレア家が関わりを持っているという事を知ってもらう為であった。今後何かが起きた際にカイトが関われる様にする為の方便というわけだ。
(後は、このパーティでイリスと関わりを持てばベストだな……そこらは、フィリップに頼むか)
現状、カイトがおおっぴらに関われるのはマクダウェル家か、ブランシェット家だけだった。が、今回の一件でアストレア家には関わりが出来た。となると、残す二つともなんとかして縁を持っておきたい所だった。そうして、カイトはそれに向けた策を考えながら、リリーと共にパーティ会場へと入る事になるのだった。
さて、カイトが策を練りながら会場入りした一方。ソラはというと、先入りさせられていたペット達が居る一角へと通される事になる。と言っても、彼が通されたのはその一角とパーティ会場の境目という所だろう。そこで、ファブリスは待っていた。
「ソラさん」
「よぉ……凄いな、ここ」
「ええ……僕も見た事がない魔物達がたくさんで、思わず圧倒されてしまいました」
多種多様なペット達に驚いた様子のソラに、ファブリスもまた笑顔で頷いた。彼も存外好奇心は旺盛らしい。と言ってもソラもまた驚きの中には興奮が滲んでおり、好奇心が見え隠れしていた。というわけで、二人は少し立ち止まってペットとして飼育される魔物達を観察させて貰う事にした。
「……おー、すっげ。あれ……ウルフ種だよな? 結構手強かったイメージあるんだけどなー」
「そうなんですか?」
「ああ。結構速くてさ……でも、あいつで結構<<弾き>>の練習したなー」
「へー」
やはり貴族の令息よりも、冒険者として各地で戦い抜いているソラの方が魔物に対する見識は深いらしい。感心したような様子で、ファブリスはソラの言葉に頷いた。というわけで、そんな彼がソラへとひときわ大きなゲージを示す。
「あの大きなゲージはなんていう魔物なんですか?」
「ん? あれは……」
ソラが見たのは、巨大な獅子のような魔物だ。その威容は相当な物で、並々ならぬ圧を感じさせた。比較するのなら、以前マリーシア王国での一件で同行したオルガマリーという<<魔物使い>>の相棒の巨狼ほどの大きさがあった。
「何だ、あれ……見た事ないぞ」
「ソラさんでもですか?」
「あ、あぁ……すっげ」
「はへー……」
そんなに凄い魔物なのか。ファブリスも初めて見る威容に、改めて圧倒される。と、そんな彼がふと顔を顰めた。
「っ……ああ、ごめんごめん。君も十分凄いよ。なにせ、君は<<ダイヤモンド・ロック鳥>>だからね」
不満げな様子を見せるノイエに、ファブリスは一つ笑ってその頭を撫ぜてやる。世にも珍しい<<ダイヤモンド・ロック鳥>>の子供である。その希少度であれば間違いなくこの場のありとあらゆる魔物達の中でも群を抜くだろう。それにソラは一つ笑って、ファブリスに告げる。
「良し。じゃあ、あまりこっちでうつつを抜かしてノイエが拗ねる前に、行くか」
「はい」
ソラの言葉に、ファブリスもまた一つ笑って頷いた。そうして、二人もまたカイト達から少し遅れてパーティの会場入りを果たす事になるのだった。
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