第2114話 草原の中で ――パーティへ――
アストール家での依頼を終えて、再びアストレア領アストレアに戻ってきたカイトとソラ。そんな二人はアストレア家で開かれるというパーティまでの間、ひとまず用意されたホテルにて待機する事になっていた。
というわけで用意されたホテルに入った二人であったが、そこで早々にイングヴェイと再会。彼からパーティの参列者の名簿を受け取る事になっていた。
「何か気を付けとくべき人とか居るか?」
「んー……まぁ、結構有名所は多いから、注意しておかなくて良い、って人の方が少ないな」
「マジか」
「伊達に五公爵の一角ってわけじゃない。今回は単なる愛好会の集まりに近いからこの程度で済んでるが、それこそ嫡男のお目見えとかになると、普通に皇帝陛下も参列されたりするパーティが開かれる」
「マジか」
カイトから教えられた情報に、ソラは再度驚きを露わにする。これについてはやはりアストレア公フィリップが言った通り、あまり目立たないが故にその凄さを理解されていなかった事が大きいだろう。実際にはアストレア家は公爵。貴族としてであれば、カイトと同等の事が出来るのである。
「まぁ、そういう点を含めなければ、注意しておくべきはアストレア公とリデル公ぐらいで十分だろう。他、軍の高官やらも来てはいるが……どちらかと言えばそういう所の奥方勢が多い」
「奥方勢?」
「ペット愛好家のマダム達、と言う所だ。実際、立場上主催はアストレア公になっているが、このパーティもメインの主催者はアストレア公の奥方だ」
「そーなのか」
「どこの世も、上流階級はペットを飼うのがステータスになるってのが居るみたいでな」
どこか間抜け面で感心したような発言をしたソラに、カイトは笑って世の常を口にする。実際、そういうわけなのでアストレア公も顔見せはするがそこまで熱心というわけでもないらしい。皇帝レオンハルトに対して来て欲しい、というような事を言わなかったのには、そんな裏事情があったらしかった。
が、こういうパーティが重要な交流の場である事は彼も知っている。なので愛好家達の集まりには興味はなくとも、そこに集まる人物達には興味があった。というわけで、来る事は来るのであった。
「お前は……別か」
「日向は貴族になる前から一緒だからな。伊勢はクズハが連れてきたし。第一、あの当時にそんな余裕は貴族達にさえ殆どなかったからな。余裕が出たのは五年が過ぎた頃ぐらいか」
「それで考えりゃ、お前よくウチじゃ飼えませんとか言わなかったな」
「あの当時のクズハが連れてきたってなりゃ、道理も引っ込ますさ」
ソラの指摘に対して、カイトは笑う。何度か言われているが本来伊勢の主はクズハである。が、もう当人達でさえ完全に忘れてしまっていたのであった。
「ま、それはさておき。とりあえずアストレア公は注意しておけ。まず来るしな」
「それはわかってるよ。皇国に五人しか居ない貴族だからな……あ、そうだ。それなら大公達は来ないのか?」
「ああ、あの二人か。まぁ、今回は参加しないらしい。その余裕も無いしな」
「何かやってんのか?」
「いや、そう何人も公爵が集まるわけにはいかないだろ。一応、リデル公も来るからな」
「あー……」
確かに、そう言われればそうだ。一応、今回はそこまで大きな集まりではない、という事だ。ペット愛好家達の集まりという形だ。公爵達が揃いも揃って全員集まるわけにはいかないだろう。ソラもカイトの指摘に納得する。
「ってことは、二人……いや、実際にゃお前も入るから三人か。ブランシェット公は来ないんだよな?」
「ブランシェット公は半分隠居状態。ハイゼンベルグの爺は龍族でブランシェット公と同様だな」
「なるほど。実際としちゃ、来れる奴は全員来てるわけなのか」
「そういう事。で、大公達はこれ以上やめておいた方が良いだろう、って話」
一応、カイトはまだ公職に復帰していないので入れるべきではないだろうが、そう何人も公爵が集まっていても何か裏にあるのでは、と勘ぐられかねない。なのでそこまで多くない集まりだからこそ、下衆の勘繰りを得ない様に配慮する必要もあった。
「ま、後は会ってみて結構重要そうかな、と思えば覚えておけば良い」
「りょーかい……で、その中でも重要なのは?」
「まぁ、公爵二人以外だと……んー……ぶっちゃければ、どんぐりの背比べか。実際、重要視しないで良いわけじゃない。基本アストレア家が招いているから、上の方の貴族ばっかりと言えば貴族ばっかりだし、リデル公も来るから有名な商家も割と来る。本当に誰が特に重要、というのは無いんだ」
「そういう意味だと、結構厄介なパーティなのか」
「そう言っても良いだろうな」
一応、これでもソラも何度かパーティには参加している。なのでパーティの中でも主役級と言える重要人物達を把握する重要性は理解していて、それ故にカイトに何度も重要な相手は、と聞いていた。が、如何せん重要度であればどこも似たりよったりらしく、一概に言えるわけではないようだ。
「まぁ、今回は基本は来た相手と関わる程度で良いだろう。お前も準備出来てるわけでもないだろうし、何より今回はオレ達にとっては全く異なる土俵だ。馬鹿みたいに動いて失言するより、動かない方が良い」
「そーするよ。なんか下手を打つより、安牌選んだ方が良さそうだし」
「そうだな。そうした方が良いだろう」
ソラの問いかけに、カイトは一つ頷いた。今回ばかりはどこを選んでも下手を打ちかねない状態だ。なら、下手にこちらから動かず相手の出方を待つのも手だった。そうして、その後二人はパーティに向けたいくつかの打ち合わせを行いながら、しばらくの時を過ごす事になるのだった。
さて、明けて翌日。カイトとソラはスーツに着替えると、改めてアストール家の面々が宿泊する屋敷に移動していた。
「やぁ、来たね」
「伯爵」
「ああ、良いよ、そのままで。あまり立ったり座ったりでスーツにシワが出来ても困るだろうからね」
挨拶をしようと立ち上がろうとした二人に、アストール伯はそのままで良いと手でそれを制止する。彼としても息子と娘を任せている以上、あまりシワの出来たスーツで来られても困る。が、これにカイトは座りながら答えた。
「ああ、それならお気になさらず。服に特殊な術式を刻んだ物を使用していますので……シワはつきにくいんですよ」
「? どういう事だ?」
「そうですね……見て貰った方が早いですか」
カイトはそう言うと、アストール伯の前で自分の着ていたスーツの上着を脱いで乱雑に丸めてみせる。普通、こんな事をしてしまえばシワになるのであるが、これに心配は無用だった。というわけで、彼がスーツを上げてみせると、どういう原理か一瞬でシワが綺麗に無くなった。
「む……凄いな。これは地球の技術かね?」
「いえ、まさか。原案そのものは地球の物ですが……これは知り合いの仕立て屋に依頼して、それを更に改良したものですよ」
「ほぅ……」
どうやら貴族である以上、それ相応にはスーツに袖を通す事は多いらしい。なのでスーツのシワについてはアストール伯も気にしているらしく、カイト達――当然ソラも同じ素材を使っている――のスーツには興味がそそられたらしい。
「マクダウェル領では一般に販売されているのか?」
「いえ……どうでしょう。一応、アイデアそのものはマクダウェル家に活用する様に依頼しましたが……まだ実用化には程遠いのではないかと」
「なるほど……ふむ……」
それならウチも一枚噛ませて貰っても良いかもしれない。アストール伯は内心でそんな色が鎌首をもたげている様子だった。相当な興味を抱いてはいるらしい。まぁ、無理もないだろう。とはいえ、そんな彼は一転して気を取り直して、本題に入る事にする。
「ああ、いや。すまないね。それで、ファブリスには先に入っている様に言っている。どうしても、他と一緒だとノイエが興奮しかねないからね。ペット同伴の参加者は入る順番が決められているんだ」
「ルフトゥさんは?」
アストール伯の言い方だと、とどのつまり本来は彼も入場の順番が決められていても可怪しくない様に思える。そう思ったソラであったが、その彼の問いかけにアストール伯はなるほど、と頷いて教えてくれた。
「む? ああ、ルフトゥか。彼ならもう入っているだろう。私が連れて行くわけでもなくてね。流石に幻獣を町中で連れ歩くわけもいかないし、彼らは我々の力を超えている事も多い。殊更、こちらで配慮しなくても良い」
言うまでもないが、相手は幻獣である。魔術の腕であればソラ以上だ。その時点で幻術などについては一般的な貴族らが配慮して使うより更に上の魔術を使える可能性が高く、逐一配慮しなくても良いらしかった。
「それで、ソラくん。君の件はルフトゥから聞いている。それについては私から何かを言う事はないだろう。ルフトゥが仲介しよう、というのなら私は止めない。彼の好意に甘えさせて貰うと良い」
「ありがとうございます」
「ああ……それで、どうだろう。一緒にファブリスも居させて貰っても良いかな?」
「あ……それはまぁ、ルフトゥさん達が良いのなら、という所かと」
「無論、それはわかっているとも。その上で君にも確認を取れれば、という所でね」
ソラの返答に対して、アストール伯はそれで良いと認め頷いた。と言っても、これは彼にとっても打算ありきの話ではある。元来、幻獣と関わりを持つ事は中々に難しい。
往々にして相手が生命体として高位の種になるからだ。それは幻獣であるルフトゥを相棒にしている彼でも同じで、もし縁が欲しいのなら何かきっかけが欲しい所だった。今回の一件を活用させてもらおう、と考えたのである。そんな彼の要望に、ソラは慌て気味に首を振る。
「それならこちらこそ問題ありませんよ。私の方はルフトゥさんに世話になっているわけですし……」
「そうか。ありがとう」
「はい」
アストール伯の感謝に、ソラは一つ頷いた。と、そんな事を話していると、一人の壮年の執事が現れる。
「旦那様。奥様とお嬢様のご支度が整いましてございます」
「そうか。馬車の手配は?」
「そちらも、すでに」
「わかった。では、行こうか」
壮年の執事の報告に、アストール伯は一つ頷いてカイトとソラの行動を促す。それを受けて、二人もまた立ち上がった。そうして屋敷の玄関へと移動すると、そこにはレイラを伴ったドレス姿のリリーの姿があった。
「ああ、リリー。今日は一段と可愛らしいね。母さんは?」
「ありがとうございます、お父様……お母様でしたら、すでに馬車に」
「そうか。さて……カイトくん。娘は頼むよ」
「はい。では、お嬢様。よろしくお願いしますね」
「ええ……」
というかこいつ慣れすぎでしょ。明らかに貴族の嫡男のような優雅さを見せるカイトに、リリーは思わず内心で唖然となる。まぁ、実際には嫡男どころか当主なので当然ではあるだろう。
「良し……では、行こうか」
カイトとリリーの様子を見て問題が無い事を確認し、アストール伯は一つ頷いて一同を再度促した。そうして、カイトとソラは再度アストール家の面々と共にアストレア邸へと移動する事になるのだった。
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