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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第86章 草原の中編

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第2113話 草原の中で ――切れ者との再会――

 アストール家からの依頼を終えて、再度アストレア領アストレアに戻っていたカイトとソラ。そんな二人はアストレアに別邸があるというアストール家の面々と別れて、アストレア家が用意してくれていた客用のホテルへと移動する。

 そうしてたどり着いたホテルで二人を待っていたのは、カイトとソラが共に収穫祭の一件で出会ったイングヴェイというギルドマスターであった。そして、彼との再会から少し。三人はひとまずの情報交換を行っていた。


「そうか。問題無く終わらせてくれたか。助かった」

「こっちも依頼だ。依頼でヘマはしないさ」

「まぁ、お前ら二人なら、俺も安心だ」


 カイトの返答にイングヴェイは僅かな安堵を滲ませる。大貴族とまではいかなくとも、アストール家はアストレア家の分家だ。無視出来るわけがなく、代役を立てた身としては気になっても当然だった。と、そんな彼にソラが驚いた様に問いかける。


「にしても……本当に凄いっすね。さっきから見てるんっすけど、全然動きに鈍さないじゃないっすか」

「無い……ねぇ。まぁ、包帯は幻術で隠してるし、こいつ、わかるか?」


 ソラの発言に、イングヴェイはおしゃれの一環として身に着けている様子の腕輪を指し示す。が、道具使い(アイテムマスター)を標榜する彼だ。おしゃれに見えて、その実きちんとした魔道具だった。とはいえ、彼ほどの切れ者が用意した物だ。一見するとソラにも普通の腕輪にしか、見えなかった。


「なんすか、それ」

「鎮痛作用のある薬剤をぶっこむ為の腕輪。万が一の為な。包帯もこいつで隠してる」

「そんなヤバいんっすか?」

「死にはしねぇよ。頓服薬だ頓服薬。通常使ってる薬で痛みは常にはない。が、貴族様方の前で不格好は見せちゃなんねぇからな」


 どこか呆れた様に、イングヴェイは笑う。ここら彼もギルドマスターとしての立場があっての事だ。無理を押して、と言っても良かっただろう。というわけで、彼は隠す事もないと現状を教えてくれた。


「肋骨数本に腕も逝った。腕の方は近くに居た奴が直してくれて、早々になんとか出来たがな。肋の方がその後逝った……ま、命あっただけ儲けもんだ。流石に今回ばかりはな」


 今回ばかりは。イングヴェイは『リーナイト』が<<死魔将(しましょう)>>達の襲撃とわかっていればこそ、死んでいない現状に感謝しかなかった。彼らの恐ろしさは冒険者として上に行けば行くほど、わかるのだ。だからこそ、素直に生還出来た奇跡を喜ぶしかなかった。


「お前も、もっと上に行けばわかる。俺よりもっと上の化け物みたいな奴らが、<<死魔将(しましょう)>>を前にしたら逃げるって臆面もなく言い張る。最初単なる伝説に尾ひれが付きまくってるだけかと思ってたが……大陸間会議で大国マギーアは大損害。今回で冒険者ユニオン協会は半壊だ。素直に、逃げるって判断は正しい。俺は逃げる」


 あんな化け物に敵うわけがない。イングヴェイは盛大に顔を顰めながら、首を振る。あんな化け物を安々繰り出してくるのだ。まともな意見として、逃げるは正しい判断だった。


「実際、どんなつもりで戦ったんだ、あんた。正直、俺は正気を疑う」

「どんなつもりねぇ……」

「ちょい待ち。気付いてんの?」


 さも平然とカイトに問いかけたイングヴェイの様子を見て、ソラが驚いた様子でカイトへと問いかける。が、これに答えたのはイングヴェイだった。


「そりゃ、わかんだろ。普通に考えりゃな……ま、言う事は無いし、口にしたのは今回が初だ。勿論、わかってんのは俺だけだ。リディにも言ってねぇよ。流石に俺もエンテシア皇国の公爵閣下に睨まれたくはないからな」

「地位ってのは、使いようだ。ひけらかす必要はないが、使う時には使わないとな」

「ってわけ。俺は気付いた時点で口封じされてるも同然だ」


 切れ者だからこそ、カイトはイングヴェイが気付いていても良いとしたわけらしい。実際、彼としても当人が世界最大の貴族の一人かつ世界最大の多国籍企業を傘下に収め、ゆくは皇族との結婚さえ確定しているだろうカイトを敵に回すつもりは一切無いらしい。

 それどころか今回の様に適度に関係を持っておいて、万が一の場合に頼る方が得だと判断したのである。そしてそんな彼に対してカイトは一つの称賛を述べた。


「切れ者ってのは、こうやって立ち回る。実際、お前も今後指揮官の道を目指すのなら、イングヴェイを手本にするのは良い判断ではあるだろう」

「照れるね」

「……」


 実際この応対を見るに切れ者ではあるのだろう。ソラ自身、今まで何度かカイトの代役としてイングヴェイとはやり取りをしていたが、それでも一切カイトの正体に気付いている様子は見えなかった。これが、策士として場数を踏んだ者だと言われれば素直に納得出来た。


「でもそれならなんで言わなかったんだ? あんたなら俺が知ってるってわかったろ?」

「そりゃ、周囲に誰かしらは居るからだろ。今この場に居るのは、俺とお前と伝説の勇者様だけだ」

「あ……」


 それはそうだ。先に言っていたが、イングヴェイは誰にも、それこそ弟にしてサブマスターのリディックにさえカイトの正体は語っていない。それどころか口にしたのは今が初めてなのだ。わかっていても一切言う事のない自制心もまた、リーダーに必要なスキルだった。


「ま、流石にそっちの勇者様にゃ負けるが、それでもまだまだお前さんにゃ負けんさ」

「……」


 やはりまだまだ上の奴らは多いな。ソラは笑うイングヴェイにまだ自分が及んでいないのを理解する。そうしてわずかに考え込んだ彼を横目に、イングヴェイは改めてカイトに問いかけた。


「で、あんたホントに何考えてあんな化け物共に突っ込んだんだ? 気付いてから、あんたの来歴を一度洗い直したが……正直、正気とは思えない行動の連続だ。しかも、どう考えても奴らと戦う理由と動機が無い。大精霊様に頼まれた、ってわけでもないよな? それならそれで流石は勇者様って話だが」


 動機がない。イングヴェイはどうしても掴めなかったカイトの参戦理由が気になっていたらしい。これを機に聞いておこう、と思ったようだ。


「無いな。大精霊達から何か戦争を終わらせる様に指示が出た事はない。そもそも人類間での戦争は須らく世界にとってすれば些末な出来事だ。どちらが正義でどちらが悪か、も人が勝手に定義している事。世界は関与せんからな」

「だろうな。俺も歴史を紐解いた限り、そんな指示が出たって話は聞いた事がない。だがだからこそ、だ。なんであんたが」

「なんで、つっても……普通に考えてウィルに頼まれたからだろ。オレ、普通にあの当時契約者の凄さなんてわかっちゃいないガキだぞ。あいつ、契約者になって帰ってきたオレを見て仰天してたぐらいだからな」


 これについては別にカイトも隠している事でもないし、ソラ達冒険部上層部では普通に知られた話だ。故にソラも特に疑問は持っておらず、なのであったがイングヴェイは訝しげだった。


「それだけ?」

「それだけ」

「……一応聞くけど、あんた一年はエネフィアを旅してるよな? それも何回か死にかけてる」

「したな。ユリィにゃ今でもあの当時の事で怒られるけど」

「だよな」


 どうやらまだユリシアは常識人らしい。イングヴェイはどう考えても子供がして良いような旅路をしていなかったカイトの言葉を聞いて、僅かな安堵を浮かべる。だがだからこそ、カイトの判断が理解出来なかった。


「……正気か?」

「あのな……誰かがやらにゃならんからオレがやっただけだ。誰もが出来たとは思わんし、そうは言わんよ。だが、誰かはやらにゃならんかった」

「そりゃ、わかる。俺にもな」


 どんな形であれ、戦争は終わらせねばならなかった。それがエネフィア側の敗北か、『魔王』ティステニアの敗北なのか、の差はあれどだ。


「が……おおよそ正気とは思えねぇよ。あの化け物共に挑むってのはな」

「ま……そこはオレに言われてもな。ぶっちゃければそこらはティナやウィルの話だ。オレは単なる一兵卒。単なる戦士だ。こいつの首取ってこい、って言われたから取ったってだけだ」

「……」


 それが普通は出来ないんだってば。イングヴェイは『リーナイト』を筆頭にした一件を紐解いていればこそ、<<死魔将(しましょう)>>のヤバさがわかっていた。わかっていたからこその呆れだった。とはいえ、これについてはもう当人の考えだ。イングヴェイもこれ以上の問いかけの無意味さは理解していた。故に、彼はこの話題はこれで切り上げる事にした。


「ま、そりゃ良いわ。やっぱわからんってだけだ」

「そうしてくれ。正直、おそらくオレが正気じゃなかった、ってのは同意する。普通はやらん。正直、何度か地獄は見た。が、やっちまったもんはしょうがない。デカイ風呂敷広げた以上、畳まにゃならんかったってだけだ。ま、広げさせられて畳まされただけだがな」

「だよな。それがわかってて安心した」


 心底同意するカイトの表情に、イングヴェイも彼がまだ普通の人間なのだろ理解してどこか安堵を浮かべる。結局、為せてしまったというだけで彼もまた普通の人間と大差はないのだ。そこだけは、喩えどんな偉業をなそうと事実だった。


「で……まぁ、そりゃ良い。改めてだが、今回の参列者のリストだ。居るか?」

「貰っておくよ」

「おいよ」


 イングヴェイの申し出に、カイトはありがたく頂戴しておく事にする。今回の本題はこれと言って良いだろう。と言っても、これはカイトが強請ったということはなく、あくまでもイングヴェイが回復薬の融通をしてくれた冒険部のギルドマスター・カイトへの謝礼という形だった。


「まぁ、大方あんたが気にする必要もないような所ばかりだろうが……」

「気にするべきはアストール家とソルテール家の二つか」

「あんたの場合はな。まぁ、つっても。今回はさすがの<<赤木の寝床(あかぎのねどこ)>>も元気はさほど無いだろう」

「あったら仕事回すがな。今は一つでも手が欲しい。特に回復薬の原材料の確保は急務だ」

「あっははは。そりゃ、こればかりは<<死魔将(しましょう)>>に感謝だ」


 カイトの言葉に、イングヴェイは楽しげに同業他社へ仕事が回されない事に感謝を口にする。とはいえ、彼らがそう言う様に、今回ばかりはソルテール家が懇意にしているという<<赤木の寝床(あかぎのねどこ)>>というギルドも甚大な被害を被っており、イングヴェイが怪我を押して来るという情報を掴んだ事で参加しているだけだそうだった。そうして一頻り笑いあった二人であるが、カイトが口を開いた。


「ま、こっちに火の粉は飛ばない様にしてくれれば結構なんだがね」

「ならねぇだろ。ウチの代役引き受けた時点でな」

「そうせにゃならんかった時点で、詰んでるんだよなぁ……」


 はぁ。カイトは深い溜息を吐いた。今回ばかりは、アストレア家からの依頼だったという裏が痛い所ではあった。対岸の火事とはいかない事が予想されていたのであった。


「はぁ……まぁ、適当に流すか。ウチが代役を引き受けても不思議のないだけの背景はあるし。で、情報は確かに受け取った。感謝する」

「ああ……ま、他にも何かわかったらそっちに伝える。ここだろ? そっちの宿も」

「ああ」


 そっちも、という事はイングヴェイもこのホテルに宿泊しているわけか。カイトは彼の言葉をそう理解する。そうして、カイトとソラは一旦参列者の名簿の確認を行う事にして、一方のイングヴェイは情報を伝え終わったことと薬の服用時間になった事で両者共に一度部屋へと戻る事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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