第2112話 草原の中で ――再び――
昨日は失礼致しました。PCトラブルにより一切の活動が出来ませんでした……
アストレア家で開かれる事になったパーティ。それに参加する為にアストール家一族と共に飛空艇に乗り込んでいたカイトとソラであったが、出発の直前に合流したルフトゥという鷲獅子にして幻獣にまでたどり着いた存在から呼び出しを受ける事になる。
そうして受けた呼び出しにてソラは自身に起きた事を、カイトは自身が正真正銘勇者カイトである事を語り、しばらくの間ルフトゥとの語り合いの時間を得る事になっていた。
「ふむ……なるほど。それは良いかもしれない」
『うむ。見た所、小僧共には経験が足りていないという事であったし、それは我も認める所。だが、何も自分達で全てを経験させる必要はあるまい』
基本的にカイトは幻獣達の知恵を馬鹿にしていない。それどころか敬っている様子さえあった。そして敬意を示してくる相手には、よほどの理由がなければ敵対は示さないのが幻獣だ。ルフトゥもその相談に快く乗ってくれていた。そしてカイトの相談事なぞ決まっている。冒険部の運営だった。
「ありがとう。ひとまず、それを参考にさせて貰って改良点を見直してみよう」
『それが良いだろう』
カイトの応諾にルフトゥは一つ頷いた。彼はあくまでも意見を述べるだけ。それを為すかどうかは、カイト次第だ。というわけでルフトゥはカイトの返答を良しとするだけだ。
『……それで、小僧。お主、我に聞きたい事はないのか?』
「聞きたい事……ですか。えっと……」
『……くっ。その顔は聞きたい事が多すぎて、質問を一つに絞れぬ者の顔だな』
何があるだろうか。そう考えたソラの顔を見て、ルフトゥが一つ笑う。そうして、彼はそれならと一つソラに提案してくれた。
『であれば、よ。此度の集いにて、我らの集いに来ると良い』
「我らの集い?」
『かの場には数多幻獣も集う。かの者を知るほど古き者も多い。我より随分と世の理を知ろう。道に悩むのであれば、賢き者や隠者に問うは世の常よ。覚えは無いか?』
「あ……」
ルフトゥの問いかけに、ソラはふと随分昔にとある山でとある老僧に悩みを聞いてもらった事を思い出す。その当時はまだ不良と今の彼の間を行き来しているような塩梅で、その狭間の自身に苦しんでいたらしい。そうしてふとした偶然で鞍馬山に登ったのだが、その山頂の山寺だか神社だかで彼はある老僧の勧めを受けて座禅を組み、悩みを解決する糸口を見出したのだ。
『覚えはあるようだな。道に悩むのであれば、誰かに問いかけよ。それもまた、一つの手であろうて』
「……よろしくおねがいします」
『良かろう』
どうやらルフトゥは基本的には面倒見の良い幻獣らしい。深く頭を下げたソラの申し出に、どこか横柄な様子ではあったが頷いた。そうして、これで話は終わりとルフトゥが告げた。
『では、もう戻れ。あまり長く居てはルフレオも訝しもう。此度はあくまでも少しの話という所であるが故に』
「はい」
「失礼する」
ルフトゥの促しにソラとカイトが揃って立ち上がる。と、その背にルフトゥが告げた。
『勇ましき者よ。そなたは少し残れ』
「ん?」
『何、他愛ない話故、そこまで時間は掛からぬ』
どうやらこれについてはカイトも何かわかっているわけではないらしい。正真正銘不思議そうな顔が浮かんでいた。が、それに対するルフトゥは楽しげで、何かを企んでいたり慮っていたりする様子はない。なら、カイトも良いかと考えた。
「まぁ、良いが……ソラ。先に帰っておいてくれ。オレはもう少し話して帰ろう」
「お、おぉ……」
そもそも残れと言われたのはカイト一人だ。ソラが残れる道理はない。しかも彼は今、ルフトゥに幻獣達への仲介を頼んだばかりだ。機嫌を損ねぬ様に、素直に帰る方が得だろう。というわけでソラはルフトゥの部屋を後にして、一方のカイトは再度ソファへと腰掛けた。
「それで、他愛ない話とは?」
『いや……良き子であるとな』
「ソラか?」
『うむ……いや、素直さの表れなのかもしれぬが』
カイトの確認に一つ頷いたルフトゥは、そう言って一つ笑う。そしてそんな彼が目を細めた。
『我ら幻獣とはいえ、獣という事で頭も下げられぬ愚者は少なくない。それをああも迷いなく頭を下げられるとは。少し驚いた……日本人は須らくそうなのか?』
「不思議か? まぁ、日本人全員がそうである、とは言わんがね」
『そなたにとっては、不思議はなかろう。いかなる相手にも頭を下げる事を迷わぬ者よ。そなたの噂はよく聞いている』
楽しげに、ルフトゥは目を細めて笑う。おそらくカイトほど迷いなく頭を下げられる貴族は、英雄は居ないだろう。無論、それは無闇矢鱈に頭を下げる事ではない。必要に応じて下げる事だ。
が、上に行けば行くほど、それさえ出来なくなってしまうものだ。その立場を気にしない姿勢はある意味では危ういものでもあり、同時に素晴らしいものでもあったと言えただろう。それがわかればこそ、ソラにはカイトの影響があったとルフトゥは見ていた。
『その背を見れば、であろうな。ああも素直に頭を下げられるのは』
「それが、人としての基本的な姿勢だろうさ」
『それが出来ぬ貴族のなんと多い事であろうな。ルフレオさえ、時に迷いが生まれ打算が生ずる』
「あははは。平民出身なんでね。頭は軽いのさ」
笑うルフトゥの言葉に、カイトもまた笑う。が、これに一転、ルフトゥはどこか真面目に告げた。
『……そうではない。平民こそ、上に立てば立つほど頭を下げられぬ様になるものよ。下の気持ちがわかってしまえばこそ、そこには落ちたくないと思ってしまう。故に、頭を下げられぬ様になっていく。頭を下げる事が、下に落ちる事に近付くと思うが故に……知らぬ方が良いという事もあるのだ』
「……なるほど。それは、確かなのかもしれない」
ルフトゥの指摘に対して、カイトはどこか穏やかな顔で頷いた。これにルフトゥが問いかけた。
『その顔は、覚えがある顔だな』
「オレではないがね」
『くっ……確かにな』
ああもソラが躊躇いなく頭を下げられるのだ。おそらくそれに多大な影響を与えてきたカイトが、今更頭を下げる事に躊躇いなぞあろう筈もない。なら、この覚えがある人物が彼自身である可能性は低かった。そうして、どこか遠くを見ながらカイトが語りだす。
「……かつて、平民から登り詰めてある国の天下を取った男が居たのさ。が……あいつは本当に心の底から頭を下げられていたのかね。心が伴わぬ猿真似ではなかったか……あいつも、気にしちゃ居たんだろうがねぇ……それが、また人を惹きつけたのだろうがね。その姿は何より、人らしくあったのだから」
『……』
ソラが垣間見た賢者の顔を浮かべるカイトに、ルフトゥはやはり彼が一方ならぬ存在であると理解する。そうして、そんなルフトゥがその某の末路を問いかけた。
『その末路は、どうなったのだ?』
「戦人だったが、十分に生きて畳の上で死ねたさ。そう、聞いている……それだけで十分ではあったろう」
『では、心から頭を下げられたのだろう。でなければ、どこかで屍を晒す事になるが道理故に』
「かねぇ……」
それなら、良かったのだが。カイトはルフトゥの言葉にそう思う。いくつかあった某への懸案事項の一つを、今更ながらに思い出したのだ。と、そんなカイトであったが、一転気を取り直して本題に戻る事にした。
「……ま、その点ソラは問題はない。あいつはあいつでおかしな人生を歩んでいる。一国の首脳の子に生まれ、親への反発から一般人の様に過ごした……それ故にこそあいつには傲慢さが無い。頭を下げるのに、躊躇いはない」
『そうか……それなら、良いだろう。我らの場に参加しても、他の方々も受け入れるだろう』
「ありがとう」
『そうしてすぐに頭を下げるから、そなたには誰も勝てぬのだ』
結局、誰よりも感謝を示すのはカイトなのだ。ルフトゥはソラの頼みを聞いてくれた事に対する感謝に頭を下げたカイトに、楽しげに笑う。
『その心、失われぬ様に願いたいものだ』
「失わないさ……もうな」
一度は失われ、大切な人が必死になって取り戻してくれた心だ。そして大切な人達が守ってくれている心だ。もう失いたくはなかったし、失うつもりはなかった。
『そうか……では、勇ましき者。勇者カイトよ。また、何時か語らおうぞ』
「ああ。幻獣ルフトゥ。また、何時か」
カイトとルフトゥはこれが最後、とお互いの名を呼んで別れを交わす。そうして、ルフトゥは再び部屋で横になり、カイトは与えられた客間に戻っていくのだった。
さて、カイトとソラがルフトゥに呼ばれ彼の部屋へと訪れて更に数時間。昼前になり、二人を乗せた飛空艇はアストレア領アストレアにたどり着いていた。そうして空港に降りた二人であったが、そこでふとソラが問いかける。
「一週間ぶり、か……そういや、ここでアストール家の人達とは一旦はお別れだよな?」
「ああ。あっちはアストール家……アストレア家の分家だ。基本、分家は本家の領地に別邸を持っている。そっちに宿泊するのが通例だ」
「へー……で、俺達は?」
「俺達はホテル。流石に別邸は本邸ほどの広さはないから、宿泊出来るような客間がある方が珍しい」
こっちだ。ソラの問いかけにカイトはジェスチャーで誘導を開始する。なお、このホテルの場所は当然アストレア家も把握しているし、アストール家にも伝えてある。何かがあったら来てくれ、と告げてもいた。と、そうしてホテルへと向かう事になったのであるが、そこで二人は久方ぶりの人物と再会する事になる。
「客……ですか?」
「はい。おそらく今日カイト・天音とソラ・天城という二人の冒険者が来るだろうから、来たら連絡をくれ、と」
「? カイト、何か連絡あったか?」
ホテルの受付で名前を名乗ってチェックインをしようとした際に受付で言われた内容に、ソラが訝しげに問いかける。が、これにカイトはどうやら、思い当たる節があったらしい。
「まぁ、行ってみりゃわかる。そう不思議のない相手だろうさ」
「お、おぉ……」
そういう事なら、会った方が良いのか。ソラはカイトの言葉に了承を示し、彼と共に応接室に通される事になる。そうして入った部屋に居たのは、先に二人に代役を依頼したイングヴェイその人だった。
「よぉ、二人共。元気そうだな」
「イングヴェイさん……あ、そっか。そういや、可能ならパーティに傘下するって……」
「そういうこった。ソラ。お前さんも久しぶりだな。総会の前にちょっと話したぐらいぶりか」
一応は年上だからか礼を見せたソラに、イングヴェイが笑って片手を上げる。そんな彼だが先の『リーナイト』の襲撃で代役を立てた筈なのに、一切不確かな所は見受けられなかった。というわけで、片手を上げたイングヴェイの差し出した手をソラが握る。
「っと……すんません。ん?」
「お。気付いたか? 香水。良いの買ったんだよ」
「へー……洒落っすね。結構良い匂いが……」
どこか楽しげなイングヴェイに、ソラは彼はやはり切れ者なのだろう、と納得する。これから会うのは貴族や名家の者たちばかりだ。匂い一つ気にしなければならない、と彼も思わされたのであった。が、これに、カイトは笑う。
「違う違う……薬のニオイ消しだろう? 普通冒険者が香水を付けても、後々を考えてここまで強い匂いはさせない。痛むか?」
「あっはははは。流石にそこまではねぇよ。わりぃな、話通してくれてよ。おかげで、ウチの被害も最低限に留められた」
カイトの問いかけに、イングヴェイは一つ首を振って頭を下げる。彼が無事に見えるのはあくまでも見えるだけ。実際には彼もそれ相応には怪我を負っていたらしかった。そしてつまり、ここに彼が来た理由は一つだった。
「幸いウチはリディがこっちに残留してたんで、指揮系統の被害は最低限に抑えられたが……逆に前線の奴に怪我がひどい奴は少なくなかってな。そっちが回してくれて助かった」
「いいさ。クズハ様もお宅の所の有益性は認識されていたし、アストレア家も賛同を示したそうだ。優先的に回復薬を回すには十分だろう」
改めてのイングヴェイの感謝に、カイトは一つ笑って首を振る。彼がマクスウェルに帰還して第一に行ったのは、被害状況の把握だ。
その中でも彼はマクダウェル家にとって有益と判断していた領内のギルドや、マクダウェル家に縁のあるギルドの被害状況の把握はかなり急ぎで行っており、その中の一つにイングヴェイの所もあったのである。故に早々にクズハに指示を出して、比較的早々に彼らも復帰出来る様になってきていたのであった。
「ま、そこはそう思っとくさ……兎にも角にも、お前の所にも礼をとな」
「確かに、受け取った」
改めて頭を下げたイングヴェイに、カイトもしっかりと頷いてそれを受け入れる。こういった筋を通す事はギルド同士のやり取りをする上で重要だ。それを通す点、イングヴェイは良いギルドマスターと言い切れただろう。そうして、それから少しの間三人は今回のアストール家からの依頼に関しての話を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




