第2109話 草原の中で ――終わり――
アストール家からの依頼で行われていたファブリスとノイエへの訓練の手伝い。それも最終日となる七日目の午後の部を迎え、ついに最後となるカイトによる鳥型の訓練用魔道具を用いた訓練に取り掛かっていた。
そうしてわずかながら本気を出したカイトに翻弄されるファブリスとノイエの主従であったが、偶然か必然かはわからないもののトラップを用いて勝負を決めに行った訓練用の魔道具とノイエとのすれ違いざまに偶然か必然かでノイエの爪に捕らえられる事になっていた。
「ノイエ。よくやったね」
これが偶然か必然の勝利かは、流石にファブリスにもわからなかった。わからなかったが、ノイエが見事に獲物を捕える事に成功したのだ。なら、褒めるだけであった。そうしてそんな彼の所へ、カイトが現れた。
「上手くいったと思ったんですけどね。してやられた、という所でしょう」
「いえ……どうでしょう。ずっとノイエの顔を見てきているからわかるんですけど、ノイエもなんかびっくりしてた様子です」
少し照れ臭そうなカイトに対して、ファブリスもどこか困惑気味な顔で答えた。実際、あの瞬間ノイエも自分の足に引っかかった事に驚きを得ていた様子で、いつもの獲物を見事に捕らえたなら浮かべる得意げな色が若干だが薄い事がカイトにも見て取れた。
「あはは……まぁ、その様子だと今回は私が操作ミスをしてしまった、という所なのかもしれません。すいませんでした」
「い、いえ……」
それがなければ確定で負けていましたし。カイトの謝罪にファブリスは困った様に笑って首を振る。これが何故起きたのか、というのは流石にこの場の誰にもわからなかったが、結果が全て。最後の訓練はノイエの勝利で間違いなかった。とはいえ、だからこそファブリスは告げる。
「でも、今度はきちんと自分達の実力で捕まえられたんだ、と言える様にがんばります」
「はい。その意気さえあれば、そう遠くない未来にそう言える日が来るでしょう」
やる気を漲らせたファブリスに、カイトもまた一つ頷いて応ずる。この様子だと、今回の依頼は十分に達成出来たと言っても良いのだろう。と、そんな彼とソラに、ファブリスが一つ頭を下げた。
「カイトさん、ソラさん。今週一週間ありがとうございました。もしよければ、また手伝いの方をお願いします。特にカイトさんには今度はきちんと勝ちますし、ソラさんにはまた剣の訓練を見て頂ければ」
「はい」
「おう」
ファブリスの申し出に、カイトとソラは一つ頷いた。まぁ、彼らとしても依頼なので付き合っているわけであるが、依頼を出してくれるのならまた受けても良いとは思えた。そうして、そんなファブリスの感謝にカイトとソラは手早く後片付けを終わらせて、アストール伯爵邸に戻る事にするのだった。
さて、訓練の終了から数時間。カイトとソラは改めてアストール伯の前に立っていた。
「そうか。訓練は全て終了か」
「「はい」」
「わかった。一週間、世話になったね。明日、ハンスに今週一週間の内容を引き継いでくれれば、それで君たちの仕事は完了だ」
「わかりました」
アストール伯の言葉に、カイトは一つ頷いて了承を示す。これで仕事は終わりは終わりだが、引き継ぎも重要な仕事だ。というわけで今日はまだアストール伯爵邸に滞在する必要があった。と、そんなわけで依頼の完遂を告げに来ただけの二人に対して、アストール伯がふと切り出した。
「そうだ。一応これで依頼は終了となるのだが、明日の予定はあるかね?」
「明日……ですか? いえ、私は特に……ソラは?」
「いえ……私もありません」
カイトの問いかけに、ソラも少し困惑気味に首を振る。先にも言われていた通り、明日はハンスに今日までの事を引き継いでそれで終わりだ。なので何も無いといえば何も無いし、それだけはあると言えばそれだけはある。パーティの支度にしてもギルドホームに連絡して椿がすでに手配済み――というよりそもそも支度はしていたが――なので、問題はなかった。
「そうか。それなら、もう一日だけ家庭教師の方を頼んでも良いかな? それ以外は好きにしてくれて大丈夫だ」
「ああ、それでしたら私は一切問題ありません」
「あ、私もです」
アストール伯の申し出に、カイトもソラも二つ返事で応ずる。どうせ明後日にはアストール家が用意してくれた飛空艇でアストレアに移動し、明々後日にパーティだ。明日も一日世話になる事を考えれば、この程度はしておいても良かった。
「そうか。ありがとう。二人にはまた私から言っておこう」
「「はい」」
二人の快諾に喜色を浮かべたアストール伯の言葉に、カイトとソラは一つ頷いた。そうして、二人はアストール伯の許可を得て執務室を後にする事にするのだった。
さて、それからしばらく。夕食を食べてのんびりとした時間が流れる中で、カイトとソラは今回の依頼の報告書の記載――パーティへの参加は依頼ではないので記載の義務はない――を行いながら適当に話をしていた。
「そういやよ。結局なんで明後日移動するんだ? パーティ三日後だろ?」
「ああ、それか。今回のパーティはいわゆるペット愛好家達が集まる集まり、ってのは聞いてるな?」
「ああ。アストール家が呼ばれてるのも、そこらがあるからだろ?」
「そうだな。だからノイエもお目見えって事で参加するし。無論、ハンスさんもな」
報告書の記載を行いながら、二人は顔も上げずに話を行う。というわけなので今回はリリーのお目見えもあるが、どちらかと言えばメインはファブリスのペットであるノイエのお目見えの向きが強かった。まぁ、それでも現代なのでペット愛好家は割と多く、リリーの初参加には丁度よい話ではあった。
「ってなると、あまり一緒に入ると喧嘩したりする……かもしれないだろ? 一応、参加する以上はある程度気性もわかった上での参加だし、そこはアストレア家もはっきりと言い含めているがな。無闇矢鱈に吠える奴は連れてくるなってな」
「あ、なるほど……そもそも魔物だもんな」
「普通の犬猫も参加するけどな」
「来れるの?」
どうやらソラは魔物をペットとしている貴族達の集まりだと思っていたらしい。普通の犬や猫が参加すると聞かされ、思わず顔を上げていた。それにカイトもまた顔を上げる。
「そりゃ、来れるぞ。そもそも普通の生活をするにあたって、他の動物が大丈夫な気性じゃないとダメだろ。無理でも飼われるなら、それはもう軍用とかそういう領域だ。それを自慢したかろうと、流石にアストレア家のパーティでそれはせんな」
「な、なるほど……」
確かに、言われてみればそれはそうだ。ソラは今回があくまでも一般的なペット愛好家の集まりである事を思い出す。あくまでも一般的な、というのに魔物の飼育を入れて良いかは定かではないが、エネフィアでは常識的と言われれば問題はないのだろう。
「とはいえ、やはり一緒に入れると相性の兼ね合いから喧嘩はどうしてもしちまうもんだ。これは犬や猫も魔物も変わらん。誰も彼もが日向や伊勢の様に言えば聞く奴じゃない。というか、あいつらはまぁ……特例というかなんというか……」
「ま、まぁな……」
あれは例外中の例外だろう。ソラはどこか困り顔のカイトにこちらも困った様に笑う。あればかりは本当に例外というか、下手な幼子よりも聞き分けが良い。あれを含めるのはどう考えてもおかしいだろう。と、そんなソラが一転気を取り直す。
「そ、それはそうとして、それで日をずらすのか」
「そういう事だな。基本、多少気性が荒い奴やら移送に時間の掛かるペットは前日に入れて、慣らしておくのが通例らしい」
「へー……ん? でもノイエ、確かに気性荒いけど、そこまで気にするほどか? それより前に入れておいて逃げたりする方が困らね?」
ふとこの一週間程度を思い出し、ソラはノイエがそこまで気性が荒いわけではない事を思い出す。といっても勿論反抗期の時を知らないので彼もそうだ、と言われればそうなのかも、と思っているらしいが、それでも不審がっていた。が、これにカイトは笑って首を振る。
「あぁ、違う違う。アストール伯の相棒が先入りしないといけないんだ」
「アストール伯の?」
そう言えばアストール伯も本来は相棒と言えるペットが居るよな。ファブリスがそうである以上、これはアストール伯も例外ではないだろう。ソラはカイトの指摘でそれを思い出す。が、なんだかんだ聞いていなかった。
「ああ。アストール伯のペット、というか相棒は鷲獅子だ。これは結構有名で、アストール家とは別。アストール伯個人の紋章にも刻まれているほどだ。相当なんだろうな」
「へー……って、お前知ってるのか?」
「流石に有名どころの有名な話は全部知ってるよ」
そこらはやっぱり伊達に貴族をやっているわけではない、という所なのかもな。カイトの返答にソラはそう思う。実際、ここらは知っておかねばならない事とカイトも今回の依頼より前から把握していたらしい。まぁ、そこらをお首も出さずアストール伯とやり取りをしているのは、流石はカイトという所なのだろう。
「実際、オレとしても少し楽しみではある。有名な鷲獅子は見ておいて損はないからな。幻獣とも噂されているぐらいだ。相当だろう」
「どして?」
「幻獣は人語も理解するからだ。幻獣になると知性が跳ね上がる。一度話しておきたい」
「お前が話しておきたい……マジか」
「マジ。そうだな……お前、幻獣は知ってるな?」
「そりゃ、勿論。お師匠さんからも絶対に忘れるな、って言われて叩き込まれたし、何回もテストされたし」
流石にエネフィアで冒険者をやっていて幻獣を知らない、というのは不勉強をなじられても仕方がない事だ。ソラはブロンザイトから叩き込まれた知識の中でも重要事項と言われていた幻獣の事を思い出す。
「そうだ。幻獣になった存在はその時点で世界の知識をある程度保有する。その背に乗る事を許される、というのは騎乗スキルを持つ騎士にとって最高の誉だ。だから間違っても、幻獣を相棒にした貴族の幻獣は侮辱するなよ。幻獣が笑って良いと認めてくれれば事なきを得るが、その前に斬り殺されても文句は言えないほどの大事だ」
「わーってる。お師匠さんからも何度も言われてる」
「だろう。まぁ、お前も可能なら一度話しておけ」
「お、おう……ん?」
カイトの勧めに応じたソラであったが、そこでふと何かが気になった様に首を傾げる。これに、カイトが同じ様に首を傾げた。
「でも、俺ら何回も飼育小屋に入ってたよな? 一度も見たことなかったぞ?」
「ああ、おそらく個室を与えられているんだろう」
「個室」
マジすか。もはや扱いから違うアストール伯の相棒とやらに、ソラは思わず目を丸くする。とはいえ、それなら会ったことがないのも納得だった。
「後は、呼んだら来るかだが……おそらく今回の事を考えれば個室かどこかの山を一つ領有しているんだろう」
「……それ、ペットか?」
「まー、もう守護者だろうな。確実にアストール伯よりも強い。だから楽しみだ」
楽しげなカイトに、ソラは若干の気後れを感じていた。そこまでものすごいというのだ。どれほどの存在かを考えると、会ってみたい気持ち半分、会いたくない気持ち半分だった。そうして、そんな事を話しながら二人は出立までの間の用意と報告書の執筆を終えるのだった。
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