第2108話 草原の中で ――最終日――
アストール家からの依頼でもたらされた依頼の中で起きたアストレア家でのパーティへの参加要請。それを受けたカイトとソラはその後も午前はファブリスとノイエの訓練、午後は各々ファブリスとリリーへの家庭教師と再度ファブリスとノイエの訓練への協力をして、一日を終える事となる。そうして、明けて翌日。依頼の最終日となっていた。
「ノイエ! 下だ!」
『!』
ファブリスの号令に、ノイエが即座に応じて螺旋を描く様に身を捩って急降下する。そこに、ソラは四足獣型に変化させた訓練用の魔道具を一気に駆け出し始める。そうしてしばらくの追走が始まるわけであるが、少ししてノイエが見事に訓練用の魔道具をキャッチ。地面に押さえ付ける様にして確実にキャッチすると、そのまま少しだけ浮かび上がり、ファブリスの所へと飛翔する。
『あちゃー……お見事さん』
「良し……はい、ありがとうございます」
ソラの称賛に、ファブリスはノイエへとご褒美のおやつを与えながら少しだけ照れ臭そうに応ずる。今回は明白にソラの負けと言えるだろう。そうして一通りノイエの休憩が終わった所で、ソラが戻ってきた。
「良し……カイト。次はお前だな」
「ああ……じゃあ、こっちは頼む」
「おう」
ソラから託されたコントローラを手に、カイトは彼に代わって小高い丘の上に移動する。そうして、彼はここ数日の常となった訓練用の魔道具を起動させて鳥型へと変化させる。
「さて……坊ちゃん。これで最後です。オレも少し本気でやりますからね」
『はいっ、お願いします!』
カイトの申し出に、ファブリスが一つ気合を入れて頷いた。これで一週間に及ぶ仕事も最後。明日も一応参加はするが、おおよそこの一週間であった事をハンスに報告し、それを引き継ぐだけだ。
仕事が終わっての単なる引き継ぎ業務と言う所だろう。実際に訓練用の魔道具を操る事はほとんど無い見込みだった。それこそ、訓練に来なくても問題はなかった。というわけで、カイトも最後となるからか少しだけ気合を漲らせる。
「はい……さて」
ファブリスの応諾に頷いたカイトは、改めて滞空する訓練用の魔道具を見る。どうやらこの鳥型に変貌した際には油断ならないとノイエは認識しているらしい。見えているにも関わらず、一気に飛びかかろうとはしなかった。
「……」
どう出るかね。カイトは空中でにらみ合いを行いながら、ノイエの出方を待つ。基本的に最高速度や俊敏性であればノイエの方が訓練用の魔道具を遥かに上回る。それでも訓練用の魔道具が勝るのは、使い手の腕の関係だ。そろそろ今の訓練用の魔道具の性能では、大抵の状態からノイエが勝てる様になりつつあった。
「ノイエ! <<レイ・スラスト>>!」
『!』
ファブリスの指示に、ノイエは<<レイ・スラスト>>という光属性の斬撃を放つ魔術を展開する。そうして放たれた光刃に、カイトは即座に訓練用の魔道具を急降下させて移動を開始した。これに、ノイエはまるでそれが読めていたとばかりに急降下する。
「っと。」
急降下して訓練用の魔道具を狙いに行ったノイエに対して、カイトは訓練用の魔道具を一瞬だけ更に加速。ノイエが予測した接触ポイントから更に下へと移動する。これに、ファブリスが驚きを露わにした。
『!?』
「ふふ……これで、ワンミスです」
これは今までしていなかったからな。カイトは鳥型の訓練用の魔道具の羽を折りたたませて空気抵抗を低減させるのを見ながら、わずかに笑う。今までは意図的にこれをしていなかったらしい。
そうする事でノイエにはこの訓練用の魔道具の速度を見誤らせたのである。そうして彼は急降下した訓練用の魔道具を地面スレスレに移動させ、今度はソラが隠れるのに使う草むらの中へと飛び込ませた。
『ノイエ! 右だ! 上空で旋回!』
急降下の際に後ろに回り込まれて死角に入られたノイエと異なり、ファブリスは常に訓練用の魔道具が見えていた。故に草むらに入る所もしっかりと見えており、その意図はわからなかったものの彼は迷いなくノイエへとどこに移動したかを指示する。そうしてノイエは指示の通り右横の草むらの上で旋回し、訓練用の魔道具の姿を探し始める。
『……』
どうする。一向に姿を見せない訓練用の魔道具に、ファブリスは次の指示を一瞬だけ思案する。流石に彼も以前のソラの応対から悩みすぎて目標を見失う事になってはいけないと考えていたのか、視線は一切外していなかった。と、そんな彼は草むらを見て、一つ妙案を思いついた。
『ノイエ! <<レイ・スラスト>>を草むらに向けて放つんだ! 草むらから追い出してやれ!』
「おっと……」
これは中々に思い立った方法をしたな。カイトは草むらを刈り取る様に放たれる光刃を見て、少し急ぎ足で訓練用の魔道具を再加速させる。そうして草むらから飛び出した訓練用の魔道具に、ノイエが一気に急降下した。
「さぁて……」
自身が追い込まれるのを感じながら、カイトはわずかにだが舌なめずりをして楽しげに笑う。そうして両者の距離が急速に縮まるのをしっかりと目視しながら、その瞬間を狙い定める。
『ノイエ! そのまま行け!』
「……」
ファブリスがゴーサインを出すのを遠くで聞きながら、カイトは刻一刻と迫りくるノイエの爪を待ち構える。そうして、ノイエの爪が後少しで訓練用の魔道具に触れるとなったその瞬間、彼はなんとコントローラに込めていた力を抜いた。
『「!?」』
ファブリスとノイエの驚きが共有される。当然だ。唐突にカイトの操る訓練用の魔道具が羽を折りたたみその姿を変貌させ、球体に戻ったのである。そうして飛翔の勢いで地面をコロコロと駆けるとも転がるともつかぬ訓練用の魔道具であったが、そこで再度折り畳んだ羽を展開。なんと四足獣型へと変貌する。
「ほいっと……これで、ツーミスです」
『えぇー……』
四足獣型へと変貌したかの様に見えた訓練用の魔道具であったが、その次の瞬間には地面を蹴って空中へと躍り出て、足の様に展開していた部位を広げ再度飛翔を果たす。
なお、流石に彼も四足獣に変貌させるつもりは無いのか、四足獣に見えたのはあくまでも見えただけ。羽の位置を器用に操って四本脚の様にしていただけだ。地面を蹴った様に見えたのも羽が擦ってコケるのを利用して、飛び出しただけであった。この訓練用魔道具の開発に携わった彼の腕の為せる技と言う所だろう。
「さぁ、ラスト一回です。どう出ますか?」
『っ』
どこか楽しげに問いかけるカイトの問いかけに、ファブリスは一転気合を入れ直す。カイトが一癖も二癖もある存在だ、というのは彼もリリーから聞いて理解していた筈だ。なのでファブリスはこれをカイト達が施す最後の試練の締めに相応しいと考え、真剣に攻略へと策を巡らせる。
『ノイエ! 一旦戻れ!』
「ほぅ……」
どうやら無策に突っ込んでも勝てるとは思わなかったらしい。ファブリスはノイエの体力を消耗させない様に、一旦自分の所に戻らせる。そしてノイエもどうやら、カイトが油断ならないのは理解しているらしい。訓練用の魔道具から視線は外さずにその指示に素直に従って、彼の腕へと舞い降りた。
「さぁ……どうする?」
最初に言った通り、これで自分がそこそこ本気でやっている事はファブリスにもノイエにも伝わった事だろう。カイトは訓練用の魔道具を滞空させながら、ファブリスとノイエの主従の出方を待ち構える。
基本的にソラとは違い隠れていないカイトはどれだけ待っても良いが、逆にファブリスの側はいつまでも待つわけにはいかない。獲物が見えているのに狩らねば訓練にならないからだ。そうして、しばらく。何かを考えていたファブリスがノイエを再度飛翔させる。
『……ノイエ』
何をしてくる。カイトは勢いよく飛翔したノイエを注視しながら、次の出方を見守る。そうして、しばらく。ノイエと訓練用の魔道具がにらみ合う。
(……うん? えらく長く考えていた様に見えたが……)
何もしてこないな。カイトは若干困惑気味にファブリスとノイエの出方を伺う。別に何もしてこないなら何もしてこないで良いが、自身の手を考えさせカイトの油断を誘う事は難しい事はファブリスもわかっているだろう。そもそも両者共に姿を晒しているのだ。不意打ちも難しい。と、そうして一瞬の停滞の後、ファブリスが意を決した様に告げる。
『ノイエ! チャージ!』
「む」
チャージ。その号令は魔術を待機させる為のものだ。故にファブリスの指示にノイエは何かの魔術を待機状態に持っていき、停止させる。これに、カイトは一瞬だけ悩んだ。
(解析しても良いが……流石にそれは無粋か)
カイトがやろうとすればノイエ程度の使える魔術を解析する事は容易いことだ。が、それは相手の手を無効化してしまうわけで、これが訓練である事を鑑みれば得策ではなかった。故にカイトは今回は出方を見守る事にする。が、そうして少し待っても、待機状態でファブリスは指示を出さない。
「何を……!?」
『そっちが奇策を使うなら、こっちも良いですよね! ノイエ!』
してくるのか。そう考えた瞬間に迸った突風にカイトが目を見開き、そこにファブリスの声が届く。この突風は彼が生み出した物だったらしい。そうして突風に煽られ体勢を崩した所に、ノイエの魔術が迸る。
(<<ロック・フォール>>だが……はてさて。この状況、にわかにマズいか?)
これは面白い事をしてくれた。カイトは敢えてノイエを隠れ蓑に自身が攻撃するというある意味では今までならあり得ない手を打ったファブリスに、わずかに笑う。
とはいえ、これを卑怯とは彼は思わない。そもそも最終的にはファブリスはノイエと共に戦うのだ。なのに指示ばかりしている現状が本来はおかしいのである。訓練と言えばそれまでだが、それでもダメとは言っていない以上やっても良いだろう。
「が……ここで安易に負けを選ぶのも、らしくないよな」
楽しげに笑いながら、カイトはそうつぶやいた。そうして、彼は突風で姿勢を崩しそこにノイエの魔術で墜落するだけになっていた訓練用の魔道具のコントロールを再度取り戻すと、先にやった様に羽を折り畳み一気に加速。まずはノイエの攻撃範囲から逃れる。そうして地面すれすれにまで移動すると、そこで今度は地面に平行となる様に急加速。その勢いを駆って急上昇する。
『ノイエ! 追うんだ!』
ファブリスの指示が飛び、ノイエが急浮上していく訓練用の魔道具を追撃する。この状況だ。後は追い詰めるだけに思えた。そうして上昇していく訓練用の魔道具であったが、ある程度の距離が離れる何故か速度を緩めた。
『良し! ノイエ、そのまま行け!』
勝った。ファブリスは安全装置が働くのを見て、勝利を確信する。この魔道具には初心者が誤ってなくさない様にある程度の距離が離れると自動で戻る機能が備わっており、それが働いたのだろう。そう、彼は判断する。
そうして勢いを緩め自由落下する様に頭と尻を反対にした訓練用の魔道具に、ノイエが一気に追いつく。が、その次の瞬間だ。自由落下する様に見えた訓練用の魔道具が、一気に地面に向けて急加速した。
『え?』
ファブリスの困惑の声が、通信機に響く。安全装置が働いた様に見えたのは、単に見えただけ。カイトが敢えて何も動かさずにして、まるでさも安全装置が働いた様に見せたのである。
そうして、ノイエの真横を訓練用の魔道具が通り過ぎるかに思われたその瞬間。ノイエの爪に偶然か必然か、訓練用の魔道具が引っかかった。ノイエが咄嗟に足を伸ばしてそこに引っかかった様にも思えたが、それもわからないほどに一瞬の出来事であった。
『「あ」』
カイトとファブリスの声が重なった。偶然か必然かはわからないが、爪に引っかかった事は引っかかった。そして現状として、ノイエが訓練用の魔道具をキャッチしている事もまた事実である。そうして、最後の訓練はどこか締まらない形で終わりを迎える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




