第2107話 草原の中で ――一区切り――
若干の軍の不手際により、ファブリスとノイエの訓練の最中に魔物達の襲撃を受ける事になったカイトとソラ。そんな二人であったが、その報告をアストール伯に行うとそこで彼から一日休ませる事になったノイエの訓練に変わってファブリスとリリーへの剣の稽古を行う様に依頼される。
それを受諾した二人であったが、そこに妻からの一言でアストール伯も稽古に参加する形で、午後の仕事はスタートしていた。そうして、ファブリス対カイト、アストール伯対ソラの形で始まった訓練は一通りの訓練を終えて、夜になっていた。
「ふぅ……」
これでひとまず稽古も終わったし、ノイエとファブリスの訓練もさほど問題無く進んでいる。アストール伯を筆頭にアストール家の面々との関係性も悪くはないだろう。カイトはシャワーを浴びながら、現状に対してひとまずの安堵を浮かべる。
「とりあえず……現状さほどの問題は見受けられず、か。まぁ、ここらの依頼で問題が起きられても困るといえば困るが……」
この依頼は冒険部に寄せられる危険性の高い依頼からすれば、危険性なぞ皆無も良い所だ。故に基本的に問われるのは人間性。依頼人との関係を十分に構築できるか、という社交性だ。この点について、ソラは冒険部上層部でも割と優秀な部類に入る。そのおかげか、今の所問題なく終われていた。
「ふぅ……後は、アストレア家のパーティだけかね……」
もう依頼の日程もすでに折返しを過ぎており、この調子であれば問題無く終われるだろう。となると、後はアストレア家のパーティだけが懸念事項だった。
「ふぅ……」
流石に公爵家のパーティでまで揉めるとは思わないが、それはともかくとしてカイトとしては今波に乗っているソルテール家については気になる事は気になった。
「ウチとしても、実際の所ソルテール家とは繋がりあるしなぁ……」
ここら、カイトとしては頭の痛い問題だったらしい。言うまでもない事であるが、飛空艇の開発において最も尽力したのはマクダウェル家だ。
となると、当然飛空艇の開発において重要な資材を保有し、開発にも精力的に力を注いでいるというソルテール家とマクダウェル家の関わりは深い。ソルテール家の令息が魔導学園に通っていたのも、そこらの兼ね合いが強かった。
実のところ、カイトとしてはあまりこの問題に深く首を突っ込みたくはなかった。それ故にか彼の顔にはどこか面倒くさいな、という色が浮かんでいた。
「うーん……一回、聞いとくかー。ユリィー。今ダイジョブかー」
『ほろ……どしたのー?』
「今日のお仕事一通り終わったのでちょっくら考え事中ー」
『んー。こっちクズハ達と遊んでるけどそれでよければー』
「おけー」
どうせカイトとしては風呂に浸かっているだけだし、あちらはあちらで楽しくしてくれているのならそれで良いが、下手に首を突っ込むとクズハやアウラが出てきかねない。というわけで、カイトは聞きたい事を聞く事にする。
「お前、アストレア家のパーティ参加するのか?」
『どしよっかなー、って感じ。カイト居るから行くかなー、程度』
「まー、その程度っちゃ、その程度かー」
ユリィは言うまでもなく、本来は公的に勇者カイトの相棒である。その上で魔導学園の学園長まで務めている。なので忙しいといえば忙しいし、だからといって予定が空けられないわけでもない。相手がアストレア家の招待状なら、受けても良い事は良かった。
「例年どうしてるんだ?」
『例年、私実は土壇場まで立場決めなくて良いんだよね。実際、私達って日向と伊勢居るじゃん? 基本的に竜をペットにしだしたのって私達が発端みたいな所あるし、一番凄いの飼ってたのどこか、って言うとウチだしねー』
「あー……」
以前に言われていた事であるが、昔から竜やらの魔物を戦闘用の兵器として飼う文化というか習わしは皇国にもあった。それをペット、愛玩動物として飼う様になったのは、基本的にはカイトが発端と言って良い。
それを羨んだ貴族達が冒険者に依頼して魔物を愛玩動物として飼育する様になって、今に至る。なのでユリィもある意味この分野では第一人者の扱いを受けており、彼女の立場も相まってかなり自由が許されていたらしかった。
『で、何? 私参加した方が良さげ?』
「んー、よく考えたら万が一のアストール家とソルテール家の揉め事の仲裁役は欲しいんだよな。ここが揉めてもオレの得にならんし」
『あー、それもそっかー。今まではウチとしても特段気にしないで良かったけど、今はちょっと気にしないとダメかー』
思えば、カイトはアストール家の関係者として現在動いていて、そしてパーティへの参加もその立場で受ける事になる。が、先にも言っていた通り、カイトはソルテール家にはマクダウェル公爵として関わりを持つ立場だ。あまり揉めてもらっても後々面倒になる可能性があった。そこに、ユリィも気が付いたらしい。
『りょーかい。一応予定確認しとく。あ、後今回の一件のスケコマシに話しといたよー』
「おー。マジか。どだった?」
今回の一件のスケコマシ。それはアストール家とソルテール家の揉める要因になった当時の学園のマドンナの意中の人こと<<無冠の部隊>>に所属するデュランという戦士だ。せっかく面白いネタが手に入ったのだから、使わない道理はなかった。
『ちょっと不機嫌っぽかった』
「マジか。愛されてるなー」
ユリィの報告に、カイトは楽しげに笑う。どうして不機嫌なのか、がわからないほどカイトは朴念仁ではない。
『あそこも仲良いからねー』
「そか……まぁ、近々飲みに行くかね。そこら聞きたいし」
『なにげに大酒飲みだしねー』
「ウチで飲めないとやってけないからな」
ユリィの言葉にカイトは楽しげに笑う。まぁ、そういうわけなので割と頻繁に会って飲みに行く事はあったらしかった。
「あ、そうだ。それならユリィ。アストレア家から帰り際に遺跡の開封に立ち会ってくれ、って言われてるんだけど、お前はどうする?」
『んー。どれぐらい?』
「二日。まぁ、そんな面倒にゃならんと思うがね。一応、崩落の関係で先に最下層が見付かってたらしいし」
『そかー。まぁ、そっちも予定かくに……あ、ごめん。皇都で会議入ってた。日本とのやり取りで話しておきたいって』
「そか」
別にカイトとしても危険性は無いと思っていたし、何かがあったらシャルロットを呼び出すだけだ。自分が出るのでユリィも出るか、という程度に過ぎなかった。
「って、ことはハイゼンベルグの爺か」
『正解。来週、会談だって。皇都入り考えたら流石に二日はやってらんないかなー』
「なるほどねー。要件は?」
『勇者カイトの行方』
「わーお。超絶めんどくせぇ」
やはり地球側としては地球から異世界に転移して伝説になったという勇者カイトについては気になる所だろうし、エネフィア側としても地球に帰ったのだろう、と言われている以上は話にしないといけない内容だ。
地球側というか日本側としては可能なら彼に接触を図り支援を頼みたい所だろうし、エネフィア側としても現状を考えれば旗印かつ最強の切り札として、カイトの存在は欲しい手札だ。避けて通るとどちらも何か裏に隠しているのでは、と思われかねない議題だった。が、当人からすれば関わらないでおこう、と思う内容でしかなかった。
『でーしょうねー。私も猫被りまくらないといけないから出たくないし』
「ま、しょうがないわな。お前はなにせ勇者カイトの相棒だからな」
『なんだよねー』
勇者カイトある所にユリィあり。当人がそう言うほどには、カイトとユリィは一緒に居たのだ。である以上、この話を出す以上は誰よりもカイトを知っている者としてユリィが招聘されても不思議はない。
というより、何故呼ばないのだ、と言われても不思議の無い話だ。そしてそれ故、彼の後見人であったハイゼンベルグ公ジェイクも参加しなければならなかった。そこらの口裏合わせの側面もあったのだろう。
『まぁ、適当にやっとくよ。どーせ私は適当に振る舞っておけば良いし』
「いつもの事だろ」
『どやぁ』
カイトの言葉に対して、ユリィが楽しげに笑う。まぁ、こちらは叩けば埃が出る身だ。なのでユリィは適当にはぐらかし、知らぬ存ぜぬを通すつもりなのだろう。後は、慣れているハイゼンベルグ公ジェイクが適当に場を回してどちらも見付かっていない、とするつもりなのだろう。そうして、本題であるアストレア家のパーティの話やらを終えた二人は、その後はのんきに雑談に興じる事になるのだった。
さて、明けて翌日の朝。カイトは朝食を食べ終えると、アストール伯が呼んでいるという事でソラと共に彼の執務室へと通される事になっていた。
「ああ、来てくれたね。すまないね、連日連夜呼び出して」
「いえ……それで、どうされました?」
「ああ。実は一つ君たちに提案があってね」
カイトの問いかけに、アストール伯は机の中から一通の封筒を取り出す。それにはアストレア家の紋章が刻まれた蜜蝋が添付されており、これがアストレア家からの封筒である事が示されていた。
「実は四日後にアストレア家でパーティが開かれてね。どうせなので君たちも参加しないか、と思ったんだ」
「アストレア家のパーティですか?」
「パーティと言っても子供も参加するものだから、夜の物じゃないよ。無論、そういう事なのでそこまでかしこまったものでもない」
予め聞いていた事ではあったが、カイトは努めて知らない体で話を聞く。まぁ、これについてはおおよそ前々から聞いていた話だ。特に内容にも変わりはなかった。
「……そうですか。それでしたら、ぜひ」
「そうか。君ならそう言うと思ったよ」
少し考えた――様に見せた――末のカイトの返答に、アストール伯も笑って快諾する。そうして、彼はソラを見る。
「ソラくんは、どうかな? 私としては君にもぜひに出て欲しい」
「私にも、ですか?」
「ああ。特に君がファブリスと深く関わってくれていたからね。やはりノイエのお目見えにもなる場だ。せっかくだから、見ておいて欲しい」
「……それなら、私もぜひに参加させて貰います」
アストール伯の少し身を乗り出した申し出にソラは若干驚きを得ながら――自分がここまで望まれるとは思っていなかったらしい――も、その申し出を少しだけ考えてみてやはり快諾を示す。彼としてもこの一週間と少しの間ファブリスやノイエと関わったのだ。そのお目見えの場と言われれば、やはり少しだけ興味があった様子だった。
「ありがとう。では、二人共参加という事でアストレア家には返答しておこう」
「「はい」」
「ああ……ああ、そうだ。そう言えば二人共、衣類については何かあてはあるかね?」
「いえ……とはいえ、まだ数日あります。すぐにホームに連絡を入れれば、礼服を手配出来ます」
「そうか」
カイトの返答に、アストール伯は一つ感心した様に頷いた。こういった手配がすぐに整えられるだけのギルドはやはり少ない。それどころかギルドマスターでさえ礼服を持っていない、というギルドも少なくないのだ。これなら次回何かがあっても依頼しても良いだろう、と思ったのだろう。そんな彼はそれでも念の為、と一応言い含めておく。
「まぁ、もし間に合いそうになかったら前日までに申し出てくれ。私の方で手配させて貰うよ」
「ありがとうございます」
「ああ……では、訓練の準備などがあるだろう。もう下がって良い」
「「はい」」
アストール伯の許可に、カイトとソラは一つ頭を下げてその場を辞する。そうして、二人はアストレア家のパーティへの参加を決めて、その後はファブリスとノイエの訓練の準備に取り掛かる事になるのだった。
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