第2105話 草原の中で ――戦闘終了――
アストール家からの依頼によりアストール伯の長男ファブリスとそのペットであるノイエの調教の手伝いを行っていたカイトとソラ。そんな二人であったが、訓練にも随分慣れたある日の事、訓練の最中にアストール軍からの連絡を受けて迫りくる魔物との交戦を行う事になる。
そうして『ワイズ・オーガ』という『ブラッディ・オーガ』の亜種と戦いを繰り広げたカイトであったが、その後ソラからの連絡により更に新たに現れた『ワーム種』との戦闘に臨む事になっていた。が、その前に彼は一旦、ソラ達の所へと戻っていた。
「ソラ。こちらに問題は?」
「今の所は無い。けど、あっちは結構厳しそうだな」
「だろうな」
そもそもこちらの主力は現在草原から来た魔物達の対処をしているし、山から来た魔物の対処には別働隊が動いている。その上で第三の矢には対応出来るようには出来ていない。
が、やらなければならないならやるしかないので、結界の制御をしていた部隊が戦っていた。とはいえ、こちらは支援役だ。故に戦闘力としては決して強くはなく、足止めが精一杯の様子だった。
「坊っちゃん。ノイエはどうですか?」
「興奮してます……凄い睨みつけてるっていうか……」
血気盛んというわけか。カイトはじっと巨大なワーム種の魔物を睨みつけるノイエを見ながら、まだ恐怖で逃げ惑われるより随分良いと判断する。
「ソラ。お前は万が一にもノイエが逃げ出さない様に、しっかりと見張っておけ。万が一は」
「わかってる。『紐』も大丈夫だ」
「良し」
目を凝らしてようやく見付けられるほどに薄っすらと顕現した魔力の縄を見て、カイトは一つ頷いた。これならこの場を離れてもなんとかなりそうだった。というわけで、カイトは一瞬だけ敵の姿を確認する。
(敵……ワーム種。詳細は現状不明。敵のサイズ……二十メートル強。戦闘力……ランクB程度)
若干強い魔物か。カイトは足止めを行う魔術師達を遠目に見ながら、敵の情報を収集する。戦闘力としては低くはないが、同時に先程の『ワイズ・オーガ』並ではない。
(……おそらく『ランド・ワーム』か『ヒュージ・ワーム』。単純なワーム種の魔物か。戦闘力にしても巨体さを鑑みてのこの位置と言える。亜種の様子も無し。十分、討伐出来て然るべき魔物か)
なら、手早く終わらせてしまうか。どうにかして倒してしまう事に大差はないが、楽に倒すかそれとも時間を掛けて倒すかという点が問題になってくる。その基準とするのは、やはり先の『ワイズ・オーガ』だ。それより弱い時点で勝てて当然だし、強いなら手こずっている様子を見せる必要があった。
「……ソラ」
「ん?」
「足場頼む。奴を引っこ抜いて上空でぶっ飛ばす」
「そこまでする相手か?」
どう見ても、このワーム種の魔物は先の『ワイズ・オーガ』よりも遥かに弱い魔物だ。無論、そう見えているだけで実際にはもっと強い可能性はあるが、ソラでも単独で十分に倒せる程度でしかない。わざわざ困難な事をしなくても問題無い程度だった。
「あのサイズになると、死体から放出される魔素が蓄積した場合が怖い。一応、客である以上、きっちり鉄則に則って討伐しておこうかとな」
「なる……二十メートルほどの所で良いか?」
「そんなもんで十分だろ」
ソラの言葉に、カイトもさほど考えずに返答する。この程度の体躯なら、今ならソラでさえ十分に持ち上げられる程度だ。カイトなら何をか言わんやである。
というわけで、即座の打ち合わせを終えたカイトが消えた。そうして、彼は<<縮地>>の勢いを上乗せして、ワーム種の横っ面に向けて飛び蹴りを叩き込んだ。
「引いてください! 後はこちらで! 貴方達は結界の制御を!」
「すいません! お願いします! おい、引くぞ!」
ワーム種の横っ面を蹴って空中に躍り出たカイトの言葉に、アストール軍の魔術師達が大慌てで撤退していく。いくらカイトやソラには楽な相手だからとはいえ、軍の一般的な兵士達からすると特殊兵装も無しでは戦えない相手だ。奇襲を受けて生き延びられただけ御の字だろう。その一方、地面に着地したカイトは自身の蹴りの衝撃で地面に叩きつけられたワーム種の魔物を確認する。
(単純なワーム種……だが、『ランド・ワーム』か。若干体皮が固く岩のような触感があった。斬撃の効果は薄いな)
やるなら打撃か刺突か。カイトは刀を異空間へと収納すると、徒手空拳になり手をぐっぱっ、と握りしめる。と言っても、別に殴り掛かるつもりはない。単に引っ張り出すのに武器を持っていると邪魔になるから、というだけだった。が、彼が次の行動に移るより前に、『ランド・ワーム』が地面へと引っ込んだ。
「む」
まさかそのまま引っ込むとは。カイトは寝そべったまま地面へと潜り込んだ『ランド・ワーム』に若干の驚きを得る。基本的にワーム種の魔物は全周囲を確認する為に直立に近い状態から地面に潜る。
違うとすれば目の位置の関係で回転しながら潜るワーム種も居れば、そのまま引っ込む様に戻るワーム種も居るという程度の違いしかない。寝そべったまま地面へと潜るのは、おそらく個体差と言う所だろう。カイトが想定していなかったのも無理はなかった。
「とはいえ……」
それでも見え見えではあるんだよな。カイトは足の裏に響く地面の下の状況に、わずかに意識を集中させる。そうして、彼は即座に『ランド・ワーム』が何をしようとしていたかを理解する。
「「「!?」」」
「そうはさせるかっての!」
唐突に自分達の真正面に移動して地面を殴りつけたカイトに、軍の魔術師達が大いに驚きを露わにする。そうして殴りつけられた衝撃が地面に伝わり、大きく地面が揺れ動く。そしてその衝撃で、軍の魔術師達を下から捕食しようとしていた『ランド・ワーム』が堪らず顔を出す。
「はぁ!」
顔を出した所に、カイトが思いっきり殴り掛かる。そうしてわずかに打ち上げられた直後に、ソラが彼の斜め上の所に<<操作盾>>の足場を生み出した。
「上出来!」
生み出された足場を目視すると、『ランド・ワーム』が地面に落着するよりも前にカイトが<<操作盾>>の足場を踏みしめる。そうしてゆっくりと倒れ込もうとする『ランド・ワーム』の巨体へと魔糸を巻き付けた。
「おぉおおおおお!」
雄叫びと共に、カイトが『ランド・ワーム』の巨体を引っ張り上げる。そうして彼はソラの生み出した足場をいくつも踏み台にして、『ランド・ワーム』を引っこ抜いた。
「はぁ!」
『ランド・ワーム』がカイトとソラの連携により完全に引っこ抜けたと同時。彼は最後の足場を強く踏みしめて、『ランド・ワーム』の巨体を思いっきり上へと放り投げる。そうして遥か天高くに打ち上げられた『ランド・ワーム』に向けて、カイトは弓矢を構えて矢をつがえる。
「ふぅ……」
いつもなら適当に手を向けるだけなんだがな。そう思いながら、カイトはここが他領地である事に若干内心で苦笑する。別に気にしないでも良いといえば良いのかもしれないが、あまり戦闘力が高い事を知られたいわけではなかった。
「はっ」
短く息を吐くと共に、カイトは魔力を込めた何本も矢を放つ。そうして、まるで矢の雨の様に『ランド・ワーム』の硬い表皮に無数の矢が突き立てられた。
が、これでは単に矢が突き刺さっただけ。しかも『ランド・ワーム』の表皮は硬く、突き刺さっているとも言えない矢が散見されているほどだった。とはいえ、それでも問題はない。これはいわばアンテナ。次の一手への布石だった。
「爆ぜろ」
カイトの口決と同時に、彼が魔力で編んだ矢の鏃が爆発する。原理としてはいつもの武器の投擲と<<魔力爆発>>と同じだ。あれを単に鏃で行い、そしてその小ささを受けてあれだけの数で行ったのであった。
なお、基本的に<<魔力爆発>>は小さい方が扱いが難しいし、威力も小さい。爆発物に近い扱いなので、どうしても少しの衝撃で爆発しかねないからだ。
とはいえ、それはあくまでも一般的な話で、カイトは慣れていた。というわけで次の瞬間には無数の爆発に飲まれて、『ランド・ワーム』の巨体は消し飛んでいた。と、そうしてソラ達の方を振り向いた次の瞬間だ。彼は思わず、声を上げた。
「ソラ! 右後ろ方向!」
『っ! あぶねっ!』
カイトの注意喚起に、ソラが即座に背後にまで迫ってきていた魔物に気が付いた。迫ってきていたのは、先に草原側で観測されたというウルフ種の魔物の一体だ。どうやら結界の周辺を警戒していた鷲騎士達が仕留め損なったらしく、十体ほどの魔物がこちらに押し寄せていた。
「おぉら、よ!」
ウルフ系の魔物ののしかかりに対して、ソラは盾を構えて噛みつかれるのを阻止すると、盾の防御を活かしてウルフ系の魔物を吹き飛ばす。と、その次の瞬間だ。唐突に、甲高い鳥の鳴き声が響き渡った。
『ノイエ?』
「これは……<<光の矢>>か」
『え?』
ウルフ系の魔物を貫いて遥か彼方へと消えた光条を見てつぶやいたカイトのつぶやきに、ファブリスが困惑気味にそちらを見る。これに、カイトは手早く教えてくれた。
「光を束ねて矢として放つ魔術です。まさか、それも使えるとは……」
存外、考えていた以上にノイエは良い魔物なのかもしれない。カイトはどこか感心した様に、内心でそう思う。とはいえ、呆けてばかりもいられない。故に彼は即座に地面を蹴って、ファブリスとノイエの関係で防戦一方に追い込まれるソラの真横に帰還した。
「ソラ! 無事だな!」
「ああ! ちっ! 数がおお」
数が多い。そう言おうとした直後、ノイエが再度<<アロー・レイ>>が放たれたのを二人が認識する。放たれた光の矢は見事ウルフ種の胴体を貫いており、確かに一撃で討伐するには足りていないが、威力としては十分だと察せられた。
「これで、問題か?」
「いや、無いよ」
残りは高々三体だ。しかもどうやらノイエまで戦えるらしい。負ける要素はどこにもなかった。故にソラも若干あった焦りを霧散させて、カイトの問いかけに笑って首を振るだけであった。
「そうか……なら、さっさと倒しちまうか」
「おう……っと、その前に。なんで入り込めたんだ?」
「さっきの『ランド・ワーム』の襲撃で結界が弱まったんだろうさ」
なるほど。それなら納得が出来る。ソラはどうやら結界が展開されているのに、自分の背後に魔物が忍び寄っている事が納得出来なかったらしい。とはいえ、彼も軍の魔術師達が待機していた馬車が破砕されるのを目の当たりにしており、こういう事も起き得るだろう、と納得していた。
「なるほど……カイト。俺は基本遠距離でファブの動きとノイエが興奮状態のまま戻らない様に支援する。討伐、任せて良いか?」
「勿論だ」
適材適所という所だ。それを理解していたソラは自身がファブリスの支援に入る事を明言し、それと共にカイトに討伐を進めてもらう事にする。そうして、この後は五分ほどで結界内部に入り込んだ全ての魔物を片付ける事に成功するのだった。
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