第2104話 草原の中で ――戦い――
ファブリスとノイエの訓練の最中に軍より入ってきた一報。それは少し離れた所で訓練を行っていた鷲騎士達の所へ魔物による襲撃が確認された、という内容であった。それを受けて周囲の警戒を行っていたカイトとソラであったが、想定通り魔物の襲撃を受ける事になる。
そうして、カイトはファブリスの守りをソラに任せると、自身は単身オーガを中心としたという魔物の群れとの交戦に備えて弓矢の準備を行っていた。
(周囲の気配……問題無し。暗殺者の気配は確認出来ず)
まず何より注意していたのは、ファブリスに対する暗殺だ。特に冒険部は知名度に反して実力が備わっているとは言い難く、そういった面を利用される事はままあった。
今回、大本がアストレア家であり、あちらはカイトの正体を知っているので問題は無いと思っていたが、アストール家はそれを知らない。である以上、万が一はあり得ると考えていた。が、幸いにしてそういう事もなく、周囲には魔物の影さえ見受けられなかった。
「ふぅ……」
それなら、後は魔物の討伐に注力するか。カイトはそう考えると意識を切り替えて目の前の戦闘に集中する事にする。そうして呼吸を整えた彼は、意識を研ぎ澄ませて魔力を使い視力を底上げ。目標を確認する。
(敵影……確認。『オーガ』が二体……後一体はどこだ?)
軍による報告では、魔物の群れはオーガが三体、その他はゴブリン種で構築されているとの事だ。が、この群れで最も難敵となる筈のオーガは二体しか見受けられず、三体目は見た所どこにも居なかった。そうして、彼はいつもの神陰流の要領で再度気配を探る。
(……見付けた。なるほど……これはどこかに『ゴブリン・ウィザード』あたりが居そうか)
『ゴブリン・ウィザード』。それはゴブリン種の亜種の一体で、小賢しい知恵を手に入れた個体だ。それ故に幻術などを用いて部隊を隠すなどの奇策を弄する事もあり、今回もそれを使ってオーガ種の一体やそれと共に行動するゴブリン種の亜種を隠していた様子だった。遠目であった事もあって目視では見付けられなかったのは、そういう事だろう。
(小賢しいが……その程度か。さて……後は結界を解いてからが勝負か)
訓練の為に展開された結界はその仕様上、どうしても内側から出たり入ったりが自由に出来るわけではない。ノイエを出さない為には仕方がない仕組みだが、訓練中の攻撃魔術の行使にも対応する為、攻撃は一切の例外なく内外で通行は出来なくなっている。
となると、当然だがカイトが攻撃するには結界を一部だけでも解除する必要があったのである。そしてそれは軍の兵士達もわかっていた。故に軍が使用している馬車の一台にて結界の通行の管理を行っていた魔術師が告げる。
『タイミング、こちらで合わせます。合図をどうぞ』
『了解しました』
後は、こちらの意一つで戦闘開始。カイトはまだもう少し引き付ける事にして、意識を研ぎ澄ませる。結界はどうしても部外者が安易に近寄らない様に見える形で展開されてしまっている。
故に魔物達も普通にこの結界を見付けられており、一直線にこちらに向かってきていた。そうして、そんな魔物の群れを見据えながらカイトが指示を出す。
『結界から距離1000になったら教えて下さい。それと同時に結界の解除を』
『了解しました』
『こちらも了解です。そちらの第一撃と共に、ゴブリン達に向けてアサルトを仕掛けます』
『お願いします』
鷲獅子に乗った鷲騎士達の返答に、カイトは一つ頷いて後は待つだけにする。そうして、数分の時が流れた。
『相対距離1000突破しました』
『結界、解除!』
「ふっ!」
相対距離が指定された距離を割った瞬間、結界が解除されてそれと共にカイトが矢を射る。それは一直線にオーガが率いる魔物の群れへと直進した。が、それに『ゴブリン・ウィザード』が魔術を展開し、突風を生み出した。
「今のうちに奴を!」
『了解!』
カイトの目論見通り魔術の展開と共に足を止めた『ゴブリン・ウィザード』に対して、鷲騎士達が一斉に突貫を仕掛ける。そうして『ゴブリン・ウィザード』を守る戦士型のゴブリンの群れと鷲騎士達の戦闘が始まるのを見て、カイトは更に矢をつがえる。
「ふっ!」
狙うは『オーガ』のみ。カイトは鷲騎士達の突撃を受けて地面を踏みしめながらそちらへと向かう『オーガ』に向けて、再度矢を射る。今度は確実に殺す為の一射。きちんと威力も込めている。そんな矢を真横から受けて、『オーガ』の一体は脳天を消し飛ばされて倒れ伏す。
「おつむは所詮その程度か……次だ」
この距離なら十分に射程圏内。カイトは軽く消し飛んだ『オーガ』を見る事もなく次の一体へと狙い定める。そうして、再度彼は矢に魔力を込めて射出する。が、やはり不意打ちか攻撃が気付かれている状態かの差が大きかった。一直線に飛翔した矢は『オーガ』の振りかぶった大鉈のような剣により両断される。
「……」
別に防げたのなら防げたで問題はない。カイトは自身の強弓を防げたものの大きく腕を弾かれた様子の『オーガ』に向けて容赦無く二の矢をつがえる。そうして今度は二本続けざまに矢を射った。
「次だ」
結果なぞ見えている。カイトは二つの矢が一直線に『オーガ』へと直進するのを見届ける事なく、最後の一体に視線を向ける。が、そうして彼は若干だが顔を顰める事になった。
「亜種……か? いや、進化種の可能性もあるが……」
どうやら単純な『オーガ』ではないらしい。カイトは鷲騎士達の攻撃を防ぎ返す刃で地面が砕けるほどの一撃を放つ『オーガ』らしき存在を見る。それを受けて、カイトは一度鷲騎士の一人に問いかけた。
「『オーガ』の亜種ですか?」
『その様子です! 攻め込めそうもない!』
どうやらかなりの強さを持っているらしい。鷲騎士達の焦ったような声が通信機を介して響いてくる。どうやらしかも『ゴブリン・ウィザード』の支援も入っているらしく、鷲騎士達が真正面からやって攻め込める見込みはなさそうだった。
「ソラ」
「おう」
こうなると直接倒すしかなさそうか。そんなカイトの言外の言葉にソラも一つ頷いた。というわけで、ソラに後を任せてカイトは弓を消滅させる。
「支援します。遠巻きに射掛け、動かさない様にお願いします」
『了解です! お願いします!』
カイトの言葉に、鷲騎士達が動きを変えて直接的な戦闘は避ける事にする。それを真正面に捉えて、カイトは<<縮地>>を使って瞬く間に一キロの距離を駆け抜ける。
『ナンダト!?』
「おぉ!」
唐突に現れたカイトに驚きを見せた『オーガ』の亜種らしき存在に対して、カイトは振りかぶられる大鉈のような剣へと大剣を打ち合わせる。そうして金属同士が衝突する大音と共に火花が散って、大鉈のような剣が弾き飛ばされる。
「ふぅ……」
さっき確かに言葉を発したな。カイトは激突の瞬間確かに『オーガ』の亜種らしき魔物が拙いながらも声を発したのを聞いていた。そうして呼吸を整えるわずか一瞬で、彼は相対する魔物が何かを確定させる。
(『オーガ』の進化の一つ。『ブラッディ・オーガ』の亜種。『ワイズ・オーガ』……ちっ。幻術はこいつの幻術だったか。群れの主も『ゴブリン・ウィザード』ではなくこいつだな)
流石にここまで行けば小賢しいより賢いと言ってやっても良いだろう。カイトは『ゴブリン・ウィザード』が『ワイズ・オーガ』の影武者や偽装として使われていた事を理解して、若干の称賛を抱く。
カイトが初手で鷲騎士達に『ゴブリン・ウィザード』を狙わせたのは、基本的にこの魔物が群れのブレイン的役割を果たしている為だ。そこを打ち崩し後は流れで、とするつもりだったのだが、上手くいかなかったのは実際にはこの『ワイズ・オーガ』が群れの主だった為だった。その点を読み違えたのである。と、そんな推察を行っていたカイトへと、『ワイズ・オーガ』が先手を打つ。
『<<ウィンド・スラスト>>!』
「はっ!」
放たれた無数の風刃に対して、カイトは気合一つでそのすべてを弾き飛ばす。そこに、『ワイズ・オーガ』が地面を砕くほどの力で地面を蹴った。
『ガァアアアアアアアアアアア!』
「っと」
振り下ろされた巨大な鉈に対して、カイトは流石にまともに打ち合うつもりはなかったのか軽く地面を蹴って後ろへと回避する。そうして打ち砕かれ飛来する地面の破片に対して、彼はまるで手を添えるような形で触れるとその瞬間。手と破片の間に高圧の空気を生み出して射出した。
『フンッ!』
射出された地面の破片に向けて、『ワイズ・オーガ』がその巨体に見合う巨大な拳を振り抜いて打ち砕く。が、それは囮。地面の破片を隠れ蓑に、カイトがその真後ろに立っていた。
「ぬ」
刀を振り抜いた瞬間、カイトが若干目を見開く。彼の放った剣戟であるが、これをなんと『ワイズ・オーガ』は自身の大鉈のような剣を地面に突き立てて防いでいたのである。これが隠れ蓑として機能する可能性を理解していたのである。そうして、そんな彼に向けて『ワイズ・オーガ』が牙を剥いて笑う。
『シネ、ニンゲン』
「お前がな」
『!?』
必殺を告げた筈の『ワイズ・オーガ』であったが、一方のカイトも獰猛に笑っていたのを見て思わず目を見開く。が、『ワイズ・オーガ』はそれをブラフとして認識。引いていた左の拳を振り抜いた。
『ナ、ナンダト!?』
「だから、言っただろう? 死ぬのはお前だって」
言うまでも無い事であるが、『ワイズ・オーガ』とて『オーガ』だ。なので『オーク』やその進化種、亜種達同様に強大な腕力を持ち合わせており、先に見せた通り数メートル程度の岩石であれば拳一つで粉砕出来る。それだけの一撃を、カイトはなんと右腕一つで一切滑る事もなく受け止めていたのである。
「貴様ら魔物にはない技が、オレ達人間にはあるんでね……悪く思ってくれるなよ」
獰猛に笑いながら、カイトは右手に魔力を収束させていく。彼がした事は非常に単純だ。衝撃をすべて地面に受け流しただけであった。が、これは言うまでもなく人間が長い年月を掛けて編み出した技ならざる技だ。よほど高位の魔物でもなければ再現できよう筈もなかった。
「消し飛べ!」
声と共に、強大な蒼い閃光がカイトの右手から迸る。それは『ワイズ・オーガ』の巨体を飲み込んで、両者の間にあった大鉈のような剣もろともに吹き飛ばした。
「ふぅ……さて……」
残るのは雑兵のみだな。カイトは群れの長であった『ワイズ・オーガ』の討伐と共に潰走の兆しを見せる魔物の群れに対して、間断なく剣を構える。と、そうして彼がついでなので残る敵の掃討に移ろうとしたタイミングだ。唐突にヘッドセットから声が響いた。
『カイト! 悪い! すぐ戻ってくれ!』
「どうした!?」
『こっちに魔物来た! アストール軍の人達も応戦してるけど、結構きびぃっぽい!』
「ちっ」
この戦闘に引き寄せられ、別の魔物が来てしまったか。カイトは苛立たしげに舌打ちをして後ろを振り向く。そうしてそちらを見てみれば、地面から生える様に巨大なワーム種の魔物が姿を現していた。
「なるほど……」
大方寝ていた所を起こしてしまったとかそういう所だろう。カイトは遠目に見える魔物を見て、一つため息を吐いた。流石に寝てしまっていると彼も気づけない場合は十分にあった。今回は不運にもその上で訓練をしていた、という所なのだろう。彼はそう諦めて、そちらに向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
 




