第2101話 草原の中で ――場所替え――
アストール家からの依頼で現アストール伯の第二子となるファブリスのペットのノイエの調教を手伝う事になっていたカイトとソラ。そんな二人は引き継ぎ期間を含めて五日の間ノイエの訓練に参加していたわけであるが、六日目になりアストール伯からの要望で訓練の場所を変えて訓練を行う事となる。そうしてそれを受けたカイトは、午前中の訓練の支度をしていたソラと合流。彼へと状況を伝達していた。
「というわけで準備中悪いが、予定変更だ」
「マジかよ……まぁ、良いけどさ」
実際、ソラはファブリスとの剣の稽古だろうとノイエの調教の手伝いだろうと鎧姿である事に変わりはない。なのでファブリスへの稽古だろうとノイエの調教だろうと彼自身の準備そのものに大差はなかった。
「何だよ。妙にやる気だな」
「せっかく慣れたのになー、と思ってさ」
「ああ、なるほど」
カイトはソラの言葉に、昨日アストール伯に許可を得てハイネスから貸してもらった操作訓練用の訓練用の魔道具を見る。昨日訓練の後はこれを使って訓練をしていたのであるが、その結果はかなり上々だったようだ。そんな彼に、カイトは慰めの言葉を送る。
「まぁ、別に訓練がなくなるわけでもない。何より、今後冒険者として活動するにあたって役に立たないわけでもない」
「何かあるのか?」
「ドローン型の魔道具を使うなら、この魔道具の操作を物にしておくのは得だ」
「そんなものあるのか」
聞いた事がなかった。ソラは少し驚いた様に目を見開く。これに、カイトは苦笑した。
「あまり需要が無いんだ。使い魔があるからな。が、一部の好事家には人気がある。使い魔と違ってバレにくいからな」
「でもお高いんでしょう?」
「そうなのよねー」
「マジなんかい」
そうだろうとは思ったけど。カイトの返答にソラがあはは、と笑う。実際、そういうわけでソラが見た事がなかったのも、冒険部ではギルドとして買うには足が出るからだ。
「いや、こればっかりはな。しかも戦闘やら魔物やらに耐えるだけのスペック持たせると、どうしても高くなったらしい。まぁ、買いたければ買えば、ぐらいのお値段だ。安くはないから買えとは言わんが、買っても損はない、という程度だな」
「それ、俺はまず手が出せねぇよ……」
「まぁ、お前はなぁ……」
がっくりと肩を落としたソラに、カイトもなんとも言えない顔で乾いた笑いを浮かべる。実際、冒険者の中で最も費用が嵩むのはソラのような重装備の冒険者だ。
基本特注になる全身を包む鎧に、剣と盾である。安いわけがない。冒険者に軽装備の者が多いのは、費用の面からも仕方がない事なのであった。避けた方が安上がりなのである。それでも、ソラの場合は鎧をオーア謹製の物にしているおかげで安上がりな方であった。
「ま、それでも古代文明のゴーレムやらで似たような機能を持つ物はある。それを操る訓練、と考えれば良いだろう」
「そうすっかね」
それならまだ将来性はありそうか。ソラは改めてコントローラに手を伸ばす。再度の練習に取り掛かるつもりだったらしい。そうして四足獣型へと変形させた彼は、軽い感じで宙返りを繰り返させる。
「ほっ、よっ、とっ、と」
「ほらよ」
「っと」
カイトが魔力で編み上げた簡易の足場に向けて、ソラが四足獣型の魔道具を跳躍させていく。そうして、それからしばらくの間二人は午後からの訓練開始に向けての練習に精を出す事になるのだった。
さて、それから三時間ほど。昼も随分と近付いた頃だ。カイトはハイネスに呼び出され、調教師達や相棒を持たない兵士が練習や急場での移動に使用しているという鷲獅子達の住む小屋へとやって来ていた。そうして小屋に入った彼を見て、鷲獅子のブラッシングをしていたハイネスがブラッシングの手を止めた。
「ああ、来たか……っと、悪い悪い。ここか?」
「あはは……失礼します」
「ああ。すまないな、手は止めないままで話させてくれ」
ブラッシングの手を止めると不満げに襟を引っ張った鷲獅子にハイネスは笑いながら、カイトへと一つ謝罪する。それに、カイトも一つ笑って頷いた。
「ええ……それで、見つかりましたか?」
「ああ。調教師一同で探してな。ここから少し離れた所なんだが……今から行きたいが、行けるか?」
「ええ、勿論。移動は?」
「流石に俺はこいつに乗って行くが……そっちはどうする?」
当然であるが、『天音カイト』としてのカイトのスペックとハイネスのスペックは比べるまでもない。なのでカイトの速度にハイネスが追いつけるわけもなく、遅れない様にしようとすると鷲獅子に乗るしかなかったのだろう。そんなハイネスの問いかけに対して、カイトは笑って首を振る。
「やめておきますよ。流石に……竜には割と乗った事がありますが、鷲獅子にはあまり」
「そうか。まぁ、たしかに鷲獅子と竜だと乗り方も乗り心地も違うからな。それに、お前なら問題にもならないだろう」
おそらく全速力でもカイトの方が速いだろう。ハイネスは鷲獅子のブラッシングの手を止めて、ぽんぽん、とその背を叩く。
どうやらこれが合図だったらしい。鷲獅子も今度は襟を噛むという事はなかった。そうしてカイトもブラッシングの道具類を片付けるのを手伝って、ハイネスは先程ブラッシングをしていた鷲獅子を外に出してその背に跨った。
『聞こえているか?』
「ええ。そちらは?」
『こっちも、大丈夫だ』
カイトとハイネスは一度、通信機の調子を整える。そしてそれが大丈夫と判断した所で、ハイネスが鷲獅子を飛び上がらせる。それに、カイトも続いた。
「よっと」
『飛べるのか』
「飛ぶというより跳ぶですね。虚空に足場を作っているだけです」
『なるほど』
どうやらハイネスはカイトが飛空術を使えるとは思っていないらしい。実際、カイトも使えるとわからない様にする為にこうしていた。というわけで、カイトは先導するハイネスの後ろで虚空を蹴って移動する。
『こっちだ。こっちの河原ならまだ良い広さを確保出来るし、訓練の影響も受けにくい。ただ、少し背の高い草が多いのが難点だろう』
「若干、ノイエの訓練には厳しくないですか?」
『しょうがない。流石にな』
やはりどちらが優先されるかというと、ファブリスとノイエの訓練よりも軍の訓練だろう。ファブリスとノイエの訓練は一日遅れても問題無いが、軍の訓練はそうも言っていられない。特に出立の日が決まっている以上、良い所があちらに回されるのは仕方がなかった。というわけで、そんな事を語ったハイネスがカイトへと問いかける。
『で、どうだ? ここらなら、大丈夫と思うんだが……』
「そうですね……」
確かに訓練には十分な広さはあるし、ソラが四足獣型に変形させた際に使えるだけの高い草むらもある。ハイネスの言う通り若干多すぎるのが気になる所といえば気になる所であったが、そこについてはカイトも気にしない。専門家が良いと言っているのなら、それに従うだけだ。なら、彼が見るのは別の事だった。
「若干、魔物が隠れていると面倒ですね。一応、訓練前に確認はしますが……」
『そこはまぁ……そっちになんとかしてくれ、と言うしかない。流石にそこは俺にはわからないからな』
「ええ……っ」
『おぉ……流石だな』
指をスナップさせると同時に投じた槍で草むらに潜んでいた魔物を串刺しにして消し飛ばしたのを見て、ハイネスが一つ称賛を浮かべる。これに、カイトが礼を述べる。
「ありがとうございます……そうですね。これ以上遠くなると、逆に坊っちゃんの移動の手間が厳しいですか」
『どうしてもな。坊っちゃんがもう少し大きくなれば、鷲獅子に乗って移動するのも手なんだろうが……流石に坊っちゃんにはまだ早い』
「ですか」
気になる所が無いではないが、それでも総合的にはここが一番か。カイトはおそらくこれ以上に離れればあるのだろう良い場所への未練を切って捨てる。そんな彼に、ハイネスが問いかけた。
『何か気になる事があるのか?』
「ええ……まぁ、言っても詮無きことではあるのですが……軍の訓練に触発されて周囲の魔物はおそらく興奮状態になるでしょう。結界に攻撃を仕掛けてこないか、と」
『それか……確かにそれは気になるが……』
言われみれば、たしかにそれは気にする必要があったかもしれない。カイトの指摘にハイネスも少しだけ眉を潜める。そうして少し悩んだ彼であったが、一転首を振った。
『いや、それを考えれば逆にここが良いだろう。流石に軍の奴らも馬鹿じゃないし、坊っちゃんの訓練中には周囲に軍も待機している。来るにしても連絡は入るだろう』
「ですかね」
『だと信じよう。その後はお前達のもう一つの仕事、と言う所だ』
「はい」
まぁ、後は確かにこちらがフォローするしかないか。カイトは万が一の場合のフォローも仕事に入っている事を思い出し、ハイネスの言葉に一つ頷いた。と、そんな彼が一つ問いかける。
「そうだ。一応聞いておきたいんですが、少し草を刈っても大丈夫ですか? 流石にこれは多すぎるかな、と」
『それについては好きにすると良い。流石に伯爵も何も言わないだろう』
「では、そうさせて頂きます」
流石にこれは草が生い茂り過ぎている。そう判断したカイトは、ハイネスの許可にそうさせて貰う事にする。と言っても実際の作業はまた後で、ファブリスの反応を見ながらやるつもりだ。
というわけで、二人は場所を確認すると、少しだけ新たな訓練場全体の状況を確認し、再びアストール伯爵邸へと戻っていく事になるのだった。
カイトがハイネスから新たな訓練場候補地を聞いて更に数時間。カイトはソラと共に新たな訓練場へとやって来ていた。
「おー。結構隠れられそうな場所があんな」
「あっても一部は刈り取る」
「マジか」
「流石に多すぎるだろ。ノイエは勿論の事、坊っちゃんにも見付けられんさ」
「まー、そりゃそうだろうけどさ」
それでもやはり自分に有利な場所が消えるとなると、若干ソラには惜しい気持ちが無いではなかったらしい。どこか残念そうな様子があった。
「まぁ、一応聞いておいてやる。どこか残しておいて欲しい場所はあるか?」
「んー、無い。けど割と等間隔に残しておいてくれると助かる」
「そうか」
ソラの返答にカイトは一つ頷いた。そうしてそんな事を話しながら訓練の支度を行う事少し。ファブリスの乗った馬車がやって来た。
「カイトさん、ソラさん。よろしくおねがいします」
「「はい」」
「それで、ここが新しい訓練場所ですか?」
「ええ……と言っても、最後の調整はこれからですが」
ファブリスの問いかけにカイトは一度訓練場所全域の様子を見せる。それを見て、ファブリスもカイトとソラと同じ感想を得た。
「随分草が多い……ですね」
「ええ……その刈り込みを今から行おうと思うんですが……どこか残して欲しい所などはありますか?」
「残して欲しい所、ですか?」
それを聞くならソラさんだと思うんだけど。カイトの問いかけにファブリスは不思議そうに首を傾げる。これに、カイトが告げた。
「狩りを行う上で、どこかの場所に追い込みたいという事もあるでしょう。そうなった場合に使いたい場所は、と」
「……」
追い込む。そんな事考えたこともなかった。カイトの指摘にファブリスは一つ真剣に悩む。が、少し考えて、彼は照れた様に首を振った。
「ごめんなさい。何も思いつかないです。というより、状況からそうなる様にしたいな、と思います」
「わかりました。それで良いかと」
ファブリスの返答にカイトは一つ頷いた。というわけで、ソラとファブリスの合意を得られた事でカイトは一度全域を使い魔を用いて確認し、適当に刈り込みを行っていく事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
 




