第2098話 草原の中で ――訓練――
アストール家からの依頼で行われていたファブリスとノイエの訓練への協力。その三日目、ファブリスの申し出により難易度を上げて行われる事になった訓練であるが、それはなんとノイエが魔術を行使するという行動に出た事により、彼女は見事ソラの操る訓練用の魔道具の捕獲に成功する。
それに興奮したファブリスと若干苦笑いを浮かべて戻ってきたソラを残して、カイトは今度は自身が訓練用の魔道具を操る事にする。と、そうして移動した彼であったが、そこでふと気が付いた。
「そういえば……ファブリス坊っちゃん」
『あ、はい。なんですか?』
「どうしますか? 私の方も難易度を上げておきますか?」
『え? あ、どうしよっかな……』
カイトの問いかけに、ファブリスは少しだけ悩む。元々ソラの訓練で難易度を上げたのは、直線的な動きだけではノイエに飽きが出てきかねなかった事と、地上なので速度がさほど出なかった事が要因だ。なので今回のような動きを織り交ぜたのは当然といえば当然の話ではある。
が、それはこと操作に慣れているカイトには当てはまらないし、飛行型であれば最高速こそノイエには届かないがカイトという操縦者が居る。間違いなく真っ当にやれば当分は捕まえられないだろう。そうなるとノイエが訓練を拒否する可能性もある為、どの程度の手抜きで抑えておいてもらうか、というのは重要な所だった。
『……少しだけ』
「はい」
おずおずと申し出たファブリスに、カイトは笑って頷いた。どうやらノイエが魔術を使える事が判明した事から、少しぐらいなら難易度を上げても良いかな、と思ったようだ。
というわけで、カイトも少しだけ難易度を上げてやる事にする。と言っても、初手からやるとなんだかんだノイエが不貞腐れる可能性もあったため、速度を上げるだけにしておいた。
「さて……」
真っ向からノイエと向き合って、カイトは若干の停滞を生じさせる。基本的にこれは主人ありきでの狩猟だ。なのでノイエも獲物が居るとわかっていても、仕掛ける事は出来ない。が、焦れては居るらしい。若干だが羽ばたきに力強さがあった。そうして、数瞬。ファブリスが号令を下す。
「ノイエ! ゴー!」
「っ」
ファブリスの号令を聞きながら、カイトもまた訓練用の魔道具を動かす。そうして真正面から向かってくるノイエに向けて、カイトはその爪が正面に向けられたと同時に急降下させる。
『!?』
一瞬で消えた様に見えた訓練用の魔道具に、ノイエが驚いたような様子を見せる。そうして身を捩り背後を見て、しかしそこには何もいない。が、そこにファブリスの声が飛んだ。
「ノイエ! 下だ!」
『!』
ファブリスの声に、ノイエが下を向いて一気に急降下する。そうして追いすがるノイエを見て、カイトはまるでレースゲームの様に弧を描き地面スレスレを飛翔させる。
とはいえ、その動きはノイエも先にソラとの訓練で見せた動きだ。故にノイエも平然と滑る様にして滑空する。そうして、まるで戦闘機の様に鳥を模した訓練道具と鳥に似た魔物が空中を飛翔する。
そしてこれまでの事があったからか、ノイエもこの鳥型の訓練用魔道具が安々捕まえられるとは思っていないらしい。加速しながら、前方に茶色い魔法陣を生み出す。
「ふむ……」
まぁ、これは一度目だ。ひとまず少しだけ回避運動を見せながら、敢えて撃ち落とさせてやるか。カイトはそう判断して、ノイエの行動を見守る。そうして、すぐに無数の石つぶてが今度は前面に向けて発射された。
「っと!」
発射された石つぶてを、カイトはローリングしながら回避。が、この際に敢えていくつかの礫に翼を擦らせておいて、ノイエに通じると思わせる事にする。そうして礫が翼を擦った事で僅かな減速が掛かったと同時に、ノイエが爪を伸ばして訓練用の魔道具を見事にキャッチした。
(なるほど……とりあえず指向性は可能そうか。この様子なら遠からずガトリングの様に連射も出来そうだな)
そうなれば、一気に戦いに長けて来るだろう。カイトはノイエの魔術を見ながら、これなら十分に貴族や騎士の相棒に相応しいだけの存在に育つだろう、と太鼓判を押す。
何より彼としても『ダイヤモンド・ロック鳥』のような特異な魔物が成長した姿を見たくもあったし、何より『ダイヤモンド・ロック鳥』が進化したらどうなるか、と素直に興味もあった。と、そんな期待を込めての行動だったが、そんな彼にファブリスが連絡を入れた。
『カイトさん』
「あ、はい。どうしました?」
『手を抜きましたね?』
「あはは……バレましたか」
流石に今のは少しわざとらしかったかな。カイトはファブリスの指摘に少しだけ照れた様に笑う。とはいえ、手を抜いたのなら手を抜いたなりの理由もあった。
「とはいえ、何も理由が無いわけではないですよ。今のはひとまず、ノイエの魔術の腕を見たかった、という所があります。おそらくまだまだノイエは力を隠している。それを知った上で、訓練の難易度を決めたいと」
『能ある鷹は爪を隠す、か』
『なんですか、それ』
『凄い奴は軽々しく本当の実力は晒さない、隠してるって言葉だ』
自身のボソリとしたつぶやきを聞いたファブリスの問いかけに、ソラは少しだけ日本のことわざを語る。それに、ファブリスもなるほど、と納得する。確かに、今のノイエの姿はそれに相応しいと言えただろう。そしてそれ故にこそ、ファブリスも少しだけ上機嫌になった。
『確かに、そうですね。まだ僕もノイエの事をはっきりと理解してるわけではないですから。僕ももっと、知りたいです』
「ええ……その為には、敢えて使える物を見せる様にしないといけない。今だって、さっきと同じ<<ロック・フォール>>ですが……地面に降り注がせるのではなく、前面への投射です。同じに見えて、少し違う。おそらく何か改良を加えたのでしょうね。本来は地面に向けて使う物だ」
『あ……』
確かに、言われてみればそうだ。ファブリスはカイトの指摘にわずかに目を見開く。やはりここら、視点一つ取ってみてもカイトの方がまだまだ上だった。というわけで、それからはファブリス自身もカイトとソラの視点を学ぶべく真剣に訓練に望む事にする。
「それで、坊っちゃん。次はどうしますか?」
『またソラさんでお願いします』
「わかりました。ソラ」
『おう』
ファブリスの要望を受けて、一瞬で移動したカイトからソラが訓練用の魔道具を受け取った。そうして、再度ソラとカイトが交代交代に訓練を行う事になるのだった。
さて、それからおよそ三十分ほど。ファブリスとノイエの訓練も終わりに近付いた頃だ。一旦小休止を挟むかという所で、再度ノイエはソラの操る訓練用の魔道具の捕獲に成功する。
「良し!」
一度魔術を使いだしたら、やはり狩りに魔術が便利だとノイエも気づいたのだろう。頻繁に魔術を使う様になり、それと共に狩りの成功率も飛躍的に上昇していた。というわけでファブリスも終始上機嫌で、それに釣られたのかノイエも目に見えて上機嫌だった。
「ノイエ、よくやったね」
『……』
主人から褒められたからか、ノイエは少しだけ上機嫌に喉を鳴らす。とはいえ、その一方のソラはというと、どこか悩んでいる様子があった。
「どした?」
「いや……どうやったら勝率上げれるかな、ってな」
「あはは。無理に勝率を上げる必要も無いが……」
確かに、このまま連戦連勝を上げられてもどちらの為にもならないか。カイトはソラの言葉に少しだけそう思う。一応、下手に意気を挫くのもなと思い、しばらくの間はノイエに負けてやっていた。が、あまり勝たせすぎても舐められる要因になってしまい、訓練に身が入らない事になる。それは後々面倒だった。
「しゃーない。一度勝っておくか。まぁ、お前の場合はまだ腕が伴ってない。少しアストール伯に掛け合って訓練用の魔道具を借り受けられないか掛け合ってみよう」
「わり」
「いいさ。少し想定外だった、ってのもあるしな」
実際、ハンスさえノイエが魔術を使えるとは知らなかったのだ。なので依頼にしてもおおよそ現状のカイト達なら十分に達成可能と思われていた領域だし、アストール伯も急な難易度の上昇は想定外だ。
一度掛け合って準備ができる様にさせてもらうのも、仕事の内だった。とはいえ、それは後の話だ。故に彼は一旦離れた丘の上に移動して、訓練用の魔道具を起動させる。
「さて……」
やるか。カイトは一つ気合を入れて、首を鳴らす。どうやら少しやる気になったらしい。とはいえ、懸案事項が無いではない。
「ま、後は出たとこ勝負と、オレ達の仕事かね」
そもそもカイトとソラの仕事はハンスが休暇の間に訓練用の魔道具を使ってノイエに訓練を施す事ではない。それはあくまでも副次的に行われているものだ。
というわけで、カイトは仕事の本番が近いかもしれない、と気を引き締めていたのである。そうして、彼は一度コントローラを強く握りしめ、訓練用の魔道具を展開。軽やかに飛翔させる。
「さて……」
訓練用の魔道具を飛翔させたカイトは、一度だけその場で滞空させる。そうしてそれを見て、ファブリスも訓練の開始を理解したらしい。ノイエを大空へと飛翔させる。
『……』
ここまでは、先程までと一緒だ。カイトはノイエがその場に滞空しながら訓練用の魔道具を睨むのを見ながら、ここからどうするかを一瞬だけ逡巡する。
「あまり同じ難易度でも、お前もそろそろ飽きてるだろう……?」
どこか語りかける様に、カイトはそうつぶやく。それに同意するかの様に、ノイエは少しだけ訓練用の魔道具から注意が逸れる事も見えていた。この程度なら楽勝。そう考えている様子だった。
当然だ。訓練用の魔道具が変わってから、まだ二日目。カイトは手を抜いているし、ソラはそもそも慣れていない。自分が本気になればそれだけで連戦連勝だ。こう思うのは、人間も一緒だ。
ノイエもまたそう思ったとて、不思議はない。というわけで、カイトは今までの真っ向勝負からノイエの気が逸れた瞬間を見定めて死角へと移動する様に高速移動させる。
「っ! ノイエ!」
『!?』
しまった。敢えて人間の言葉で言い表すのであれば、そんな驚きがノイエにはあった。故にファブリスのどこか慌てたような指示に、ノイエは急いで急加速。弧を描く様に動く訓練用の魔道具へと追撃を仕掛ける。そしてやはり出遅れたからだろう。焦りからか、早々に魔術を展開する。
「っ、速い!?」
カイトの操る魔道具の速度に、ファブリスが思わず目を見開く。元々カイトが手を抜いていた事はわかっていたが、それでも想定以上の速さと言うしかなかった。
その一方、そんな訓練用の魔道具を追うノイエはしっかりとカイトの操る訓練用の魔道具を視界に捕えると、水平方向に向けて<<ロック・フォール>>を起動させて石つぶてを発射する。
「甘い」
石つぶてが発射される直前。カイトは訓練用の魔道具の向きを変えて敢えて風の抵抗を大きく受けて、急減速させる。そうして風の抵抗との関係で浮かび上がった訓練用の魔道具の下を、ノイエが高速で突っ切った。
『!?』
「ノイエ! 後ろだ!」
『!』
ファブリスの言葉に、ノイエが急減速を仕掛けて身を捩る。そうして、彼女は正面にカイトの操る訓練用の魔道具を捉えて、急加速した。
「ほっと」
一直線に向かってくるノイエに、カイトは墜落するような動きでノイエを回避。そうして優雅に地面スレスレを滑空する。
「ノイエ! 下だ!」
『!』
ファブリスの助言に、ノイエが下を向いてカイトの操る訓練用の魔道具の姿を確認する。そうして、彼女は前面に新たに白銀の魔法陣を展開しながら、一気に急降下した。
「む……」
この局面で見たことのない魔術か。カイトは若干だが、負けても良いかもしれない、という感情が鎌首をもたげる。とはいえ、まだ決定ではない。
故に彼はサブの思考回路でその是非を考えながら、ノイエの魔術の発動の兆候を掴み取る。そうして、ノイエが訓練用の魔道具まで10メートルの所までたどり着いた瞬間、無数の光の筋が生み出される。
「あれは……<<レイ・スラッシュ>>か。まぁ、まだまだと言うしかないが」
無数に迸る白銀の斬撃を見ながら、カイトは訓練用の魔道具をその効果範囲から器用に回避させる。と、そんなわけで三度目の訓練も失敗に陥ったわけであるが、なおも逃げすがる訓練用の魔道具――実際にはカイトの所へと戻っているだけ――に向けて、ノイエが急加速を仕掛けた。
「ノイエ!? 戻れ!」
自身の指示を無視して飛翔するノイエに、ファブリスが声を荒げる。とはいえ、その声はノイエに届く事なく、狩猟は延長線へと突入する事になるのだった。
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