第2097話 草原の中で ――魔術行使――
アストール家から請け負ったファブリスとノイエの訓練への協力。それも三日目となりソラにもファブリス達にも慣れが出た事により、ファブリスの申し出により動きを更に複雑化した状態で訓練を行う事になる。そうして、カイトの許可を得たソラは再度訓練用の魔道具を起動させると、わずかに舌なめずりして気合を入れる。
「うし……」
ソラとしても訓練用の魔道具の動作はかなり慣れてきていた。故に彼としても昨日のハンスの試練よりも更に滑らかに動かせる様になっており、ある種彼にとってもここからが本番のような毛色があった。そうして彼は再度草原へと四足獣型にした訓練用の魔道具を走らせる。
(基本的には、ラジコンと思えば良いんだよな。それよりずっと操作は簡単だけど)
慣れるまでは難しい、と言われていた操作であったが、これはやはりカイトのアイデアが含まれていたからか、地球の技術に影響を受けていたからだろう。
ソラとしてもなんとなくであるがラジコン操作に近い感覚だと認識した所、かなり操作がしやすくなったらしい。そのまま第三者視点と思えばよかったらしく、先程小石を投げさせられたのもその賜物だった。
(さて……まずは草むらの中を移動させるか)
ゆっくりと、ソラは自身の膝上ほどの草むらの中を歩かせる。こういった姿を隠せる草むらが訓練用に確保された敷地内にはいくつもあり、ここに逃げ込んでしまえば姿は隠せる。一度襲撃を躱してしまえば、息を潜めて脱出する事も出来た。
「カイト、坊っちゃん。準備完了だ。何時でも良いぞ」
『はい……ノイエ!』
自身の声に、ファブリスが一つ頷いてノイエを飛び上がらせる。それを遠目に見ながら、ソラは一つ気を引き締める。
(ここから、どうするかだよな……)
ソラは浮かび上がったノイエを見ながら、どうするかを考える。基本的にソラの場所から隠れられる草むらは五つある。そのうち三つは彼とファブリス、カイトの間にあり、残る二つは彼の左右に位置している。この内、今回彼が訓練用の魔道具を潜ませたのは右前の草むらだ。ノイエはファブリスを中心として弧を描く様に飛翔しており、こちらから視線が外れる事はままあった。
(行くなら、あれとあれとあれ……だよな)
丘の上から草原の全域を見ながら、ソラは現在居る草原から草原の中央に移動する場合はどこへ移動すれば良いかを考える。当然だがこのまま潜んでいては訓練にならない。
なのでいつかは動く必要があった。とはいえ、音を立てて移動するのか、音もなく動くのかは彼に任されている。故にどうするかは、彼の胸三寸だった。
(良し……まだ距離はあるから、まずは一気に行くか)
この距離なら多少物音を立てても見つからない。ソラはファブリスとの訓練を思い出し、おおよそのスペックを割り出していた。剣の稽古によって偶然ではあったが、ファブリスのおおよその基礎スペックが見切れていたらしい。
故にこの程度なら聞こえないと理解しており、一気に行った方が見つかりにくいと思ったのだ。そして案の定、多少物音を立てて動いた訓練用の魔道具だが、全周囲への警戒を行うファブリスには気付かれる事なく更に接近する。
(良し。さて……どっから仕掛けるかな)
今回、ファブリスの申し出もあり、ソラは若干だが先程より動きを洗練させた状態でやるつもりだ。先程の疾走も今日最初の訓練より一回りから二回りほど素早くなっており、彼の方もすでに準備万端だった。
(後一個……行くか? いや、どうすっかな……)
あまり遠くで見つかると、その分ノイエに不利になる。まず何より体力的な消耗は激しくなるし、ファブリスの反応も遅れる。最初からやるには若干不安が残った。故にソラはまだ仕掛けない事にして、更に近付く事にする。
(良し……)
カイトとファブリスに最も近い草むらまで後二つ。そんな場所に移動させたソラは、ここから仕掛ける事を決める。そうして、彼は一度だけ深呼吸した。
「さぁ、やるか……」
静かに気合を入れて、ソラはわずかにコントローラを握る手に力を込める。そうして、それに連動したかの様に訓練用の魔道具も強く地面を踏みしめた。
「っ!」
ぐっ。コントローラを若干強く握りしめて、ソラは一気に魔道具を加速させる。それに、ファブリスも気が付いた。
「ノイエ! 後ろだ!」
ファブリスの号令と同時に、ノイエが急旋回して訓練用の魔道具の姿を視認。一気に急降下して、その姿を狙い定める。そうして真正面からノイエと訓練用の魔道具が衝突する。
「ここだ!」
ノイエが掴みかかる一瞬前。ソラが少しだけ力強くコントローラを握りしめる。すると、その意思を読み取って訓練用の魔道具が四本脚を踏みしめて、急停止。その場でバックステップで宙返りする。
『「!?」』
ファブリスとノイエの驚きが共有される。いきなりソラが急停止して、宙返りしたのだ。当然ノイエが訓練用の魔道具を捕まえる事は出来ず、地面に激突こそ避けられたが地面を擦ったのか上昇の速度はいつもより遅かった。
そうして再浮上するノイエを上に、ソラは訓練用の魔道具を再加速させる。どうやらそのまま草むらに逃げ込むらしい。草むら目掛けて一直線だった。
「ノイエ! 後ろ!」
『っ!』
技を見せたソラに対して、ノイエは即座にその場でとんぼ返りの様に宙返り。半回転した状態で逆さに一瞬だけ飛翔して、身体をよじって一気に追撃する。
「え!?」
まさかノイエがそんな事ができるなんて。ファブリスが驚いたような声を上げる。どうやら、ソラが技を見せてきた事でノイエもまたファブリスの知らない技を見せたようだ。
そうして身を翻したノイエが、ソラを追撃する。が、やはり初手で出遅れた分、ギリギリという所だった。なのでノイエは更に力強く羽ばたいて、一瞬だけ加速する。
「っと!」
マジか。ソラは加速したノイエに楽しげな笑みを浮かべる。とはいえ、それでこそこちらもレベルを上げた甲斐がある。そんな風である。故に彼は追いつかれる直前、再度地面を踏みしめさせて右に跳んで敢えて草むらから出る進路を取る。
『!?』
「ノイエ、右だ!」
『!』
ファブリスの指示を受けて、ノイエが再度羽を強く羽ばたかせて急停止。即座に右に進路を変える。が、その次の瞬間。ノイエはどういうわけか急浮上した。
「ノイエ! そのまま前! 前だって!」
『……』
何を考えているのか、若干だが焦ったようなファブリスの指示にも関わらずノイエは大空に滞空する。しかもその場で停止しており、視線だけでソラの操る訓練用の魔道具を追っているようだった。
「?」
どうすれば良いんだろう。ソラは動きを見せないノイエを訝しみ、その場で訓練用の魔道具を停止させる。とはいえ、これがノイエの罠の可能性もありえる。故に彼は何時でも疾走させられる様に準備をしており、来るなら来い、と言わんばかりであった。と、その次の瞬間だ。ノイエの前に茶色い魔法陣が浮かび上がった。
「「えっ!?」」
「ほぅ……」
ソラとファブリスが思わず驚きに声を上げて、一方のカイトは感心した様に吐息を漏らす。何か魔力を溜めているな、と一人見抜いていた彼であったが、それ故にこそ魔術発動の兆候と理解しておりきちんと展開出来た事に感心したのであった。そうして、ノイエの前に展開した魔法陣から無数の石つぶてが降り注ぐ。
「っ! やっべ!」
このままじゃマズい。ソラは放たれる無数の石つぶてを見て、急いで訓練用の魔道具を再度その場から移動させる。それに、ノイエはまるで空中から絨毯爆撃の様に石つぶてを降り注がせながら追走する。
「マジかよ!」
ダダダダダダッ、と降り注ぐ石つぶてを逃げる様に、ソラは訓練用の魔道具を走らせる。が、そもそもの話として速度であればノイエの方が遥かに速いのだ。故に捉えられるのも、時間の問題だった。
「っ!」
このままじゃマズい。そう考えたソラは、ノイエの速度を落とすべくサイドステップで右にずれる。そうして、更に右に跳んで勢いを利用して頭の向きを変えた。これに、ノイエが急停止。石つぶてを投げはなった。
「あっ!」
しまった。ソラは自身の行動が悪手だった事を理解して、思わず顔を顰める。それもその筈。加速度でも最高速でもノイエの方が上なのだ。そして当然、機動力も本気のノイエの方が上である。
故に彼女が即座に向きを変えたのを見て、自分が負けたと悟ったのである。そして案の定、無数の石つぶてが訓練用の魔道具に降り注いで、バランスを崩す結果となった。そしてその瞬間、ノイエが急降下して訓練用の魔道具を見事キャッチした。
「あちゃー……いや、てかマジかよ」
流石に今のは想定していなかった。ソラは咄嗟の事で反応しきれなかったからか、困った様に笑いながらも少しだけ驚きを露わにしていた。と、そんな彼に対して、ファブリスはどこか居丈高に飛来したノイエに興奮していた。
「ノイエ! よくやった!」
やはりファブリスとしてはいきなり魔術を行使した上に、見事に獲物を捕えて帰ってきたのだ。ファブリスは満面の笑みで、一方のノイエはどこか鼻高々という所であった。
「良し……あ、カイトさん。今の魔術はなんて言うんですか?」
「ノイエの使った物ですか?」
「はい」
若干興奮気味に、ファブリスはカイトへと先程の一幕を問いかける。元々使えるだろうとは言われていたが、ほとんど未知なのがノイエの『ダイヤモンド・ロック鳥』という種だ。カイトから少し前に聞いていた魔術とは違っていた為、彼も気になったのだろう。
「今のは<<ロック・フォール>>……のおそらく低級なのではないか、と」
「<<ロック・フォール>>……聞いたこと無い魔術です」
「元々はアース・ロックの使っていた魔術です。おそらく、血が覚えていたという所でしょう。『血の継承』と言う言葉は知っていますか?」
元々魔物がどの様に魔術を覚えているか、というのはほとんど解明されていない部分だ。一節には『血の継承』と呼ばれる特殊な技能があるのではないか、とも言われているがこの『血の継承』も半ば俗称に近く、正式な学術名として存在しているものではない。故に、ファブリスは困惑気味に首を振る。
「『血の継承』……なんですか?」
「第二世代の魔物達が魔術を使える事に対する推測の一つです。第二世代の魔物は親から魔術を学んでいるわけではない。勿論、学校があるわけでもない。なら、どうやって魔術を覚えているか。一部には敵対者から学んで、というのもありますが……それでも全てはあまりに道理にそぐわない。故に、一部の学者達がこう言うのです。親から生まれた時に遺伝的に魔術を継承している、と。それを、『血の継承』と言うのです」
「へー……」
カイトの発言に、ファブリスは感心した様にノイエを見る。確かに、『ダイヤモンド・ロック鳥』は『アース・ロック鳥』という『ロック鳥』の土属性の亜種が更に亜種化したものだ。
故に親である『アース・ロック鳥』が使える魔術を継承していても不思議はないだろう。と、そんな学説を述べたカイトを、ファブリスはどこか尊敬した様に見る。
「なんでも知ってるんですね」
「まさか。流石に何でもは知りませんよ……私が知るのはあくまでも、誰かが解き明かしてくれた事だけ。学者じゃないですからね。誰かが解き明かしてくれた物を結果だけ、受け取っているだけです」
「それでも、それを知っているのは凄いことだと思います」
「ありがとうございます」
ファブリスの称賛に、カイトは頭を下げて感謝を示していく。と、そんな所にソラがやって来た。
「いやー、まさかあそこで魔術を使われるとは思ってなかった。ほら、カイト」
「ああ。じゃあ、今度はこっちを頼むな」
「おう」
「ソラさん、お願いします」
「おう」
自身から訓練用の魔道具を受け取ったカイトに対して、ソラはファブリスの言葉に一つ応ずる。そうして、今度はカイトが丘の上に立ち、訓練を再開する事になるのだった。
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