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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第86章 草原の中編

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第2095話 草原の中で ――錬金術――

 カイトとソラがアストール伯爵邸にやって来て三日目。この日から本格的に二人だけでノイエの調教の手伝いを行う事になっていたわけであるが、その三日目の午前中は生憎の雨模様となっていた。

 というわけで、ノイエの調教師であるハンスの息子にして、こちらもまた調教師であるハイネスという男の助言により午前中の訓練については延期を決定する。

 そうしてそれをファブリスに伝えると共にアストール伯には延期の場合の予定の確認を行う事になったわけであるが、そんなアストール伯の申し出により、カイトは午後一番からファブリスとリリーの両名に錬金術の基礎を教える事になっていた。


「さて……」


 アストール伯との打ち合わせを終えたカイトは、客間に戻って一つため息を吐く。一応あの後リリーの所にも向かい――午前の講義の準備にどれぐらい時間が欲しいか聞く為――話をしていたのだが、やはり昨日の時点での掣肘が良い塩梅に働いていた。

 リリーもこちらの話を聞こうという姿勢が見えており、カイトとしても話が出来る土壌は整っていたと言ってよかっただろう。と、そんな彼に、ソラが問いかける。


「いや……急に言ってくれるなよ、って話なんだけど」

「そりゃ、悪いとは思うけどさ。しゃーないだろ、あの状況であの申し出が来るとは思ってなかった。何かしらの補佐が必要だったのは事実だ」

「俺、錬金術一切わかんねーぞ?」

「良いよ、それで。別にお前に錬金術の知識なんぞ求めちゃいない」


 盛大に顔を顰めるソラに対して、カイトも特別気にする事もなくはっきりと明言する。そもそもソラが錬金術を学んでいない事はカイトも知っている所だ。である以上、そこに期待はしていなかった。


「そもそも、お前が錬金術の薫陶が無い事はアストール伯も知ってる。伯爵もそこは期待してない。そもそも、オレにも期待してなかったぐらいだからな」

「マジで?」

「普通に考えてもみろよ。誰が来て一年の奴の錬金術の腕を信頼するよ。灯里さんばりのガチ数百年か数千年に一人レベルの逸材でもなけりゃ期待せんよ」

「そりゃ、そうだろうけど」


 ソラとしても灯里の凄まじさはここ数日で伝え聞く所だ。なので彼女ならわからないでもないが、と言われると納得は出来るが、同時にカイトも錬金術はそこそこの腕前で実際通信機の作製に関しては彼の腕も存分に活かされたと聞いている。そこと地球での知識を考えれば、期待されていても不思議はないかと思ったのである。


「今回お前にしてほしいのは、単に中学生程度の理科の知識だ。そこまで難しい話をしてくれ、ってわけじゃない」

「まぁ……それなら大丈夫か……?」

「そりゃ、大丈夫じゃなけりゃ言ってない……そうだな。お前でもわかる様に言えば、空気ってのは何だ?」

「は?」


 唐突な問いかけに、ソラは思わず目を丸くする。いきなり過ぎて理解が及ばなかったらしい。


「だから、空気ってのはなんだ、って話」

「お、おぅ……空気……空気……あれだろ? 窒素とか酸素とか二酸化炭素やらの混合物……って所か?」

「そんな程度で良い。大昔に言ったと思うが、エネフィアでは空気は空気って概念なんだよ。他にも土って言えば土っていう概念だ。そこに含有されている窒素やリン、亜鉛なんかはほとんどわかっちゃいない。錬金術師も上位になりゃ、わかってくるんだろうけどな」


 自身の問いかけに答えたソラに、カイトは科学的な話を行う。これに、ソラもなるほど、と納得した。


「まぁ、それはわかるよ。俺もこっちで長いからな。だいたいの教育レベルはわかってるつもりだ」

「なら、それで良い。お前に話して欲しいのは、ファブリス坊っちゃんにそこらの話をしてくれるだけで良い。もしくは出た疑問に適時答える形だな。この疑問の内、基本的な錬金術の面についてはこっちに流せ。お前がするのはそれ以外の科学的な部分だ。だいたい中学生程度の理科の知識があればなんとかはなる。それで無理ならこっちに回せ」

「まぁ、それなら良いか」


 流石にソラも自分が中学生程度の理科の内容がわかっていないとは思っていないらしい。彼とて曲がりなりにも一度はどん底に落ちて、その後は自力で名門校に入学しているのだ。求められる水準がその程度であれば、答えられて当然だった。そんな彼に、カイトも一つ頷いた。


「頼む。まぁ、何も出なければ出ないでそれで良い。アストール伯もそれならそれで良いと言ってるしな。お前は丸儲けだ」

「まー、どっちにしろその場合でも時間は取られてるからな」

「そういうこった。拘束している以上は賃金は支払われる、ってわけ」

「おっしゃ。わかった。それなら久しぶりに勉強でもすっか」


 一通りの作業内容を聞いて、ソラもこの程度なら大丈夫だろうと思ったらしい。前向きに考える事にしたらしい。そうして、カイトは改めてリリーの講義に向かい、ソラはソラでは午後からの錬金術の講習に備えて急ぎ準備を整える事になるのだった。




 さて、ソラが午後の錬金術の講習への参加を決めて四時間ほど。昼も食べて一休みした後に、カイトとソラは連れ立ってアストール伯爵邸の中にある書庫兼学習室のような所へとやって来ていた。


「さて、では講習を始める前に。リリーお嬢様。午前中の講義でお話した点で疑問点はありますか?」

「今の所は大丈夫です」

「そうですか……では、ここからの講習に入りましょう」


 リリーの返答にカイトは一つ頷いた。なお、リリーの午前中の講義では昨日の実践で見えた実戦で使う場合の問題点についての改善を行っていたそうである。昨日の感覚を忘れない内にやっておこう、という事だったらしい。


「まずこれからお話する点ですが……その前にお嬢様。初日に見て頂いた私の分析用の魔術は覚えておいでですか?」

「ええ……確か色々な文字が浮かんでいた独特な物だったと記憶しています」

「はい。今日はそこの分析用の魔術に関する改良についてお話しようと思います」


 これについてはあの教本の著者もわかってはいたんだろうが。カイトはリリーの使っている錬金術の教本を思い出し、内心で少しだけ仕方がない事なのだろう、と考えていた。

 そもそもあの教本の著者は彼の知り合いだ。なので実際にはあの教本の著者もカイトと似た様な形の分析用の魔術も使えるし、カイトの使うような科学的な知見を用いた分析用の魔術も使えるし使っている。が、やはりあれを使うには基礎的な知識が足りないと判断し、古来からの錬金術の魔術をベースに書き上げていた様子だった。


「さて……それをお話する前に。まずは物質についての理解を更に深めておく必要があります」

「はい」


 当然の事だ。リリーもカイトの言っている事は道理であった為、何も疑問もなく素直に頷いた。これは錬金術におけるすべての基礎。必要不可欠な事だった。というわけで、そんな基礎の大切さに頷いたリリーに、カイトが懐から液体の入った小瓶を取り出して机の上に置く。


「では、お嬢様。私が持ってきたこれの分析をして頂けますか?」

「どちらを、でしょう」

「液体の方でも小瓶の方でも構いません。なんでしたら、両方解析して頂いても結構です。坊っちゃんも、ご一緒にどうぞ」

「わかりました」

「はい」


 どちらでも、カイトとしては言いたいことを言える。なのでリリーの確認に対して、彼は彼女の好きな様にさせる事にする。

 そうしてそんな彼の指示を受けて、リリーとファブリスが分析用の基礎的な魔術を展開。精度こそリリーの方が遥かに優れていたが、使う魔術のベースそのものはどちらも一緒だった所を見ると、おそらくファブリスも同じ著者の教本を使っているのだと考えられた。


「……終わりました」

「僕も終わりました」

「はい……では、まず坊っちゃんから」

「えっと……小瓶と中の液体は塩水……だと思います」


 やはり精度であればリリーの方が上だ。なのでカイトは最初にファブリスから問いかける事にしたらしい。そしてこれについては正解といえば正解だった。が、同時に百点満点の答えかというと、そうではない。故に彼はファブリスの返答を聞いて、次いでリリーへと問いかける。


「では、お嬢様は?」

「小瓶と塩水、それと少量のお酒……後はコルクもあります」

「あ……」


 コルク。小瓶の蓋になっていた存在の解析を忘れていた事に気が付いて、ファブリスは思わず目を見開いて若干だが照れくさそうに視線をそむける。まぁ、ここらは精度の問題とどこまで慣れているか、という所も大きい。ファブリスはまだまだ初心者と言ってよかっただろう。そんな彼に少しだけ笑いながら、カイトはリリーの返答に一つ頷いた。


「はい。概ねそんな所です……じゃあ、ソラ。お前に聞きたい」

「俺か?」


 振るなよ。そんな様子を見せたソラであったが、カイトの方は遠慮せずに問いかける。


「ああ……塩水、と言った時、お前はその塩についてなんと答えるべきだと思う?」

「どういう意味でだ?」

「この場合、分析を行っている。であれば、どう答えるのが分析する場合に正しい言い方だと思う?」

「分析ねぇ……」


 カイトの言葉を聞いてソラが思ったのは、成分分析だ。それは当然地球の科学知識があればこそ思いつく言葉だし、理解できる内容でもある。というわけで、ソラはそこを考えて答えを考え出すのだが、そこで一つ立ち止まる事になった。


「えっと……っと、ちょっと一応先に聞いときたいんだけど、まさか塩化なんちゃら、って引っ掛けとかじゃないよな?」

「普通の食塩だから安心しとけ。一応、組成も地球の物と同じだと先に分析で出してる」

「そか……なら食塩って事は塩化ナトリウムになるか。で、水は水……後はアルコールはエタノールだから……エチルアルコール?」

「そうだな。まぁ、基礎的な事だからそこらは大丈夫か」

「まぁ……この程度ならな」


 流石に名門校の二年にもなると、ここらは普通に化学の授業で習っているだろう。そしてこういった知識は魔術で失われない様に補完している。なんだったら日本に居た頃は出来なかった化学式まで暗唱する事も出来ただろう。が、それはあくまでも地球の知識が土台にあるからこそで、リリーもファブリスも何がなんだかさっぱりだった。


「そういうことだな……とまぁ、こういう様に。一つ食塩を取ってみても色々な形があるわけです。私の場合、この先にソラが言った名称で分析結果を出させているわけですね」

「「……」」


 あ、なるほど。それは自分が聞いても理解が出来ないと言うわけだ。リリーは数日前のカイトとのやり取りを思い出して、今の会話の一言も理解できなかった事でカイトが言っていた事の正しさを理解する。


「さて……それで先にソラが述べたまるで記号のような名称。それにはきちんとした意味があります。例えば塩化ナトリウム。これはナトリウムという物質が塩化した物である事を表します。このナトリウムがなにか、というと塩を構成する物質。つまり更に塩を分析した場合に出て来る物というわけですね」

「塩は塩じゃないの?」

「はい。塩は一言で言えば塩ですが、細分化していけばまた別の物質に行き当たるわけです」


 驚いた様子のファブリスに、カイトは一つはっきりと頷いた。ここからが、今回の講習の本題だ。今二人が分析で行っている部分より更に深い部分の解析を行わせる事。それが彼に望まれている事だった。そうして、カイトはそれからしばらくの間、地球の科学知識を交えながら錬金術の講習を行う事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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