第2092話 草原の中で ――飼育――
アストレア公爵家分家アストール家よりの依頼により、アストール伯の長男ファブリスのペットであるノイエの調教の手伝いを行う事になっていたカイトとソラ。そんな二人は更に別口でアストール伯より、それぞれ長女リリーと長男ファブリスの家庭教師を頼まれる事になる。
そうして始まった家庭教師の仕事であるが、カイトはその中で錬金術についての講義を行う事になっていた。そんな彼は矢を用いた実習によりリリーに上下関係をわからせると、その後少しの講義の後に再びファブリスの午後の訓練に参加する事になっていた。
「良し。これが俺の休暇前最後の訓練だ。今回は基本、手も口も出さん。お前らの好きにしてみろ」
「「はい」」
ハンスの指示に対して、カイトもソラも特段問題は無かったのか、そのまま頷いた。
「で、訓練の流れだが、基本は坊っちゃんに任せろ。が、もしどっちかに偏ってるな、と思えばそこで注意しろ。どっちかに偏ってもノイエの狩猟の腕に問題が出る。バランスよく、地上の獲物も空中の獲物も狩れる様にせにゃならん。何か質問、あるか?」
「そう言えば一つ良いですか?」
「なんだ?」
「魔術を使わせたりはまだ出来ないんですか?」
ハンスの促しを受けて、カイトは少し気になったので問いかけてみる。それはノイエも同じく『ロック鳥』の亜種なればこその問いかけだ。それに、ハンスもそう言えば、と思い出す。
「ああ、魔術か。そういや、まだ使ってる所は見た事ねぇな……そろそろ使えても可怪しくはないんだろうが……」
「あー……そういや、ノイエも『ロック鳥』っすもんねぇ……」
ソラが思い出したのは、ノイエを捕獲した『ロック鳥』の巣の事だ。あそこでは無数の『ロック鳥』が居たわけであるが、それ故にあそこで滞在したソラは『ロック鳥』の危険性と性質を身に沁みて理解していた。
「そういや、『ダイヤモンド・ロック鳥』の場合はどんな魔術使うんっすか?」
「俺も知らねぇな。というか、魔物図鑑にさえほとんど乗ってないようなレアな魔物だしなぁ……」
ソラの問いかけに対して、ハンスは少し困った様に笑う。カイトも当時イングヴェイ達も言っていたが、『ダイヤモンド・ロック鳥』は亜種を記している魔物図鑑にも滅多に掲載されないような非常にレアリティの高い魔物だ。故に調教師であるハンスさえ知らない様子だった。というわけで、ソラはあの当時知っていたカイトへと問いかける。
「カイト。お前なんか知らねぇの? そもそも思い出せばイングヴェイさんが組む判断したのも、そこがデカかったろ?」
「んー……オレも流石に詳しくは知らん。情報がほとんど無いからな。が、<<水晶の雨>>と<<聖光斬>>を使うとは聞いた事がある」
「土属性と光属性の魔術か……しかもなっかなか殺傷力高いなー」
うわー。ソラはしかめっ面でなるべく怒らせない様にしよう、と心に決める。<<水晶の雨>>は土属性と光属性混合の魔術で、その名の通り水晶の雨を降らせるという魔術。<<聖光斬>>は光属性単一の魔術で、光属性の斬撃を放つ魔術だ。
どちらも殺傷力はかなり高く、一般的と言われるランクCの冒険者であれば直撃すれば即死ものだった。と、そんなソラに対して、ハンスは納得といった表情を浮かべていた。
「なるほどな。確かに、『ダイヤモンド・ロック鳥』はアース・ロックの更に亜種。土属性から光属性にも耐性を得た奴だな。ノイエの奴は第二世代だから……大方アース・ロックが光属性の攻撃を何度か受けて、耐性を取得。雛に遺伝した、って所か」
「そういや……確かにあそこにも何体かアース・ロック居たっすね」
「ん? って、あぁ、そういやお前さんらもあそこに居たんだったか」
そう言えば、と思い出したソラの一言に、ハンスも彼らがイングヴェイの捕獲作戦に協力していた事を思い出したようだ。そんな彼に、ソラは一つ頷いた。
「うっす……そういや、ふと思ったんっすけど……雛の繁殖とかってやってるっすよね?」
「ん? まぁな。つっても流石に魔物の繁殖は難しいんで、あんまやられないけどな」
「あ、そうなんっすか」
一応、ソラもなにかの資料で魔物の繁殖をやっているというのは聞いていたらしい。が、それが一般的でもなければ多いものでもない事は知らなかったらしい。そうなのか、と僅かに驚いた様子を見せていた。そんな彼に、ハンスが問いかける。
「ん? どした。良いのか?」
「あぁ、まぁ……人工的に亜種を生み出したり出来なかったかなー、って思ったんっすよ」
「そりゃ、無理だ。亜種ってのは結構生まれる条件がわかってない所が多くてな。しかも魔物だ。下手に攻撃すると反発されちまって、デカイ被害も生まれかねん。魔物の飼育は許可制なのは、お前さんも知ってるな?」
「ウチでも竜騎士やってるんで」
知ってて当然。ソラは笑って言外にハンスの問いかけに答える。実際、カイトが不在の間に何度か飼育に関する立ち入り調査――不法行為をしていないか、などの監査――を受けており、その案内をした事もある。なので一般の冒険者以上には飼育に関する法律面を知っているつもりだった。
「だな……で、魔物の飼育とは別に魔物の繁殖許可ってのもあってな。そこも知ってるか?」
「勿論っす。皇国法のどこかまで言えますよ」
「いや、良い。そこらの法律の勉強はごめんだ。年に一回の講習だけにしてくれ」
どこか自慢げなソラの発言に、ハンスは手を突き出して首を振る。無論ソラとしても言いたくて言ったわけではない。きちんとわかっている、と示したかっただけだ。
なお、魔物の調教を専門に行う調教師には資格がある。なのでその資格を有しているハンスもそこらはきちんと知っており、免許も携帯していた。そして伯爵家に仕えている以上、免許の更新なども怠っておらず、必要に応じては講習も受けているのであった。というわけで、そんな彼がさっさと話を進める事にした。
「ま、そういうわけで魔物の繁殖にも許可が居る。その中の禁止事項の中に、特別な許可を得た施設で無い限り、亜種の誕生に関する実験は禁止する、という物がある」
「あー……そういや、あったっすね……いや、でもそれと亜種の研究やってる所が少ないってのは関係無くないっすか? 許可さえ得れば、出来るんっすよね?」
「あー……まぁ、そこらはほら、なんだ。理論的に申請が出来るのと、実態ってのがあるだろ」
「つまり、申請しても許可がほとんど下りないって事っすか?」
「そういうこったな」
申請は出来るが、許可が下りるかどうかはまた別。それはソラもわかっている事だ。そしてどうやら、これはその一例だったらしい。あくまでも竜騎士部隊の為の飼育許可を貰っているだけの冒険部である為、ソラはそこらの実態を把握していなかったのだ。というわけで、ここらとなると実際に領地を持つカイトが口を挟む事になった。
「亜種の研究、というか魔物の研究は危険が伴うからな。しかも亜種ともなると、コントロール出来ない可能性が高くなる。よしんば低ランクの魔物で、となってもそれがどんな突然変異を生み出すかわかったもんじゃない。領主達はあんまり許可を出したがらないんだ」
「万が一が起きたら嫌だから?」
「そういう事。許可を下ろした以上、なにかが起きた場合に責任を持つのは許可を下ろした領主達だ。さっきお前が言ったみたいに負荷を掛けて、もし強大な魔物が暴走したら、ってのは……まぁ、馬鹿らしいだろう?」
「あー……」
なるほど、納得。ソラとしてももし自分が領主なら、と考えるとそんな危険な研究に許可を下ろしたくない。もし下ろすにしても、相当厳重な審査を行わせるだろう事は明白だった。勿論、カイトもそうしている。というわけで、そんなカイトがソラに更に説明を加えた。
「亜種ってのは、基本は継続的に負荷が掛かる事で生まれる適者生存によって生まれるものだ。つまり、どれだけやっても亜種を人工的に生み出すには負荷を与えないといけなくなる。まだ、亜種の暴走ならどうにかなるがな。堕族になられると手に負えん。お前だって堕族のヤバさはわかるだろ?」
「あれは二度と勘弁。マジもうやだ」
ソラが思い出したのは、かつてミニエーラ公国にて戦った堕族だ。あの時はブロンザイトやトリン、それ以外にも熟練の冒険者達が支援してくれたおかげでなんとか五体満足で生還できたが、もし冒険部だけで相対していれば確実に死者は免れなかっただろう、と思われた。
堕族とはもう二度と戦いたくない。それが、ソラの素直な感想だった。そして同じく堕族と戦い、一度は自身も堕族に堕ちたカイトも同じだった。というわけで、彼もまた心底嫌な顔で頷いた。
「そういう事だ。堕族に堕ちられると面倒極まりない。誰もそんなリスクを取ってまで研究なんぞさせたくない。だから、誰も許可は下ろさん。マクダウェル家だって年に数回しか許可は下ろしてないほどだ」
「実際、下ろしてるだけまだマシだ。皇国で亜種に関する何かしらの研究の内、申請が通ってる三割はマクダウェル家とブランシェット家が出してるもんだ。アストレア家はまず許可は出さんな。他もそんなもんだ」
「うはー……」
そりゃ、亜種を人工的に生み出す事が無理なわけだ。実際、後にカイトがソラに問われて許可を下ろす理由を告げた所によると、安全面への配慮が出来ている所には通さないと筋が通らないから、というだけの話だ。
それでも本当なら通したくはないが、という事も同時に述べていた。なお、彼が許可を下す場合の最低条件は研究対象に対して2ランク以上上の冒険者複数名が研究終了まで当該施設に定常的に留まる事、だそうである。そういうわけなのでランクA以上の魔物に関してはごく一部の特例を除き許可はしない、と定めているそうであった。
「納得したか? つーわけで、ノイエは凄いレアな魔物なわけだし、ほとんど情報が無いわけだ」
「うっす」
ハンスの問いかけに、ソラは一つ頷いた。研究がされないにはされないなりの理由があったのである。と、そんな事を話していると、ファブリスの乗った馬車がやって来た。
「坊っちゃん。準備のほどは?」
「勿論、出来ているさ。カイトさん、ソラさん。またよろしくお願いします」
「「はい」」
頭を下げたファブリスに、カイトもソラもまた頷いた。そうして訓練が始まる事になるのであるが、先に話していた通りの事をハンスが告げる。
「坊っちゃん。こっからは明日に備えて、俺は口出ししません。基本は坊っちゃんがどういう流れで訓練をさせたいか、と考えて二人に依頼してください。ただし、わかっていると思いますが偏っちゃなりません」
「わかってるよ。それと、苦手そうだと思ったらそこも直る様に多めにやる事……でしょ?」
「へい」
ファブリスの言葉にハンスが一つ頷いた。ここらは今の訓練より前の段階から言っていた事で、ファブリスもまた何故そうなるのか、という所まで理解していた。なので今更疑問を持つ事はなく、彼自身そうするつもりだった。
「じゃあ、こっからは三人でお願いします」
「ああ……良し」
一歩下がって後は自分の判断に任せる姿勢を見せたハンスに、ファブリスは一つ頷いてどうするかを考える。そうして、彼はどうするかを決めた。
「ソラさん。またお願いして良いですか?」
「おう……じゃあ、準備するな」
「お願いします」
どうやら剣の稽古の間にソラはファブリスと仲良くなれていたらしい。タメ口でも大丈夫な様子だった。そうして、そんなソラはファブリスとノイエの訓練を行うべく少し離れた所へと移動して、コントローラを握りしめて訓練をスタートさせる事になるのだった。
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