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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第86章 草原の中編

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第2091話 草原の中で ――実習――

 アストール家からの依頼によりアストール伯の一子ファブリスのペットの調練への助力を依頼されたカイトとソラ。そんな二人はそれぞれ別途ファブリスとその姉、リリーの家庭教師を頼まれる事となっていた。

 というわけで、リリーを受け持つ事になったカイトは彼女が今勉強をしているという錬金術の腕を知るべく外に出て訓練を行っていた。


「さて……」


 属性を付与した矢を投射する事、数度。カイトはリリーのおおよその腕前を見切っていた。と言っても、これはあくまでもどの程度の距離でどの程度の精度で分析を行う事が出来るか、などの基本的な話だけだ。

 あくまでもスペックシートでの話、と言っても過言ではないだろう。勿論、教えるだけならその程度で良い。が、やる気になっているリリーに少し引っ掛け問題を出したくなった。


『リリーお嬢様。これで、一応一通りの腕を見させて頂きましたが……どうしますか? もう終わっておきますか?』

「もうですか? まだいけますよ?」


 どこか挑発する様に、リリーがカイトへと投げかける。ここまでで流石にカイトもリリーのおおよその性格は掴んでおり、おしとやかな表面に対して内面は若干武闘派な所があると理解していた。家柄もあり、可怪しくはないとは思えた。というわけで、そんな彼女の承諾を得てカイトは最後の一矢を射つ事にする。


『わかりました。とはいえ、流石に錬金術の連続行使は疲れるでしょう。これを最後の一矢とさせて頂きます』

「あら、貴方が疲れたのではなくて?」

『さて、どうでしょうね』


 挑発に対して、カイトもまた挑発で返す。こうしておいた方がリリーには良いと思ったからだ。実際、リリーの横に控えるレイラはカイトに向けてわずかに親指を上げており、そろそろリリーが厳しい状態だと察せられた。


「ふぅ……」


 カイトは最後の一本を取り出すと、それに属性を二つ付与する。今まで二つ付与する事はしていたので、この解析も容易だろうと考えられる。そうして、意識を研ぎ澄ませた彼がゆっくりと矢をつがえ、普通に解き放った。


「?」


 放たれた矢を見て、リリーは思わず訝しむ。それもそのはず。カイトの放った矢はほぼほぼ限界ギリギリの速度で飛翔しているような感じで、後少しでも遅ければ失速して地面に墜落しかねなかった。とはいえ、それ故にこそリリーは気を引き締める。


(この男がこうするのだから、必ずなにかがあるはず)


 今までの数度のやり取りで、リリーは貴族の令嬢としてカイトが油断ならない男だと考えていた。一般家庭出身だと聞いているのに、一流の貴族でも持ち得ないほどの優雅さが時折見えるのだ。

 貴族として超一流を見てきている彼女にとって、本来彼が可能な所作はその領域と勘ぐるには十分だった。そこから、様々な嘘に塗れた男と考えていたのである。そうして、彼女は自身の限界ギリギリの距離まで分析の魔術を伸ばす。


(……)


 見付けろ。見抜け。リリーは自身にそう言い聞かせ、分析を一気に高速化。異変は何か調べていく。が、調べれど調べれど、異変らしい異変は見当たらない。


(……無い!? そんな事は無いはず!)


 構造。石の鏃に木製の軸。羽は七面鳥。何の変哲もない普通の矢だ。では、付与されている属性は。リリーは再度、属性を確認する。


(鏃……土属性単一! 軸……風と土! 羽……風単一!)


 どう足掻いても見付けられない付与された筈の属性に、リリーは焦りを顔に滲ませる。高々一年も満たないような相手に負けられない。そんな意地が、彼女を支配する。


「さて……」


 そんなリリーを見ながら、カイトは内心で人が悪いな、と自身を笑う。というのも、カイトはリリーならこうなるだろう、と見抜いた上でやっていた。そうして、またたく間に矢は飛翔してリリーの分解が可能な距離に到達する。


(っ!)


 これ以上近づけると、下手をすると直撃の可能性もありえる。勿論、障壁に阻まれて問題はないが、その場合はなすすべもなく敗北したと言っても過言ではない。それは、承服しかねた。故にリリーは分析は終わっていない事を承知で、分解の魔術を展開する。


「っ、きゃあ!」


 分解の魔術の行使と同時に、リリーは思わず顔を顰める事になる。分析が不十分である事を受けて必要な分より大目に見積もった筈だったが、それでも無理だったのだ。

 結果、分解の力より矢を構築する力が上回ってしまい、魔術が弾かれたのであった。そうして、分解の魔術の失敗の反動で尻もちをついたリリーをカイトが助け起こす。


「どうして!?」

「あはは……何をどう付与したか、わかりましたか?」

「わかってればこんな醜態晒すわけないでしょう!」


 頭に血が昇ってるな。カイトは顔を真っ赤にするリリーにそう思う。とはいえ、頭に血が昇る様に仕向けたのは彼自身。こうなる事も見抜いた上だった。そしてこうなるだろうな、というのはリリーの性格を知っているレイラもわかっており、彼女が口を開いた。


「お嬢様。そうかっかされますのは、アストール家の令嬢に相応しくない振る舞いかと」

「……そうね。失礼しました。もう一本、と同意したのは私。怒鳴った事、申し訳ございません」

「いえ……さて。それで落ち着いてみて、私が何をしたか理解出来ましたか?」

「……ごめんなさい。わからないわ」


 カイトの問いかけに、リリーは若干落ち着いた様子で首を振る。何をされたのか。それは杳として掴めていなかった。とはいえ、失敗から学べた事はあった。


「でも、少なくとも何もしてないわけではない、とは理解しました。先程の力はこれまでの最初の矢に消費した魔力の倍は使いました。それでも、無理でした……流石に倍になると、道理を損なう。何かをされたのだろう、とは思いますが……」

「はい。勿論、そのとおりです。まぁ、実際の所倍程度は使うだろうな、と力技であればその少し上を見込んで、力を込めました……」


 なんとかなってくれてよかった。カイトはリリーが三倍の力を込めていた場合どうしようか、と考えていた。が、やはり彼の見立て通り倍程度を使っていた為、なんとかなったのであった。

 そうして、彼は地面に突き刺さった矢を拾い上げる。が、それは付与された力に耐えきれなかったのか、拾い上げるなり鏃が砕け散り、木の軸は真ん中で砕けた。


「ぎりぎりだったか」

「何を……」

「何もしていません。自壊したんですよ」

「自壊……? あ!」


 そういう事か。リリーはカイトの返答を聞いて、彼が何を付与したか理解したらしい。思わず声を大にして目を見開く。そうして、彼女が答えを口にした。


「鏃に土属性を! 軸に風属性を付与したんですね!?」

「そのとおり。落ち着いて考えてみれば、解析も出来た筈です」

「ぐっ……」


 そのとおりだ。リリーはカイトの指摘に何も言い返せなかった。そしてそれ故、一瞬苦い顔をした後にリリーは諦めたようにカイトへと頭を下げた。


「御見逸れしました。侮っていた事、謝罪致します」

「いえ……こちらこそ騙すような真似をして申し訳ありませんでした」

「いえ……悪いのは私の方です。父が選んだ方だという事を忘れ、腕の良し悪しも測らず教師たり得ないと考えていたのは私。醜態を晒しましたのは、全て私の責任です」


 どうやら認めるべきは認め、謝罪出来るらしいな。カイトはリリーの態度に対して良しと捉えておく。そしてリリーとしてもここから先を鑑みた場合、自分が頭を下げる方が得と判断した様子だ。

 彼女とて父からカイトがパーティに同席すると言う事は聞いているだろう。その理由は彼女には定かではないが、自身の立場を鑑みれば更に上のアストレア家さえ認めたと読み取れる。否やは言えない立場だ。ここで変に反発して関係を悪化させるより、下手に出た方が方方に良いと理解していたのであった。


「そうですか……わかりました。そういう事でしたら、謝罪を受け入れましょう」

「ありがとうございます。そしてこれからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

「はい」


 これでひとまず、しっかりと話が出来る土壌が出来上がったか。カイトはリリーが素直に聞く姿勢を見せたのを受けて、わずかに安堵を浮かべる。

 兎にも角にも一週間とはいえ家庭教師を仕事として請け負った以上、ある程度の上達は見せねば問題になる。なら、最初に自分の力量を叩き込んでおいて聞かせる姿勢を作るのも重要な仕事だった。そうして、彼はその後は一旦休憩を挟んで、改めて外で少しの講義に戻る事にするのだった。




 さて、カイトとリリーが外での実習を終えて休憩に入った一方、その頃。レイラはというとアストール伯へと報告に向かっていた。と言っても、これは不思議の無い事だろう。

 彼女が何故居るかというと、カイトが要らぬ事をしない様に見張る為と、彼の職務状況等を主人であるアストール伯に報告する為だ。その仕事というだけだった。


「と、いう具合です」

「そうか。見事な腕前ではないか」


 レイラの報告に、アストール伯は一つ上機嫌にティーカップをソーサーに置いた。


「元々リリーの短所の一つは、自分が上と思った相手の言葉をあまり聞かない事だ。それを彼が知っているとは思えなかったが……いや、実際に知らなかっただろうが。どちらが上かと先に教え込ませておかないと、リリーは真面目に授業を受けないだろう。勿論、聞くには聞くだろうがね」


 楽しげに、アストール伯が笑う。実際、これで何人かの家庭教師は職を辞退している。アストール家が今までリリーを出さなかったのも、そこらを鑑みての事だった。


「とはいえ、これなら安心だろう。一週間、どれだけ教えられるかと不安だったが……十分か」

「かと」

「ああ……ああ、レイラ。報告ありがとう。そのままリリーが要らない事をしない様に見張っておいてくれ。カイトくんの方は問題無いだろう」


 話した限り、彼は自身の立場や周囲の状況を理解できている。アストール伯は現状で理解できるカイトの状態をそう考えていた。であればリリーに手を出す事はないだろうし、仕事は真面目に行ってくれるだろうと考えられた。と、そこらの報告が終わった所で、再びアストール伯の執務室の扉がノックされた。


『伯爵』

「ああ、ケネスか。入ってくれ」

「失礼します……ああ、報告中でしたか?」

「いや、もう終わった所だ……だな?」

「は」


 アストール伯の問いかけにレイラは一つ頷いて、一歩横にズレてケネスに場を譲る。退室の許可が出ていない以上、勝手に部屋を後にする事は出来なかった。


「それで、ファブリスとソラくんの方だな?」

「はい。本日の訓練が終わりましたので、そのご報告を」

「教えてくれ」


 どうせ報告を受けていた所だ。一緒に一気に終わらせてしまった方が色々と楽で良い。アストール伯はそう考えて、ケネスへと報告を促す。それを受けて、ケネスが報告を行った。


「と、いう具合です。いや、驚きました。ソラくんは相当な腕を持っているでしょう」

「うむ。私もそこは驚いていてね……だが、守りだけでなく剣技も中々か」

「ええ……彼もおそらく十数年は剣を嗜んでいるでしょうね」

「そうか……ファブリスは?」

「素直に教えを受けている様子です」

「まぁ、ここは素直か……素直過ぎるのが、玉に瑕と言えば玉に瑕だけれど」


 ケネスの報告に、アストール伯がわずかに笑う。姉は内心で跳ねっ返り。弟は弟で貴族にあるまじき純粋無垢だ。どちらも若い以上まだまだと言えばそれまでだが、それ故にこそ只々苦笑しか浮かべられなかった。


「……わかった。まぁ、どちらもそのままで良いだろう。幸い、腕は確か。カイトくんが錬金術そのものに薫陶がある事は想定外だったが……どちらも良い縁だ。そのままで」

「「はい」」

「では、下がって良い」


 従者二人の返答に、アストール伯は一つ上機嫌に頷いた。そうして、この日はそのままファブリスの訓練に付き合って、カイトとソラは眠りにつく事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

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