第2090話 草原の中で ――実習・2――
アストール家からの依頼により、アストール伯の一子ファブリスの飼うノイエというペットの調教を手伝う事になったカイトとソラ。そんな二人はアストール伯爵邸へとやってくると、ノイエの調教師であるハンスからの引き継ぎを受け、今後の打ち合わせをする事で初日を終わらせる。
そうして、二日目。二人はハンスから一通りの動きが出来る様になっているかの試験を受け、改めてファブリスを待つ事になっていた。その待つ間に、ハンスがふと不思議そうにカイトへと問いかけた。
「そういやよ。俺もほとんど話半分にしか聞いてねぇんだが……お前さんとソラは一応お前さんがギルドマスターで、ソラがサブマスターって事で良いんだよな?」
「ええ……私が一応ギルドマスターです」
「だよな」
今までのやり取りを見るに、カイトの方が全体的にソラより数段上の実力者である事は間違いない。それはハンスにも見て取れており、この問いかけは一応の確認、という面が大きかった。というわけで、一応の確認を行ったハンスが改めて本題を問いかける。
「さっきの動きを見るに、お前さん一人で十分なんじゃないか? わざわざサブマスターまで駆り出す必要あったのか?」
「そういや……そっすね。どーして俺いんの?」
「おい」
ハンスの問いかけにソラもどうやら同じ疑問を得たらしい。無論、もし彼が単独で来た場合はファブリスの剣の稽古は無理だろう。それか逆にリリーの魔術への授業だが、こちらは元々アストレア家がカイトに任せたい、と言っていた様に最初から規定されていた事だ。言ってしまえばファブリスの訓練に付き合っているのはおまけで、別に無くても良いといえば無くても良いだろう。というわけで、そんなソラに呆れながらカイトは事情を語った。
「逃げた時の対処ですよ。ノイエ単独なら、逃げても私一人で追えます。が、その間、誰がファブリス坊っちゃんを抑えますか? 軍が周辺の警護を担おうと、即座に動けるとも限らない。その襲撃の原因が外的要因であった場合、誰かが彼を守りつつ、となる。私一人ではどちらもは無理だ。なら、あと一人誰かが必要でした」
「あー……まぁ、お前一人なら大抵なんとかしちまえそう、って思ったけど……よく考えりゃ賊のパターンもあるかもか」
「そういう事だな。賊が複数で襲ってきた場合は非常に面倒だ。そうなると、必然的にお前ってわけ」
それなら確かに俺が適任か。ソラはカイトの指摘で相手が複数人である可能性に思い至ったらしい。なるほど、と頷いて納得していた。その一方、その可能性に言われただけで気付いたソラにも、そして言われなくても普通に想定していたカイトにも、ハンスは思わず目を丸くしていた。
「なるほどな……確かに伯爵様が許可するわけだ。いや、すまねぇな。そういう事なら納得だ」
「いえ……実際、ノイエの訓練だけなら私一人で十分ですよ」
カイトはそう言うと、流れで持っていたコントローラを操って、地面スレスレを飛翔させる。そうして、その状態から四足獣の形へと変化させた。
「ほぉ……使ってるってだけの事はあってそれも出来るのか」
「ええ」
一旦鳥型に変えて飛翔させた後、四足獣に変化させて流れる様に動かすのは実はかなり難しいらしい。勿論、逆もまた然りだ。そうして、彼はその逆もまた実演して見せて、自分ひとりで出来る事を証明してみせる。
「こんな感じですね。勿論、流石にノイエにこれは難しいでしょうが」
「まぁな。流石にまだ混乱するだろうし、坊っちゃんも対応出来ないだろう。どっちにも、まだまだ慣れが必要だ。一週間、ゆっくり慣らしつつ、ってな具合にな」
カイトの言葉に応じたハンスが一つ笑って頷いた。そうして、そんな事を話しながら待つ事しばらく。昨日と同じくファブリスが乗った馬車がやって来た。
「坊っちゃん。準備、万端です」
「ハンス……そうか。わかった……お二人共、今日もよろしくおねがいします」
「「はい」」
ハンスの言葉に一つ頷いたファブリスは、改めてカイトとソラに頭を下げる。それにカイトとソラも応じて、この日の午前中の訓練が開始される事になるのだった。
さて、訓練開始から一時間。ひとまず二人はつつがなく訓練を終わらせると、昼からは改めてそれぞれの講義の時間となっていた。というわけで、カイトは改めてリリーの授業を行っていた。
「さて……今日の講義ですが、とりあえず外で、と言った時点で何をするかおわかりですね?」
「はい」
この日、カイトがリリーを呼んだのは外にある魔術などの練習用スペースだ。基本皇国の貴族の屋敷にはどこかしらにこういった訓練スペースは設けられる事がある種の義務として決まっており、武闘派の貴族の場合は近接専用と魔術専用の二つ設けている事もザラ――アストール家はこちら――だった。
更に武闘派になると、ここに弓矢などの練習用も設ける事さえあるそうである。そしてその魔術の訓練用のスペースに呼び出された時点で、リリーも何をするかはわかっていた。というわけで、服装も動きやすい衣服で、動ける様にしている様子だった。そんな彼女に、カイトは改めて今日の授業内容を告げる。
「今日はどの程度錬金術を行使出来るか、というのを見させて頂きます。具体的には私が攻撃を仕掛けますので、それに錬金術で適切に対処を行ってください」
「はい」
「はい……では、距離を取ります。ああ、一応ですが、きちんと威力も速度も抑えてやります。あくまでも今の自分の実力を試す程度とお考えください。無理なら、正直に無理と言ってくださいね」
「はい」
カイトの言葉に、リリーは一つ頷いた。そうしてそんな彼女へと背を向けて、カイトはおおよそ20メートルほど離れた所で立ち止まる。
「こんな所かな。さて……」
まずは小手調べで良いか。カイトはアストール伯に頼み貰っておいた弓矢――勿論鏃は潰してある――を手に取ると、魔力を纏わせずに矢をつがえる。
「ふっ」
軽い感じで、カイトが矢を放つ。それは一直線にリリーへと飛翔していく。それを、リリーは加速した意識と動体視力の中で見る。そんな彼女を、カイトは見る。
(さて……錬金術の射程距離はおよそ10メートルほどと見たが、どうかな)
当然だが、解析し分解し再構築する作業は一瞬で終わる様に見えても、実際には一瞬で終わる事はない。錬金術という魔術が最低でも三手必要である以上、これは必須だ。そうして緩やかに飛翔する矢を見ながら、カイトは錬金術の基礎を思い出す。
(錬金術において最も射程距離があるのは分析。次に再構築。最後に分解……手順とは若干異なる。分解が最も力を使い、再構築がその次。分析は一番力を使わない。故に分解が可能な距離を錬金術の射程距離とする)
分解は現状を崩すから、一番力を使うんだったな。カイトは錬金術の基礎を思い出しながら、リリーの一挙手一投足を見守る。そうして彼が見通した10メートルより更に倍。およそ20メートルに届くか届かないかの所で、リリーがわずかに目を見開いた。
「っ」
解析。リリーは目に魔力を充填させて、擬似的な魔眼を開眼させる。そうして彼女は刻一刻と迫りくる矢を解析した。
「……」
基本の構造材は木と石。リリーはそう読みぬくと、更に羽や鏃などをどの様に接合しているか、などを一瞬で読み解く。そうしてそれらを読み解いて、一拍の間が空いた。
(まだ余裕か)
カイトは解析から分解までの一拍の間をそう読み取る。そして、一拍の間の後。リリーはカイトが読み取った通り矢が10メートルまで接近した瞬間に分解を始動。一瞬で矢をバラバラに分解した。
「ふぅ……」
『お見事です』
「この程度で褒められても、逆に不遜に聞こえますよ」
『失礼致しました……では、次からは更に難しくしますよ』
どこか挑発するようなリリーの返答に対して、通信機越しにカイトはわずかに笑って再度矢を手にする。そうして彼は今度は先の倍ほどの速度に上げて、矢を放った。
「っ」
どうやらいきなり倍にしてくるとは、リリーは思わなかったらしい。若干だが驚いたような顔を見せるものの、しかしわずかに薄く口角を上げる。どうやら、見た目はおしとやかなれど性格としては気は強いらしい。そうして、今度は先より更に長い30メートルほどの距離で目を見開く。
「ほぉ……」
なるほど。中々錬金術師としての才能はあるらしい。カイトは齢14にしてこの距離で分析を可能にするのなら、とリリーの評価を若干上方修正する。とはいえ、飛翔速度は先の倍だ。故に分解はその半分。リリーから15メートルの所で行われた。そうして、バラバラになった矢がリリーの周辺に巻き散らかされる。
「ふぅ……」
『まだ、余裕そうですね』
「ええ」
カイトの問いかけに、リリーは若干荒い笑みを浮かべる。とはいえ、そんな彼女の内心としてはこの倍になると流石に厳しいと思っており、若干だが内心冷や汗を掻いていた。と、そんな彼女の内心を知ってか知らずか、カイトはいつも通りの様相で告げる。
『では、次です……まだ、大丈夫ですか?』
「ええ」
厳しいけどっ。リリーは内心を隠しながら、カイトの問いかけにやる気を見せる。と、そんな彼女にレイラが問いかけた。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。一切問題無いわ」
「はぁ……」
私が知る限り、大丈夫ではないと思うのですが。レイラはリリーの様子に不承不承という感じはあったが、受け入れる。カイトもそこまで無茶はしないだろう、と思っていた事も大きかった。
そしてカイトとしてもこれ以上速度を上げると対応出来ないだろう、と見抜いており、これ以上速度を上げる事はなかった。その代わり、彼は次に持った矢に属性を纏わせる事にする。
「さて……」
ここからが、錬金術師が戦闘でも通用するか否かが試される重要な所だ。カイトは矢をつがえながら、意識を集中させる。当然だが戦闘中に属性攻撃が飛び交わない事がない。剣士だって属性を刃に纏わせて攻撃出来る。属性が付与されただけで防げなくなるのであれば、錬金術師としては二流が良い所だった。
「……」
カイトは意識を研ぎ澄ませ、属性を矢に込める。が、この際に込める力は外には漏らさず、目で見てわからない様にしておく。見てわかってしまえば分析も何もない。重要なのは、隠された属性を分析で把握する事だ。
「ふっ」
放たれた矢は一番最初の矢と同じ速度で、リリーに向けて飛翔する。とはいえ、その矢は先程とは見た目こそ一緒であるものの、何かしらの属性が付与されているらしい。
が、リリーにも、その横のレイラにもひと目見ただけでは、何が付与されているかさっぱりだった。故に、リリーは先と同じく自身から30メートルの距離に到達した時点で分析の魔術を展開。即座に解析に取り掛かる。
(鏃……石。以外になにか付与されている……それ以外に先程の矢との大差は無し……ちっ。この男。やっぱり凄腕ね)
若干苦々しげに、リリーは内心で舌打ちする。が、それはカイトの腕を認めればこそのもので、多分に感心を含んでもいた。
(石には土属性が多分に内包されている……それに隠れて他の属性は見極めにくい。それをわかって、やってるわね)
であれば、どうするか。一瞬一瞬で近付いてくる矢の鏃を見ながら、リリーはフルに頭を回転させる。そうして、彼女は即座に手を見出した。
(まずは温度……っ。ラッキー)
まず手頃な所として選んだ温度の確認を行ったリリーであったが、偶然にもあたりを引き当てて内心でほくそ笑む。そうして、温度の異常を見抜いた彼女は火属性が付与されていると推測。一気に分解に取り掛かる。
(そのままの分解じゃダメ。火属性の行き場がなくなる……)
となると、今度は再構築も一部行う必要がある。リリーは火属性への対処として、どうするかを考える。が、これは常道とも言える手があったため、彼女は即座にそれを使う事にした。
そうして、数度の逡巡があったがゆえに10メートルの所まで迫っていた矢に対して、彼女は分解と再構築を使用。矢を構造物単位に分解し、石に込められていた熱を箆――矢の軸部分の事――を構築する木へと移動。木を発火させて消し飛ばす。
「ふぅ……どうでしょうか」
『はい、お見事です』
「もう終わりですか?」
『続けたいですか?』
「勿論。この程度では限界には届いていません」
良いのかな。レイラは余裕を見せるリリーにそう思う。とはいえ、主人がそう言うのであれば、彼女は黙るだけであった。そうして、自分が出来る所を見せたいリリーと、そんな彼女を乗せて技量を測るカイトの訓練は続く事になるのだった。
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