第2086話 草原の中で ――連携――
アストール家からの依頼により、アストール伯の一子ファブリスの飼う『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛ノイエの調教に参加する事になっていたカイトとソラ。そんな二人はノイエの専属調教師であるハンスから引き継ぎを受けると共に、ノイエの調教に参加する事となる。
そうして、訓練の開始から少し。小型の鳥型魔道具の訓練に失敗したノイエに対して、ファブリスはもう一つのパターンとなる四足獣型での訓練をハンスへと申し出る。それを受けた彼の要請により、カイトはソラが創り出した<<操作盾>>による足場にファブリスを乗せ、自身は少し浮かびソラの負担を――ファブリスには見えない様にしつつ――軽減する。そんな訓練風景を見て、アストール伯は一つ頷いた。
「なるほど……カイトくんの手腕に注目してばかりでうっかり見過ごす所だったが、確かソラくんもかなりの名うてだったか」
忘れていた。アストール伯はソラが巨大な<<操作盾>>を構築したのを見て、若干の驚きを浮かべながら頷いた。ここまで基本はカイトが応対していたので忘れかけていたが、ソラとてミニエーラ公国での一件の中心人物であるし、ラエリア帝国から勲章を授与されるなど冒険者としては破格の栄誉を得ている強者の一人だ。見過ごす事の出来る存在ではなかった。そんな事を思い出すアストール伯に、レイラが問いかける。
「どうされますか?」
「無論、最初の通り進めるさ。アストレア家がカイトくんを呼ぶなら呼んで良い、と言ってくれている事もあるし、ソラくんについては好きにしろと言っている。それに、片方を呼ばないなら片方にとって断る理由にも使われる。両方を呼ぶのは当然の判断だ」
「かしこまりました。では、そのまま進めさせて頂きます」
アストール伯の返答に、レイラは一つ腰を折る。彼としては別にソラは来ても来なくても良いかな、と思うわけであったのだが、この腕を持つのなら呼んでおいて損はないと思ったらしい。後々に今回のパーティに参加させた事を縁と捉えてくれるのなら、自分にとって得になるからだ。
「にしても……確か賢者ブロンザイトの弟子として一年彼に従事したとは聞いていたが。なるほど、流石は賢者ブロンザイト。一年足らずでここまで育つ者を見出すとは……」
流石と言うしかないし、彼の死去は惜しいものだと言うしかない。アストール伯はソラの巨大な<<操作盾>>を見ながら、そう判断する。
並の冒険者ではああも巨大な<<操作盾>>を作る事は難しいし、よしんば出来ても維持が厳しい。その両者を両立出来ているのだから、腕は十分に認められた。
「ふむ……最初は単なる方便のつもりだったのだが、なるほど。これはファブリスにとって良い縁になるかもしれないな。レイラ、ソラくんにも少しだけ気を配ってやりなさい。上手く学べれば、ファブリスにも良い出会いとなるだろう」
「かしこまりました」
今回、アストール伯のお目当てはあくまでもカイトだ。そもそも彼を指名して依頼が出されている以上、当然ではある。なのでソラについてはあくまでもおまけ程度で考えていたが、この腕を持つのなら十分良いだろうと判断したようだ。そうして、そんな彼の見守る前でファブリスとノイエによる次の訓練が開始される事になるのだった。
さて、アストール伯がソラの腕前を見直した一方その頃。カイトはというと、ファブリスが十分に動ける様に見守りながら、ひとまず彼が動ける事を把握しハンスへと報告を入れる。
「ハンスさん。こちらは準備が整いました」
『おう……にしても、お前さんもそうだと思ってたが、ソラの小僧も中々凄いじゃねぇか』
『どもっす。まぁ、魔力の保有量ならちょっと事情があって鍛えまくったんで。こいつぐらいの大きさなら一時間は余裕っすね』
『マジか。その面じゃお前さん、下手すっとイングヴェイの小僧を越えてやがるな』
ソラの返答にハンスは大いに驚きを浮かべ、そう称賛を述べる。そうしてそこらの若干の雑談を交えた後、ハンスが気を取り直す。
『っと。それなら、早速訓練の開始だ。ファブリス坊っちゃん。準備は、良いですね?』
「ノイエ……良し。ああ、何時でも行けるよ」
『はい。じゃあ、こっちはもう動かしました。基本はそこを中心として、半径二百メートルの所を移動しています。見つけ次第、ノイエに指示を』
「うん」
ハンスの言葉に、ファブリスが一つ頷いた。そうしてハンスが操る四足獣型に変化した魔道具が、草原を駆け抜ける。
「さて……」
静寂が周囲を満たす中で、ファブリスは周囲を見回して状況を確認する。が、やはり相手は熟練の調教師であるハンスだ。そう安々と見つかる様にはしてくれていない。
「……」
「……」
しばらくの間、ただファブリスが周囲を観察する時間が続く。それが五分ほど続いた所で、ファブリスがふとカイトへと問いかけた。
「そうだ。カイトさん」
「ん? どうしました?」
「確か貴方もペットを飼っていると伺いました。この訓練に似た訓練もした、と」
「ええ。と言っても、ここまで本格的なものではなく、遊びにも近いものですが……」
ファブリスの確認に対して、カイトは少し恥ずかしげにそう嘯いた。そもそも今回使われている魔道具だって、彼がティナに日向と伊勢を遊ばせる為に開発させた物が基礎にある。相変わらずとんでもない話だが、彼らにとってこれはあくまでも遊びの一環に過ぎないのであった。そんな彼に、ファブリスが問いかける。
「こういう場合、どうするんですか?」
「こういう場合、ですか?」
「はい。自分で探しても全く見つからない場合です」
「そうですね……」
さて、どうしたものか。カイトは自分ならいくつも考え付くこの状況の打破についてを考え、その中からファブリスにはまず無理な物を捨てていく。そうして数秒考えた所で、彼は一番ファブリスに出来そうで、今後も有用になるだろう策を提示する事にした。
「ペットの視界を借り受ける、という事でしょうか。私の場合は擬似的な魔眼を使用して行いますが……魔術で同じ事が出来ないわけではない。なら、それをするのも手かと」
「視界を借りる?」
「ええ。先にハンスさんがこの場に立つ様に告げた理由は、おわかりですか?」
「それは勿論。高い方が遠くまで見通せるから、ですよね?」
わざわざ説明されるまでもない。ファブリスは高い所から周囲を見る理由をそう答える。これについてはそれで良いので、カイトも何も言う必要はなかった。
「ええ。高い方が遠くまで見通せる。勿論、広く見通す事も出来ます。そうなってくると、この場よりノイエの方が遠くまで見通せる……当然の話です」
「なるほど……」
確かにそれは尤もだ。ファブリスはカイトの解説に納得し、一つ頷いた。となると、次に考えるのはどうやってそれを成し遂げるか、という所だろう。
「なら、どうすれば良いんですか?」
「視界を借り受けるのに、そう仰々しい魔術は必要ありません。といっても、流石に私が教えて良いかは……」
『ああ、カイトくん。私だ。ルフレオだ。話は聞いていたよ。私が許可する。教えてくれたまえ』
「かしこまりました」
聴力を上げていたのか。カイトはアストール伯が魔術を教える事へ許可を下した事にそう判断する。まぁ、そもそもノイエの調教というかファブリスの訓練に付き合うのが、アストール家からの依頼だ。許可があるのであれば、これを教えるのは十分に依頼の範疇だった。というわけで、カイトは視界をジャックする魔術の中でも一番簡易な物を展開する。
「これが、その魔術です。とはいえ、これは他者の視界をジャックしてしまうもの。生半可な力では普通は通用しません」
「ノイエには通用するの?」
「普通は、通用しません。無論、私でも強引にやらなければ通用しません……が、これはあくまでも普通は、です。坊っちゃんがノイエに通用しないかは、私にはわかりかねます」
ファブリスの疑問に対して、カイトはあくまでも自分や他者は通用しない事を明言。その上で、ファブリスが使えるかどうかはわからない、と明言する。これに、ノイエは問いかけた。
「僕は?」
「ええ……言うまでもなく、魔術が通用するか否かは対象の魔術に対する抵抗力が大きな要因になります。ですので、坊っちゃんの事をノイエが信頼してくれているのなら、この魔術を受け入れてくれるでしょう」
「……」
そうなのか。ファブリスはカイトの解説に、僅かな緊張をにじませる。まさしく、主従の絆が試される行為と言って過言ではないのだ。そうして、ファブリスは若干緊張気味にノイエを呼び寄せる。
「ノイエ! リターン! 戻ってこい!」
頭上を旋回していたノイエが、ファブリスの指示を受けて飛来する。そうして、慣れた動作で彼の腕に着地したノイエに、ファブリスがかなり真剣な、それでいてどこか祈るような目で告げる。
「ノイエ……これから一つ魔術を使うけど、受け入れておくれ。危害を加えるものじゃない。ただ、お前の視界を貸して欲しいんだ」
『……』
ファブリスの要望に、ノイエは何も答えない。が、飼い馴らされたロック鳥だ。知能は非常に高く、理解している可能性は無いではなかった。であれば、ファブリスはそれを信じてカイトが教えてくれた魔術をそのまま展開する。そしてその瞬間、ファブリスが盛大に顔を顰めた。
「っ!? 何、これ……僕?」
「今見ているのが、ノイエの視界です。どうやら、受け入れてもらえたようですね」
「そっか……良かった……でも、これはちょっと動きにくいね」
どこか嬉しげに、しかし少し恥ずかしげにファブリスは困った様に笑う。まぁ、これについては当然だろう。本来は遠くを見通す為にあるものだ。それをこんな至近距離かつ自分の真正面から使うものではない。
「ええ。とはいえ、これでノイエも慣れるでしょう」
「あ、そうだ。これを使っている間、ノイエの視界が塞がれるとかは無いの?」
「これにそこまでの力はありません。これはあくまでも視界を間借りするだけのもの。同じ視界を見ている、と言っても良いでしょう。それ故、被使用者にはほとんど違和感もなく、優れた魔術師なら相手に悟らせない事だって出来るそうです……流石に、オレは無理ですけどね」
ファブリスの問いかけに答えたカイトは、そう言って笑う。とはいえ、それ故にこそノイエも忌避感を示す事なく、少しなにか違和感があるかな、程度の素振りだけで心底嫌がっている様子はなかった。
「そっか……でもこれだと流石に自分自身を守れなくなっちゃうね」
「そうですね。ですから、これを使用する際は周囲の安全をしっかりと確保した上で、使用するべきかと」
「そうするよ」
カイトの助言に、ファブリスは納得した様に頷いた。そうして彼は数度魔術の展開の練習を行った後、再度ノイエを上空へと舞い上がらせる。
「よし……ノイエ! 行くよ! っ」
ファブリスは上空へと舞い上がったノイエへと一言告げると、先に教わった魔術を展開。その視界を曲がりする。そうして、数分。ファブリスがなにかを見つけ出す。
「ノイエ! あそこだ!」
『!』
ファブリスの言葉にノイエが一度だけそちらを見て、草むらに隠れていた四足獣型の魔道具を見つけ出す。そうして、ノイエが一気に急降下。それにハンスは程よく引き付けた後、その場を一気に離脱させた。
『!?』
「っ! ノイエ! ステイ・アンド・ゴー!」
『!』
ファブリスの咄嗟の指示に、ノイエが急停止。そうして飛び出した四足獣型の魔道具に向けてタックルを仕掛けた。
「捕らえろ!」
ファブリスの指示に、ノイエが空中に投げ出された四足獣型の魔道具をキャッチする。
「よし! ノイエ、よくやった!」
ファブリスの称賛に、ノイエがどこか自慢げに戻ってくる。それにファブリスは用意しておいたおやつを彼女へと与えてやる。
『坊っちゃん。お見事でした。これで、飛行型と陸上型の二つやりましたが……どうです?』
「うーん……空中型の方が若干難しいかもね。慣れの問題かもしれないけど……」
今まではこれとは別だが四足獣型の魔道具を使って訓練をしていたのだ。なのでノイエとしてもファブリスとしても慣れた形で、わかりやすかったようだ。
『そうですか。ですが、これからは飛行型の訓練も行います。その点、きっちり違いを把握して指示を与えてやってください』
「ああ」
ハンスの助言に、ファブリスが一つ頷いた。そうして、カイト達が加わっての訓練の最初は一勝一敗の形で終了する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




