第2085話 草原の中で ――訓練――
アストール家からの依頼によりアストール家長男であるファブリスのペットである『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練を請け負う事になったカイトとソラ。そんな二人はアストール伯が来る事になるという若干の予定とは異なる展開があったものの、アストール家専属の調教師であるハンスと共に訓練を開始する事になっていた。
「……うし。とりあえず坊っちゃん。今日の訓練内容は、覚えてますか?」
「ああ。確か今日は……狩猟の訓練だったと思う」
「へい。しばらくは狩猟の訓練をして、となります。と言っても、その内容はその都度変えていきますが……」
ここらはカイト達が居るので、という所だろう。ファブリスの返答にハンスが一つ頷いた。そうして、彼は用意していた資材の中から、一つの球体を取り出す。それには各所に亀裂が入っており、なにか開くような印象を得た。
「今日は小型の獲物を狙う場合の訓練を行います。こいつは見たこと無いですね?」
「うん……ボール、に見えるけど……」
「待機状態です。そうだなぁ……カイト。お前、さっきこれ見てたな。使えるのか?」
「はい。遊び道具として買ったので」
というかそもそもオレが開発させたものなんだけどな。カイトはハンスが持つ少し古ぼけた球体を見て、一つうなずく。かなり使われているのか、傷だらけだった。そんな彼に、ハンスが笑う。
「こいつを遊び道具ってお前な。割とレベル高いぞ? ……まぁ、それなら問題無いだろう。こいつぁ、かなり古くからある狩猟の訓練用の魔道具です。こいつは使用者の意思に従って動き回ります」
「つまり、自由自在に逃げてくる、と」
「そうです。実際の戦闘や狩猟において、相手が一直線に逃げるって事はまずありません。単に一直線に逃げるだけじゃ訓練にならんのです」
「なるほど……」
確かに、言っている事は筋が通っている。ファブリスはハンスの言葉に納得して頷いた。後に聞いた所によると、どうやらいつもはこれよりも一回りか二回りほど大きい、四足歩行の動物を模した人形を使っていたらしい。それに慣れてきたので今日からは一つレベルを上げて良いだろう、となったそうだ。
「まぁ、まず坊っちゃんの方に動きを見て貰った方が良いでしょう。カイト。お前さんは少し離れた所から、こいつを動かせ。動かし方はわかってるなら、どの程度の動きがやれるか見せてみろ」
「はい。じゃあ、あの丘の上からやります」
「おう……って、マジかよ」
「わぁー!」
一瞬で見渡しの良い丘の上に移動したカイトに、ハンスが思わず驚きファブリスが目を輝かせる。まさに高位冒険者の面目躍如というような速度と移動距離だった。
とまぁ、それはさておき。単身丘の上に移動したカイトは、慣れた手付きで狩猟の練習用の魔道具を軌道させる。すると、亀裂が開いててんとう虫にも小鳥にも似た奇妙な形の物体が出来上がった。
「よし。さて……」
カイトは古ぼけてはいるものの問題なく展開した羽を見て、一つうなずく。そうして彼は試運転と、軽い感じで放り投げた。すると鳥型の魔道具は左右の羽に似た器官をバタつかせ擬似的な飛翔――実際には魔力の放出で浮かんでいる――を開始。自由自在に動き回る。
「行け」
カイトの号令と共に、鳥型の魔道具が一直線に飛翔。少し離れた所に居るハンス達の前にまで移動すると、その合間を縫う様に縦横無尽に飛び回り、反転してカイトの所へと戻っていく。そうして戻ってきた鳥型の魔道具との魔力的な接続を切断すると、鳥型の魔道具は再度球体へと一瞬で変貌する。
「こんなものか。昔日向と伊勢の遊び道具に過ぎなかったが……まぁ、訓練で使っても問題はないか」
まさか自分が遊び道具として開発した物が狩猟の訓練道具になっているとは。カイトは変な気分になりながらも、球体を手に戻る事にする。
「こんな所でどうでしょうか」
「上出来だ。遊んでた、ってのは伊達じゃねぇらしいな」
これだけやれれば、訓練には十分だろう。ハンスはカイトの返答に一つうなずく。彼としても自身が休暇を取る一週間の間の代役を務めてくれれば良いだけの話だ。なので本格的な調教なぞ望んでおらず、考えてもいない。適度に遊んでくれればよかった。
「で、坊っちゃん。動きは見えましたね?」
「うん」
「あれを捕まえる様に、ノイエに指示を出してください。まぁ、初っ端上手く行くとは思いませんが……兎にも角にも、やらない事には始まらない」
「わかってるよ……ノイエ」
ハンスの助言を聞きながら、ファブリスは腕に乗せていたノイエに向けて一つうなずく。それを見て、ハンスもまた一つ頷いた。
「へい……じゃあ、カイトとソラ。俺がやるから、こっからそれを見ておけ。まぁ、大した事はしねぇから、安心してろ」
「「はい」」
兎にも角にも何をするか知っておかないと、仕事もなにもあったものではない。というわけで、再び待つ事少し。先にカイトが移動した丘の上にハンスも移動する。そうして、彼はそこで通信機を起動させた。
『坊っちゃん。聞こえますね?』
「ああ。聞こえているよ」
『へい……やる事はいつもと一緒ですが、今回からは速度やら狙いのつけ難さやらがアップしてます。その点を踏まえて、叱るときは叱る。褒める時は褒めてやってください。まぁ、いつもやってる事ではあるんですが……今回は難しくなってるんで、叱る時はちょっと注意してください』
「うん」
何度も言われている事だ。ファブリスは耳にタコが出来るほどに聞いたハンスの注意に対して素直に受け入れる。この素直さは、彼の良い点と言っても良かった。と、そんな彼の応諾にハンスは一つうなずくと、今度はカイトとソラへと告げる。
『カイト、ソラ。お前さんらは、まずはどう動かすかの難易度的なモンを見て覚えてくれ。明日からの一週間はこれで練習して貰うからな』
「「はい」」
『おう……あ、そうだ。それでどっちがどっちやるんだ?』
「?」
「私が基本は空中を。ソラが地上を担当します」
なんの事だろう。そんな困惑を若干覗かせたソラに、カイトはこの道具を使うなら、と返答する。それにハンスが了承した。
『そか。まぁ、そっちの方が良いだろう。どうする? どっち先にやって欲しい?』
「それは私達ではなく、ファブリスくんに聞くべきかと」
『はははは。そりゃそうか。坊っちゃん。どっちが良いです?』
「え? あの……どっちって何?」
『ああ、すんません。そういや、坊っちゃんも初めてでしたね。カイト、こっち通信機にちょっとノイズ入ってるから調整する。説明任せて良いか?』
「わかりました」
どうやら三人の中でわかっていたのはカイトだけだったらしい。ハンスの通信機に不調が見えている、との事なのでその調整の間に、彼が説明を行う事になった。
「先程の訓練用の魔道具ですが、あれは二つのモードを切り替える事が出来まして。一つが、私が使った飛行モード。もう一つが、四足獣の様に動く地上モードですね。その内、地上モードの訓練時にはソラが。飛行モードの時には私が担当します」
え、マジで。カイトの言葉を横目に聞いたソラは内心でそう思う。彼も聞いていなかったというより、元々作業をどうするかは実際の作業を確認して決める、という向きがあった。なのでソラもこのカイトの判断は驚いたものの、彼がそう判断したのでそれの方が良いだろう、と考えたので何も言わなかった。
「ああ、そういう事……どっちの方が難しいの?」
「どちらとも言えません。どちらも難しさがある。草むらに隠れて見え難い地上モードの方が良いか、見付けやすいものの機動力に優れて捉えにくい飛行モードの方が良いか……それは私にはなんとも」
ファブリスの問いかけに対して、カイトは一つ首を振った。それに、ファブリスは少しだけ悩む。
「うーん……よし。じゃあ、最初は空中モードで頼む」
『へい。じゃあ、空中モードでやります』
ファブリスの返答を受けて、ハンスが先のカイトと同じく鳥に似た形状に魔道具を変化させる。そうして、しばらくの飛翔を行った。
「ノイエ。あれを、追うんだ。良いね?」
『……』
ファブリスの言葉に、ノイエはじっと鳥の形に変化した魔道具を睨みつける。どうやらかなり調教は進んでいたらしい。誰が主で、その指示に従えば良いと理解している様子だった。そうして、そんなノイエが羽を羽ばたかせた。
「ほら、ノイエ! ゴー!」
「おー……」
どうやらさすがのカイトも『ダイヤモンド・ロック鳥』の飛翔シーンはお目にかかった事がなかったらしい。どこか感心した様に声を漏らす。と、そんな彼にソラが念話で問いかけた。
『カイト。陸上モードってなんだ?』
『さっき言った通り、四足獣での行動モードだ。まぁ、飛行モードよりは簡単だ』
『いや、俺出来るのか?』
『簡単は簡単だ。その昔子供向けで作った事もあるからな。飛行モードは流石にムズいが、陸上モードなら、まだやれる。まぁ、後はやってみて、って所とハンスさんの動きを見て覚えろって所だろうな』
そんなものかね。ソラは唐突に決まった形に近い訓練への参加に対して、そう考える事にする。と、そんな彼にカイトが問いかけた。
『何だ。飛行モードの方が良かったか?』
『そっちは遠慮しとく。ムズいんだろ?』
『割とな。当時クズハが拗ねたぐらいにはムズい』
『無理じゃね? それ俺無理じゃね?』
あのクズハが何度も失敗して拗ねたというのだ。難易度は相当な物なのだろう。ソラはそれを理解して、ただ笑うしかなかった。
『あははは。そうだな。無理だろう。勿論、練習すれば良いんだろうが……今はそれをしないで良いだろう。陸上モードはバランスを取る必要は無いし、求められるのも一瞬の速度だ。その分、緩急を付けて逃げる事を主軸にすれば良い』
『なるほどな……引き付けて逃げるってわけか』
『そうだな。勿論、いつかは対応されるだろうが……』
『それが目的か』
『そういう事だな』
これはあくまでも訓練。最終的にはこういったトラップに対応し、獲物を捉えられる様になるのがゴールだ。最後まで捕まえられないでは意味がない。
『ああ、一応わかっていると思うが、あまりやりすぎはするなよ。飽きられたり、諦められたりすると面倒だ』
『そこらは、普通のペットと同じなのな』
『そうだな……っと、そろそろファブリスくんが狙いを定めそうか』
なら戻らないとな。カイトの言葉にソラは改めてファブリスの動きに注目する。
「ノイエ! あそこだ!」
ファブリスの指示を受けて、ノイエが一気に急降下。ハンスの操る鳥型の魔道具へと一直線に肉薄する。が、ノイエの軌道の予測が甘かったのか、彼女の爪は地面に突き立てられるに留まった。
「あ……ノイエ! 一度戻れ!」
一度残念そうな顔をしたファブリスであるが、一瞬で気を取り直してノイエに帰還を命ずる。どうやら、流石に初チャレンジから成功とはならなかったらしい。
「ノイエ……残念だったね」
『……』
ファブリスの残念そうな表情に、ノイエもまた若干だが無念そうな色を見せる。とはいえ、まだまだやる気はあるのか、どちらかと言えば早く次をやらせろ、という様子が見て取れた。それを、ファブリスもまた読み取った。
「次、行く?」
『……』
「よし……ハンス。次だ。一度四足獣で頼む」
『へい。次は動きこそ遅いですが、草むらに隠れて見つけにくくしてやります。坊っちゃんが見つけ出す事も重要になってくるので、坊っちゃんも頑張ってください』
「うん」
ハンスの言葉に、ファブリスは少しだけ気合を入れて頷いた。と、そんな彼を遠目にハンスが告げる。
『二人共、どっちでも良いからファブリス坊っちゃんを高い所に移動させられないか? 基本的にそこから見付けるのはムズい。本来なら使い魔を使うか、とする所なんだが……流石に坊っちゃんにそれを望むのはな』
「ソラ」
「俺?」
「ああ。<<操作盾>>を広めに展開しろ。万が一の場合に備えて、オレが命綱を展開する」
「なる……じゃあ!」
カイトの指示に納得したソラは、少しだけ気合を入れて巨大な半透明の盾を空中少しの所に顕現させる。それを見て、カイトがファブリスに告げた。
「ファブリス坊っちゃん。手を」
「え? もしかして……あれに……?」
嘘でしょう。そんな表情をファブリスが見せる。が、これにカイトが笑った。
「そのとおりです……じゃあ、行きますよ!」
「あ、ちょっ! わぁああああああああ!」
「うっと」
悲鳴を上げるファブリスの手を取って移動したカイトに、その腕に衝撃がのしかかったソラがわずかに顔を顰める。とはいえ、カイトとファブリスが乗った程度だ。数トンの重量物の衝撃に耐える事もある彼にとって、どうという事もない程度だった。そうして、カイトとソラの引き継ぎは更に続く事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




