第2083話 草原の中で ――支度――
アストレア公爵家分家アストール伯爵家。彼らからの依頼を請け負っていたイングヴェイ達が『リーナイト』の一件により依頼の遂行が困難になった事により、代役が回ってきたカイトとソラ。そんな彼らは現アストール伯の長男であるファブリスの相棒となる『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛の調教への協力を請け負う事になる。
というわけでノイエと名付けられた『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛の調教師であるハンスから彼が休暇の間の引き継ぎを受けると、カイトとソラ、そして飼い主という事でハンスとの仲介役となったファブリスは再びアストール伯爵邸の本邸へと戻っていた。そうして本邸へと戻った彼らを出迎えたのは先にカイトらの案内をしていたレイラだった。
「坊っちゃん。お戻りですか?」
「ああ、レイラ。引き継ぎ終わったよ」
「かしこまりました。旦那様が再びこちらに来る様に、との事。坊っちゃんも旦那様のお部屋へ」
「わかった」
レイラの言葉に、ファブリスが一つ頷いた。そうして再びカイトとソラはレイラとファブリスに案内されて、先のアストール伯の執務室へと戻る事になる。とはいえ、戻った執務室では一人の夫人と少女が一緒だった。
「お父様。戻りました」
「ああ……カイトくんもソラくんも、ご苦労だった」
「いえ……ありがとうございます」
「うむ」
自身のねぎらいに一つ礼を述べたカイトに、アストール伯が一つ頷いた。そうして、彼は自身の横に控える二人を紹介する。
「ああ、君たちに紹介しておこう。こっちが私の妻のリリアーヌ。そしてその横が娘のリリーだ」
「はじめまして。一週間程度だけど、よろしくおねがいしますね」
「よろしくおねがいします」
貴族の貴婦人らしく優雅かつ柔和に微笑んで挨拶したリリアーヌに対して、リリーはどこか恥ずかしげかつ緊張気味に頭を下げる。これに、カイトとソラも頭を下げる。
「「よろしくお願いします」」
「うむ……それで後一人妻が居るのだが、身重でね。申し訳ないが、彼女は離れで療養している。なるべくその近辺では騒がせない様に頼む」
「わかりました」
「ありがとう」
カイトの応諾に、アストール伯が一つ礼を述べる。そうして紹介が終わった後、アストール伯はカイトへと告げた。
「それで、君に任せたいというのがこのリリーでね。彼女に勉強も教えてやって欲しい」
「かしこまりました」
「リリー。先に話した通りだ。何かわからない事があれば、ぜひとも彼に聞きなさい」
「はい」
どうやら予めリリーには話が通っていたらしい。アストール伯の言葉に頷いていた。それに、カイトも頷いた。
「よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
ひとまずこれで顔合わせは済んだか。カイトは自身の挨拶に恥ずかしげなりリーに対してそう思う。そうして今度はアストール伯へと問いかけた。
「アストール伯。それで、ご令嬢への勉強は何時からにさせて頂きましょうか」
「流石に今日からは無理だろう。明日から、お願い出来ないか? それと勿論、ソラくんの方も」
「あ、自分はそれで構いません」
「私もそれで大丈夫です」
アストール伯の言葉にソラが即座に応諾を示し、カイトもまた承諾する。それを受けて、アストール伯もまた一つ頷いた。
「そうか。では、今日は一日ゆっくり休んで、明日からに備えてくれ。二人共明日はハンスからの実際の引き継ぎとお互いの相手との初回の話もある。しっかり休んでくれ」
「「はい」」
アストール伯の言葉にカイトとソラは有り難くそうさせて貰う事にする。どちらにせよ今日は朝にはアストレア家での会合で、それを終えてすぐに移動開始。昼過ぎに到着し、そこから即座にアストール伯との会談。ハンスからの引き継ぎとすでに夕刻だ。
今から勉強も何もあったものではないだろう。というわけで、カイトとソラはレイラに案内されてそれぞれの客間へと通される事になるのだった。
さて、二人がアストール伯爵邸に到着して数時間。二人はアストール伯爵邸の客間へと通されていた。そこはかつてカイトがラエリアの王城にて与えられていた個人用の小さめの部屋がいくつかあり、それに繋がる広めのリビングがある貴族の屋敷ではよくあるパターンの冒険者用の部屋だった。
「へー……こんななのか」
「ん? 見た事なかったか?」
「ああ。ほら、俺基本かなりの遠方での遠征の時ってお前の代役してるじゃん。だからあんま見た事なかったなーって。先輩からこんな部屋だってのは聞いていたけどさ」
「なるほど……確かにそうだな」
そもそもラエリアの時はカイト一人だったし、ヴァルタード帝国の折りはソラはカイトの代役として留守を守っていた。基本はカイトには瞬が一緒だった事が多く、貴族の屋敷に泊まらせてもらう事はなかったのだろう。
「ま、これが冒険者達にあてがわれる部屋では基本的な構造だ。三部屋だから一部屋余るが……どれを使いたい?」
「どれでも良いだろ。何か変わんのか?」
「何も変わらんだろう。まぁ、日当たりやらは変わるかもしれんがな」
「さほど気になんね」
「さよか」
確かにカイトもソラが日当たりなどを気にしているとは聞いた事がない。なので彼の返答にカイトも軽く流すだけだ。まぁ、実際の所は彼としてもさほど興味はなかったし、自分がどこに寝泊まりするかというのもさほど興味はなかった。
「で、お前家庭教師どうすんの?」
「そっちは問題にならん。前に言ってたと思うが、あっちで軍の研究者やら大企業のエリート達と話さにゃならん事も多かった。どこぞのアメリカの工科大学でも通用する程度の科学の知識と日本じゃ有名なアメリカの首都の大学で通用する政治学の知識は持っとるんでな」
「お前、今思えばそこそこチートスペックだよなぁ……」
「この程度無いとアメリカの大統領やらイギリスのトップ陣営とは渡り合えんわ。あっちは陣営が豊富過ぎるんだよ。アメリカの先代大統領とか何。マジありえん」
若干の呆れを滲ませたソラに対して、カイトはため息と共に首を振った。これはかりは如何せん相手が超大国という所があるからだろう。それに対してカイトは一人か、もしくは背後にせいぜい日本政府だ。足りない物を補おうとすると、自身という個人に依存せねばならなかったのは、仕方がない事だろう。
それでもなんとかなったのは、やはり日本の特異性とカイト自身が抱える陣営が彼を筆頭に群を抜いて優れている事が大きかった。とはいえ、そんな愚痴を言われてもソラにはただただ生返事をするしかない。
「お、おぉ……と、とりあえず良いんだよ……な?」
「オレはな。お前の方こそ、安普請にはなるなよ」
「わかってる。竜騎士としてとか鷲騎士としてとか言われなけりゃ、なんとかは出来る。そのぐらいの腕は持ってる」
「それについては、オレも否定はせんさ」
そもそもソラとてランクA冒険者に匹敵する腕を持っているし、戦略眼としても十分な物を保有している。が、それとこれとは話が違うのだ。
「……が、誰かに教えるってのはまた違う。英雄達さえ、教える様になって初めて見えた事がある、というぐらいだからな」
「おう。そこは気を付ける……実際、俺教えた事なんて無いみたいなもんだしな。ま、エルネストさんから教えてもらってる事の逆をやるだけだから、なんとかそれを参考にやってみるよ」
やったことはないが、出来ないわけではないだろう。ソラは記憶の中でエルネストから教えを受ける時の感覚で、それを逆にするのだと意識する。そんな彼にカイトがふと興味を覗かせる。
「そういや、お前が言うエルネストさんの武芸の継承。あれって実際にはどうやってるんだ?」
「ああ、あれか。あれはなんてか……時間ある時に目を閉じて、自分の中に潜ってる……みたいな感じ? なんか自分の中に異空間みたいなのがあって、そこでエルネストさんの声に従って動きを真似てるみたいな……」
「ゲームのチュートリアルみたいなもんか?」
「そそ。そんな感じ。頭に響くエルネストさんの声に従って、色々と学んでる。と言っても完全にエルネストさん、ってわけじゃなくて予めセットされた返答に従って答えてる、って感じだからエルネストさん相手にしてる、って言うよりもエルネストさんの声を録音したAIから教えてもらってる……みたいなかんじかな」
「ふーん……となると……」
どうやってそれを成し得たのだろうか。カイトはエルネストがソラへと武芸や魔術の継承を行うにあたって使用した方法を考える。
「なるほど。結構、無茶な事をしたのかもしれないな。彼はそれが最善だと思ったのかもしれないが」
「そうなのか?」
「ああ……常人じゃ不可能というか、普通は無理というか……いや、もしかしたらこうなる事も考えた上で、最初から準備してたのかもしれないけどな」
どう考えても、一瞬の判断でこれを編む事は不可能。カイトはそう考え、おそらくそれがエルネストがかなり昔から考えていた事なのだろうと推測する。そんな彼に、ソラが首を傾げた。
「最初から準備?」
「ああ。何時の日か自分達の遺志を継ぐ者が現れた時、そいつに自分達の全てを受け継いで貰う為にな。ま、それでもお前のような異邦人が受け継ぐとは彼も思っていなかっただろうが」
「あはは。それは多分な……で、彼は何をしたんだ?」
「魔術には記憶の一部を他者に追体験させる物がある。それを改良して、自分の習得した剣技や魔術を追体験させられる様にしたんだろう。いわゆるヴァーチャル・リアリティみたいな感じにな」
「なるほど……確かに、それに近いな」
言われてみて、ソラもヴァーチャル・リアリティを使用したエルネストの武芸の疑似体験だと考えればすんなり受け入れられたらしい。そんな彼にカイトは更に告げた。
「まぁ、それでもそれの中から剣技や魔術に限定してその魔術を構築するには莫大な時間が必要になるし、手間も非常に掛かる。その上で全くの初心者にそういった全てを習得させるとなると、その当人の身体スペック面も鑑みなければならないだろう。そこらにも対応する魔術を開発しようとすると、間違いなく一瞬じゃ無理だ」
「そうなのか? 概念的に剣技、とか魔術とか設定すりゃいける様に思えたけど」
「そんな簡単なもんじゃない。勿論、出来ないわけでもないが……そこらをしようとすると記憶をパソコンのフォルダ分けに似た感じで分類分けしないといけなくなるし、そうなると中々に精神的な負担が大きい。自分の記憶を機械的な形で分類しないといけないからな」
「あー……なんかわからんでもない」
若干しかめっ面で、ソラはカイトの言葉に同意する。彼としても自分の記憶をフォルダ分けの様に分類分けして管理、というのは中々に良い感じはしなかった。
「ま、それに勿論その準備だって必要だし、分類分けした後の精査も必要だ。やるぞ、ってやってすぐに出来るもんでもない。何事も、準備が大切だ」
「だな……良し。じゃあ、俺もちょっと明日からの家庭教師に備えて準備やるか」
「そうしろ」
「おう……で、ものは相談なんだけど、手伝ってくれ」
「お、おぉ……」
決めるや否や自身に要望を出したソラに、カイトは思わずたたらを踏む。とはいえ、これも依頼である以上はカイトとしても否やはない。そうして、二人は明日からの実際の作業に向けての支度に取り掛かる事にするのだった。
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