第2080話 草原の中で ――アストール家からの依頼――
『リーナイト』での一件で被った被害によりアストール家からの依頼が達成出来なくなってしまったイングヴェイ達の代役として依頼を受けたカイトとソラ。そんな二人はアストレア領にてアストレア公フィリップとの会談を経て、アストール領アストールへとやってくる。
そうして、二人は領主にしてアストール家当主のアストール伯ルフレオと顔合わせを行い、改めての依頼受諾の明言を行っていた。
「さて……それで依頼だが、改めて明言するとファブリス……ああ、私の息子が飼育しているダイヤ・ロックの反抗期の抑制だ。正確には、調教師が休暇の間の代役だな」
「かしこまりました。その調教師の方は?」
「後で紹介しよう。今日明日はまだ仕事をしているから、彼から実務の引き継ぎは受けてくれ」
「わかりました」
一応、冒険者としての引き継ぎはイングヴェイから受けていたが、それと実務としての引き継ぎは話が異なる。なので実務についての引き継ぎはそちらから受ける事にカイトも異論はなかった。とはいえ、それはそれとしてアストール伯に一つ聞いておく必要があった。
「それで、ご子息の調練の参加時間は何時頃に致しますか?」
「それについては、基本は息子に任せている。そうだな。実務について話すなら、あれにも話に参加させた方が良いか……レイラ、ファブリスを呼んでくれ」
「かしこまりました」
「一応、息子を呼んでおこう。少しだけ待ってくれ。今の時間なら予定を空けられる筈だから、すぐに来るだろう」
当主直々の呼び出しだ。習い事にせよ何にせよ、優先されるべきはそちらだろう。というわけで、その待ち時間に少しだけ雑談に興ずる事にする。そうして切り出したのは当然、アストール伯だ。
「そうだ。そう言えばふと耳にしたのだけれど」
「なんでしょう」
「研究所を建設しているそうだね。何か研究するつもりなのかな?」
「ええ。ラエリアでの一件で『大地の賢人』と呼ばれる精霊と話をする事が出来ましたので……彼の助力を得て、いくつかの魔術について研究を行おうかと」
なるほど、物の分別は弁えているらしい。カイトの返答にアストール伯はそう判断する。彼も冒険部、ひいては天桜学園が転移術を手に入れた事は把握している。
なので実際には明らかにされても良いが、誰がどこで聞いているかはわからないのだ。転移術の研究が行えるだけの土台がある、と言わないのは鉄則だった。
更に、カイトが嘘を言っていないのも好印象だった。それだけの話術があると認識出来たからだ。というわけで、アストール伯は用意していたプランの内、アストレア家がカイトへと伝えていたプランを採択する。
「そうか。確かに君たちの学術的な面での知性は私も知っている。中々高いそうだね」
「いえ……それは単に日本の教育が優れていただけの事です。そしてひいては、学園の教師の方々のご尽力があっての事です」
「そうか……とはいえ、それでもおそらくこちらより遥かに学業の面では優れている事は事実だろう。もしかすると、私より上かもしれない」
「それは……わかりかねます。学業の面、と一言で申しましても分野は様々。一概に地球の方が優れている、とは言い難い」
アストール伯の称賛に、カイトは一つ首を振って道理を述べる。まぁ、ここらはアストール伯もわかっていた事だし、カイトもこの様子なら彼がどの手を選んだかわかる事が出来た。ある種の予定調和があった、と言って良いだろう。そうして、アストール伯はカイトの返答に笑う。
「ははは。とはいえ、例えば数学や錬金術であれば君達の方が上だろう事は明白だ。こればかりは……えっと、なんて言ったかな。ああ、そうだ。化け学の化学……だったかな? そんな物が重要になってくる事は私も聞いている」
「それについては、私も否定しません。科学技術と算術に関してであれば、地球の方が遥かに優れているでしょう」
「だろうね」
これについては一切の驕りもなく、単なる事実の再確認だ。その代わりエネフィアでは地球より遥かに魔術が普及しているし、魔術の平均値も非常に高い。地球の方が優れた点がある、という再認識に過ぎなかった。
「それでだ。良ければどちらかで良いから、娘の勉強を見てやってはくれないだろうか。ああ、別にあの子が学業という面で劣っているという事はなく、それどころかその面では優れても居るだろう。なので君達の知識を学ばせてやれば、更に飛躍させられるのではないか、と思ってね」
「まぁ、別件となると片手間とはなりますが、それで良ければ良いのですが……ですが、良いのですか?」
「冒険者である事について、かね?」
「はい」
自身の問いかけに対して主語を明らかにして問いかけたアストール伯に、カイトははっきりと頷いた。勿論、こんなものは予め受諾が決まっているので、単なる演技に過ぎない。が、合意を得ておく事は重要だった。
「それについては、問題無いだろう。勿論、これがイングヴェイ達の様に生粋の冒険者ならまた話は違ったのだろうがね。幸い君たちは元々冒険者ではなく、しっかりとした目的があって冒険者をしている者だ。雑多な冒険者達より信頼が出来る」
「そうですか……わかりました。それなら、私の方でお受け致しましょう。専任の家庭教師の方とお打ち合わせをさせて頂いた方が良いですか?」
「それなら問題無い。実は彼女にはこの一週間休暇を出していてね」
これについては元々アストレア家が掴んでカイトへと教えていた事だ。なのでカイトとしてはわかっていた話だが、と思いながらもそれなら、という顔を見せる。
「わかりました。こちらは『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練の空いた時間で?」
「無論だ。ああ、勿論、その手間賃は払おう」
カイトの確認に頷いたアストール伯は彼へと依頼料の増額を明言する。まぁ、元々の依頼にない要請をしているのだ。こういう事は良くある事なので、特段アストール伯としても気にはしなかった。
そうしてそこらの合意が得られたところで、一人の赤茶色の髪をアストール伯と同じぐらいの長さにした少年がやって来た。年の頃は十代前半。取り立てて筋肉質でもないが、怠けているというのとは程遠い様子の少年だった。顔立ちはやはりアストール伯に似て、どこか優雅さがあった。
「お父様。何か御用でしょうか」
「ああ、ファブリス。前に紹介したイングヴェイという冒険者は、覚えているか?」
「はい」
ファブリス。そう言われた少年がアストール伯の問いかけに一つ頷いた。どうやら彼がアストール伯令息で間違いないらしい。そんな彼に、アストール伯が告げた。
「彼らが怪我により依頼を降りた事は教えていたと思う。彼らはその代役として来てくれた冒険者だ」
「はじめまして。カイト・天音です。こっちはサブマスターのソラ・天城。よろしくお願いします」
「ソラ・天城だ」
「あ……ファブリス・アストールです。よろしくお願いします」
カイトとソラの自己紹介を受けて、ファブリスも慌てて頭を下げる。そうして自己紹介が終わったところで、改めてアストール伯が口を開いた。
「よし。それで、ハンスが休暇の間は彼らに調練の手伝いを依頼した。それで、時間等を改めて打ち合わせするのなら、お前も参加しておいた方が良いと思ってな」
「あ、はい。そういう事でしたら」
アストール伯の言葉を受けて、ファブリスが彼の横に腰掛ける。そうして、改めてアストール伯がファブリスに告げる。
「では、今の調練についての予定などをお前が語りなさい」
「はい……えっと、今のところですがノイエ……あ、えっと……ダイヤ・ロックの雛は基本的には僕の部屋に居ます。訓練の時にはハンス……調教師と共に訓練しているか、彼に任せています」
ということは、まだ少なくとも部屋で飼える程度の大きさか。カイトはノイエという名前を与えられたらしい『ダイヤモンド・ロック鳥』の雛の大きさをそう理解する。そしてこれであれば、おそらく餌やりなどはファブリスが行っているのだろうとも推測出来た。
「一日の訓練量は?」
「大体二時間というところです」
捕縛から考えれば平均的な時間か。カイトはファブリスの語る内容を聞いて、そう理解する。そもそもまだ幼い雛だ。あまり最初から根を詰めても訓練そのものを嫌う事になったり、逆に反抗的になってしまう事もある。ここらは調教師やアストール伯が話し合って決めた事だと考えられた。
「なるほど……時間帯は?」
「それは基本は僕の予定に合わせて行っています。一緒に訓練を受ける様に、と」
「わかりました」
ということは、こっちもそれに合わせた方が良いな。カイトはひとまず訓練のペースについてそう判断する。そうしてそれを把握したところで、カイトはアストール伯に問いかける。
「アストール伯。ご令息の予定表などはありますか?」
「作らせれば、あるが」
「空いた時間、もしくは空けられる時間を把握させて頂ければと。そこに入れていく形でさせて頂こうと思います」
「いや、それなら気にしないで良い。当家は鷲騎士の家系だ。優先されるべきは騎馬の調練。何よりもそちらを優先してくれて構わない」
カイトの提案に対して、アストール伯はカイトに予定を決めさせる事を告げる。これに、カイトは一つ確認する。
「わかりました。もし他に優先させるべき物があれば、仰ってくだされば」
「それは無論だとも」
「はい……では、基本は午前と午後に一時間で予定させて頂きます。後は天候次第と」
「そうか。わかった」
ここらはアストール伯もよほど道理を損なうものでなければ口出しするものでもないと考えていた。とはいえ、それはあくまでも彼はなのであって、ファブリスはというわけではない。故に彼はそのまま問いかける。
「ファブリスもそれで良いな?」
「はい。おまかせします」
「よし……では、それで頼む」
「はい」
アストール伯の応諾に、カイトは一つ頷いた。これでひとまず依頼内容の確認は終わった、という所だろう。そうしてひとまずの終わりとなったわけであるが、そのタイミングでアストール伯が切り出した。
「そうだ。そう言えば、ソラくん……だったね?」
「あ、はい。なんですか?」
「君も手伝ってくれるという事だったのだが……君の方も時間に空きは多くなると思う。その間、なにか予定はあるのかね?」
「いえ……特には。必要に応じて手伝う様には言われていますが、それだけです」
現状、カイトはソラに対しておそらくアストール伯から別途要請があるだろう、という程度でそれがなければ好きにする様に言われていた。もし要請があればそちらを優先する様に、となっているので、ソラもそのままを答える事にした。それに、アストール伯が頷いた。
「そうか……それなら、一つ頼まれて貰いたい」
「なんでしょうか」
「君たちが剣士という事は聞いている。実はファブリスも剣を習っていてね。そちらの調練も見てやってはくれないか?」
「自分は大丈夫ですが……良いんですか?」
カイトから言われていた事ではあったが、同時にソラはそれは良いのだろうか、と思っていたらしい。一応自分の流派がある以上、他流派の者が手を出して良いかわからなかったのだ。そしてこれは地球であれば彼の考えが正しいだろうが、エネフィアにはエネフィアの事情があった。
「ああ。自流派だけでは見えない物がある、というのは君達の方が良く知っているだろう? なのでこういうふうに冒険者を招いた際には手習い程度だが鍛錬を見てもらっていてね。何より、実戦になれば自流派だけと戦うなんて事はないだろう?」
「それは勿論です……そうですね。みっちり教えろ、というのでしたらお断りさせて頂こうと思いましたが、一日一時間程度でしたら」
「勿論、それで良い。ファブリスにもファブリスの予定があるからね」
ソラの快諾に、アストール伯が笑って頷いた。ソラとしても彼の言い分に道理があったのは冒険者として納得出来る事だった。何より、彼もファブリスというかアストール家、ひいてはアストレア家の武術に興味が無いわけではなかった事も大きかった。そうして、二人共それぞれが追加で依頼を受ける事になり、打ち合わせはひとまずの終わりを迎える事になるのだった。
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