第2079話 草原の中で ――アストール家――
かつて収穫祭の前に行った『ロック鳥』の狩猟で出会ったイングヴェイ率いる『猟師達の戦場』からアストール家での依頼の引き継ぎを行われたカイトとソラ。そんな二人はイングヴェイが残した情報を基に、依頼人との話し合いの打ち合わせを行っていた。
「えっと……まず今回の依頼人はアストール伯ルフレオ。アストール伯爵……で良いんだよな?」
「ああ。年齢は三十六。家族構成は妻が二人に子供が三人。内、第二夫人が現在妊娠中で、今回関わる事はまずないだろう、との事だな」
貴族にとって複数の妻が居る、というのは取り立てて珍しい事ではない。そして子供の年齢的にも彼らの年齢的にもまだ子供が出来ていても不思議はない年齢だ。身重の妻が出てこないのは至って自然な流れだった。というわけで、そちらについては気にしない事にして二人は今回の主題である子供達に話を向ける。
「で、この内第一子となる長女が第一夫人の子で、オレが今回中心的に関わる相手だ」
「俺の方はこっちの第二子の子で長男……なんだよな?」
「ああ。まぁ、ダイヤ・ロックの調練にはオレも動くから、基本的にお前は世話役とでも考えておけば良い」
「そっちのが有り難いぜ……」
カイトの言葉に、ソラは心底の安堵を滲ませる。言うまでもない事であるが、彼は魔物の調教なぞした事がない。無論、飼った事もない。どうすれば良いか、なぞ未知数も良いところだった。それをするぐらいなら、喜んで貴族の令息と遊んでいたいところであった。
「あはは……まぁ、そう言っても流石に一日に行える調練にも限度がある。なので大半はお前が令息と関わって、となるだろう」
「何すりゃ良いんだ?」
「それは依頼人から聞いてくれとしか。そこらはイングヴェイ達に求められていた事ではなかったからな」
イングヴェイ達は生粋の冒険者。なのでアストール伯にしても調練に付き合う程度の事しか求めておらず、それについてはイングヴェイ達も求められても困るとしか言い様がない。
が、それに対してカイトは貴族達との付き合いにおいてもある程度の実績を得ており、勉学面ならエネフィア側の学者達とも十分に渡り合えると思われている。
アストール伯としてもそれなら、と依頼の内容を少し変えたのである。その変えられた部分が、息子とのかかわり合いだった。見識を養うにも役に立つだろう、と考えられたのであった。
「そか……で、お前はその合間に色々なお話と」
「まぁ、そうなんだが……」
ソラの言葉に、カイトは少しだけ声を落とす。そうして、小声で彼に告げた。
「アストレア家から内々にご令嬢の一時的な家庭教師をして欲しい、と聞いている。なんでオレの側は普通の家庭教師業務だな」
「家庭教師? お前が?」
「出来るわ。てか、誰のおかげで高校合格したと思ってる」
「わーってるよ。感謝してる」
カイトに合わせて声のトーンを落としたソラが、カイトへと若干笑いながら感謝を示す。前に言われていたが、かつて不良だったソラの勉強の遅れに多大な貢献を果たしたのはカイトとティナだ。
今では大学院博士課程卒業と同程度かそれ以上の学力を持っていると知っている上、こちらでは公爵だ。貴族としての勉強も教えられるし、地球側の科学的な勉強、エネフィアでも通用する基礎的な数学など数多の分野で家庭教師が出来ないとは思わなかった。
「で……多分、お前に言われるのも同じだと思われる」
「……マジ? 冗談だろ?」
「冗談で言うかよ」
盛大に顔を顰めたソラに、カイトが椅子に深く腰掛けて肩を竦める。とはいえ、おおよそ推測出来る事もあった。
「ま、そう言っても流石にそこまで勉強を教えてくれ、って事もないだろう。オレの側の理由は家庭教師が休暇を取ったので、その間の代役だ。連発は出来ん」
「休暇……取ったねぇ」
「取らせたの間違いだろ、って顔をしてるな。正解だが」
ソラのどこか呆れたような表情に、カイトも笑ってその推測が正解である事を明言する。ここらについてはカイトに関わる事とアストレア家が調べてくれており、少し前から令嬢の家庭教師が長く休みを与えていなかったから、と表向きはアストール伯の好意で休暇を与えられている事になっていたとの事である。が、休暇を与えている時期などからかなり急に与えた様子で、家庭教師も困惑気味だったそうである。
「あ、そうだ。そう言えば名前は何ていうんだ? イングヴェイさんの資料にはほとんどご令息やらご令嬢やらって書かれてたから、どっかにあったか覚えてないんだけど」
「ああ、お前はそう言えば一枚目見てなかったな」
カイトは途中から覗き込んでいた形のソラに、別途手紙に添付されていた一枚目の資料を手渡した。そちらに、今回の依頼人一家となるアストール家の顔写真が添付されていた。
「さっきから何度か言っていたと思うが、家長にして現当主がアストール伯ルフレオ。その第一夫人ポーリン。第二夫人は今回は身重の為、離れにて療養して居るので関わらない様にされた、とあるので情報は未記載。長女がリリー・アストール。長男がファブリス・アストール。次男はシャリファ・アストール。この内、長女と次男が第一夫人の子供。長男と今度生まれてくる子供が第二夫人の子供だな」
「りょーかい。覚えた」
カイトの情報に、ソラは記憶を補助する魔術で全員の顔と名前を記憶する。なお、当然だがカイトは本来の立場も相まって第二夫人の名前や顔等は把握しているが、それについては流石にソラに語らない事にしていた。
夫人はもう出産も近いらしく、アストール伯も関わらない様に言うだろう、と思った事が大きかった。と、そうしてアストール家の第二夫人を除く全員の顔と名前を一致させたところで、馬車が停止した。
「……到着した、ってわけか」
「ああ……さて、行くか」
「おう」
カイトの言葉に、ソラが少しだけ気合を入れて頷いた。そうして二人が覚悟を決めたと同時に、扉が開いてアルトゥールが姿を見せる。
「おまたせ致しました。アストール伯爵邸に到着致しました」
「「ありがとうございます」」
カイトとソラの礼に、アルトゥールが頭を下げる。そうして彼が再び御者席に戻った一方で、アストール伯爵邸の正門前に立っていた女性が二人に腰を折る。
「お待ちしておりました。アストール家家令のレイラと申します」
「ありがとうございます。カイト・天音とソラ・天城。アストール伯よりのご依頼を受け、参りました」
「主人より伺っております……こちらへ。主人がお待ちです」
レイラ。そう名乗ったメイド服――勿論創作物に語られるメイド服ではなく普通のメイド服――の女性が頭を下げる。そうしてそんな彼女に案内されて、二人は屋敷の奥へと通される事になった。と、そんなアストール伯爵邸を歩きながら、ソラがふと疑問を得てカイトへと問いかけた。
「屋敷の構造はどこかアストレア邸に似てるけど……何か意味があるのか?」
「皇国では同じ一族だと、構造を似せる事が多い。詳しい事情とかは知らんが、それが風習みたいなものだそうだ。まぁ、だからか構造そのものは貴族によらず似た様な構造になる」
「へー……でもあんまマクダウェル公爵邸は同じじゃないよな」
マクダウェル邸はどちらかと言えばかなり独特な構造を取っている。と言っても奇抜というわけではなく、地球の一般的な西洋風の巨大なお屋敷に近い。そこに更にカイトの趣向による和風の中庭や和室があったりとする為、どこかごった煮に近い印象が受けられる。と、そうして歩く事しばらく。最奥にあるアストール伯の執務室へと通される事になった。
「旦那様。お客様をお連れ致しました」
『入ってくれ』
「はい……では、どうぞ」
きぃ、という音を立ててレイラが開いた扉から、カイトとソラが中へと入る。そうして入った先で待っていたのは、三十代前半から四十前の亜麻色の髪を少しだけ長めに整えた男性だった。
その彼は貴族に相応しい優雅さが見え隠れしていたが、同時に一族が一族ゆえにか筋肉の衰えなどは見えず、実年齢はもう少し年上と考えても良さそうだった。そんな彼が、カイトとソラに微笑みかける。
「やぁ、よく来てくれたね」
「アストール伯。お招き頂きありがとうございます」
「ありがとうございます」
自分達を歓迎してくれたアストール伯に、カイトとソラが頭を下げる。それに、アストール伯も一つ頷いた。
「うむ……まぁ、立ち話もなんだろう。そこのソファに座ってくれ。レイラ、客人に茶の用意を」
「かしこまりました」
「ああ……それで、呼び立てておいて申し訳ないが、後少しだけ待ってくれ。この五枚の書類にサインをしてしまわないといけなくてね。急ぎなんだ」
「わかりました……ソラ」
「ああ」
アストール伯の指示に従って、カイトとソラの二人は彼の執務室に備え付けられていた応接用のソファに腰を下ろす。そうしてしばらく待っているとレイラが再度やって来て、二人へとお茶を提供する。
「ありがとうございます……ふぅ」
「いえ……もしおかわりが必要でしたら、お申し付けを」
「ありがとうございます」
ぺこり。カイトの礼に頭を下げたレイラがその場から少しだけ離れる。どうやら基本的な給仕は彼女がしてくれるらしい。そうしてカイトとソラがそれぞれ一杯ほど紅茶を空けたところで、アストール伯が羽ペンをペン立てに置いた。
「よし。これで良いだろう。すまないね、待たせてしまって。アストレア家から機動部隊への支援要請が来てね。急ぎ、目を通さねばならなかったんだ」
「いえ……我々もおおよその状況は把握しております。お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「ははは。呼んだのは私の方だ。こちらこそ、待たせてしまってすまなかったね」
一応の社交辞令として、カイトはアストール伯に頭を下げる。それにアストール伯は笑って、再度の謝罪を口にする。どうやら過度に上から目線になる事もなく、道理を弁えているというわけなのだろう。
まぁ、そうでもなければアストレア家がカイトへの依頼を許可するとも思えなかった。さほど気にする必要もないだろう。そんな彼は自身もレイラから差し出された紅茶を一口口にすると、改めてと自己紹介した。
「まぁ、何をするにしても、一応名乗っておこう。私はアストレア家分家アストール家当主ルフレオ・アストールだ」
「カイト・天音です」
「ソラ・天城です」
「ああ、よろしく頼む。君も、よろしく頼む」
アストール伯の差し出した手をカイトとソラが握り握手を交わす。そうしてひとまずの挨拶がかわされた後、カイトは改めて依頼の話をする事にした。
「それで、イングヴェイからおおよその状況は伺ったのですが……ご子息の『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練に手を貸して欲しい、と」
「ああ。君も聞いているとは思うが、元々はイングヴェイ達にはそれを込みで依頼していてね。竜と狼を飼育している君は知っているだろうが……そちらの君はどうかな?」
「何を……ですか?」
唐突に話を振られたソラが困惑気味に問いかける。これに、カイトが補足説明を入れた。
「イングヴェイ達の依頼に含まれていたものだ。何が込みで依頼されていたのか、というわけだな」
「依頼に……?」
「ああ、一般に知られていなくても無理はない。これは魔物をペットとして飼育する者や、我々の様に職業柄魔物と生活する者ぐらいしか知らないからね。反抗期、と言うんだが……」
「ああ、なるほど。それならわかりました」
アストール伯の言葉を聞いて、ソラも何が依頼に含まれていたかを理解する。反抗期、とアストール伯は言ったが、実際にはそこまでひどいものではない。要は少しやんちゃしてしまう時期があり、それを反抗期と呼んでいたのであった。
が、それでも主人に反抗的な姿勢を見せる時期がどうしてもある為、貴族によってはそういった時期に入ると冒険者を雇って抑え込む事もあったのである。雛から飼育していてもこの反抗期だけは避けられない為、予めイングヴェイ達にそこの抑制も依頼していたのは自然な流れだった。
とはいえ、鷲騎士とも言われるアストール家にそれが必要かというとさほどではない。なので彼は改めて事情を語った。
「一応、普段は我々も専任の調教師が居て、彼が抑えている。が……まぁ、当然だが彼も休み無く働けるわけではないからね。一週間ほどの休みを与える事になっていて、その間に彼らが代役として抑え役をしてくれる予定だった。が……『リーナイト』の一件でそれも無理になってしまってね。代役に心当たりはないか、と聞いたところ、君たちの名前が上がったのだよ」
「そう、私も伺っております」
おそらくこれについてはイングヴェイ自身も自分達の利益を考えた上での最適だったのだろうが。カイトはアストール伯の白々しい態度に一切の不快感を見せず、そう判断する。
イングヴェイ達にとって同業他社は利益の競合するライバルだ。そのライバルを貴族に紹介するぐらいなら、腕が良いが別業種のカイトを紹介した方が遥かに良かった。
「そうか……まぁ、彼らの腕は私も承知している。引き継ぎはしっかりしてくれているだろう。それで、ここまで来てくれたという事は受諾という事で良いのかな?」
「無論です。その為に、補佐としてソラも連れてきています」
「そうか。ありがとう」
カイトの改めての受諾の明言に、アストール伯が形ばかりではあるが礼を述べる。そうして、しっかりとした依頼の受諾に関する確認が取れたところで、改めての依頼の話になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




