第2078話 草原の中で ――引き継ぎ――
アストレア公爵家分家アストール伯爵家からの依頼により、収穫祭の少し前に捕獲した『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練への協力を行う事になったカイト。そんな彼は同行者として選んだソラと共に、二人アストレア領にあるアストール領を目指していた。
その道中、アストレア公フィリップよりアストレア家が主導する遺跡探索において、ヴァールハイトが語った『天使の子供達』の痕跡と思しきカプセルが発見された事を語られる。
そうしてアストレア公フィリップから遺跡探索への協力を依頼されたわけであるが、それに承諾を示した後。彼らは改めてアストレア家が用意した飛空艇にて、アストール家を目指していた。
「ふむ……遺跡の規模としては中規模か。オプロ遺跡の四分の一ぐらいしかないが……」
「小さい研究所ってわけか?」
「研究所じゃない、というのが一応の調査結果だな」
「そこに、『天使の子供達』が運び込まれたのか?」
「だというのが、現状の推測だな」
ソラの問いかけに、アストレア家から提供された詳細資料を確認するカイトは一つ頷いた。現状、このカプセルが本当に『天使の子供達』が運び込まれた証拠なのか、と言われるとまだ確定は出せる状況ではない。現在アストレア家とブランシェット家の主力が動いて正確な結論が出せる様にしているという事だが、その結論を出す為にカイト達の助力がほしかったのだ。と、そんなわけで両家への協力をするべく資料を読むカイトへと、ソラが再度問いかける。
「そういや、ふと思ったんだけどさ」
「ん?」
「どういう基準で『天使の子供達』が運び込まれる事になったんだろ。今回のところだって研究所じゃない、って話だろ? ってことは、なにか意図があったのかな、って」
「ふむ……興味深い質問だな」
確かに、そこが分かれば調査もある程度範囲を絞って行う事が出来る。重要な事だろう。というわけで、カイトは一度資料から顔を上げてソラの問いかけを考えてみる事にする。
「今回カプセルが見付かった遺跡は元々は軍事施設だったという。その周辺には街道もあったというから、元々は関所の類だったのでは、というのが考古学者達の言葉だな」
「交通の要衝ってわけか」
「ああ。小規模だが、重要拠点だ。無論、各地へ向かうにも良い場所だろう」
「となると、そこら一帯を管轄してる感じなのかもしれないか」
「かもしれん」
流石にそこについてはわからないが。カイトは『天使の子供達』の数が限られている事と広大な敷地を守らねばならない事から、ソラの推測を認めつつもあくまでも推測と述べておく。
「まぁ、そういっても流石にまだ情報が足りない。今後の調査に期待というところだろう。どうせ、ウチもまた依頼が来るしな」
「あー……そういや、そんな事言ってたっけ」
近々遺跡探索に関する依頼が来るかもしれない。ソラはカイトがそんな事をソーニャに言っていた事を思い出す。そうして、二人はそれから少しの間そこらの遺跡に関する話をしながら、アストール家への道中を過ごす事になるのだった。
二人がアストレアを出立しておよそ三時間。飛空艇に揺られのんきな空旅となっていた二人であるが、道中魔物の襲撃もなく何事もないままにアストール領の中心アストールに到着する。そうして降り立ったアストールは、雄大な自然が見渡せた。
「はー……草原のど真ん中に街があんのか……」
「いや、それで言ったらウチも草原のど真ん中なんだが」
「あ、そういやそっか……でも、こんな山とか見えたりはしないだろ?」
「ま、たしかにな。ウチは草原のど真ん中もど真ん中。ガチの交通の要衝にある……ここも確かに交通の要衝ではあるが、どちらかというと草原で活動する者たちの憩いの場として、発達した」
「へー……」
カイトの語るアストールの歴史を聞きながら、ソラが興味深げに周囲を見渡す。どうやら街そのもので高さ制限のような物を行っているらしく、マクスウェルのような高層ビル系の建物はなかった。
が、決して田舎町というわけではなく、ある程度発展を遂げてその先に色付けを行った結果である事が見て取れた。
「高さ制限があるっぽいけど、なにか理由とかあるのか?」
「ああ……アストール……ひいてはアストール家は元々鷹狩りとそれに端を発し『鷲獅子』の調練や騎乗に優れた一族だ。ダイヤ・ロックを求めたのも、それ故だな」
「あ、そっか……『ロック鳥』も鷲系といえば鷲系だもんな」
「そういう事だな。実際、優れたアストール家の当主の中には鷲ではなく『鷲獅子』や『ロック鳥』を相棒としていた者も居たそうだ。オレの活動していた時代は『鷲獅子』に乗っていたし、『鷲獅子』兵団を抱えたガチガチの武闘派だった」
「はー……」
元々魔物を飼い馴らそうというのだから武闘派なのだろうな、とは思っていたソラだが、そこまでとは思わなかったらしい。カイトの解説に驚いたような、それでいて感心したような様子を見せる。そしてそれを聞いて、彼はなるほど、と頷いた。
「ってことは、代々結構腕は立つのか」
「ああ。今がどうなっているか、まで詳しくは知らんが……幼少期から『鷲獅子』や『天馬』に乗って空を駆ける感覚を養わせていたと聞いていた。実際、空挺団の中にもアストール家で修行したという者は居る」
「そか……うし! なら、少しは気合い入れてやんないとな」
「そうだな」
相手も武闘派だというのだ。おそらく令息はかなりの腕があるのだろう、とソラは考えて一つ気合を入れ直す。勿論、腕が立つと言っても流石にランクA冒険者にも匹敵するソラ並には至らないだろうので、カイトとしては若干気合が入りすぎているのでは、と思わなくもなかった。と、そんな二人に、声が掛けられる。
「カイト・天音様とソラ・天城様でございますね?」
「はい」
「私、アストール家家令のアルトゥールと申します。トゥールとお呼びください」
アルトゥール。そう名乗った若い男がカイトとソラに一礼する。アストレア家がカイト達の乗る便などはすでに伝えている。そして交通機関である以上、ある程度の到着時刻はわかっている。なので迎えが来ていても不思議はない。というわけで、二人もアルトゥールに頭を下げた。
「ありがとうございます」
「はい……それでは、馬車の方へとご案内致します。こちらへどうぞ」
「はい……ソラ、行こう」
「おう」
カイトの言葉を受けて、ソラもまた歩きだす。そうして二人はアストール家が用意した馬車に乗って、しばらくの間移動する。と、その道中の事だ。御者席に腰掛けるアルトゥールがカイト達に教えてくれた。
「そういえば、イングヴェイ様より天音様へと書簡を預かっております。数日前に届いた物です。どうされますか?」
「イングヴェイから?」
「はい」
「なら、今の内に拝見しておきます」
「では、こちらを」
イングヴェイからという手紙を、カイトは受け取る。まぁ、元々イングヴェイは今回の事の発端の一人と言っても良い。そしてなるべく自分達で片付けると言った手前、早々に巻き込んでしまったので貴族達の前である手前、一応の詫びと仲介を残しておくのが筋と考えたのだろう。そうして手紙を開くと、中から文章ではなくイングヴェイの映像が浮かび上がった。
『あー……まぁ、すまん! なーるべくウチで片付けるつもりだったんだが……』
どこか照れくさそうにしていたイングヴェイであるが、開口一番に出したのは謝罪だった。と言っても手をぱんっ、と合わせてだったので、どこか冗談めかした色があった。が、その後の彼の顔にはかなりの苦味が滲んでいた。
『実はこの間の『リーナイト』での一件で、ウチも結構被害出ちまってな。調練に付き合う予定だった奴が逝っちまってな。他にも結構手酷くやられちまってな。依頼受けられるような状況じゃなくなっちまった』
これについては、カイトも仕方がないと思っていた。実際、冒険部に死者が出なかったのは敵が殺すより自身の栄養分にしてしまう類の魔物であった事と、源次綱の助言が大きい。無論、密かに動いていた<<死魔将>>二人の支援も大いにある。
まぁ、それでもどのギルドでも死者は多くても十人程度と死者よりけが人の方が圧倒的に多いという歪さではあったので、どのギルドも逆にそちらの方が厄介と頭を痛めていたところではあった。死ねば埋葬だけで良いが、生きている以上は救わねばならないからだ。
『で……それで辞退する事になってたんだが、そこでアストール伯の要望もあってお前さんを推挙させて貰った。せっかくだから是非に礼が言いたい、って具合にな……まぁ、そっからアストレア家まで出てきちまったのは、俺も想定外だ。すまん』
「イングヴェイさん、アストレア家が動いてたってわかってたのか」
「伊達に情報通かつ切れ者と知られているわけじゃないオレが来る場合は後一人は補佐に来るだろうから、その二人をパーティに参加させるならどうすれば良いかって……そこを聞きつけたんだろう。無論、アストレア家の思惑なども鑑みた上での答えだろうが」
どこか驚いた様子のソラに対して、カイトはイングヴェイが自らに入ってきた情報と推測を重ねて導き出したのだろう、と告げる。そして実際、そうだったらしい。
といってもこれについては元々カイトもアストレア公フィリップから皇都での夜会の時点で要請されていた事なので、わざわざ謝られる事でもなかった。と、そんな会話を繰り広げた二人は、改めてイングヴェイの書簡に意識を戻す。
『で……まぁ、一応パーティには俺も参加はする。その際に詫びの一つでも持ってくから、それで許してくれ。お前さんらなら、問題無いだろ。ソラの小僧も、よろしく頼むな』
「俺が来るって見通してたのかよ……」
「そりゃ、この依頼の性質から考えてお前が来るのが妥当だろ。それぐらいさっきの裏に比べりゃ楽な話だ」
「まぁ、そうかもだけど」
確かに、今回の依頼の性質などはイングヴェイの方が良く理解しているだろう。なのでカイトが補佐に誰を選ぶか、と考えればソラしかいない。が、それでもこちらの内情などを考えてしっかり答えを出せていたのだから、やはりまだまだ及ばないな、とソラは思うだけであった。と、それで終わりと思われたメッセージだが、それで終わりではなかった。
『っと、そうだ。一応、俺が今回の依頼を受諾するまでに得られていた情報をお前らに残しておく。ロハで、急に押し付けしまった詫びとでも思っておいてくれ』
「詫びねぇ……」
「なんかあんの?」
「詫びというより、自分のところの評判の為だ。実は意外と、冒険者の引き継ぎってしっかりされるだろ?」
「ああ。あんま、困った事はないな」
やはりソラもサブマスターとして、いくつかのギルドで協力して動く案件で冒険部の代表として動く事はある。そんな案件の大半が貴族や大企業が依頼人だ。というわけで、そこに起因していた。
「あんまり引き継ぎが上手くいかないと任務失敗になっちまって自分の傷になるし、今回みたいな代役として推挙する形だときちんと引き継ぎを行えるか、も自分のところの評判に関わってくる」
「なるほどな……自分達が無理になっても、しっかり後ろの奴に情報を残して依頼人には不利益を与えませんよ、って言えるわけか」
「そういうことだな。上のギルドほど、そういう事がしっかり出来ている。組織としても重要な事だ」
やはりここらは熟練の冒険者達なんだろう。ソラはイングヴェイの残した資料を確認するカイトから資料を見せてもらいながら、そう思う。そうして、二人は道中でアストール家についての情報を確認する事になるのだった。
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