第2077話 活動再開 ――相談――
エンテシア皇国公爵であるアストレア家の分家であるアストール伯爵家。その伯爵家からの依頼を受ける形でアストール領へと向かう事になっていたカイトとソラの二人であるが、そんな彼らを道中のアストレア領アストレアで出迎えたのは、アストレア家の家令だった。
家令よりアストレア公フィリップが会談を持ちたいという要望を聞いたカイトは、アストレア家からの要請を受諾。ソラと共にアストレア公フィリップとの会談に臨んでいた。そうして、アストレア公フィリップとの挨拶を交わして少し。カイトとソラは彼から渡されたアストレア領内の遺跡に関する調査報告書を精査し終えていた。
「ふむ……やはり未発見の領域がいくつかあったのか」
「ああ。そちらについてはマクダウェル家からの報告の時点で各公爵共に想定していた事ではあった。事実、この会談の前に行ったブランシェット家との会合で、向こうも同様の報告を受けいている事を聞いていた」
「なんだ。先にブランシェット家とも会合をしていたのか」
「ああ……ウチは取り立てて優れた点があるわけでもないからな」
カイトの言葉に、アストレア公フィリップが笑う。とまぁ、そういう事ではあるのでアストレア家では獣人による鋭敏な感覚を活用出来るブランシェット家と共同歩調を取りながら調査を進めているらしく、情報の共有も頻繁に行っているらしかった。が、これにカイトが笑った。
「取り立ててねぇ……補給線の維持やら糧食の確保やら、軍事行動において必須とされるところにおいて、アストレア家に勝る家は無いと思うんだが。アストレア家の重要性を理解出来ん奴は為政者として二流以下だ。二流以下の戯言なぞ気にするだけ無意味だ」
「そう言ってもらえれば有り難い」
カイトの称賛に対して、アストレア公フィリップは感謝を滲ませる。先にカイトも述べていたが、アストレア家はアクの強い他四家に比べて地味といえば地味だ。目立った功績が無いとも言える。
が、それは他家の派手さに目をやられ、アストレア家の重要性を理解できていないだけだった。と言っても、やはり当人としても少し気にしてはいる様子ではあった。というわけで、カイトが少しだけ続けた。
「実際、ブランシェット家がそちらと共同歩調を取るのだってあちらが狩猟民族に近いがゆえ、補給線の確保の重要性が理解出来つつも苦手だからでもあるだろう? オレも、戦時にはフェリック……時のアストレア公には世話になった。取り立てて優れた点が無い、というのは語弊があるだろう」
「そうか」
カイトの言葉に、くすりとアストレア公フィリップが笑った。それで、カイトはこの程度で良いだろうと判断する。曲がりなりにもアストレア公。自己評価が出来ていないとは、彼は思っていない。
故に先の言葉は自身を試す為のものだと考えていた。そしてそれは案の定だった。故にアストレア公フィリップは同格であればこそ、頭を下げた。
「試して申し訳ない。何分、やはりアストレア家は目立たないのでな」
「あははは。それは、否定出来まい……いや、嫌味か?」
「さぁ、それはお答えしかねる」
笑ったカイトに、アストレア公フィリップもまた笑う。カイトは良い意味でも悪い意味でも目立つ。故にこれは彼が悪目立ちしてしまうという事への嫌味とも取れたし、素直に受け取る事も出来た。
が、アストレア流の自虐ネタというところなのだろう。というわけで、ひとまずの挨拶を交わし合って、改めて本題に戻る事にする。
「で、アストレア公。資料は拝見させて貰った。それで、なにか気になる点が?」
「ああ……まず、マクダウェル公から報告されていた<<天使の子供達>>。これについて、確認したい」
「ふむ……何か見つかったか?」
「ああ……サムエル。例の資料をマクダウェル公とソラくんへ」
「かしこまりました」
どうやら、資料はこれで全てではなかったらしい。アストレア公フィリップの指示を受けて、サムエルが一枚の写真を取り出した。
「これは……」
「小さめの……カプセルですか?」
「ああ。つい先日、大陸会議が行われていた間に行われた発掘調査で見つかった物だ」
ソラの問いかけに、アストレア公フィリップがはっきりと頷いて状況を説明する。写真に写っていたのは、丁度ホタルが使うメンテナンスカプセルに似たカプセル型の物体だ。
が、ホタルのメンテナンスカプセルの様に調整や修理をメインに構築されているわけではなく、中には布切れの残骸のような物が見て取れた。いうなれば、カプセル型のベッド。そんな印象を二人は受けた。
「サイズは170センチほど。大人が寝るには、些か小さいサイズだ」
「「……」」
やはりその程度か。二人は周辺に写っていた軍の兵士達や冒険者達との対比から、おおよそその程度の大きさだろうと推測していた。それ故、二人はこれに驚きを得なかったようだ。そうして、その二人に話をする前にアストレア公フィリップがソラを見ながらカイトへと問いかける。
「マクダウェル公。ここからの話、公は理解していると思う。話して良いかは、貴公に判断して貰いたい」
「……構わないだろう。間違いなく、今度の戦いにおいてソラも中核として動く事になる。こいつはまだ若いが、最も新しい神剣の担い手だ。聞いておくべきでもあるだろう」
「そうか……わかった」
カイトの返答を受けて、アストレア公フィリップが一つ頷いた。ソラに国家機密ともなる『天使の子供達』を語って良いか、もしくはカイトが語っているかは彼にしかわからない。なので判断を預けるのは正常な判断だろう。そうして、アストレア公フィリップが告げる。
「公の想像通り、アストレア家とブランシェット家はこのカプセルが『天使の子供達』の被験者達が眠っていた、もしくは調整に使っていたカプセルなのだと推測している。公はどう思われる?」
「オレも、写真を見る限りはそうだと思う」
見たところ、明らかに大人が眠るには適していないサイズだ。そしてこの調整槽のようなベッドは今まで見た事がない。であれば、必然としてこれは『天使の子供達』の被験者達が使う物だと考えられた。と、そんな公爵二人だけで行われる会話に、ソラが口を挟んだ。
「その『天使の子供達』というのは?」
「わかりやすく言うと、カナタに施された施術だ。それの亜種を、ファルシュさんはオプロ遺跡で強制されていたんだ」
「強制……」
つまり、自身の意図に反してやらされていたという事か。ソラは何より重要な点を先にカイトが話した意図を理解する。あくまでもこの点について悪いのはヴァールハイトではなく、当時のオプロ遺跡の所長。そうワンクッションを置いたカイトは、ソラへと『天使の子供達』に関する事を語る。
「と、いうわけだ。今皇国が遺跡の再調査を行っているのは、その『天使の子供達』を探す為でもある」
「そんな裏が……」
あったのか。ソラはカイトから語られた皇国の遺跡再調査の裏に、驚いた様に目を見開く。そんな彼に、カイトは一つ頷いた。
「勿論、表沙汰にされている危険性の再確認というのもまた事実だ。そこに加えて、というわけだな」
「で、それがファルシュさんからの最後の依頼、ってわけか」
「ああ。それの達成が確認されると、今度の戦いの切り札になるかもしれない『振動石』が手に入る」
「無茶苦茶重要なのか……」
それはかなり重要だ。ソラは自身がアーネストとエルネストの二人の戦いに触れていればこそ、洗脳対策がどれだけ重要なのか理解出来ていた。そうして、深く息を吐いた彼に、カイトもまた同意する。
「ああ。それに何より、この『天使の子供達』の被験者達は犠牲者だと言って良いだろう。道義的にも、その保護はせねばならない相手だ」
「……だな。ああ、すいません。腰を折りました」
「構わないとも。ここからの話をする以上、基本的な情報は持っておかないとダメだからね」
ソラの謝罪に、アストレア公フィリップは一つ首を振る。そうして情報共有が終わったところで、改めてアストレア公フィリップが本題を告げる。
「それで、これが『天使の子供達』の子供達に使われるカプセルだとして、問題になるのは中身の方だ。これが、どこに行ったのか」
「なにか手がかりは?」
「それが何も……今回、このカプセルが見つかった経緯だが、完全に偶然の産物だった」
カイトの問いかけに、アストレア公フィリップが困った様に首を振る。そうして、彼はこのカプセルが見つかった経緯を語った。
「偶然、探索の最中に魔物に襲われたのだ」
「結界は展開していなかったのか?」
「それを抜けてきた。どうやら元々遺跡の地下で眠っていたらしい」
「なるほどね」
時折起きる事故ではある。カイトは結界が展開された場合で最も不運な結界の範囲内に魔物が居た場合が偶然にも起きたのだ、と理解する。そしてその偶然こそ、今回カプセルが見つかった要因だった。
「そこで偶然、魔物が地下の更に下にあった隠し部屋への壁を突き破ったそうだ」
「それで偶発的に発見された、と」
「ああ。密閉状態は悪くはなかったらしいが……機能そのものは失われて久しかったとの事だ」
「動力が失われてどのぐらい、って学者達は?」
アストレア公フィリップの言葉に、ソラが疑問を呈する。これに、アストレア公フィリップは資料をめくる。
「……大体、1500年ほどだそうだ。中の劣化度合いから、そう判断されたらしい」
「ふむ……」
どちらだろうか。カイトは中で眠らされていたのだろう子供が見付かったのか、それとも用意されはしたものの使われなかったのかどちらかを考える。そうしてそこを考える彼は、一つ問いかけた。
「なにか人が出入りした痕跡、ないしは生活した痕跡は?」
「まだ見付かっていない」
「そこに続く通路などは?」
「偶発的に見付かったものだから、そちらについてもまだ調査中だ」
なるほど。つまり自分達が偶然こちらに来る事になったので、調査の途中だが意見を聞いておこうと思ったわけか。カイトはアストレア公フィリップの思惑を理解する。そしてであれば、と彼の依頼も理解した。
「わかった。そういう事であれば、請け負おう。偶然とはいえこちらへ来たので、としておけば誰も疑問には思わないだろう」
「頼まれてくれるか?」
「無論だとも」
「……すんません。どういう事ですか?」
ここら、やはり貴族として相手の思惑を読む事を生業とする二人だから通じる事、と言って良いだろう。なのでソラはほとんどわかっていなかった。そしてこれに、二人は思わず笑った。というわけで、笑いを抑えてカイトが問いかける。
「あ、あぁ、すまんすまん。アストレア公はその隠し部屋の調査を進めたい、というのはわかるな?」
「見付かったばかりだから、当然だよな。それにそこで『天使の子供達』? ってのが見つかるか否か、ってのはかなり重要なんだろ?」
「ああ。だが、お前だってわかるだろ? カナタの戦闘力とまではいかないでも、下手するとランクSにも匹敵する相手が眠ってるかもしれないんだ。なるべく万全を期して、ってのは。それに、もしかしたら敵が眠ってる可能性もある」
「ああ、なるほど……」
確かに言われてみれば尤もだ。ソラはアストレア公フィリップの思惑を理解して、一つ頷いた。そうして、それに同意する様にアストレア公フィリップも頷いた。
「そういうわけだ。無論、全部の調査に付き合ってもらう必要はない。道中、通路についてはこちらで調査を行う。が、部屋の調査に立ち会って欲しい」
「オレは先に言った通り、問題無い……ソラ、お前は?」
「え? 俺?」
「そりゃ……お前も受けるかどうか選べるからな。これはあくまでも依頼だ」
驚いた様子のソラに、カイトが何を当たり前な、と問いかける。それに、ソラが即断した。
「別に問題無いよ、俺もそれで。それに、俺が居た方が良いだろ? 神剣使えばある程度洗脳は対処出来るし」
「か……とまぁ、そういうわけだ」
「かたじけない。依頼料には色を付けておこう。帰りに一日二日ほど付き合ってくれるだけで良い」
「わかった」
アストレア公フィリップの言葉に、カイトは一つ頷いた。どうせ帰りにもアストレアには立ち寄るのだ。なら、行き掛けの駄賃だ。受けても損はなかった。そうして、カイトとソラはアストレア公フィリップからの依頼を受けて、帰り道にアストレア軍とブランシェット軍の発掘調査に立ち会う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




