第2076話 活動再開 ――相談――
アストレア家の分家であるアストール家。収穫祭の前に出会ったイングヴェイという冒険者が率いるギルドを介して知己を得る事になったこの家よりの依頼で、『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練とその少し後に迫るアストレア家主催のパーティに参加する事になったカイトとソラ。
そんな二人はアストール領へと入る為にアストレア領の中心アストレアを経由する事になるわけであるが、そこでアストレア家の家令よりアストレア公フィリップが二人に用事がある、という事で急遽アストレア公フィリップとの間で会談を持つ事になっていた。
「あー……やっぱすげぇふかふかだったな、ベッド」
「最高級のホテルだからな」
アストレア公爵邸に向かう馬車の中、カイトとソラは昨日のホテルの事を話していた。やはり公爵が用意してくれた最高級のホテルとあって寝心地も朝食も素晴らしく、長旅の疲れは完全に抜けていた。これなら、今日の移動と明日からの仕事にも備えられるだろう。と、そんな事を話しながら待っていると、馬車がゆっくりと停車する。
「着いた、か」
「つっても、正門前とかだろ?」
「良くわかってるな」
「あのな……お前んち見てりゃわかるわ」
笑ったカイトの言葉に対して、ソラはカイトのマクダウェル公爵邸を知っていればこそ何を今更と肩を落とす。実際、比較的小さいと言われているマクダウェル公爵邸でも正門から本邸までは歩きでは少し時間が掛かる程度の距離がある。裏庭から本邸なら更に掛かる。が、これでもまだ狭い方なのだから、アストレア家の敷地面積もわかろうものだった。
「あははは……とはいえ、実際そんな所ではあるか。流石にウチの倍とまではいかんが、ウチよりは広い。つってもウチの場合裏庭もとい馬鹿の遊び場もあるから、正門から本邸まではかなり短い。基本は裏庭はあくまで裏庭だから、小さめに設定される。なんでウチの倍以上は掛かると思っとけ」
「マジか」
「ま、こればっかりはな」
驚きを露わにしたソラに、カイトは肩を竦める。実際、マクダウェル公爵邸の様に敷地の中央に本邸がある家はエネフィアでは比較的珍しいらしい。無論、だからと言って裏庭などが狭いわけもなく、エネフィアの広大さに見合った巨大さはある。
が、やはり地球で生まれ育ったカイトはそちらに基本的な常識と考え方があるわけで、広すぎるのは嫌、と難色を示したのであった。というより、彼の場合は自分の家で遭難したくない――フロイライン邸にて迷子になった事がある――との理由が大きかった。
「……」
「……」
「……」
それからしばらく。ソラはまさかそんな時間が掛かるわけがない、と思いながら馬車に揺られる。ここで彼にとって残念だったのは、馬車に揺られている所為で実際に外観が見れていなかった所だろう。故に一向に到着しないのを受けて、思わず口を開いた。
「……え。もしかしてさっきの話、マジなわけ?」
「嘘だと思ってたのか?」
「お、おう」
マクダウェル公爵邸でさえ、広大な敷地面積を誇るのだ。それを上回るとは思っていなかったらしい。が、実際には大半の日本の国立公園以上の敷地面積を有しており、やろうと思えば小規模な村も建てられるらしい。とはいえ、それだけの広さを有するには有する合理的な理由もきちんと存在していた。
「まぁ、実際の所としてはエネフィアでは村が壊滅して避難民を一時的に受け入れる必要がある事もある。なんで通例的に領主の敷地には避難民をある程度受け入れられるだけの広さが必要なんだ。まぁ、今では避難所とかも出来上がったから、使われる事は無いがな。結界を展開しないといけない場合、どうしても必要になる事もある」
「そっか。確かに街の中じゃないと結界展開出来ないもんな」
「そういうことだな。となると必然として、どこかに広い敷地が必要になる。その選択肢の一つとして、というわけだ」
「なるほどな……」
確かにこれだけの広さがあれば、村一つ分ぐらい一時的に受け入れられるだろう。ソラは改めて馬車の窓から外を眺めて、なるほど、と納得する。
そして改めてしっかり外を観察してみれば、流石に農耕は出来ないが木の実などの食べられる物も見受けられ、そういったかつては万が一の避難に使ったのだろう名残が見受けられた。と、そんな事を観察していると、長い道中もあっという間だ。故に気付けば、馬車が停止する。
「んぁ?」
「着いた、みたいだな」
「じゃ、これが……邸宅の大きさはそんな変わんないんだな」
「流石に大きすぎてもな……まぁ、それでもウチよりはデカイ」
「はー……」
そんなもんなのか。カイトの言葉にソラは呆気にとられながらも、開いた扉から外に出る。そうして見えたアストレア公爵邸はやはりカイトのマクダウェル公爵邸よりも一回りか二回りは巨大だった。と、そうして降り立った二人へと、老執事が優雅に腰を折る。
「お待ちしておりました」
「貴方がここに居るということは……」
「はい。公爵閣下の事をご存知の者以外は下がらせております。ですので、演技の必要はございません」
「そうか」
どうやら老執事はカイトの事を知っていたらしい。そして逆も然りだ。その返答にカイトも公爵としての風格を身に纏う。それに改めて頭を下げた後、老執事がソラへと頭を下げた。
「そしてソラ・天城様。ようこぞおいで下さいました。私、アストレア家家令のサムエルと申します」
「あ、ありがとうございます。ソラ・天城です」
サムエル。そう名乗った家令の挨拶に、ソラも慌てて頭を下げる。そうして挨拶を交わして案内を開始したサムエルへと、カイトが歩きながらどこか嬉しそうに笑いかけた。
「まさか、貴方とまた会えるとは思いませんでした」
「閣下が来られるという事でしたので、私が。そちらの方が何よりわかりやすかろう、と」
「そうでしたか……では、もう後任が育ったと」
「ええ……喜ばしい事です」
カイトの言葉にサムエルが柔和に微笑んだ。そんな二人に、ソラがおずおずと問いかける。
「えっと……二人はお知り合い……なんですか?」
「ああ……サムエルさんは先代……になりますか?」
「ええ。と言ってももう二代前になりそうですが……」
どうやらサムエルの後任の執事長も引退が近いらしい。カイトはサムエルの返答にそう理解する。と言ってもサムエルも厳密には引退したというわけではなく、後進の育成に力を注いでいるとの事だ。と、そんな話を繰り広げようとした所で、カイトは気を取り直す。
「っと……それでサムエルさんは三百年前のアストレア公爵に仕えていた執事長だ。その頃に何度かやり取りをさせて頂いていてな。顔見知りだったんだ」
「へー……」
なるほど、そういう事か。ソラもアストレア公フィリップがカイトの出迎えにサムエルを差し向けた理由を理解する。カイトの正体を知っている彼が出迎えに立っていれば必然、この場でカイトをマクダウェル公カイトとして迎えるという事を言外に述べられる。
同時に彼が立っていればカイトもマクダウェル公として振る舞う必要が出て来る。言われなくても、そして言わなくてもお互いにどの立場で話し合うか、とわかるのである。と、そんなソラの理解を見てカイトはこの程度で良いか、と判断。改めてサムエルへと礼を述べた。
「そうだ……フェリックの件、ありがとうございました。それと、遅れて申し訳ありません。本来なら、もう少し早めにお送り出来れば良かったのですが……」
「いえ……こちらこそ感謝の言葉しかありません。フェリックス様も草葉の陰で喜んでおられるでしょう」
足を止めて感謝と謝罪を述べたカイトに、サムエルが首を振る。フェリックスというのは当時のアストレア公の名で、当然だが彼は今はもう死んで久しい。
エネフィアに戻り他の公爵や大公達と顔を合わせた後、カイトはリデル公イリスに跡目は譲ったが存命だった先代のリデル公、ハイゼンベルグ公ジェイクを除いた当時の公爵と大公達に向けて弔問の使者と手向けの花を送っていたのであった。
で、アストレア家では当時の執事長であるサムエルが当時のアストレア家の名代として動いてくれており、カイトの感謝はそれ故のものだった。
「そうですか……彼の最期は伺いました。彼らしい繊細で細やかな配慮が感じられる言葉だったな、と」
「そうでしたか」
カイトの言葉に、サムエルが再度微笑む。カイトに向けて何人かが今際の際に遺言を遺していたわけであるが、その内の一人に当代のアストレア公フェリックスも居た。
その彼はカイト曰く繊細な配慮が得意な人で、基本当時は暴走しがちな自身やそれを放置するハイゼンベルグ公ジェイクに代わって他の貴族同士での潤滑油としての役割を果たしてくれた重要な人物だった、との事であった。それが、遺言にも現れていたのであった。そうして、当時のアストレア公についての話をしながら歩く事少し。三人は当代のアストレア公フィリップの部屋の前へと通される。
「フィリップ様。お客様をお連れ致しました」
『ああ、入ってくれ』
「失礼致します」
中から響いたアストレア公フィリップの応諾を受けて、サムエルが部屋の扉を開いて二人を中へと招き入れる。そうして入った部屋では、アストレア公フィリップと一人の壮年の執事が控えていた。
「マクダウェル公。申し訳ない、急に呼び立てて」
「いや、構わん。こちらこそ数日後には世話になるし、そこからはあまり時間も無い。取れるとすれば、今ぐらいだっただろう」
本来は予定に無かった会合だ。なので急に予定を入れてしまった事への謝罪を述べたアストレア公フィリップに対して、カイトは一つ首を振る。そうして社交辞令を交わした後、一応の所としてカイトはソラを紹介しておく。
「それで、こっちはソラ・天城。天桜学園のギルドにおいて、サブマスターをしている」
「ソラ・天城です。よろしくお願いします」
「ああ。フィリップ・アストレアだ。よろしく頼む」
頭を下げたソラに、アストレア公フィリップは一つ頷いた。そうして頷いた彼は続けて壮年の執事をソラへと――カイトは知っている為――紹介する。
「それでこっちはニルス。サムエルの後任の執事長だ」
「ニルスと申します。以後、お見知りおきを」
「よろしくお願いします」
頭を下げたニルスに対して、ソラもまた頭を下げる。そうして挨拶が終わった所で、カイトとソラは応接用の椅子に腰掛ける事になる。
「ふぅ……それで、アストレア公。急に呼び立てた理由を聞いておきたい」
「ああ……先にマクダウェル公より遺跡調査に関する事だ。それについて、いくつか聞いておきたい」
「なるほど……それなら、オレもソラも適役か」
現在、皇国では国が主導して各地の貴族に領内の遺跡の再調査をさせている。それは当然アストレア領でも行われており、それは事の重要性からアストレア公フィリップが主導して行われている。
なので報告なども彼が受けており、そこでいくつか聞いておきたい事があったのだろう。とはいえ、それを話す為にもまずは情報を共有する必要があった。
「それで、まずは何かを話すよりも前に一旦は我が領内での調査報告書を見てもらいたい。話はそれからだ」
「当然か……ああ、ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
ニルスより渡された資料を受け取って、カイトとソラは資料に目を通す事にする。そうして、二人はアストレア公フィリップからの要望を受けて遺跡調査に関する話し合いを行う事になるのだった。
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