第2075話 活動再開 ――出立と到着――
アストレア家分家アストール家よりもたらされた依頼。それは以前に出された『ダイヤモンド・ロック鳥』という魔物の調練を一緒に行って欲しい、という依頼だった。そうして、それに伴う裏事情や対策をソラとトリンが話してから、二日。カイトとソラの二人は荷物を持って空港へやって来ていた。
「はー……やっぱ公爵家の分家にもなると、指定席取ってくれんのか」
「格があるからな」
依頼の受諾に伴って用意されたチケットを見ながら、ソラは感心した様に頷いた。今回、渡航費用は完全に向こう持ちだ。なので最高級のチケットを用意してもらっており、道中は本当に寝ているだけで良かった。
勿論、気が向けば道中の襲撃で戦っても良い。と、そんな自身のつぶやきに対するカイトの指摘に、ふとソラが疑問に思って問いかける。
「そういや、マクダウェル家に分家って無いのか?」
「ん? ウチの分家?」
「ああ……ほら、なんだかんだ今回のアストレア家の分家とか、ハイゼンベルグ家の分家とか、色々と聞くのは聞くだろ? 他にもブランシェット家は分家かなり有名じゃん……まぁ、そもそもあそこも分家みたいなもんだけどさ」
首を傾げたカイトに対して、ソラは他の公爵家や大公家には分家があり、それについては時折聞く事がある事を指摘する。それに対して、マクダウェル家の分家は一切聞いた事がなかったのだ。
「まぁ、そうだな。ブランシェット家は一応はブランシュ……獣人としては金獅子の一族から分かれた分家だ。で、ウチか。ウチは無いぞ」
「どして」
「いや、分家ってそもそも血の繋がりがある家だ。オレにガキはいねぇよ」
ソラの疑問に対して、カイトは何を当たり前な、という様子で指摘する。何かと隠し子騒動が起きる彼であるが、実際には隠し子はいない。まぁ、実際には出来てしまうと後は雪崩の様に、という所だろうがそれでも居ないのである。
これについてはカイトも魔術で対処している、と明言していたし、それについてはティナが特別に作った魔術とも言っていた。なのでカイトの子を彼に知られずに生む場合はティナの魔術を解析しないとダメという難行だ。かなり無理があった。
「そりゃ、わかっけど。でも分家って一族なもんなのかな、って」
「まぁ、必ずしも分家が血縁者ってわけじゃないだろうが……基本は分家といえば本家を継ぐ嫡男以外が興した家だ。ここで肝なのは、必ずしも長男ではない、という所だろうな」
「ってことは、俺で言えば空也が家を継いだ場合、俺が分家になるわけか?」
「そこは微妙だ。お前がもし由利やナナミと結婚して天城家という家を建てた場合、その場合は分家だな。分家の分家、ってのは変な話だが……とりあえず婿入りしなかった場合、と言って良いだろう」
「婿入りねぇ……」
カイトの言葉に、ソラは由利とナナミの状態を思い出す。
「えっと……ナナミは兄さんが居るし、次期村長はコラソンさんで内定って話だったよな……この場合、俺が婿養子になる可能性は低そう……なのか?」
「それは知らねぇよ。いくら領主だからって何から何までわかってると思うなよ」
「そ、そか……まぁ、とりあえず低そう……だよな」
「まぁ、聞く限りだとな」
ナナミには兄が居る、というのはそもそもカイトも知っている話だ。彼は元冒険者で、怪我で引退して村に戻ってきて自衛団の団長をやっている。
が、これは敢えて言えば次期村長の為の実績作りで、当人も一度は逃げたものの今は村長になる事を受け入れている。すでに息子も居る以上、少なくともソラが婿養子としてなる必要性は皆無に等しかった。
「で、由利は……親父さん警官で、えっと……おじいさんなんだって言ってたっけ……」
「オレは知らんぞ。流石に」
「わーってるよ……ああ、普通に会社員だって言ってたな。墓……は、どうなんだろ。いや……確か親父さん、次男か三男かって話だっけ……」
「それだと、墓は本家の嫡男が管理してるだろうな。なら、墓も考えなくて良いだろう」
「ってことは、こっちも婿入りの必要は無いのか」
「まぁ、無いと言えば無いんだろうな」
流石にカイトも各家庭の事情まではわからない。なので今伝え聞く限りでの情報から、そう判断するだけだった。とまぁ、若干の脱線はあったものの、改めてマクダウェル家の分家の話に戻る事になる。
「で、お前の場合どうなるんだ?」
「どうなるって言われてもな……どうもこうもない。あるわけないだろ」
「ふーん……でも今後どうなるんだ?」
「それな。それはマジで考えてる。とりあえず、色々と厄介なんだよなー……オレの体質だの何だのもあるし……」
「お、おう……」
さすがは伝説の勇者という所なのだろう。色々と考えてる様子だった。と、そんな事を話していると、飛空艇が着陸したとのアナウンスが入った。
「っと……行くか」
「おう……っと、そういや今回アストレア領なんだよな、行くのは」
「ああ。アストレア領の中にあるアストール領だな」
何時か述べられていた様に皇国では領土が広大な貴族が多い。なのである程度の爵位以上の貴族は全てを自分で管理する事は難しい為、領内に爵位を授けて分割統治をさせていた。
なので今回の場合はアストレア領と言っても良いし、アストール領と言っても良い。ここらはエネフィアというより皇国独特の風習だった。
「アストレア領中西部。そこがアストール家の領土だ」
「どれぐらい掛かるんだ?」
「まぁ、今日一日って所か。夜にはアストレア領に到着する。で、明日の朝一の便でアストール領だな。で、昼にアストール伯と面会して、正式に依頼を受諾という感じだな」
「りょーかい。じゃあ、のんびりすっか」
「だな」
ソラの言葉に、カイトもまた同意する。今回用意されていた飛空艇はマクダウェル家が作った最新型ではないが、皇国で一般的に普及している飛空艇よりも最新型だ。技術としてはティナが帰還後に設計された飛翔機を使っている為、速度が速いらしかった。というわけで、二人はなにかやる事が出来るまでの間、のんびりと空の旅を楽しむ事にするのだった。
さて、二人がマクダウェル領を出発して半日と少し。日も落ちて夜闇が周囲を包んだ頃、カイトとソラはアストレア領にある空港に到着していた。そうして到着したアストレア領の中心となるアストレアにて、ソラは感慨深げに目を見開く。
「はー……ここがアストレア領……って、夜だからなんもわかんねー」
「あははは……ま、そこはしゃーない。治安が良かろうと夜は夜。営業時間外の店は多い」
「だよな……で、今日はホテルか」
「まぁな……ホテルについてはアストール家が用意してくれている。一流のホテルだから、夕食とかも期待出来るぞ」
「マジか」
やりさすがは分家とはいえ五公爵の一角。用意するホテルは一流か。ソラはアストール家の采配に対して、そう感心する。と、そんな事を話していると、一人の執事が現れた。
「天音様と天城様ですね」
「そうですが……貴方は?」
「アストレア家家令のレイオットと申します」
アストレア家家令。そう名乗った若い男は二人に向けて優雅に腰を折る。無論、頭を下げただけではなくアストレア公爵家が正式に発行している身分証も提示していた。本物と見て間違いないだろう。というわけで、カイトもまたレイオットに対して頭を下げる。
「ありがとうございます……それで、アストレア家の方が如何しました? なにか用があるとは聞いておりませんが……」
「はい。急なお声がけ、申し訳ありません。フィリップ様……主人がお呼びになられておりましたゆえ、私が」
「アストレア公が?」
なにかあっただろうか。カイトはこの場でなにか話しておきたい事はあったかな、と考える。一応、カイトも公爵でアストレア公フィリップはカイトがマクダウェル公である事を知っている。なので話がある、と呼ぶ事が可能な立場ではある。呼ばれても不思議はない。
「はい……パーティに来られる事は聞いているのだが、そこで時間が取れないかもしれないので今の内に話しておきたい、と。アストール家にも話は通しており、ホテルと明日の朝の飛空艇についても我々の方でご用意させて頂きました」
「わかりました。そういう事でしたら……ソラも大丈夫か?」
「あ、勿論大丈夫です」
カイトからの問いかけに、ソラは一つ頷いた。彼もカイトがマクダウェル公だと知っている側だ。なのでアストレア公が呼んでいる、と言われた際なにか貴族としての話があるのだろう、と推測していた。否やは無いな、と思ったのである。
「ありがとうございます。本日は長旅でお疲れかと思います。ですので、主人との面会は明日の朝に、と」
「わかりました」
「はい……では、本日の宿にご案内させて頂きます」
カイトの応諾を受けて、レイオットが一つ頷いた。そうして、二人は一路彼の用意した馬車に乗り込んで、ホテルへと移動する事となる。
「こちらで、お休みください。では、また明日の朝、お迎えにあがります」
「「ありがとうございます」」
カイトとソラは案内してくれたレイオットに礼を述べる。そうして去っていった彼を見送って、二人は改めて今日の宿となるホテルを見た。が、その後の反応は二つに分かれた。
「……マジで?」
「なにか不思議か?」
「マジで?」
おそらく最高級ホテルなのだろうホテルを見ながら何を不思議に思っているんだろう、という様子のカイトに、ソラは再度の驚きを浮かべる。
一応ギルドホームが元高級ホテルを改修した物なので、ソラもこの宿がおそらく最高級ホテルなのだろうとは理解している。が、それ故にこそこれを不思議に思わなかったカイトに愕然としたのであった。
「相手はアストレア公。皇国でも五人しか居ない公爵だ。格は全皇国貴族の中でも最上位。この程度は用意してくる……実際、オレも用意するしな」
「さいですか……」
やっぱ格が違う。ソラはカイトの言葉に肩を落とす。考えるだけ無駄と理解したのだろう。というわけで、慣れているからか平然としたカイトとこちらも実は慣れているソラは普通にホテルの中へ入り、用意された部屋へと通される事になる。
どうやらそれぞれに個室を用意してくれていたらしく、カイトは一人アストレア領の夜景を眺めながら、ワインを傾ける事になった。
「はぁ……アストレア家か。久方ぶりだな」
基本的にカイトは立場上後見人となるハイゼンベルグ家には良く関わっていたし、その関係もありハイゼンベルグ領には足繁く通った。逆もまた同様で、ハイゼンベルグ公ジェイクがヘルメス翁の忘れ形見であるアウラに会いに来たり、カイトに会いに来たりとしていた。
が、これは実はかなり稀な事で、要件もなく他領主の領地に他貴族が来る事はない。なのでカイトもアストレア領に来たのは数えられるほど――無論、それでも数十では足りないが――だった。そうしてそんな彼が思うのは、アストレア家の概要だった。
「アストレア家……外交に長けたハイゼンベルグ家、商業に長けたリデル家、軍事に長けたブランシェット家の様にずば抜けた物はないが、安定感はある家か。地味といえば地味なんだが……」
実際に地味かと言われると公爵の時点でそうではないんだが。カイトは自身の率いるマクダウェル家を含めて何かと話題になりやすい他の四家を思い出しながら、そう思う。まぁ、そう言っても他の四家が派手にやっている所為で目立ちにくいのもまた事実ではあった。
「ふぅ……色々な事を卒なくこなす家だから、細やかな点などの発展だとアストレア家が一番適任だと言われているな。実際、芸術系に関しても強いし、と良い場所だ」
さて、そんなアストレア家が自身を呼び寄せる理由は何かね。カイトはそう考える。まぁ、現状を考えれば要件は限られてくるが、それ以外の可能性も十分にありえる。そこらを考えておかねば、ならなかった。そうして、彼は一人そこらの事を考えながら、一夜を明かす事になるのだった。
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