第2074話 活動再開 ――ミーティング――
転移術の研究に向けて研究所の設営を行う事になった冒険部。その手配に一区切りを着けた事で、上層部は一旦はそちらも行いつつ、並行して通常営業に戻っていた。
そうして、通常営業に戻って少し。カイトはソーニャより大陸会議の前に言われていたアストレア家の分家であるアストール家からの依頼を受ける事になっていた。というわけで、アストレア領への渡航を決めたカイトは、改めて渡航の準備を行っていた。
「さて……今回の依頼は調練の手助けだったな。そしてそれに付随する諸々への参加、と」
カイトは今回の依頼を改めて思い出す。そういうわけなので戦闘はほぼほぼ無いと考えられていた。そしてそれ故、今回の費用としては渡航費用とわずかばかりの金銭的な報酬――危険性がほぼ無い為――という所だ。
なので金額としてはランクAの冒険者が受けるには雀の涙ほどとしか言えないが、アストレア家というエネフィア最大の国家の一つの内、五つしかない家との縁という無形の財産は手に入る。それを考えれば、手間に見合う報酬と言えただろう。と、そんな事を考えながら支度を進めているカイトへと、椿が少し笑いながら告げた。
「……些か、人が悪かったのでは?」
「ん?」
「ソラ様の事です。今回のご依頼……ソラ様が選ばれた理由は他にもあるかと愚考致します」
「お前は、お見通しか」
さすがは椿。自身の秘書をしてくれているだけの事はある。カイトは椿の指摘に、一つ笑って頷いた。そう。実際の所ソラを選んだ理由は社交界で彼がなにか今後の活動の参考になるかと思った事はあるが、実際にはまだいくつもあった。その内の一つが、彼が選ばれた最大の理由だった。
「今回の依頼……オレはソラに言った通り、基本はアストール家令息のペットの調練の手助けをする事だ。が、アストール家がそこらの伝手が無いわけがない。わざわざイングヴェイに代役を求めるまでもないだろう。アストレア家の分家だからな。では、真の目的は何か。それは言うまでもなく、パーティ側にある」
今回、カイトが桜達を連れていけない理由として、アストール家のご令嬢が社交界デビューを果たす事が挙げられていた。実際、それについて嘘はない。
そしてこちらについてはアストレア家が内密に動いてカイトに頼む、と言っている。では、アストール家がそれに従った思惑はなにか。それを、考えるべきだった。
「ソルテール家も来る……そこが関係しないわけがない。さて、ソラはどこまでそれに勘付いたかね」
「おそらく、今頃トリン様から教わっている頃かと」
「かな」
おそらく、そんな所だろう。椿の推測にカイトもまた笑って同意する。そうして、カイトはそんな会話を繰り広げながら和気あいあいとした雰囲気で出立の支度を整える事になるのだった。
さて、一方その頃のソラはというと、由利とナナミに支度を頼み自身はトリンから今回の依頼について注意点などの講釈を受けていた。
「というわけで、今回のアストール家の本当の思惑はカイトさんとソラ。君たち二人にあるわけ。で、カイトさんが君を選んだ最大の理由は二つ……さて、これなにかわかる?」
「えっと……一つはわかる。一つは『ダイヤモンド・ロック鳥』捕縛で俺が主導的な役割を果たしたから……だよな」
「正解。それ故、アストール家はギルドマスターであるカイトさんと、その連合締結において主導的役割を果たした君の二人を注目している。こればかりは物の道理として、当然だね」
ソラの返答に満足気に頷いたトリンは、ここは普通にわかっているだろうと特段の解説を行わない事にする。なお、これについてはイングヴェイが任務達成における報告を行った際、事の経緯を報告する時に彼ら二人の事も報告していた。
ここら、報告を怠ると後々面倒になってくる。なので貴族関連の依頼では可能な限り詳細に任務達成に至るまでの経緯を報告出来るか、もギルドの腕として重要になっていた。
「そして今回のパーティではまずイングヴェイさんも呼ばれる。最大の功労者だからね。となると、おそらくアストール家からの要請を受けてカイトさんを推薦したのは彼だね。で、彼の読みとして君が来る事を予想して、彼は計画を立てていると思う」
「……マジ?」
「多分ね。でも、相手がどう考えて動いて、そして何を望むか、というのをきちんと読み取るのは重要な事だよ」
流石にそこまでは読めんかった。トリンからカイトの思惑を解説されて、ソラは思わず目がこぼれ落ちんほどに驚いていた。そもそも冒険部に依頼がもたらされたのが、イングヴェイの手配。これは知らなかったが、考えればソラにも当然と思えた。そしてであれば、この流れも普通に思えたのである。
「そりゃ、わかっけど……でも、俺なのか? 他が来るとか考えてないのか?」
「そりゃ……考えるよ。でも考えるのと、第一案として用意しておくのは別でしょ?」
「そりゃ、そうか……で、俺が一番に来る理由ってなんだ?」
「カイトさんがそう差配すると推測したから。流石に一人で来るとは思ってないだろうからね」
「……マジで?」
さすがはこちらも切れ者として知られているイングヴェイという所なのだろう。自分がこの一手を打った場合、カイトがどうしてくるだろうか、というのを読んで手を打っていた。
無論、これは軍略家や戦略を練る者にとって当然の行動だ。が、ソラはまだまだこの道を進み始めたばかり。賢者の弟子として知識や思考の巡りを鍛えられようと、まだまだ経験値が足りていなかった。
「うん……後それと、ソラに一人で、っていう指定を出したのもわかるよ」
「そっちは、どして」
「君にアストール家の令息を任せるつもりなんだろうね。カイトさんは令嬢のフォローが必要だから。流石に一人で二人は見切れない。なら、後一人誰かが必要……さて、そうなると誰が適役かな? まぁ、答えは君なんだけど、その理由はなにか、だね」
答えはカイトが出しているのだ。であれば、そこから考えるべきなのはその結論に導かれた道理だ。それをなにか、というのが考えるべき事だった。というわけで、トリンの問いかけを受けたソラが久方ぶりに知恵を巡らせる。
(安牌、桜ちゃんだけど……桜ちゃんは今、全体の統率をしながら研究所の設営の手配があって出れない……いや、桜ちゃんはダメか。パーティで女性同伴にはまだ早いよな……ってことは、自動的に瑞樹ちゃん、魅衣と由利は勿論却下……いや、ってことは、女性陣は軒並み却下か。じゃあ……)
俺か先輩になるよな。ソラはそう考える。ここまでは単なる消去法だ。流石にアストール家の嫡男の年齢を考えた場合、まだ女性同伴は早い。もしここで女性同伴にする場合は、許嫁などにしておくべきだろう。いくらなんでも冒険者に依頼するべきとは思えなかった。
(ってことは……後は社交界の経験値……か? 流石に先輩よりパーティ慣れはしてっけど。でもそれで言ったら、多分令息の方が慣れてるよなぁ……)
なにせ自分は不良良家の息子だ。それに対して相手は本物の貴族の令息。パーティに参加した回数であれば、明らかに相手の方が上そうだった。と、そこを考えてソラはふと、気が付いた。
「あ……単に社交界の経験値か」
「そういう事。令嬢の社交界デビューで嫡男に失敗があっちゃうと、必然どっちにも傷が残る。フォローまでは期待してないけど、同時にミス無く終わらせて欲しいわけだね」
「にしても……弟なんだよな? なのにそっちのが社交界デビュー早かったのか」
「色々と、貴族にもあるんでしょ? 流石にそこまでは僕も知らないよ。情報が足りなくて推測も無理」
ソラの問いかけにトリンは肩を竦める。いくら彼でも情報が無い限り、推測は立てられない。こればかりは物の道理なのだから、仕方がない事だった。
「とはいえ、僕が前におじいちゃんから聞いた話によると、弟さんの方は悪くないらしいから、なにか賞でも取ったんじゃないかな。そうなってくると社交界デビューが早くても不思議ないし」
「はー……で、お姉さんの方は普通と」
「さぁ……そこはわからない。弟さんの方は割と聞く、というだけだね」
なるほど。少し厄介な状況は状況なのか。ソラはそう察して、同時にそれ故にこそアストレア家がカイトにフォローを頼んだのだとも理解した。いくら本家でも分家のなにから何まで把握しているわけではない。そこらでなにか変にプレッシャーがあったりして失敗しないか、不安だったのである。
「まぁ、そう言ってもやっぱり歳が若いのは若いから、変に暴走したりしても困るからね。そこで君の役目は抑え役。フォローじゃなくて、変に血気盛んになったりしない様にするお目付け役だね」
「なるほど……確かに、そういう事だったら俺の方が適役か」
客観的に見て、ソラは自身と瞬のどちらが抑え役に適しているかを理解していた。無論、これが戦闘に関しての抑え役ならどちらでも良いのだろうが、今回は腕っぷしが通用しない世界だ。
この場合においてのみ、ソラは瞬を大きく上回る。パーティが主戦場になるのなら、ソラが選ばれたのは当然の事だった。というわけで、彼はこう認識する。
「ってことは、今回メインはパーティか」
「うーん……それはそうなんだろうけど。君の場合はその前の所も重要だ」
「前の所?」
「うん。今回のパーティの前に一週間ほどアストール家に滞在して、『ダイヤモンド・ロック鳥』の調練を行う。そこで如何に弟君の性格を把握して、どうフォローをするかの下準備をしっかり整えないとダメだよ」
「そか……そうだよな。そこで信頼関係を築くのも必要だよな」
「そういうこと。特に、そこは重要だ。そしてその面であれば、君の方が適性が高いだろうね」
ソラの理解にトリンもまた一つ頷いた。そうして、彼は更にもう一つの理由に言及する。
「そして、もう一つ。今回のパーティではアストール家がライバル視しているソルテール家も来る。これがもう一つの理由」
「そういや、なんか時々聞くよな。ソルテール家って」
「かなり今勢いに……といってもここ五十年ぐらいで勢いに乗ってる家だね」
アストール家はアストレア家の分家であるので、これについては何を言われるまでもなくわかっていた。が、他方そのアストール家がライバル視しているというソルテール家というのは、ソラはいまいち理解出来ていなかった。というわけで、トリンはソルテール家について語る。
「ソルテール家は三百年前の大戦で出来た比較的新興の家だね。元々は侯爵じゃなくて、その一つ下の辺境伯。領地としては、そこまで近くないね」
「なのにライバル視してんのか」
「さぁ……そこまでは僕も知らない。ただ、僕が生まれた頃ぐらいからライバル視している、って噂が流れてたらしい」
まぁ、さすがのトリンもブロンザイトも、学生時代のファンクラブでの事が原因で仲違いしているとは知らなければわからないだろう。本来はほとんど関わりを持たない場所の筈なので、道理に従えば遠交近攻と仲が良い筈だからだ。なので周囲も疑問に思いながらも、事実としてこれがあるので受け入れているだけだった。
「で、ソルテール家は飛空艇が普及しだした頃に飛空艇の素材となる鉱物が取れる事がわかって、開発も盛んに行った事でかなり勢いに乗っていてね」
「へー……やり手だな」
「うん。数手先を見越して、動いていたね。その結果、技術的にはかなり高い名家だよ」
近視的にしか考えられない者であれば、単に鉱物を取っておしまいかもしれない。が、ソルテール家はそれだけでは採れなくなったり、別に良い素材が判明した場合に備えて技術開発にも乗り出したらしかった。その結果、飛空艇が黎明期を迎え勢いに乗っている、というわけなのだろう。
「で、当然向こうも来るとなると、軋轢も生まれる。そこで下手を打って揉めない様に抑え役が欲しいんだろうね」
「なるほどねー……って、待った。もしかしてミスったら……」
「まぁ、カイトさんが裏で公爵として動いてなんとかしないといけなくなるだろうね」
「出来る分だけマシな事態かよ……」
これがもし出来なかったらと考えればゾッとするな。ソラはがっくりと肩を落とす。まぁ、どう考えても厄介な事態にしかならなかった。というわけで、ソラはその後もしばらく、どういう感じでアストール家の嫡男を御するべきか、とトリンと打ち合わせをしながら過ごす事になるのだった。
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