第2073話 活動再開 ――偽造証――
冒険部に宗矩による出稽古を受け入れ、更にそこから藤堂と僅かな問答を経て、同一人物とはなにかを話して数日。カイトは研究所設営の手配を行いながら、着々と復帰を果たす冒険部のギルドメンバーの統率を行い、裏では公爵として『リーナイト』の一件で怪我をした冒険者達の復帰に向けた手配を行っていた。そんな中。大分と上層部に馴染んだソーニャがカイトへと報告する。
「変態マスター」
「頭要らんな」
「ええ。その変態の頭は不要かと」
「あのな……せめてギルマスとして応じてる時はギルマスで応対しろ」
大分とこの掛け合いも上層部が慣れだしていたのか、ソーニャとカイトの掛け合いもスルーする事が多くなって来だしていた。と、そんなカイトへと笑うソーニャが気を取り直して告げた。
「で?」
「少し前に仰られていたアストレア家分家のアストール家からの依頼が届きました。どうされますか?」
「ああ、来たか。受ける以外に選択肢は無いな。人員の指定は?」
「マスターのみ固定。それ以外はこちらに預けるとの事です」
「了解した。依頼書のデータをこちらに回してくれ」
「はい」
カイトの指示を受けて、ソーニャが依頼書のデータをカイトのデバイスに送信する。当初はこちらもわからなかったソーニャであったが、椿の指南と元々が同じ設計思想で作られている事もあって早々に使いこなせていた。
「さて……」
どんなものかね。カイトはアストール家からの依頼を確認する。とはいえ、これについてはおおよそ以前の夜会やイングヴェイから言われていた通りだった。
(依頼内容としては、妥当な所か。ペットの反抗期に調教師の休みの間の代役、という内容……本来はイングヴェイ達に出された依頼だが、彼らが無理になったのでこちらが推挙された形……)
これについては、少し前に『リーナイト』での被害状況確認を行った際にイングヴェイから申し訳ない、と受諾してくれる様に要望があった。これについてはカイトも依頼人の格も相まって応諾の姿勢を示しており、断る道理はない。そんな彼に、ソーニャが問いかける。
「受領についてはどうしますか?」
「その問いかけに意味はあるのか?」
「ありませんが、儀礼的なものとして」
「なら、受諾で良い。受諾者はオレ。ギルドマスターが受ける。相手の格としても、役割としてもオレ以外に適任者はいない」
「わかりました。では、本依頼についてはマスターの受諾でクローズとします」
カイトの返答を受けて、ソーニャはコンソールを操って依頼書を受注不可に処理する。こうしておかないと依頼によってはダブルブッキングが発生してしまったりするので、基本的には依頼の受注制限がある依頼はその場で受注不可にされるのであった。この処理は受付しか出来ない為、この手間が無くなっただけでも、かなり楽になっていた。
「よし……じゃあ、改めて依頼書の確認をするかな」
「してないんですか?」
「してるさ。してる途中で問いかけられただけで。どんな内容でも受ける結論に変わりはない」
「……」
相変わらずこの男は凄いのかそうでないのかわからない。ソーニャはカイトの返答の裏に潜む自信に、思わず呆気にとられる。実際、こう言っても緊張が見られる冒険者は山程見てきた。
が、カイトには本当に気負いというものが存在していなかった。と、そんな彼を普通と考えている他からするといつもの事なので、ソラが問いかける。
「で、誰か必要そうか?」
「必要はなさそうだが……今回はユリィはお留守番が確定だな」
「あー……」
なにせ最終的にはアストレア家のパーティに参加する事になるのだ。公爵家主催のパーティとなると、彼女の事を見知った者たちは山程居るだろう。小型化して偽装も困難だ。しかも、彼女自身が両家の代々当主と顔見知りで、何人かは受け持ってもいるらしい。今回はお留守番が確定だった。
「で、誰が行くか、だが……さて、この依頼だとどうするか」
「依頼内容はどんなのだ?」
「内容としては、ご子息のペットの調教の手伝いだ。その後のアストレア家主催のパーティ含みでな」
「そんな事は依頼書には書いていません。ご子息のペットの調教の手伝いだけです」
「あはは……ま、そこらの裏を読み抜くのも必要な腕さ。だろう?」
「……」
カイトの問いかけに、ソーニャは何も答えない。が、これはまさにそのとおりで、依頼の更に裏にどんな意図が潜んでいるのか、と考えるのも冒険者の重要な仕事だった。そこについて助言がもらえるかどうかというのは、どれだけ受付と仲良くなるか否かだった。
というわけで、仲良くはなっているがなっているがこそに無視されたカイトが、さめざめと泣く素振りを見せる。
「ソーニャたんに無視られた……ま、そりゃ良いか。とりあえずオレは確定だから、先輩かソラかのどちらかは残留だな。桜は残留確定。どっちにしろ研究所の手配もあるから、残留だったが」
「? パーティあるんだろ? なら桜ちゃん行った方が良いんじゃないのか?」
「いや、実は今回はちょっと特殊な事情になりそうでな」
ソラの疑問に、カイトは一つ首を振る。今回、最終的には貴族達のパーティに参加する事になる可能性が非常に高いという。となると、基本はカイトの場合は女性を連れて行くのがマナーと言えばマナーだ。
となると、今回基本カイト固定は良いとして、後は参加するパーティの格として桜が妥当、次点で瑞樹――竜騎士なので職業として適任――だった。が、今回ばかりは気にしないでも良かった。
「オレはアストール家のご令嬢と参加になる可能性が高い。となると、桜はどっちかというと連れて行けないんだ」
「なる……って、待った。確かイングヴェイさん、ダイヤ・ロックの飼い主息子とか言ってなかったけ?」
「ああ、そりゃ弟君の方だ。オレが頼まれてるのは姉の方」
「あ、そういう」
これは依頼書には書かれていなかったが、これは実はカイトへとアストレア家から情報が届いていた。こちらについてはアストレア家からも内々に頼むと話が来ており、どうやら今回が社交界デヴューになるらしかった。分家の恥は本家の恥だ。なるべくつつがなく終わらせられる様に差配してやって欲しい、との事であった。
「……そうだな。ソラ。お前も行くか?」
「なんで俺」
「理由はいくつかあるが……まぁ、色々と知識人も集まる。話を聞いてみるのも良いだろう。後、先輩は居ないしな。勝手に決めるわけにもいかん」
現状、ソラはここから先の道に悩んでいる所だ。ここもまた瞬と対象的で、徹頭徹尾戦士としての道を進む瞬に対して、彼は今戦士として進むべきなのか指導者として進むべきなのか悩んでいた。
なお、その瞬はというと現在封印状態での腕試しをしたい、との事でルーファウス、アル、リィルの軍人三名と模擬戦を行っていた。
「話ねぇ……なんか来るのか?」
「数こそ少ないが元冒険者で軍に仕官した者も居るし、公爵家ともなるとある程度は元冒険者で専門職になった者も知っている。聞いておいて損は無いかもな」
「なるほどな……良し。じゃあ、俺も行くよ。由利かナナミ、どっちか連れてった方が良い?」
「いや、今回オレは、というだけでお前まで気にする必要ない。何より、今回のパーティのメインはペット達だからな」
一応、パーティに参加するというのだ。ならば女性同伴が良ければそちらの方が良いかと思ったソラであったが、今回のメインはペット達だ。なので本来、別に連れて行く必要はなかったらしかった。
カイトの助言を聞いて、ソラもそれなら、と受ける気になったらしい。一つ頷いて承諾を示す。それを受けて、カイトが告げた。
「てわけで、ソーニャ。オレとソラの二人で受ける。今回の依頼内容的にオレとソラの二人だけで行く」
「わかりました。では、それで受諾と……っと。投げないでください」
「じゃあ、こっちで」
「はぁ……」
この男は真面目なのか不真面目なのかわからない。魔糸を器用に操って冒険者の登録証――依頼の受諾に必要――を回収する準備をするカイトに、ソーニャがため息を吐いた。と、そんな彼女はカイトの登録証を見て、首を傾げた。
「……あれ? まだこれ使ってるんですか?」
「ん?」
「いえ……これ……」
そもそもソーニャはユニオンの受付嬢。依頼の受諾も普通に行うわけだ。となると、カイトの登録証が公式的な偽造証である事はわかったのである。それをわざわざギルド内でまで使う事を不思議に思っても無理はなかった。
「……あぁ、それか。まぁ、色々とあってな。気にするな」
「いえ、ダメでしょう」
本来、偽造証とは任務終了後に悪用を防ぐ為に回収されるのがユニオンの常だ。それをいつまでも持っていると悪い事に使っていると勘ぐられても仕方がないだろう。
というわけで、ソーニャの指摘が正しいし、半眼で睨まれても仕方がない。が、何時かこうなる事はカイトも想定内だ。故に彼は頭を掻きながらさも言い忘れていた、とばかりに告げる。
「あー……まぁ、そいつは別の仕事で使ってるもんだ。貸与期限、確認してみろ。ソーニャのアカウントなら、全情報にアクセス出来るだろ」
「……貸与期限……無期限?」
貸与期限無制限。そこにソーニャは疑問を抱いたらしい。通常偽造証で多いのは、一年から二年。どこかへの潜入が必要になる場合には十年で設定される事もあるが、基本長くても五年になっていた。それが無期限となっているものはソーニャ自身存在していると聞いた事もなかった。とはいえ、これにカイトも顔を顰める
「無期限?」
「そうなっています」
「ソーニャ。デバイスの共有モードを起動しろ。オレにも設定情報を見せてくれ」
「はい」
何がどうなっているんだ。カイトはおまかせで付与してもらった偽造証の設定情報が気になったらしい。まぁ、偽造証は本来ユニオンが公的に発行するものなので受付も偽物と気付いてもスルーする。
設定情報なぞ確認された事は今まで一度もないし、受付達も下手に面倒に巻き込まれたくないのでスルーする。カイト自身、気にした事もなかったので今まで気付かなかったのである。
「えっと……承認者……機密事項により秘匿。本来の登録証情報……本部権限により閲覧を許可された者以外の閲覧禁止……任務内容は……現在継続中の為、閲覧不可」
「どんだけガッチガチにしやがった……五年も掛からんゆーとろーに……」
ソーニャが読み上げる自身の偽造証の設定を自身でも見ながら、カイトは盛大にため息を吐く。なお、この承認者の機密事項により秘匿、というのは通例的にレヴィが承認した場合に書かれるもので、これについてはソーニャも一応知っておけ、と言われた事があったので知っていた。
とまぁ、そういうわけなのでこれはとどのつまり、ユニオン本部も大幹部が承認した偽造証だった。それに、ソーニャが目を見開きながら問いかける。
「一体なんの仕事を請け負ってるんですか」
「聞くなよ……」
実際には単に自分が勇者カイトだと知られない様にする為なのだが、カイトはこう言うしかなかったらしい。どうせ誰も見ないだろうとガチガチに固められたセキュリティに頭を抱えていた。
まぁ、実際今の今までカイトも興味無かったし、何度も受付や街の入退場に使っているが一度も設定情報なぞ調べられた事はなかった。万が一なにかを怪しまれて調べられた際に露呈するより、幾分マシだった。そして、カイト自身への信頼はある意味高いソーニャもそれもそうか、と受け入れる。
「はぁ……また何か厄介事抱えてますね」
「そもそも、オレ達がこっちに居る現状事態厄介事なんだがね。ま、そういうわけなのでしばらくはそっち使う。本来の奴で受けたらそっち使う際に面倒になるからな。最終的には本来の奴にもリンク設定で自動で登録されるし」
「……それもそうですね」
どこか苦笑する様に肩を竦めたカイトに、ソーニャもまた笑う。どうやら一応まだ仕事は続いている――終わった時点で任務内容の秘匿が解除される事が多い――事になっているらしく、彼女もこれ以上は聞くべきではない、と思ったのだろう。そうして、若干紆余曲折はあったもののカイトはなんとか偽造証についてをごまかす事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




