第2072話 活動再開 ――同一人物とは――
転移術の研究に向けて、研究所の設営を行う事になった冒険部。そんな中、カイトは研究所の設営の指揮を執る傍ら、冒険部へ指南役として出稽古に来た宗矩から教えを受ける藤堂との模擬戦に臨んでいた。そうして、模擬戦の後。カイトと藤堂は改めて宗矩の前に戻っていた。
「「戻りました」」
「ああ……それでおおよそは理解した。なるほど、現代でも新陰流の理念は受け継がれているらしい。師も良く私の理念を受け継いでいる者であるのだろう」
少なくとも精神面に関してはまぁ、悪くはないだろう。宗矩は藤堂の腕を見て、そう判断を下す。そんな彼の称賛に、藤堂は頭を下げて礼を述べる。
「ありがとうございます」
「ああ……だが、惜しいかなある程度でしかない。詮方無き事ではるのだろうが」
「……」
こればかりは仕方がない事だし、宗矩もまたわかっていた事だ。技術にせよ理念にせよ何にせよ、長く受け継がれれば時と共に移り変わる。その時々に応じて、変化を加えられるからだ。
そしてそれは日本でも有数の流派である柳生新陰流も同様で、宗矩から見れば動きにせよ何にせよ自分が考案したとは少し違う動きが見て取れた。が、これは決して劣化したという意味ではなかった。故に、どこか落ち込んだ様子の藤堂に向けて宗矩は微笑む。
「そんな顔をするな……私は、それを一概に悪い事とは言っていない。無論、全てが改良というわけでもないが」
「それは?」
「当たり前の事なのだ……そうだな、兼続。一つ問おう。今の私とかつての私。もし魔力というこの尋常ならざる力を抜きに戦った場合、どちらが勝つと思う?」
「……おそらく、今の宗矩公かと思われます」
少しの逡巡の後、藤堂は宗矩の問いかけにはっきりと明言する。藤堂自身、宗矩がかつて無念無想を説いて一殺多生を説いた男だと認識している。なら、この答えしかなかった。そんな彼に、宗矩が更に問いかけた。
「それは如何にして、そう思うか」
「練度の差かと。今の御身には宗矩公が地球で蓄えられた数十年の月日と、こちらで蓄えられた月日が宿っております。それを考えれば、喩え数ヶ月十数ヶ月であろうと、今の宗矩公の方が上と思います」
「なるほど。確かに、それは筋が通っている。確かに、今の私はかつての私より何日も多く鍛錬を積んでいる。負ける道理は無い。それについて、私は否定しない。昨日の私より、今日の私の方がわずかだが強い。一日だけでも、修練の差があるのだから当然だ」
藤堂の返答に対して、宗矩は一つはっきりと頷いた。が、そんな彼は一転、カイトへと問いかけた。
「では、カイト。お前はどう思う?」
「よりシンプルに、ですか?」
「そうだな」
「なら、私も答えは一緒です。が、答えは非常に単純だ。心は両者極まっている。技も同じく極まっている。練度の有利不利は今更、些細な事……両者の勝敗を明白に分けるのは体。であれば、圧倒的に今の宗矩殿の方が遥かに有利だ」
我が意を得たり。そんな顔で笑う宗矩に、カイトは自身の答えを述べる。そうして、この意見を聞いた後、宗矩が技こそを明白に勝敗を分かつものと答えた藤堂へと問いかける。
「さて……兼続。これについて、お前はどう思うか」
「それは……道理にそぐわないかと。そも、今回の問いかけの前提は魔力という尋常ならざる力を抜きにしてのもの。宗矩公がどのような異族の力を有されているかは私にはわかりませんが……両者身体能力の強化を行わぬのであれば、同じなのでは?」
「と、言うが。カイト、どうか」
改めて、宗矩がカイトへと問いかける。それに、カイトは笑った。
「あはは……藤堂先輩。そんな難しく考えなくて良いですよ……本当に答えは凄い純粋で単純だ。今だって当てはまる話でもある」
「……それは?」
「体格差ですよ。例えば、今の宗矩殿がかつての彼の戦装束を着れると思いますか?」
「着れるのでは? 同一人物なのだから」
カイトの問いかけに、藤堂は何を当たり前な事を言っているのだろう、と不思議そうな顔で首を傾げる。これに、カイトは再度笑う。
「ええ、同一人物である事は私も否定しません……が、そうですね。今の宗矩殿をもしDNA検査すれば、おそらく限りなく近い別人と出るでしょうね。もちろん、これは単なる科学的な検査であって、魔術もある事を知る我々からすればだから何なのだ、と言う程度の事でしかありませんが」
「ふむ……まぁ、それはそうだね。宗矩公を宗矩公足らしめているのは、肉体ではなくその精神だ。何より、その<<死魔将>>だったかな。その彼らが科学的に地球でも難しい人体のクローンを成し遂げられるとは思わない」
「さぁ……そこは私にはわかりかねます。が、我々魔術を知る者にとって、同一人物とは魂が同一である者の事を言う」
だからこそ例えば瞬は酒呑童子と同一人物だし、カイトと『もう一人のカイト』は同一人物だ。他にもソラと過去世の某は同一人物となる。肉体は全くの別物にも関わらず、だ。
これは科学的な同一人物と魔術的な同一人物の意味する所が違う好例と言えた。そしてここでの同一人物は魔術的な意味での同一人物だ。だからこそ、カイトは藤堂の思い違いを指摘する。
「ここで、私達が言っている同一人物は魂が同じ者だ。だから、宗矩殿が同じ肉体でなくても良い……つまり、どういう意味かわかりますか?」
「……すまない。さっぱりわからない」
「あはは……簡単ですよ。身長です」
「……あ」
答えを言われ、藤堂が思わず目を見開いた。間合いの利というのは、武術において何よりも大きい。生まれ持った体格の差。それはどうする事も出来ないくせに、一センチでも差があればそれだけで有利不利が決まってしまう。長い方が圧倒的に有利になるのである。
「江戸時代の成人男性の平均身長はおよそ155センチ。それに対して、今の宗矩殿はどれぐらいに見えますか?」
「……最低でも、175センチ以上はあるだろう」
「ええ……オレよりは低いので、180から175センチという所でしょう」
宗矩はカイトより低く、しかし瞬よりは少し高い――瞬は175センチ弱――程度。なら、身長はその程度だろう。実際にどの程度かは測っていないので定かではないが、その程度である事は明白だった。
「で……この時点で身長差20センチ程度の体格差があるわけです。現代で言えばまさしく大人と子供……勝てると思いますか?」
「無理だね……」
なるほど、あまりに簡単過ぎた。心も技も一緒というのだ。なら、分かつのは残り一つしかないのは明白だ。それに気付いて、藤堂も思わず苦笑した。
先にはああいったものの、一日二日の修行で大きな飛躍を遂げるとは藤堂とて思っていない。無論、勝敗に影響しないとは彼も思わないが、明白に分けるとも思わない。その程度の事ではあった。そしてようやく理解した藤堂に、宗矩もまた頷いた。
「そういうことだ……時と共に、使い手は変化する。それに合わせて、剣の振り方もまた変化する。であれば、新陰流もまた時と共に変化するのは必定だ。その時々に合わせて変化させ、最適を導き出す事こそが最良だ」
「なるほど……」
物の道理を説いた宗矩に、藤堂もなるほど、と納得する。そんな彼にしかし、宗矩は一転首を振った。
「が……その全てが正しい変化であるわけではない。悲しいかな、どうしても時と共に理念は変わり、重んずるべきものも変わってしまう。それが全て、正しいものではない。まずは、その修正からしなければならないだろう」
「よろしくお願い致します」
宗矩こそ、偉大な柳生新陰流の開祖だ。そこから教えを受けられる事に感謝と感激こそあれ、今教えを受けている師への不遜になるとは露とも思わない。なにせ師の師の更に師である。
その指導を受けられる光栄こそあれ、否やなぞ一切あろうはずがなかった。それどころか師さえ、頭を下げて教えを請いたいだろう。そんな彼に、宗矩は一つ頷いた。
「ああ……それで、カイト。足労だった」
「いえ……組織全体の底上げになるのでしたら、それは私にとっての職務でもあります。また、御用がありましたらお呼びください」
「ああ。その際には、世話になる」
この場では基本、カイトはあくまでも一ギルドのギルドマスターに過ぎない。なので両者共にその立場で話をしていた。と、そんなわけで改めて宗矩が藤堂へと今回の一戦で見えた問題点の指摘を行い始め、一方のカイトは執務室に戻って仕事をする事にする。
「ふぅ……椿。何か変わった事は?」
「一つ。先程公爵家より連絡があり、手が空いたタイミングで良いので連絡をくれと」
「む?」
「皇都の使者が来られるそうです。その際、面会を行いたいと」
訝しむカイトに、椿が用向きを告げる。これに、カイトはなにか皇都の使者が来るほどの事があったかと考える。
「ふむ……ああ、そういえばあれがあったか。となると……」
久方ぶりに、冒険部としての本業になりそうかな。カイトは皇都の使者の来訪理由を理解して、それなら、と手を考える。と、そんなカイトはそういうわけなのでソーニャへと告げた。
「ソーニャたん、ちょっとよろしゅうかー」
「……」
「あ、無視られた」
一瞬だけじろりとこちらを睨みつけて再度書類の精査に入ったソーニャに向けて、カイトが楽しげに笑う。とはいえ、今回はしっかりとした依頼だ。なので彼は改めてソーニャを呼ぶ。
「ソーニャ。とりあえず、こっちを向いてくれ」
「……なんでしょう。あ、以後たん付けで呼んだら無視しますので」
「わーい……って、そうじゃなくて。そう言えば伝え忘れていたが、近々アストレア家か皇国からの依頼が来る事になる可能性が高い。その際には即座にオレに報告してくれ」
「アストレア家……ですか?」
そもそもの話として、ソーニャは教国の出身者だ。一応急ぎで皇国の政治体制などを覚えているが、流石に一ヶ月も経っていない今全ての貴族の名前を覚える事は出来るわけがなかった。というわけで、これにカイトが謝罪する。
「ああ、すまん。アストレア公爵家だ。皇国の二大公五公爵の一家でな。二大公五公爵は知っているか?」
「はい。ですが、そこからの依頼……ですか?」
「ああ……これはお前が来るより随分と前の事なんだが、そのアストレア公爵家から依頼を受けたギルドとちょっとソラが率いていた遠征隊が揉めた事があってな。そこから上手くやって共同作戦に持ち込んで、アストレア家の分家から感謝された事がある。おそらく、オレとソラの両名を指定しての依頼になると思う。その場合は即座にオレとソラに伝えてくれ」
「わかりました」
なるほど。確かに皇国が誇る公爵家からの依頼であれば、優先的に処理しろという指示は正しい。ソーニャはカイトの指示に道理を見て即座に記憶しておく。こうやってギルドマスターをやっているカイトはソーニャにとって好印象だった。と、それを話した所でふと、カイトが思い出した。
「あ、そうだ。そう言えば忘れてた。どこかのハーフリングのバカがもうしばらくするとこっちに帰ってくるが、そいつは無視で良い。もしくは蹴っ飛ばして良いぞー。言っても聞かないからな」
「はぁ」
「あ、にぃにぃねー。多分ねぇねから逃げて来るから、気をつけてねー」
「はぁ」
一体何がなんだかさっぱりだ。カイトの言葉に続けたソレイユに、ソーニャが困惑気味に頷いた。まぁ、ソレイユの性格を知らなかった彼女がフロドの性格を知るわけがない。一応の注意喚起を、というわけだった。と、そんな彼女が気を取り直す。
「えっと……それで、皇国からというのは?」
「ああ、こっちは大陸会議は聞いてるか?」
「はい」
「それで、遺跡調査の依頼が出るかもしれないんだ。道中、ハイゼンベルグ公が魔族領に滞在したのは、覚えているな?」
「もちろんです」
まぁ、実際にはイクスフォスらの現状を話し合ったりするためだったんだが。カイトはハイゼンベルグ公ジェイクの真の滞在理由を思い出し、内心でそう思う。が、それは表沙汰に出来ない事だ。なので口にするのは、表向きの理由だった。
「それが魔族領側と遺跡調査についてどうするか、という話し合いだそうでな。ウチがすでに何度か受けている依頼なんだが……」
「それを今更もう一度、ですか?」
「今度は未探索の遺跡の調査になりそうなんだ。発掘から事前調査まで全般を請け負う事になる……まぁ、発掘については先んじて向こう側がやってくれるかもしれないが、そこらはまだわからん。が、皇国内で一番慣れているのがウチらしくてな。それで、ウチに来るかもしれない」
「わかりました。では、その二つは依頼があり次第、即座に回します」
「頼む」
どちらも皇国においては最重要で依頼を受けるべき相手だ。その両者から依頼があるかもしれないのであれば、それを優先的に処理するべきだろう。ソーニャはカイトの指示に素直に従う事にする。そうして、更に数日の日々が流れる事になるのだった。
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