第196話 ダンジョンとは
今日から新章突入です。
桔梗と撫子を新たにメンバーに迎え、ようやくギルドの体裁を整えた冒険部。約一週間後、二人の手によって新たに武器が修繕され、武器も専用にカスタマイズされていた。専用にカスタマイズと言っても二人が今回やったのは重さやサイズ等を各個人に合う様に調整しただけなのだが、それでも意見を聞いて何度も調整して、とやった上に数が数なので一週間経過してしまったのである。そうして、今、丁度最後まで後回しにされていたソラ達上層部の面々用にカスタマイズが終わった所だった。
「おお!今までと全然違う!」
そう言ってソラが武器を振るう。どうやら彼もこの数ヶ月ずっと武器に触れ続けた結果極僅かな違いが察せられる様になっていたらしく、一流の職人が調整を行えばどうなるのか、というのを実感していた。
「ああ、なんというか……今まであった壁が壊れたみたいだな。」
瞬も新調された自らの武器の調子を確認するかの様に、何度か槍を創り出す。どうやらその結果は上々らしく、不敵な笑みを浮かべて二人共今にも飛び出さんばかりであった。
「いいのかな、僕達まで……」
「カイト殿のせっかくのご好意ですから、ありがたく受けておきましょう。」
そういうのは、同じく微調整をしてもらったアルとリィルだ。彼らもまた桔梗と撫子によって調整がされていたのである。
「ああ、礼は二人に言ってくれ。」
「いえ、此方も様々な仕事が見れて、勉強になりました。」
カイトの言葉に桔梗と撫子が頭を振るう。当然ではあるが、桔梗と撫子の二人の腕前は並以上、公爵家の軍人が懇意にしている鍛冶師よりも圧倒的に上なのである。メンバーの一員である彼等公爵家からの出向組にも利用させない手はなかった。
「これで取り敢えず全員分の武器は調整が終了したか?」
カイトが桔梗と撫子に問いかける。予定では、最後となっているのがここにいる面子の武器であった。
「はい……何故か皆さんよく手伝ってくださいましたから、予定より少し早く終わりました。御館様もご協力してくださいましたし。」
美少女二人がもろ肌を晒して鍛冶を行い、しかも自分の武器の調整という大義名分があるのである。多くの男子生徒が二人の元へと訪れ、調整には諸手を挙げて協力していた。早く終わるのは当然であった。
「ああ……椿も手伝い感謝する。」
「いえ、ご主人様のお役に立つ事こそ、我が喜びです。」
椿はそう言って優雅に一礼する。そうして、何度か武器の調子を確認していると、珍しくキラトが訪れてきた。
「カイト殿。調度良いところに。」
「ああ、キラトさん。何か御用でしょうか?」
「少々場所を変えたいのですが……」
「でしたら、執務室に行きましょうか。椿、先に行って用意を整えておいてくれ。」
周囲を見渡して、カイトの正体を知らないであろう生徒が居るのを見て取ると、キラトがそう断りを入れる。それを受けてカイトも要件を察すると、執務室で話し合う事にした。
「分かりました。」
「今のが噂の新たに雇い入れた秘書官ですか?」
そうして去って行った椿を見て、キラトが柔和な笑みを浮かべてカイトに問いかける。それに、カイトも笑みを浮かべて返した。
「ああ、ご存知でしたか。」
「この業界、喋れなくても目と耳は使えなければやっていけませんよ。」
「確かに。」
そう言って、二人は笑い合う。そうして執務室の一角にあるミーティングや応接用のエリアに腰を下ろすと、椿がお茶を差し出した。
「ありがとう……どうぞ。」
「ありがとうございます……良いお茶です。」
匂いを楽しみ、味を楽しんでキラトがそう言う。その所作には冒険者というよりも何処かの貴族と言った方がしっくり来る様な優雅さがあり、いちいち様になる男であった。
「桜が選んだらしい。さすがにこういった目利きだけは及ばん。」
「あはは。勇者殿でもさすがに生まれてから嗜んだ方には勝てませんか。」
「そりゃ、な。にわかが勝てても困る。」
「あはは、確かに。」
カイトが苦笑して、キラトに告げる。告げられたキラトがそれに笑って、暫く幾つか雑談を行う。雑談に応じた所を見ると、どうやらそれほど急ぎでは無いらしい。そうしていくつかの雑談の後、キラトが本題を切り出した。
「カイト殿、ユリシア殿。今回はユニオンより依頼を持ってまいりました。」
あえて二人を指名するので、高難易度の依頼の可能性が高い。それに気づいたカイトは一気に居住まいを正す。
「聞こう。」
「はい……マルタはご存知ですか?」
「ここから数時間の小さな村だったな。それがどうした?」
「のどかな農村だね。そこで作られる野菜は主にマクスウェルに持ち込まれ、冒険部の食卓にも並んでいる……名産はじゃがいもなどの根菜から葉野菜など、様々な野菜が収穫される、とても豊かな土地だよ。」
カイトの言葉に、更にユリィが補足した。尚、これは最近開拓された村だったのだが、さすがにこの頃になるとカイトも近場の村や街ぐらいは魔術無しでも全て頭に叩き込んでいた。
「最近そこから街に至る道すがらに迷宮が現れたので、その調査を依頼したいのです。」
「なんだ、そんなこと。」
てっきり何か超高位の魔物が現れ、秘密裏に処理したいとかを想像していた二人は、気を抜く。
「はは、そう言われるのはカイト殿とユリシア殿ぐらいですよ。」
とは言え、そんな事が出来るのはこの二人だけだ。なのでキラトが苦笑する。誰も侵入したことのない迷宮である。その危険性は推して知るべし。熟達の冒険者でさえ万全を期し臨むのに、ここまで気を抜くのは、この二人だけである。
「全力でやれない外に比べればどうということはない。それで調査報告は?」
そんなキラトに対して、カイトが事情を説明して苦笑する。周囲に気を使いながら戦う必要のある外よりも、その必要のない迷宮の方が、カイトにとって戦いやすかった。まあ、ユリィも似たような物だろう。
「最下層までを3周していただけるだけで構いませんよ。では、此方を。」
そう言って専用の記録用の魔道具をカイトに手渡した。
「わかった。椿、予定は大丈夫か?」
「はい……明日は特に会談予定はありません。書類は此方で終わらせておきます。」
「ああ、ありがとう。」
そう言ってカイトは椿に微笑む。
「じゃあ、明日から取り掛かるが、迷宮の大きさによっては中間報告を提出しようか?」
「ええ、お願い致します。そのほうが他の冒険者の説得もし易いでしょう。では、失礼致します。」
キラトはそう言って、席を立った。カイトはそれを送り届けることにして、一度外に出るのであった。
「さて……こういうのは久々だな。」
「だねー。」
そうしてキラトを送り届け、二人で久々の高難易度の依頼に少しだけ楽しみにしていると、そんな二人に桜が問いかけた。
「どんな依頼なんですか?カイトくんに直々に依頼のようでしたけど……」
「ああ、迷宮は知っているか……と言いたいが、わかる面子にはゲームのイメージそのままで大丈夫だ。」
そう言ってカイトは苦笑する。事実、カイトも初めて聞いた時にはゲームかよ、と呟いたぐらいである。だが、誰もがゲームを知っているとはカイトも考えていないし、出て来るイメージがカイトと一緒とも限らない。なので、カイトは説明を開始した。
「とはいえ、知らない面子のために説明しよう。簡単にいえば、トラップや魔物の出現する中~大規模な人工物を想像してくれればそれでいい。この迷宮には二つの形式があり、突然現れる自然発生型と、大昔の遺跡などが時を経て迷宮化した時代変化型だ。」
「大きさはどのぐらいですの?」
ゲームに馴染みの無いらしい瑞樹が質問する。尚、他の面子――当然だが、アルとリィルら公爵家の面子は除く――は大凡ゲームのイメージで理解していた。
「時代変化型はその大本となる建物による。自然発生型は物によるが……3時間程度で踏破できる物から、大きければ一週間以上掛かる迷宮もあるな。当然だが構造、内部に出現する魔物、トラップなどは迷宮によって異なる。総じて言えるのは、迷宮が現れた時は一攫千金を夢見て多くの冒険者が訪れる、と言ったところか。」
「いきなり現れる様な言い方でしたが?」
これには全員が共通して疑問に感じていたらしい。瑞樹に続けて更にソラが追加で質問する。
「そんなデカイ建物?がいきなりできるのか?」
「いや、どちらかと言うと、異世界、もしくは異空間への入り口だな。建物や洞窟の外形が見える場所に飛ばされる場合もあれば、直接中に送り込まれる場合もある。いつ、どのように現れるのか、規則性等は全く不明。なぜ現れるのか、についても同じくだ。実は地球にも現れているんだが、秘密裏に存在を認識しないように手が回されているな……誰にか、については聞かない方が利口だ。」
なら教えるなよ、そう思う一同だが、カイトは存在を知っていて、向こうに帰って見つけられる様になっているのだからどっちでも一緒、という判断であった。
「勝手に現れて勝手に消える、そんな物だ。まあ、消える際には中に居た人物は全員外に出されるから、消滅に巻き込まれても危険は無い。今のところ報告されていないだけかもしれないが。消えたら報告なんて出来ないもんな。」
「そんな危険な物へ行くメリットは?」
魅衣の言葉に、カイトが少し頭を悩ませる。メリットは多いのだが、多いが故に簡単に説明しようとすると少し考える必要があったのだ。
「んー……一番のメリットは迷宮でのみ手に入れられる道具を手に入れる為だ。迷宮には未だオレ達の技術では再現不可能な道具が数多く眠っていてな。なぜそんなものがあるのかは常々疑問だが、それを持ち帰れれば一攫千金も夢じゃない。十分リスクに見合うだけのメリットとなりうる……もしかすれば、帰還のための魔道具、古代の遺産があるかもしれない。見たことは無いが。」
「って、ことは上手くやれば……」
「帰れるかもしれないってことー?」
その言葉に、全員がにわかに色めき立つが、当然そう簡単には行かない。なので、カイトはきちんと言い含めておく。
「だから見たこと無いって言ってるだろ。あるかも、レベルで試すだけ無駄なレベルだ。見つかったらラッキーだね。それに、問題がある。」
「問題?」
カイトの言葉に、一同が首を傾げる。それを受けて、カイトが指を立てた。
「危険性が高い迷宮ほど、高位の古代の遺産があることもまた事実ってことだ。入るのにも条件が設けられていたりすると、尚の事厄介だ。」
「質問。」
「はい、どうぞ。」
説明の最中魅衣が挙手したので、カイトが彼女を指さす。そうして出た疑問は当たり前の物だった。
「条件って何?」
「あ、ワリ。条件ってのは例えば……あー……ゲームっぽく言うが、大剣オンリーでしか入れなかったり、刀使いだけしか入れなかったり、または魔術禁止だったりする事。部屋だけだったらいいが時折迷宮全体で入場に条件があって入れなかったりするから注意な。」
「げぇ……」
カイトの説明を聞いて、ゲーム的に理解した一同が嫌そうな顔になる。当たり前だが手札が制限されるし、場合によってはパーティ構成にまで影響するのだ。ゲームならば縛りプレイ等と言って楽しめるだろうが、現実でそんな事をやられても命に関わるし面倒なだけだった。そうして厄介さを理解した一同だったが、再び魅衣が質問する。
「そういえば、それどうやって調べてんの?なんか魔道具あんの?」
「オレの様な奴が指名を受けて、少数で潜入して調べてくる。」
それを聞いて、ようやく一同が先のキラトの来意を悟った。自分達でも考えるまでもなくそんな案件を任せられるのはカイトとユリィだけだった。そして、その考えはキラトも同じだったのである。
「じゃあ、今回はカイトとユリィちゃんに依頼したってことか?」
「まあ、ここら一帯で最高位の冒険者はオレとユリィだからな。昔からここら一帯だとオレ達が受け持つのが伝統だ。致し方あるまいよ。」
「こういう時は危険かもしれないから、とか理由つけてみんなで冒険に出かけられてたからねー。みんなが集まれるいい機会になってたよ。」
治世をアウラ、クズハ、その補佐にティナで任せ、カイト、ルクス、バランタインの三人が組んで迷宮に挑むのである。並大抵の迷宮であれば問題なく踏破できたので、貴重な高位ランクの冒険者を失わずに済むとユニオンから大変ありがたがられていた。
「まあ、さすがにオレ達でも油断できないのは事実だ。一回とんでもなくやばいのに当って全員総掛かりになった。」
カイトはその時の事を思い出して笑う。そしてどうやら思い出したのは彼だけでなくティナも同じだったらしい。
「あれは珍しく超高位の迷宮じゃったの。お陰で良い運動になったが。」
「財政潤ったねー。」
三人で当時の状況を思い出す。なんだかんだ言いつつ、苦労に見合うだけの利益は得られたのであった。
「どんなのだったんだ?」
そんな三人の表情にソラが興味を抱いて問いかける。彼等でやばいと言わしめる迷宮である。少なくとも自分たちは絶対に行けないことだけは確実であったので、怖い物見たさだった。
「まあ、ランクAの魔物が大量に湧いて出てくる超高難易度の迷宮だ。果てはランクSのが10体ボス部屋に居るとかいうおふざけ。さすがにやばいと判断して、立ち入り禁止になった。」
「あれ、『厄災種』じゃ無くてほんとによかったよねー。あれでもアウラ半べそかいてたのに。」
「んなもん群れで出て来たらオレも逃げる。つーか半べそ掻いてたのお前もだろ。」
ユリィの言葉にカイトが苦笑する。カイトさえ逃げ出す『厄災種』とはなんなのか、とソラ達は問おうとしたのだが、その前にカイトは説明していて説明していない単語を思い出して迷宮の説明に戻った。
「ああ、そういえばボス部屋の説明もしてないな……それでその迷宮なんだが、最下層にまで至ればクリアだ。最下層には大抵ボス部屋と呼ばれるその迷宮で最も強い魔物が出現する部屋があって、その奥には只々宝箱があるというだけの部屋がある。」
「本当にゲームだな……」
あまりにゲームそっくりだと思ったソラが思わず溜め息を吐いた。以前にカイトがゲームのイメージで良い、といったのが理解出来たのである。どうやら同じことを思ったのか、男子陣が全員苦笑していた。そんな男子陣にティナも苦笑して告げる。
「じゃろう。余も初めてダンジョン系が出てくるゲームをプレイした時には此方にも迷宮があるのか、と驚いたほどじゃ。」
「あながち誰か迷宮へ入ったことのある奴が一番初めにゲームに実装したのかもな……でだ、まあ途中脱出の方法なんかも幾つかある。それは追々入った時にでも説明しよう。後、特徴的なのは、魔物からのドロップアイテムだ。」
「前に言っていたやつだな。予想は出来た。」
前に少しだけ話を聞いていた瞬がそう言う。と言うかここまでゲームとそっくりならば、もう考える必要も無い様に思えたのである。
「ああ。普通外で魔物を倒しても只々消えるだけだが、迷宮の内部で討伐すると、その迷宮に応じた道具に変わる。多くが回復薬やらありふれた宝石、何故か剣やらの武具なんだが……時々迷宮に固有の魔道具となる。理由は聞くな。わからんからな。」
カイトは呆れた顔で肩を竦める。わからないものはわからないのであった。そうして、カイトが最後の説明に入った。
「でだ、ユニオンではこのドロップする道具や魔物の出現状況、トラップの難解さ等で迷宮を分類分けしている。レベル1から100までだな。まあ、当然だが上に行けば行くほど、高難易度かつ高級な道具がドロップする。中には世界そのものが作った武器なんかが落ちることもあるが……これは物によっちゃ国宝級の扱いを受けるな。」
「前に桜華ちゃんの素となった使い魔の卵、というのも高難易度の物なんですか?」
かつての使い魔の説明を覚えていた桜が質問する。それを聞いて、カイトが嬉しそうに頷いた。
「ああ、そのとおりだ。あれはレベル80以上の迷宮で極低確率でドロップする超レアアイテムだ。某ゲームの玉と一緒だ。まあ、あれよりもっと出ないが。」
「お前、面倒になったな。」
説明がゲーム的になったカイトに、苦笑したソラがツッコミを入れる。
「うるさい。実際そうなんだから仕方がない。」
図星なので若干照れながらだが、カイトも認めた。
「ですが……かなり危険そうなんですが、それでも行かれるんですの?」
断ることもできる依頼なのに、進んで受けようとしている二人に瑞樹が不安げに問いかけた。そんな心配をカイトは有りがたく思いつつも、苦笑して告げる。
「まあ、確かにそんなこんなで危険性の高い依頼なんだが……オレたち以外で出来る面子も限られているしな。仕方がない、ということもある。それと……」
「これが依頼料結構いい値段なんだよねー。」
カイトの言葉を引き継いで、ユリィが苦笑いを浮かべながら告げる。そう、この依頼は実は当たり外れが激しいが、当たればボロ儲けの依頼でもあったのである。そうして、カイトも苦笑しながら理由を説明した。
「どんな低レベルの迷宮だったとしても、最低ミスリル銀貨100枚とかいう超高額依頼だ。一流の冒険者を指名して依頼しているのだから、当然なんだが……後は判明した迷宮内容と出来高だな。ちなみに、オレ達がヤバいと判断した迷宮は総額ミスリル銀貨5000枚だった。」
当然であるが、腕利きの冒険者ほど引く手数多である。それに危険性の高い依頼を依頼するのだから、当然その依頼料も高額となるのであった。そうして告げられた金額に、ソラが目を見開いて悲鳴に似た声を上げる。
「滅茶苦茶高え!」
「まあ国や領地を治める貴族からも補助金は出ているからな。向こうとて危険かもしれない物を自分の庭に放置しておく道理は無い。今回も依頼料の半分はウチから出ている。」
「結局お前が払ってお前がやってるようなもんかよ。」
「まあな。」
翔の言葉に、カイトが笑う。そうして、この翌日にカイトとユリィが迷宮へと出掛ける事になったのであった。
いきなり説明回でなるべく頑張ったんですが、説明が下手で理解しにくかったら申し訳ありません。ダンジョンについてはおおよそゲームのダンジョンとおんなじ考えでいいです。すいません、丸投げで。
お読み頂き有難う御座いました。
次回予告:第197話『ダンジョン探索』
 




