第2070話 活動再開 ――依頼――
転移術の研究開始に伴う各地からの資材の搬送。冒険部の長としてそれの手配を行いながら、カイトは更にランクEX冒険者としてユニオン全体の動きについて意見を述べつつしばらくの日々を過ごしていた。
そうして、彼がレヴィと共にユニオンの現状確認とそこからの遠征隊の手配など様々な事を話し合って、更に数日。この日は一旦各地に散って研究所設営に伴う準備を行っていた冒険部上層部が集まって、現状確認を行う事になっていた。
「さて……ひとまず、全員お疲れ様」
ここ一、二週間ほどは出たり入ったりだった全員が集まったのを受けて、カイトはまず一つねぎらいの言葉を送る。そうして、彼は現状を全員へと報告した。
「まず、全体としてだが物資の確保はおおよそ終了。ネックだった『次空石』についても、ソラが持ってきた分でひとまず事足りる。あれについては、厳重に管理しておく必要がある。今は金庫に入れている」
「軍の施設に入ったの、マジ初めてだったんだけど……あんな厳重に管理されるものなのか?」
「それだけ、あれが危険なものだというわけだ」
盛大にしかめっ面のソラの言葉に、カイトは一つはっきりと明言する。そもそも各地の貴族ではなく公爵以上の貴族が直々に管理する領域だ。使い方如何では相当厄介なことが出来てしまえるらしく、ソラが向かった施設も相当厳重な警備がされていたとの事であった。実際、ソラも神剣の存在が認知されている所為で神剣さえ一時的な封印を食らったとの事であった。
「そりゃ、わかるけどさ……あんな重い封印食らったの、初めてだ」
「オレ以外はティナ、クズハ達以下公爵家中枢に位置する奴以外、例外なく食らう。貴族だろうと、公爵以上の貴族でなければ確定で封印措置を食らうから諦めろ」
「うへぇ……」
さすがは、最重要軍事物資として管理されている物なのだろう。盛大にソラが顔をしかめる。そんな彼に、瞬が問いかけた。
「そんなだったのか?」
「やばいってもんじゃないっす。一回完全に武装解除された上、パンイチで魔法陣を使った封印措置。身体が数トンの重りでも付けられたんじゃないか、ってぐらいにガッチガチな奴です」
「そ、それは……す、すまん。世話を掛けた」
「いや……いいっすよ。誰かがやらないとダメなんですし。まぁ、二度とやりたくないっすけどね」
瞬は現状、下手な封印が彼の中に眠る半神半鬼の血を目覚めさせる事になりかねない。なのでサブマスターの中では最優先で択から外れる。
となると残るは桜かソラであるが、桜は内々にはカイトの寵愛を受ける女だ。それをルールとはいえ下着姿――加えてボディチェックもある――にするのは色々と問題があった。ならしなければ、という話もあるかもしれないが、それはそれで面倒が付き纏うのでソラになったのである。
「で。先輩の方は腕輪はいつ頃完成しそうなんっすか?」
「ああ、それなら来週頭には完成するらしい。そこからだな……終わったら、一度訓練に付き合ってくれ」
「うっす」
瞬の申し出に、ソラが一つ頷いた。と、そんな二人の話が一段落したのを受けて、カイトが改めて口を開いた。
「もう良いな? それで、現状のおさらいだ。まず現状だが、研究所の基礎工事が進行中。瑞樹、お前は引き続き由利、魅衣の両名と共に街から来る工事業者の警護を行ってくれ」
「はい」
基本的に工事業者はマクスウェルに住んでいて、毎日こちらから学園に向かい作業を行う形だ。作業中は研究所に結界の展開装置設置までは学園の結界を広げてなんとかするので大丈夫だが、移動だけはどうしても魔物の襲撃がありえる。広域の警戒が行える竜騎士部隊による警護を行う事になっていたのであった。
「それで、各員は基本通常業務に戻りつつ、適時必要に応じて研究所設営に必要な機材の調達を行う事になると考えてくれ。まぁ、基本はオレが動くので問題は無いだろうがな」
「基本、お前なのか」
「それが、一番楽なんでな」
ソラの問いかけにカイトは肩を竦める。実際の所、冒険部で一番機動力の高いのは誰かというとカイトである。彼の場合ハンナから形見分けで譲られた個人用の飛空艇がある上、彼が開発に協力し試作品をもらえた事になっているバイクまである。
彼単独、ないしは二人程度なら冒険部の誰よりも行動範囲が広く、なおかつ組織としての権限も十分だ。現場で交渉を成立させてしまう、という事も出来た。細々とした物であれば、彼が動いた方が早いのであった。
「ま、それは良いか。それで、桜が皇都で活動してくれていた為、ギルドメンバーの復帰情報もオレが取りまとめている。そちらも報告しておこう」
「改めて見ると、被害相当大きかったと思ったけど……」
「そこまででもないー?」
「というより、藤堂先輩が秘蔵品の回復薬を供与した事が大きい。無論、オレが秘蔵していた物も出していたがな」
魅衣と由利の疑問に、カイトは復帰が早かった要因を改めて口にする。これについては前に瞬が聞いていた通りだ。
「ま、そういうわけで全体的に復帰は開始。後は峠も越えているから、待つだけだな」
そんなものか。一同軽く終わったカイトの報告に、そんな感想を抱く。そうして、その後もしばらくの間現状の報告会は続く事になるのだった。
さて、それからしばらく。カイトは会議を終わらせ各員がそれぞれの行動に入ったのを受けて、外の訓練場に足を運んでいた。大陸会議からすでに半月ほど。この日、宗矩が来る事になっていたのである。というわけで、本格復帰したばかりの藤堂が非常に緊張した面持ちで彼の横に立っていた。
「……そんな緊張しなくても、と言えるのは多分世界中の猛者と渡り合ったからなんでしょうね」
「そ、そうだろうね」
ダメだ。自分でもわかるほどに、口が乾いている。藤堂はカイトの言葉に思わず声が上ずった事を自覚する。まぁ、無理もない。石舟斎と宗矩であればどちらの方が彼にとって重要か、と問われれば俄然後者である。
確かに剣の流派として完成させたのは石舟斎だろうが、そこから精神面まで派生させたのは宗矩だ。剣道家で流派が柳生新陰流である藤堂にとって、宗矩とは間違いなく偉大なる先人だった。
過去に敵だとかそういうのは一切が無意味だった。ただ、彼が柳生但馬守宗矩である。それだけが、彼にとって重要だった。そうして、静寂が歩いてきた。
「宗矩殿」
「ああ、カイトか。世話になる」
「いえ」
頭を下げた宗矩に、カイトもまた頭を下げる。この場でのカイトはギルドマスター。出稽古先の城主という所だろう。それに対して藤堂は宗矩の教えを受ける者というわけだ。
なお、今回教えを受けるのは藤堂だけだ。元々藤堂は柳生新陰流。武蔵が教えている事がいびつなのであって、武蔵当人の勧めもあって今後は宗矩から教えを受けるようになったのである。
「それで……兼続だな」
「はいっ」
ガチガチだな。おそらく年頃の女子学生がアイドルに出会ったとてここまで緊張しはしないだろうというほどに緊張する藤堂に、カイトはわずかに苦笑する。
「これからしばらく、出稽古をつける事になった。よろしく頼む」
「こちらこそお願い致します! つぅ!?」
「……だ、大丈夫か……?」
ごきっ、と鳴ったぞ。宗矩は物凄い勢いよく頭を下げた藤堂を見て、思わず頬を引き攣らせる。もう何がなんだかわかっていなかった。
「は、はい……も、申し訳ありません……」
痛そうだが。宗矩は目端に涙を溜めて痛みを堪える藤堂にそう思う。とはいえ、当人が良いというのだから良いのだろう。宗矩はそう思う事にする。
「そうか……まぁ、それならそれで良い。とりあえず、何をするにしてもまずはお前の腕を知らねば話にならない。なので今日はまず、腕を知っておきたい」
「……」
それはそうだろう。藤堂は宗矩の言葉にわずかに落ち着きを取り戻し、頷いた。これから教えを受けるにしても、どこから教えるべきかというのは重要だ。そして何より、宗矩はエネフィアの事はわかっても、現代地球の事はいまいちわかっていない。なので現代の剣士である藤堂がどんな教えを受けてどんな戦いをしてきたのか、というのは未知だった。
「そこで、兼続。一度カイトと戦ってみろ。前の武闘会は見ていたが……今のお前がどれだけやれるか、見ておきたい」
「彼と、ですか?」
「ああ……幸い、根は同じだ。一度戦ったからこそ、見えるものもあるだろう」
「……はい」
やはり慣れ親しんだ得物を手にすると落ち着くのだろう。宗矩は石舟斎から差し出された赤漆の施された袋竹刀を手に、一つ頷いた。
「カイト。お前はどうする?」
「自前の物が」
「それは……そうか」
宗矩はカイトの提示した竹刀を見て、思わずくすりと笑う。それに、藤堂が首を傾げた。
「……あれを知っているのですか?」
「ああ……俺もかつては同じ物を持っていた。親父殿もまた。死んだ時にも、蔵にあったと思うが……残っていても流石にもう朽ちているだろう」
どこか懐かしげに、宗矩はわずかに微笑んだ。そうして、そんな彼が教えてくれる。
「信綱様に弟子入りした者が、稽古の際に使えと与えられる竹刀だ。形は随分変わっていたが……私の時には信綱様のお手製の物だった」
「これも、そうですよ」
「やはりか」
おそらく自分達が死んだ後に、信綱が最適な形として色々と工夫を施したのだろう。自分達が知っていて、しかし知らない袋竹刀に宗矩はどこか時の流れを感じずには居られなかった様子だった。そうして、そんな彼は主観で数十年前の事を思い出しながら、カイトの持つ神陰流の袋竹刀を見る。
「中の竹を守る革は……聖域に現れる魔物の革を信綱公が直々に鞣された物。中の竹は……やはり『魔竹』か。そこまでは、私が持っていた物と同じだ。が、中に込められているのは……なんだ?」
「さぁ……信綱公曰く、これがわかるようになれば卒業も近いな、と」
「そうか……私も、帰ったら頂けるように頭を下げてみよう」
やはり神陰流用に作られている袋竹刀だからだろう。様々な点で一般に流通する袋竹刀や竹刀とは異なっている様子で、見える部分以外にも様々な工夫が施されていたようだ。
そんな竹刀を見ながら、二人はどこか困ったように笑う。この竹刀を解き明かす事もまた、訓練の様子だった。なお、なら中を開けて確かめてみれば、という声もあるだろうが、今まで誰ひとりとしてそんな事をした者は居なかったし、カイトもまたしようとは思わないそうだ。せっかく師が課してくれた試練だ。有り難く受け取るだけであった。
「……いや、それは良いな。では、十分後に戦いを行え。それでひとまず、今の状態を見定めよう」
「「はい」」
今の藤堂はまだ落ち着いていない。宗矩はそれを見通していた。それ故、彼は一旦の休憩を挟む事にしたようだ。そうして藤堂が少し場を離れて座禅を組み精神統一を開始した一方、カイトと宗矩の所に同じく出稽古に来ていた武蔵がやって来た。
「但馬守。ようよう、こうやって話が出来るのう」
「宮本殿。その節は感謝する」
「良い良い。かつては、儂や儂の主人が何度も御身に世話になった。一度や二度ぐらい世話をせねば、恩を受けてばかりになるではないか」
頭を下げた宗矩に、武蔵が楽しげに笑う。せっかくこうやって話せるようになったのだ。せっかくなので、と話に来たらしかった。というわけで、この後も宗矩の所に足繁く通っており、ミトラが拗ねているのでなんとかしてくれ、とヤマトにカイトが泣き付かれている姿があったりするが、武蔵当人は至って楽しげだったので良いのだろう。
「そうか……では、そうさせて貰おう」
「うむ……今思えば、どうせなら十兵衛もおった方が面白かったが……そこら、あれらも粋を弁えておらんのう」
「一族の男が揃いも揃って賊軍に加わるわけにもいかん」
「賊軍に加わるという確信はあるか」
宗矩の言葉に、武蔵は楽しげに笑う。実際、彼も柳生十兵衛こと柳生三厳ならそうだろうな、と思うらしい。逆に宗矩ならそんな事はありえないだろう、と思っていた事は少しだけ自分を恥じたとの事であった。
「で、カイト。久方ぶりじゃが……腹の傷は?」
「治りませんよ、早々には」
「お主の事じゃ。いつもの事であろうに」
「あははは……笑いたくないですね……」
「諦めよ」
本当にいつもの事だ。そんなカイトに、武蔵が楽しげに笑う。そうして、過去に生き現代に生きる三人の剣士達は戦いまでの少しの間、のんきな会話を繰り広げる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




