第2068話 新たなる活動 ――転移術・研究開始――
瞬の腕輪の素材となる封印部分の代用品となる魔道具をミカヤから入手したカイト。そんな彼はミカヤより、弥生が謎の着物美女と共に親しげにしていたという情報を入手する。
とはいえ、相手が女性だった事もあり、カイトは気にはなったものの特別気にする必要はない、と流す事にしていた。もしやばい相手なら報告が入るだろうし、そうでなければ取り立てて気にする相手ではない、という事だからだ。というわけで、彼は冒険部のギルドホームに戻るとネックレスを一度解体する事にする。
「さて……まずはこれを分解して、持っていかないとな。にしても、ネックレスなんて……冒険者受けが良く無いから滅多に聞かんのだがなぁ……」
カイトとしても瞬としても、このネックレス全体が欲しいわけではない。必要なのはこのネックレスの中央。魔石の部分だけだ。なお、ネックレスが冒険者に不人気な理由はネックレスだと戦闘中に紐やチェーンが千切れてしまって意味をなさない事が多いから、との事であった。
と、そうしてチェーンからネックレスの飾り部分を取り外した所で、ジュリエットの所へ向かっていた瞬が戻ってきた。
「ああ、カイト。戻ってたのか」
「ああ。そっちも今戻ったのか?」
「ああ……ジュリエットさんから、昼一番に予定を空けたから、13時に来てくれって」
「わかった。まぁ、こっちももう終わるから、十分に間に合う」
「それで、それが?」
やはりこれから自分が使う事になるからだろう。瞬はカイトが持ち帰ったネックレスに興味を抱いていた様子だった。それに、カイトは一つ頷いた。
「ああ。といっても、こいつを更に調整して封印の術式を組み替えて、ジュリアに先輩に合わせて貰う」
「そうなのか」
「で、ここをこうやって……」
やはり色々とやらされた、というぐらいだ。どうにもネックレスなどの装飾品の解体もやった事がある様子で、かなり慣れた手付きでネックレスのチェーンを外していた。
「よし。で、後は……これでよし」
「使うのはそこだけなのか」
「ああ。魔石以外は使えないからな」
使えない、と言いつつカイトは外したネックレスのチェーンと飾り台の部分を分けて置いておく。ミカヤ曰く、どこかの誰かさんの遺品との事なのだ。ここに来たのも何かの縁。不要な部分については、火にくべておこう、という事だった。
なお、当の本人の遺体については、ミカヤがすでに埋葬済みだそうだ。彼曰く、このネックレスは埋葬の手間賃として頂いたとの事であった。
「よし。後はこれを、専用の形に整えるだけで良い」
「わかった。後はこっちでやっておこう」
瞬はカイトから封印の術式が刻まれた魔石を受け取って、一つ頷いた。これで後はジュリエットが即興とはなるが、瞬に合わせた形で組み換えを行ってくれる事になっていた。腕輪の部分については、現在別途発注を掛けていた。後は、こちらの完成を待てば瞬は本格的に復帰だった。
「そこは任せる……で、それが終わったら三日ほど掛けて腕輪の慣熟訓練を行っておけ。若干とは言えない領域の違和感があるはずだ」
「わかった」
今までは自分の意思で鬼族の力を制御していたが、これからしばらくは外側からの補佐があるのだ。となると、色々と慣れていかねばならなかった。というわけで、瞬に腕輪のコアとなる魔石を渡したカイトは、ようやく本格的に転移術研究の手配に取り掛かる。
「さて……椿。各員の現状の報告を頼む」
「はい……まず資材の収集ですが、購入でなんとかなる物についてはすでに八割が購入の目処が立っている状況です。皇都の方にまで買い付けに出向いている桜様、楓様の両名よりすでに第一便がマクスウェルに向かった、との報告が」
皇都からの資材を載せた飛空艇の到着時刻をカイトは計算し、本日の夕方には到着すると判断。それを受けて、カイトは瞬に問いかける。
「わかった……先輩。明日の学園の当番は誰だ?」
「綾崎だ」
「よし……先輩。手が空いている時に、綾崎先輩に明日の昼以降……夕刻か夕暮れ時には輸送艇が到着すると伝えてくれ。後は、所定の手はず通り」
「わかった」
カイトの指示を受けて、瞬が早速通信機を起動させる。元々、学園周辺に研究所を建造する事はカイトのプランにあった。なので予め学園周辺の地盤は調査させていたので、めぼしい土地の整理を行うだけで十分だったらしい。なので後数日もすれば建造するのに必要な土台の準備も終わりを迎えるらしかった。
「さて……後は、瑞樹が戻り次第竜騎士部隊に護衛に出てもらって、で大丈夫か。そうなると、後は土木工事だが……流石にここはウチじゃ手を出せんな」
「あ、御主人様。依頼していた見積書が届いています。ご確認を」
「ああ、わかった」
椿の言葉に、カイトは分けられていた見積書一式を確認する。やはり今回建造するのは研究所。そして必要となる規模が規模だ。基本出来る事は自分達でやる、が主流の冒険者であるが、本格的な土木工事と研究所のような専門性の高い建造物の建築はわけが違う。なので今回は建造にあたり専門家に依頼を出していた。
「ふむ……土台の基礎工事に関して、若干気になる。整地作業の費用が通常よりも低い。マーカーの部分について、改めて確認をさせてくれ。安くつく分には良いが、安物買いの銭失いはゴメンだ。特に今回の物はかなり重要となる。下手な工事をされてもかなわん」
「かしこまりました」
工事における見積書は何度かやり直しが出る事はままある。そうして依頼人――今回だとカイト達――とすり合わせを行い、最終的な決定を出すのであった。というわけで、差し戻された見積書を椿は改めて確認し、修正点などを記載。業者へと送り返す手はずを整える。その一方、カイトは更に別の報告を確認する。
「ああ、オレだ。管理責任者は居るか?」
『はっ……天城さんの件ですね?』
「ああ。予定だと今日、到着予定だが」
『はい……はい、今お繋ぎします』
カイトと少しの会話を繰り広げた軍の応対者は、管理責任者の準備が整ったのを受けてそちらへと通信を接続する。そうして、軍服を着用した男へとつながった。
『閣下。お呼びでしょうか』
「ああ。先に伝えていたと思うが、管理番号0257の魔石を使者に渡してくれ。遅滞の無いように頼む」
『はっ』
これで問題ないか。カイトは『次空石』の授受が問題なく行われるか確認し、一つ頷いた。先にカイトもティナも言っていたが、転移術の研究を行う上で何より重要なのは次元と空間を安定させる事だ。そのためには良質かつ高純度の『次空石』の存在は欠かせない。これの確保は是が非でも行わねばならなかった。
「よし……これで研究所の土台は整った……かな。後は、研究所の建造が終わるのを待つだけだが……」
大体、これは二ヶ月ぐらい必要か。カイトはおおよそ現在の見立てで自身が暗黒大陸から帰還した頃合いには完成するだろう、と想定する。研究所と言っても敷地面積こそ大きいが、建物そのものはそこまで複雑な構造にはならない。
そして次元や空間の隔離に必要な部分については、<<無冠の部隊>>の技術班やティナが行う事になっている。こちらは専門家の中でも更にぶっ飛んだ専門家集団だ。
数日あれば終わる、との事なので帰還してすぐに取り掛かってもらう予定になっていた。もちろん、何事も無ければの話ではあるが。と、そんな事を思った彼であるが、時間はない。なのですぐに気を取り直して、各所への手配を進める事にする。
「瑞樹。オレだ」
『あら、カイトさん。どうかされまして?』
「今は資材の搬送中か?」
『ええ。まだ少し掛かりそうですわね。まぁ、幸い周囲に魔物の影もなく、魅衣さんも由利さんも問題なく』
「そうか」
カイトは神殿都市からの資材の搬送を行っていたキャラバンを率いる瑞樹の報告に、一つ頷いた。と、そんな彼に瑞樹が告げる。
『そう言えば……せっかくなので他にもいろいろな研究に使えるようにしてしまおう、という事でしたわね。具体的には何を考えておりますの?』
「ん? ああ、それか。まぁ、本当に色々と言うしかない。と言っても、研究所の構造上魔術関連に限定した研究になるだろうが……」
『まぁ、それで問題はありませんわね』
カイトの返答に、瑞樹は一つ頷いた。そんな彼女に、カイトが告げる。
「どれだけ転移術の研究を優先したって、調査の時間はどうしても生ずる。転移術の研究……いや、空間と次元に作用する魔術の研究において、連続した実験は禁止されている。どれだけ頑張っても、一日二時間から三時間が限度。一週間あたりの研究可能時間も厳密に決まっている」
『そう言えば……その決まっている、というのはどなたがお決めになられたんですの?』
「ああ、それか。それはまぁ……<<知の探求者達>>だ。彼らがどれぐらいの時間と間隔を開ければ安全性に配慮しつつ、空間と次元に作用する魔術の研究を行えるか、と割り出してくれている」
『はー……』
それはまた凄い事を導き出したものだ。瑞樹は知らされた<<知の探求者達>>の研究成果の一つに、思わず感心したように頷いた。が、これにカイトは苦笑する。
「違う違う。この上限を超えると不可思議現象が起きますよ、と導き出しておけば、効率的にその現象を引き起こせる、ってだけの話。で、その研究の副次的な成果として、この時間が割り出されているってわけだ。まぁ、興味があったら調べる奴らだ。そこらもしっかり調べ上げてくれている」
『そ、そうですか……』
まさかそれさえ研究対象だったとは。なお、この実験の際には何度か未知の魔物が現れているそうであるが、それについては問題なく討伐されている。被害も出ていないそうだ。伊達に本職でマッドサイエンティストをやっていないのだろう。
「まぁ、それは兎も角として。ついさっき、皇都の桜と楓から連絡が入った。皇都の輸送艇が出たそうだ」
『と、なりますと……明日の昼以降には到着しそうですわね』
「ああ。竜騎士部隊には休みなしで悪いが、そちらの護衛も頼む。その代わり、今日は早めに上がっておいてくれ。その仕事が終わり次第、今日の業務は終了で良い」
『わかりました。では、有り難くそうさせて頂きますわね』
カイトの指示に瑞樹は素直に従っておく。ここ数日は転移術の研究の準備も本格化し始め、それに加えて『リーナイト』壊滅の一件による依頼の増加もまだ終わっていない。冒険部ではどこもかしこも大忙しだ。休める時に休んでおく、という冒険者の鉄則を守って行動する必要があった。
「さて……で、こっちが終わったら次は……ああ、ティナ。そっちどうなってる?」
『む? おぉ、カイトか。こっちなら、あいも変わらず解析の真っ最中よ。まぁ、余としても改めての復習になって良いの』
「さよか……まぁ、それは兎も角として。そっち一段落したら、こっちに戻ってきてくれ。一度出たい」
『む? なにかやるのか?』
「バルフレアにマクダウェル領の現状を伝えておく。それと、各地の状況を把握しておきたい。先遣隊出発の支度とかもな」
『なるほど……確かに、そこもあったのう。まぁ、あれも物の道理は見える男よ。ならぬと分かれば、見送りもするじゃろう』
一応、マクダウェル領は医療設備やその他公的な医療機関が整っている事、世界にも名だたる薬学の知識がある事等から『リーナイト』から搬送された冒険者達も大分と復帰が始まってはいた。
が、それはあくまでも最高峰の支援体制が整っているマクスウェルだからこそだ。敢えて言えば、マクスウェル家の冒険者達が最速の復帰と言っても良い。それ以外がどうなっているか、改めて確認し打ち合わせを行う必要があった。
「頼む。現状認識だけはしっかりしておきたいし、そろそろ各地の回復状況も見えてきているだろうからな」
『うむ。まぁ、こっちが一段落したら戻る』
「頼んだ」
ティナの返答に、カイトは一つ頷く。冒険部以外でもやることは沢山あるのだ。瞬の件がなんとかなりそうだから、と休んでいる暇もなかった。そうして、彼はティナが戻ってきたのと入れ替わりにギルドホームを後にするのだった。
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