第2067話 新たなる活動 ――確保――
マクスウェルの街にあるとあるバーにて、ミカヤと合流したカイトと瞬。そんな二人はひとまずバーのマスターの娘というレディ・マスターのオリジナルカクテルを口にしながら、ミカヤへと現状を語っていた。そうして、およそ二十分ほど。ミカヤは瞬の現状を理解する。
「なるほど。どこかで聞いた話ね」
「大昔のオレか?」
「ええ。まぁ、貴方の方はもうちょっとマシだったけれどね」
少しだけ楽しげなカイトの問いかけに、ミカヤもまた笑う。これについてはそのままだ。当然だがカイトもまた血の力に振り回されてきた時代があり、今回のように外側からの抑制を考えられた事があったのである。
なお、彼の場合は大精霊達の力があった。最終的にはこちらもコントロール出来るようにならないといけないのでその練習になる、と判断された為、腕輪などの魔道具は作っていない。というより、あったらそれを使っていた。
「にしても、論文ねぇ……仕事の後、お酒を飲みながら読むには向かない内容ね」
「悪いとは思うよ。だが、お前が時間取れねぇんだろ?」
「ま、それもそうなのよね」
カイトの指摘にミカヤが笑う。先にも述べられていたが、彼は彼で魔道具作製に忙しい。なので、この場を設けたのだ。仕方がなかった。
「にしても、それならいっそ学会に渡りを付けた方が良くない? あっちの方が色々と持っていそうなものだけど」
「それも、手としちゃ手なんだがね」
「ああ、考えはしたわけね」
どこか苦い顔のカイトに、ミカヤはなるほど、と頷いた。大抵こういう時にこう言うという事は、何らかの事情でダメになった可能性が高かった。というわけで、カイトはダメになった理由を告げた。
「超長期的にはそっちのが良いんだろうがな。まずどこにどう頼むか、という所に視点を向けるとすでにジュリアに頼んでいる。結局、今と変わらないんだ。で、その彼女の助言は、短期的には腕輪を急造しちまえ、だ」
「なるほど。学会に依頼する必要性が無いわけね」
「そもそも<<知の探求者達>>の大半は学者で、冒険者の立場が必要だから持ってるってだけの学者も多い」
自身の表情の理由を理解したミカヤに、カイトは呆れたように肩を竦める。これに、ミカヤも笑った。
「そもそも、冒険者の資格が無いと入れないような遺跡も少なくないからな」
「そうなのか?」
「ああ。ほら、遺跡の調査とかしていると、危険な場所とか状況とかもあるだろう? そういった所に無策に突っ込まれても困るから、冒険者による護衛か冒険者である事が条件として出される事がある。生還出来るだけの腕を持っていますよ、という証明書のような形だな」
「なるほど……」
確かに、言われてみれば瞬も納得できた。やはり遺跡となると自分達が遭遇したような致死性の罠は目白押しだ。いや、罠というよりも冒険部の場合は対侵入者用の迎撃装置や防衛装置だろうが、基本としては大差ない。なので必然として、腕っぷしだけは求められてしまうのであった。
「が、オレ達にはそんなものは必要ない。冒険者だしな」
「たしかにな」
それで今まで自分が気付かなかったのか。瞬はカイトの言葉に笑う。なお、実際にはこういった遺跡探索の依頼では基本カイトが依頼の事務的処理を主導しており、知る必要がなかっただけである。と、そんな二人に、レディが問いかける。
「そういえば、二人の専門は何? 良く思えばカイトも聞いた事が無いわね」
「ん? ああ、オレもこっちも遺跡探索人だ」
「ああ、それで」
今回一緒に居るわけか。レディはカイトの語る裏に納得する。基本的にやはり仕事で一緒になるのは、同じ系統の仕事を請け負う相手だ。なので瞬はそもそも名前から日本人だと察しており、カイトも同業者だと考えた方がすんなりと受け入れられたのだろう。
「で、それはそれとして。結局、どうするの?」
「だからそれを話に来た。飲みのついでに」
「そ……あ、なにか追加で飲む?」
「んー。貰おうかな。今度は赤でなにか一杯」
「りょーかい。ちゃちゃっと作ってくるわね」
グラスを空けたカイトの要望を受けて、レディがカウンターを移動する。なお、彼女の仕事は良いのか、という所なのであるが問題はない。そもそも彼女は実は従業員ではなく、マスターの娘という立場だった。が、カクテル作りの腕が良いので、カウンターに入れてもらっているだけであった。なので給料なども発生しないそうである。と、そんな彼女が去った後、カイトは改めてミカヤと話を進める事にした。
「で、ミカヤ。何かあるか?」
「んー……そうね。とりあえず現状なら第二級封印でなんとかなる……んじゃないかしら。ジュリエットの見立て通り」
「だろうな。その見立てについちゃ、オレも疑ってない」
ジュリエットの専門には因子の研究もあるという。なのでその封印も彼女の専門分野で、この見立てについてはミカヤも自身以上と疑っていなかった。
「そうね……まぁ、惜しむらくは彼女が魔道具作製の専門家じゃない、という所でしょう」
「まぁな。彼女自身も流石に魔道具は作れない、と明言していた」
「でしょうね。プロほど、自分の専門以外の仕事には手を出さないものよ」
ジュリエットの言葉は正しい。ミカヤは彼女が下した判断に、同じく専門家として同意する。実際、それならティナが作った方が良い、というのが彼女の言葉だったし、ミカヤも同意する所であった。
「だろうな……まぁ、組み上げと調整についてはこっちでやる。が、封印の腕輪の部品を手に入れない事には、何もならん」
「それで、私にねぇ……」
こくり。ミカヤは論文をカイトに返却しながら、どうしたものか、と考える。
「まぁ、ちょっと探してみるわ。今の時期、多分手に入りにくいとは思うけれど」
「というより、探して無理だったから、お前に聞いてみたんだけどな」
「でしょうね……腕輪限定じゃなくて良いのよね?」
「ああ。最終的に冒険者が使えるように加工するからな」
兎にも角にも現状は細工師に伝手があっても手が足りないのだ。なので有り合わせで作ろう、と言うのが現状だった。
「わかった。多分、腕輪じゃないなら冒険者に不人気な商品が幾つかあると思うわ。後は私が昔調べる為に使ったお古とか……まぁ、なんとかなるでしょ」
「すまん。恩に着る」
「ありがとうございます」
「ええ……その代わり、ここは持ってね」
「りょーかい」
ミカヤの言葉に、カイトは一つ笑う。その程度の手間賃は彼としても惜しくなかった。そうして、カイトと瞬はその後はしばらくの間、ミカヤと戻ってきたレディと共に酒を飲む事になるのだった。
さて、カイトと瞬がミカヤに出会ってから数日。この間も各方面に接触して色々と手配を行っていたカイトであったが、この日の朝。ミカヤから連絡が入ってくる事になった。
「ご主人様。ミカヤ様からご連絡です」
「ん? ああ、わかった。繋いでくれ」
「はい」
カイトの求めに応じて、応対にあたっていた椿が通信を繋ぐ。
『ああ、カイト? 今大丈夫?』
「おう。どうした?」
『ほら、前に言ってた瞬って子の魔道具の件。ちょっと倉庫を探したら大昔に手に入れた品で使えそうなのあったわよ』
「マジか。助かるよ。こっちはやっぱり梨の礫でさぁ」
やはりどこもかしこも『リーナイト』の壊滅の一件が影響し、魔道具は特に事足りない状況に陥っている様子だった。先に<<魔術師の工房>>に問い合わせた一年は良い方で、腕の良い作り手ならこの一件の前から受けていた依頼も合わせ三年待ちもザラらしかった。
『でしょうね。ウチでも見付けたのは偶然。流石にランクA相当の子の抑えになれるようなのは、数が限られるものね』
「そこも、問題だ。流石にランクA級の冒険者に使える封印の腕輪なんぞ、そもそもワンオフが大半だからな」
『そりゃそうよ。封印なんて本来ワンオフでやるべきものよ。だから私達が居るんだし』
「お世話になってます」
『はい、よろしい』
カイトの返答に、ミカヤが上機嫌で笑う。実際、カイト達としてもそうしようとしたが、それができなかった結果の代用品だ。仕方がなかった。
「で、悪いな。時間無いのに倉庫の整理なんてさせちまって」
『ああ、私がやったわけじゃないわ。流石に時間無かったから。あの子も貴方の頼みだから、快諾してくれたわ』
「ああ、そうなのか。レーヌにも助かった、と伝えておいてくれ」
レーヌ。それは時折語られるミカヤの妻の名だった。彼女ともカイトは知り合いで、どうやら忙しいミカヤに代わって彼女が倉庫の探索をしてくれたのである。
『ええ……まぁ、あの子曰く久しぶりに倉庫の整理ができて良かった、って』
「そうか……兎にも角にも、ありがとう。これで次に進める」
『ええ。ああ、また遊びに来て、と言ってたわ』
「りょーかい。色々とゴタゴタが片付いた頃合いで行くと伝えておいてくれ」
とりあえず今は冒険部のギルドマスターにせよ公爵としてにせよ色々とやる事が多い。別にミカヤの家が遠いわけではない――そもそもマクスウェルの街北部にある――が、行っている暇はなさそうだった。
「で、どうすれば良い?」
『悪いけど、取りに来て頂戴な。今日も朝から工房で、動けそうにないのよ』
「わかった。すぐで大丈夫か?」
『何時でも。渡すだけだもの』
それもそうか。カイトはミカヤの言葉に頷いて、通信を終わらせる。そうして、彼はペンなどを片付けながら、椿に問いかける。
「椿。現状、なにか客が入る予定はあったか?」
「夕刻から、南方の商人方との会食に参加するご予定が」
「なら、今は問題無いか。少し出掛けてくる」
幸い今は朝だ。ここからどれだけゆっくりしていても、戻りが夕方になる事はない。なのでカイトは立ち上がった。そんな彼に、椿が問いかける。
「かしこまりました。お戻りは何時頃で?」
「ミカヤの所だ。さほど時間は掛からない……ああ、先輩が戻ったら、腕輪の件について算段が立ちそうだから、ジュリエットの方にもそう伝えてくれと言っておいてくれ」
「かしこまりました」
「頼む」
兎にも角にも瞬の腕輪が片付かなければ、今後の活動に影響してくる。急げるだけ急ぐつもりだった。というわけで、彼は朝一番のラッシュを抜けてショッピング・モールへとやってくる。そうして、開店準備中のミカヤの店の従業員用の裏口から、彼の所へと通される事になった。
「ああ、カイト。来たわね」
「おう。悪いな」
「良いわよ……で、これが話てた魔道具。ネックレス型だけど……問題無い?」
「ああ。助かる……加工しちまうが、大丈夫か?」
「もういらないものよ」
カイトの確認に、ミカヤが一つ頷いた。そうして、カイトは一度状態確認の為、包みの中からネックレスを取り出した。
「随分と古ぼけてるな。使われた様子もある」
「貴方と出会うより更に前に手に入れた品だから……しょうがないわ」
「へー……どこかで買ったのか?」
「……この沈黙で察して頂戴」
カイトの問いかけに、ミカヤが少しだけ恥ずかしげに視線を逸らす。連盟大戦時代にどこかの死体やらから剥ぎ取った物という事なのだろう。それに、カイトが笑った。
「そうか。まぁ、オレも人のこと言えた義理じゃない。有り難く、貰っておこう」
「ええ。そうして頂戴な。私も思い入れがある物でもないし」
「あいよ」
せっかくだ。カイトは有り難くネックレスをちょうだいしておく事にする。そしてそういうわけなので、ミカヤとしてもお代は一切要求するつもりはなかった。手間賃なら先の飲み会で奢ってもらった分で十分だし、妻の分はまた何かで返してくれるだろうのでそれで十分だった。と、そうしてとんぼ返りに戻ろうとしたカイトへと、ふとミカヤが問いかける。
「ああ、そうだ。そう言えばこの間弥生ちゃんと来た人、新しい人?」
「ん?」
「この間貴方が総会に出た後少しかしら。弥生ちゃんが少し年上のお姉さんを連れて来て。あの子が年上にも関わらずタメ口で話すの、滅多に無いから貴方のかな、って」
「うん……?」
何のことだろうか。基本的に弥生は自分より精神年齢が上の相手は同じカイトの恋人だろうと敬語で接する事が多い。そして基本精神年齢は見た目と密接に関係する。見た目が年上なら、精神年齢としても年上の可能性は高かった。その相手に弥生がタメ口を使うのは、中々カイトも想像できなかった。
「灯里さん……は無いだろうし……ああ、いや。すまん。多分、オレは知らないと思う」
「そーなの? まぁ、あの子も冒険部以外に知り合いは居ても不思議は無いかしらね。もしわかったら、着物を見せて貰いたかったのよ」
「着物?」
なら尚の事、誰の事かさっぱりだ。カイトはミカヤの言葉に首を傾げる。とはいえ、別にマクスウェルで着物を着ている者が居ないわけでもない。数こそ限られるが、居るのだ。なのでカイトも特に気にしない事にして、ミカヤの店を後にする事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




