第2066話 新たなる活動 ――バーにて――
『大地の賢人』から与えられた転移術の基礎知識の解析を行っていた冒険部技術班。そんな彼らの努力の甲斐あって、おおよそ転移術の研究に必要な物が判明する。
とまぁ、そういうわけで公的に準備が整ったという形で、元々転移術を習得していたティナの采配により冒険部は即座に動けるような状況となっていた。というわけで、活動に向けた会議の後。カイトは瞬を連れて夕刻を過ぎた頃合いで街の小洒落たバーにやってきていた。
「ここで待ち合わせなのか?」
「ああ。というより、先に飲んでるか先に飲むか、というだけだがな。単なる飲みだ。気にする意味もない」
驚いた様子の瞬に、カイトは笑いながらここが待ち合わせの場所であると告げる。そうして二人が入った店内はかなり静かで、瞬がよく利用する居酒屋に近い酒場とは違い、大人が集まるバーと言うに相応しかった。と、そんな所に入って早々、カイトが本来の姿に戻る。
「ん?」
「こっちのがやりやすいんでな」
「そうか」
そんなものなのか。本来の姿に戻ったカイトに、瞬が適当に頷いた。と、それから一瞬遅れて、バーカウンターに立つ若い女性が二人に気が付いた。
「いらっしゃい」
「よ、レディ。ミカヤは来てるか?」
「あら、カイト。今日はここで?」
「ああ……マスターは不在か?」
「今日はご覧の通り若干暇なの。パパは裏で氷砕いてるわ」
カイトの問いかけに、レディと呼ばれた女性が笑う。年の頃は二十代半ばだが、かなり落ち着いた雰囲気があった。とはいえ女性の耳は尖っていたので、おそらく異族である事は確実だろう。見た目どおりの年齢かは、不明だった。
「そうか。まぁ、マスターなら飲みながら待ってれば来るか」
「貴方達が来たならね……で、今日は若い子も一緒?」
「オレもまだ若い……とは流石に言えんが。ま、そんな所でね。街の冒険者で、少し故あってな」
「そう。はじめまして。ここのバーのマスターの娘でチュラ……なんだけど、常連さんはレディと呼ぶわ」
どうやらレディというのは愛称だったらしい。後にカイトが言う所によると、レディ・マスターの略でレディだそうだ。とまぁ、それはさておき。そんなレディがカイトへと改めて向き直る。
「で、いつもの席なら空いてるわ。幸運ね」
「サンキュ。ああ、しばらくするとミカヤも来るから、来たら通してくれ」
「ええ……で、何飲む?」
「とりあえず、オススメで。こっちもな」
「りょーかい」
カイトの提示にレディが笑う。そうして、カウンターの奥にある棚から酒を物色するレディに対して、カイトが指定席らしい席に向かう。そしてそれに続いて、瞬もまたその横の席に腰掛けた。
「良く来るのか?」
「ミカヤと飲む時にはな。教えた事は無かっただろ?」
「ああ」
基本的に、やはりカイトは実際の年齢も相まって瞬やソラを連れて行く際には小洒落た店を紹介する事が多い。どちらも恋人が居るのだ。こういった洒落た店の一つや二つ知っておかねば格好が付かない、と教えていたのである。と、そうして腰掛けて数分。グラスに入った酒が二つ、机を横移動してやって来た。
「っと」
「はい、一杯目。最初から飛ばすのもなんでしょう?」
「サンキュ……何て名前だ?」
「さぁ? 当ててみて? 気まぐれだから、当たるかどうかは当ててからのお楽しみ」
カイトの問いかけに、レディが楽しげに笑う。それに、カイトもまた笑った。なお、気まぐれというのは気まぐれに作った、ではなくレディ自身が気まぐれ、という意味らしい。
「そうか。なら、一期一会を楽しむとしよう」
「ええ」
カイトの言葉に笑いながら、レディも同じ色のカクテルを口にする。どうやら自分の分も作っておいたのだろう。
「……ふぅ。少し甘いな。味、変えたのか?」
「甘いお酒、入れてみたの。気分でね。で、正解」
「レディらしいよ……まぁ、この味は嫌いじゃないね」
「嫌いじゃない、なのか好きなのかはっきりと言って欲しいわね、作り手として」
カイトの感想に、レディが楽しげに、されどどこか少女らには無い艷を覗かせて笑う。そんな二人の様子に、瞬も少しだけおっかなびっくりといった具合でグラスを傾ける。が、すぐに首をかしげる事になった。確かに若干甘めではあったが、言うほど甘くはなかったのだ。
「……?」
「ああ、貴方のは別。きちんとした銘柄のお酒よ。色も……と言っても店の照明じゃわからないかもしれないけど、少しだけ違うわ。私と彼のカクテルのベースになったお酒ね」
「流石に、レディ・オリジナルは一見さん却下か」
「それが、私なりのルール」
カイトの言葉に、レディが楽しげに笑う。どうやら、これが常連とそれ以外の差というわけなのだろう。このやり取りが出来るほどには、カイトは足繁く通っているらしかった。そしてそれ故、瞬はレディに一つ頭を下げた。
「そうなのか……何時か、飲ませてもらえるように通わせて頂きます」
「期待してる。その際には、レディ・ブルーを飲ませてあげるわ」
「レディ・ブルー?」
「カイトをイメージした私のオリジナルカクテル。常連さんに一種類ずつ、作ってるの。今のはレディ・ブルーの新作のテストね」
瞬の問いかけに、レディがどこか優雅に笑う。このオリジナルカクテルが、カイトが先に言ったレディ・オリジナルだった。
なお、そういうわけなので実際にはカイトもどれだけのカクテルがこの店にあるかわかっていないそうだ。が、それが楽しくて通っているらしく、彼以外にも同好の士と言える者は少なくないらしかった。
「で、この後はどうする? この間好んでたレディ・ブラッドレッド?」
「いや、とりあえずミカヤを待つよ。待ち人が来る前にバカスカと飲むのもな」
「そう。じゃあ、私はパープルゴールドでも作って待ってるわね。飲みたくなったら、声を掛けて頂戴」
また何かのオリジナルカクテルを作るつもりらしい。カイトの返答に頷いたレディが二人に背を向けて、また何かの酒を物色する。
と、そんな事をしていると、店の奥から壮年の男性が氷塊を手に現れた。年の頃は四十代後半から五十前半。バーのマスターにふさわしい優雅な男性だった。そんな彼はカイトを見て、わずかに目を見開く。
「おや、カイトさん。いらっしゃっていたんですか」
「ああ、マスター。今日はこっちで飲もうかとな」
「横は、お連れ様で?」
「ああ。冒険者仲間だ」
「瞬・一条です。よろしくお願いします」
カイトの紹介に続けて、瞬がマスターへと頭を下げる。それに、マスターもまた頭を下げた。
「これはご丁寧に。私はニフェかマスターとお呼びください。本名ですと長くなりますので……」
「ありがとうございます。じゃあ、マスターで」
「はい」
瞬の言葉に、マスターが一つ優雅に笑う。そうしてマスターもまた業務に戻ったのを受けて、瞬が少しの疑問を呈した。
「……あの人達はどこかの」
「ストップ。酒場で従業員の裏を探るのは、マナー違反だ」
どこかの貴族崩れなのか。そう聞こうとした瞬に対して、カイトが割って入って口に人差し指を当てる。どうやら当たらずとも遠からじという所ではあったが、それ故に詮索は無用と言う事だったのだろう。
「先輩も日本人の名を名乗ったのに、何も言わなかっただろ? それが、ここのマナー。他者の詮索はしない。ここは、単なるバーだ。少し高級なな」
「……高かったのか」
「そ、そこか……」
一瞬覗かせた気後れに、カイトは思わずたたらを踏む。実際、帰りしなにカイトが会計をしている――瞬の支払いは全部カイト持ち――所をちらりと覗き見た所、瞬は思わずカイトに謝罪の言葉が出たほどの値段ではあるらしい。
が、その分良酒は揃えているとの事で、値段に見合う味と雰囲気とカイトやミカヤからは高評価を得ていた。と、そんな事を話していると、数人の客が出入りした後にミカヤがやって来た。
「はーい、カイト。お疲れ様」
「おう。そっちもお疲れ様」
「ええ……で、そっちのが例の?」
「ああ……っと」
すっと横移動してきた三つのグラスの内、二つをカイトが。残る一つをミカヤがキャッチする。
「レディ・パープルゴールド。こっちは一応の完成品だから、飲んでみて」
「ええ、有り難く頂くわ」
「ああ……ん?」
「レディ・ビギンズ。常連さんになってくれるかもしれないなら、差し上げるわ」
一つだけカイトとミカヤ――そしてレディ――の分のカクテルとは全く別。黄金色のカクテルに気付いたカイトの様子に、レディが笑って瞬の分である事を言外に告げる。
「飲みやすく調整してるご新規さん向けのオリジナルカクテル。レディ・ゴールデン・ドーン……なんか常連さんは言ってるわね」
「なるほど……」
黄金色のカクテルを見て、瞬はなるほど、と思う。地球にもゴールデン・ドーンの名のカクテルはあるが、それとは違いこのレディ・ビギンズは透き通ったカクテルだった。というわけで、自分用のカクテルを瞬は手にする。そうして、そんな三人の場にレディが歩み寄る。
「じゃあ、お疲れ様」
「「「お疲れ様」」」
レディの音頭に、カイト達もまた合わせて小さくグラスを鳴らす。そうして、瞬はレディ・ビギンズとやらを口にした。
「あ……飲みやすい……ですね」
「ええ。度数は抑えめ、辛味もなく果物の甘みが感じられる。けれど、下品な甘さにならないように少しだけ隠し味にちょっとしたお酒を入れてるの」
「そのちょっとしたお酒の銘柄を手に入れられるようになったら、通ね」
「この店でレディの味の見極めが出来れば、店の常連だろう」
レディの言葉に、カイトとミカヤが笑う。とはいえ、この一口で瞬にもレディのカクテル作りの腕は理解できた。それぐらいには凄い腕だったらしい。と、そんな瞬を横目に、ミカヤが笑う。
「それで、最近どう? 誰か来た?」
「貴方の奥さんが一昨日来たぐらいね。常連さんはここ一、二週間はほとんど梨の礫。あの一件が響いてるんでしょうね」
「しょうがない。冒険者はかなり痛手を負ったからな」
あの一件。それは言うまでもなく『リーナイト』の一件だろう。やはり酒場となると冒険者が多いが、こういった小洒落たバーだと治安の良さも相まって会社員達も多くなる。
が、その彼らも『リーナイト』壊滅の影響で忙しくなってしまっており、逆にギルドに所属していない冒険者達の方が暇をしている事は多かった。と、そんな彼の言葉にミカヤが続けた。
「まぁ、実際カイトも怪我を負ったし、この子が今回私に会いに来たのもそれが理由の一端でもあるわね」
「あ……そうだ。今回はよろしくお願いします」
「良いわよ。私は単に紹介の仲介人になるだけだし」
流石にミカヤとしても自身が医者の免許を持っているし、付き合いにも本職の医師達は多い。なのでお門違いの分野には手を出すつもりはないのか、あくまでも紹介に留めるつもりだった様子である。
「なにかあったの?」
「私も、そう言えば詳しくはまだ聞いてないわね。それに応じて紹介相手を変えるから、まず状況だけ教えて頂戴」
「わかってる。一応、リーシャの診断書も持ってきた」
元々今回カイトがミカヤに接触したのは、魔道具を保有している相手を探す為だ。が、その魔道具にも色々と種類がある為、どれが良いかは専門家でもなければわからない。というわけで、カイトは瞬と共に少しの間、ミカヤへと現状を語る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




