第2064話 新たなる活動 ――転移術――
瞬の身に起きた酒呑童子の転生である事と彼の子孫である事による弊害。それへの対処として現在動きが取れない<<魔術師の工房>>への封印の魔道具作製に代わって出されたのは、手に入る物を代用して一時的な封印用の魔道具を作ってしまおう、という事であった。
というわけで、それに向けた方針を瞬へと語って、少し。昼も明けてソーニャの手伝いにアリスがやって来た後。冒険部上層部は一度集まって技術班からの報告を聞く事になっていた。
「と、いうわけで。これがあのおじいちゃんから貰ったクリスタルの情報を読み出せるようにした装置ね」
「まぁ、流石に情報漏えいの観点からネットワークには繋いでおらん。資料の閲覧にはこのIDカードを使う。ということで、ほれ」
「っと」
カイトはティナから投げ渡されたカードキーをキャッチする。と、そんなカードキーを受けて、カイトが疑問を呈する。
「ユニオンの登録証は使えなかったのか? 簡易式なら手に入るだろ?」
「簡易式じゃと解析される可能性があるからの。こっちなら安全じゃ」
「どして」
「偽造防止技術とハッキング対策をダブルで入れた」
「さよか」
どこか得意げなティナに、カイトはおおよそを理解してカードキーを懐にしまい込む。とどのつまり、このカードキーには地球のデジタル技術とエネフィアの魔術技術の二つが使われているという事なのだろう。どちらも解析出来なければハッキングは不可能、というわけであった。これは公爵邸の管理にも使われているもので、厳重に厳重を重ねたというわけであった。
「で、それはともかく。持つのはオレだけか?」
「いや、まだ他のが出来ておらんだけで、後でサブマス勢分は作る。基本、ギルドマスターかサブマスターの許諾の上で閲覧可能としておく」
「妥当か」
現状だ。カイトとしても色々と公的な会議から秘密の会議まで色々と出なければならない事は多い。が、その彼の指示でサブマスターの誰かは必ずギルドホームに待機するようにさせている。常に一人は待機していれば、何かがあってもギルドとして対処が可能だからだ。そしてであれば、もし必要でも誰かが鍵を持っていて対応も可能だった。
「で、カードキーの盗難防止には?」
「生体IDが必要にしておるから、まぁ無理じゃ。ついでに使用時にバイタルサインチェックも入るから、脅されても不可能なようにしておる」
「ん、問題ないな」
かつて皇国の使者が述べていたが、転移術は使いようによっては軍事技術にも転用が可能になる。カイトとしても自領地内から軍事技術転用が可能な技術が流出するのは可能な限り避けたい。なので多重に張り巡らされた防壁に納得したように頷いた。そうして、盗難防止に関する幾つかの質疑応答が終わった所で、カイトは改めて問いかける。
「で、本題に入るか。結論として、何が必要だ?」
「それじゃな。プレゼンテーションと」
カイトの促しを受けて、ティナがデバイスから信号を送り、会議用の資料をモニターに映し出す。ちなみに、であるが転移術についてはティナはこの場の誰よりも知っているし、何より彼女こそが世界間転移術の開発を成し遂げた天才である。なので今回作った資料は『大地の賢人』から貰った資料をほとんど参考にせず作った物だったそうである。
「まず、順を追って話をするとしよう。転移術の行使するにあたって、練習を行うわけであるが。これの順番は決まっている。一に空間の解析。二に次元の解析。三に空間の安定化。四に次元の安定化。五に空間の置換。六に次元の固定からの空間の置換。七で六までを用いた物質の移動。八で置換から転移に切り換え。最後に人体の転移術となる」
「き……きゅう……」
「マジか……」
ティナの羅列した順番を聞いて、指折り数えていた瞬が思わず言葉を失いソラが唖然となる。特にソラは前にカイトからおおよその流れを聞いていたが、改めて詳しい流れを聞いてここまで多かったのか、と驚きもあった様子だった。しかもこの二人は冒険部上層部で魔術より近接戦闘に長けた側だ。殊更、高い壁に見えた様子だった。
「ま、そうじゃな。これはかなり高い壁じゃ。なーにせそこのカイトが土壇場で追い詰められるまで無理じゃったからのう」
「あれはな。出来ないと死んでたからな」
「マージでのう。阿呆が。あそこで置いてかれれば敵陣ど真ん中で孤立無援でタコ殴りじゃったぞ」
「成功してよかったわー」
あはははは、と笑うカイトであるが、失敗していれば本当に死んでいた。それぐらいに追い込まれてようやく成功したのである。なお、敢えて言うが当然こんな土壇場で成功出来るのは彼ぐらいなものである。その彼にしても生きて帰る、という強い意志があればこそだ。なんだかんだ気合と根性でなんとか、といういつもの彼の『必殺技』であった。が、そんなカイトにティナは雷撃を放った。
「バカモン。笑い事ではないわ」
「あっぶね……成功したから良いだろ」
「あの時もそう言うたのう……まー、確かにそれでコツを掴んだから良いものの、一度コツを掴むまでが本当に大変じゃ。が、逆説的に言えばコツさえ掴んでしまえば、転移術の行使はさほど難しくはなくなる。距離が変わるだけじゃからのう」
一瞬だが気後れしてしまいそうになる現実であったが、それ故にティナは改めて軽く告げる。実際、カイト自身コツを掴んだ今では距離に依らず転移術を行使出来る。なのでこれについては本当に事実だった。というわけで、瑞樹が問いかけた。
「ということは……出来てしまえば、後は世界間転移まで一直線……そういう事ですの?」
「まぁ、そうじゃな。個人技としての世界間転移であれば、実はそう難しい話ではない。無論、単なる転移術ではないがゆえに難易度は更に上がるし、ここで重要なのは異世界の空間と次元を安定させる事じゃな。なので難易度はそちらの方が跳ね上がる」
「ということは、そっちを重点的に練習しろ、と」
「そういうことじゃな」
魅衣の要約に、ティナは我が意を得たり、と一つ頷いた。そうして、彼女が告げる。
「実際、世界間転移術であろうと転移術に変わりはない。なので移動の理論は変わらんのよ。ただ始点と終点を別世界にせねばならん、という点において通常の転移術とは違う式を編まねばならぬ事と移動し続ける二つの世界を勘案した上で転移せねばならん事はある。その分、難易度は上がるがの。実際、前の時の余とあやつもそこに苦労した」
それはそうだろう。全員、ティナの言う事は道理に沿っていたので特段の疑問は得ていなかった。とはいえ、同時に今だからこそかつてと違う事もあった。
「が、実はこの内幾つかの事については余らは考えんで良い」
「地球で、なんとかしてくれるからね。タイミングさえ合わせれば、地球側の安定化は向こうでしてくれる。それについては気にしないで良い、というわけね」
「「「あ……」」」
そうか。一同は揃って地球側でも自分達の救助に向けて動いている存在を思い出し、わずかに目を見開いた。そうなのだ。実際には地球側の安定化は向こう側でこちらの転移に合わせてしてくれるため、戻るだけならどうにでもなるのである。そして、そんな一同にカイトは少しだけ笑って告げた。
「まぁ、今だから言うが、実はそれはこちらも同様の事を考えていてな。空間の安定化と次元の安定化を行った空間を作製しようと思案している」
「何のために」
「戻る為だ。あっちからこっちに戻る為に、だな」
「前々からお前が言ってる、戻れるようにする、という奴か?」
カイトの言葉に、瞬が少しだけ身を乗り出して問いかける。これに、カイトははっきりと頷いた。
「ああ……そしてこれは更に世界間転移の難易度を下げる為でもある。ある特定の場所から場所へ移動出来るようにしてしまえば、それを一つのパッケージとして固定化する事が出来る。魔術の行使をシステム化してしまえるわけだな。もちろん、それでも転移術の行使は必要だから難易度が多少下がるという程度だが」
「うむ。そしてこれは最終的な目標である地球への全員の帰還にも関係する。流石にどうあがいても全員が世界間転移術を習得というのは不可能じゃ。故にある程度のパッケージを作製し、システム的にどうにかしてしまうわけじゃ。ま、こっちはウチ……マクダウェル家としてやっとる事じゃ。さほど気にせんでも良いが、お主らの場合はこちらに戻りたいと思う者も多かろう」
ティナは笑いながら、ソラら一部の面子に視線を向ける。彼を筆頭にこちらの恋人が出来た、という者は冒険部にも少なくない。なのでソラと同じく戻るか否かで悩んでいる者は実は少なくなく、ただ彼と同じで口に出来ないだけであった。カイト達の動きはそれに対応する為でもあったのである。
「そして、それと同じように考えておる者は多い。そういう者たちに出来るという筋道を立ててやる事。それが重要じゃ。出来てしまえば、自分も出来るようになろうと思える。それが大切であれば尚の事じゃな」
「ここまでやって諦めるなら知らん。それだけの事だ」
「お前が言うと軽く聞こえちまうんだがなぁ……」
どこか突き放すようなカイトの言葉に、ソラが軽く苦笑する。喩え困難だろうと、自分達と同じスタート地点の者たちに筋道を立ててもらっているのだ。
ここまでお膳立てしてもらいながら習得に努力したくない、というのならカイトとしても知らないというしかない。無論、ソラ達としても他に同じ様に努力している者たちにしても、同様に言うだろう。努力もしていないのに知るか、と。
「ま、それが悲しいかな、という所ではあるんだがな。だが選ばれしものなぞこの世のどこにもいない。才能の差異があるのは当たり前。全員が一斉に戻れるようにするのは、流石に無理がある。出来る者から順次帰還していき、技術を蓄積していくのが一番良いと考えているだけだ」
「あ、そか。一度に戻れるんじゃないのか」
「当たり前だろ。今の話のどこに一斉に帰還出来る要因があったよ」
おぉ、という具合に驚いた様子で目を見開いたソラに、カイトは笑ってそう指摘する。転移術はあくまでも属人的な技術だ。システム化しても魔道具で転移術の行使は今の今まで一度も成功していない。
『転移門』もあるが、流石に世界間版『転移門』の開発は難易度が違いすぎた。何より、そうなると『転移門』を維持する出力の問題も出て来る。難しい、と言わざるを得なかった。
「簡易に落として落として落としてなんとかある程度の練習があって出来るようにする。それが冒険部の最終的な目的地だ。それ以下は流石にオレも無理と思うな」
「というか無理じゃ。これでも『転移門』研究の第一人者じゃが、その余が言うぞ。後千……いや、まだ未開の技術ゆえにブレイクスルーも今後あろうが、それでも百年は無理じゃ。他の転移者と会った事があるというリル殿でさえ、んな『転移門』は見た事も聞いた事も考えた事もない、という代物じゃ」
カイトの言葉に続けて、ティナははっきりと無理と断言する。転移者とはカイトやティナ達のように自分の意思で世界を渡り歩く者たちの事らしい。
どうやら数こそ限られるがやはり別世界に行こうと考えた者は居たらしく、そして成功した者も居たらしい。リルは世界を長く渡り歩く中で何人かのそういった転移者に出会っていたらしく、意見を交換する事もあったらしい。が、誰ひとりとしてそんな事が出来た文明は知らない、との事であった。
「まー、そこらは良かろう。とりあえず今はそんな未来の事に目を向けても意味がない。兎にも角にもまずは足場を固めねばならん。では、ここからしばらくの目標を告げる。全員耳をかっぽじって良く聞くように」
どうせこんなものは転移術が出来てからの話だ。今した所で一切無意味な事ではあった。というわけで、ティナは改めて気を取り直して、全員に今後の活動予定を告げる事にするのだった。
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